社交界
(まあ、初心者がいきなり上級の社交なんて出来る訳ないし、これで良かったのかもしれないわ。)
少し緊張を解いたマザイナは、出された骨を口にして髄の旨味を楽しんだ。
「どう?なかなか癖になる味でしょ?」
「ええ、美味しいです。」
「あら、お気に召して頂けました?嬉しゅうございますわ。」
後ろから掛けられた、おっとりとした声に振り向くと、目元から鼻にかけて黒いリカオン族が品のある所作で近付いて来た。
「ご機嫌よう、アニア。」
「来てくれたのね、イスタ。嬉しいわ。ご機嫌よう。」
鼻を押し付け合っている様子から、とても親しい間柄なのだろうと推察していると、すぐ後ろからやって来た赤茶の毛並みが可愛いドール族がマザンナに声を掛けてきた。
「初めまして新顔さん、スファイ・リジャメイよ。よろしくね。」
「あ、はい。お初にお目にかかります。アダーン・ムダバ・マザイナと申します。」
「あら珍しい。私より先にお客様にご挨拶するなんて。」
「だって、とっても可愛い飾り毛だったんだもの。
お久しぶりね、アニア姉さん。今回は来たわよ。」
「ええ、お久しぶり、スファイ。」
アニアは、スファイと名乗った少女とも鼻で挨拶をしている。
「ご挨拶が遅れました。私、イスタイ・カザーム・バキランと申します。
どうぞ、イスタとお呼び下さいませ。」
「ご丁寧にありがとうございます。マザイナとお呼び下さい。」
眩しい程の気品に、マザイナは気後れしてしまいそうだった。
「マザイナ、紹介するわね。イスタは、リイカウン領の領主様の長女で跡取り。
スファイは、リイカウン領のディアバフマル郡の郡主の次女よ。」
「イスタ次期領主様の、侍女でございます・・・。」
「こらこら、初対面の相手を揶揄うんじゃないの。」
「申し訳ございません、マザンナ様。本気になさらないで下さいませ。」
「えっと、ご従者ではない、のですね?」
「ええ。年が近いので、よく私と行動を共にすることが多いのですが、侍女ではございません。」
「信じてくれるなんて、何て可愛いの!」
「スファイ。」
「はい。申し訳ありませんでした。」
「いえ、・・・ふふ。皆様はとても仲が良くていらっしゃるのですね。」
促されて素直に謝る様子に、思わず笑ってしまう。
「うちの隣の領地なのよ。イスタが私の1つ上、スファイは貴女と同い年ね。
スファイ、この子もう少しで早卒するそうよ。尊敬なさい。」
「ええっ?!すごい!」
「まあ。」
「い、いえ!ワシャクは田舎で、その、生徒も少ないので・・・。」
マザンナは身内以外からの称賛に戸惑い、しどろもどろに応えてしまう。
(教える相手が少ないから個人的に見てもらえることが多かった、とかが理由じゃ、公平さが無いと、先生の質を疑われてしまうかしら?)
集中的に教わったら身に付いたなどと言ってしまっては、自分の才能を鼻に掛けているように聞こえてしまう、と言葉に困っていると、イスタが微笑ましくこちらを見詰めていることに気が付いた。
「ふふ、ご謙遜なさらないで。学舎の先生方は定期的に首都から派遣されるのですもの。仮令、どこのご領地でも、早期卒業に値するとご判断されたのなら、首都の先生方もきっとご許可なさるはずだわ。」
「そうよ。堂々と誇りなさい。何だったら、褒められるのに慣れるまで、私が横で貴女を自慢して回っても良いわよ?」
ニヤリと笑うアニアから僅かな本気の色を見て取って、マザイナは即座に、丁重にお断りをした。
しばらく談笑していると、イスタが広間の中央に知り合いの姿を見付けたらしく席を立った。アニアが一瞬、その方向を見て渋い顔になったが、彼女も「隅にいる、あの置物を連れて来るわ。」と入口の方へ、子供たちを避けて歩いて行った。
「ああ、タタ姉さんが来たのね。見てマザイナ。
イスタお姉さまが貴女と同じ“爪の種族”のお姉さまを連れて来てくれるわよ。」
「・・・初めて目にする種族の方ですわ。」
「フォッサ族よ。そうね、帝国や灰恵国と接してるアルザバード領は遠いものね。見たこと無いのも当然か。で、彼女はそこの領主の一匹娘。一緒にいるのは、あれこそ本物の従者ね。ミーアキャット族のアティサルとアーダールよ。」
イスタが身振りでこちらを指し、同席を誘っている。
物珍し気な3対の視線を受け、マザイナは早くも逃げ出したくなった。
(私、こんなにも臆病だったかしら?)
「もしかして、他者見知り?もうっ可愛いんだから!」
思えばこれが、初めて触れる社交界の場だ。
(あ、そうか!私はいま丸腰だから不安なのね。戦うのも守るのも、情報という装備が無ければ出来ないんだわ・・・。こんなところでも、それが必要になって来るのね。思えば、何て無防備な状態で大領主様との面会に臨んでいたのかしら・・・。)
侮られて当然だった、とマザイナが俯いたとき。
―――ペロッ
(!)
「初舐めいただき~。」
スファイに鼻面を舐められた。
呆然として見返すと、予想外に真剣な顔がこちらを見ていた。
「・・・何か、心配なことがあるのね。でもね、本当に大丈夫よ?
これでも私、情報通なの。つまり、私がこの距離で貴女と接していることで、お姉さま方も貴女が丸腰だと分かっているの。貴女は自分の無力さを噛み締めているかもしれないけれど、貴女が武器を持っていないことで、私達は安心して貴女を輪に加えられるの。今はそういう状況なのよ?分かった?」
マザンナは、正直ここまで明け透けに話してもらえるとは思ってもみなかった。
そして、ストンと抜けた肩の力に、いかに自分が緊張していたかを知った。
置かれている立場を客観的に教えてくれたこと。
それが例え貸しだったとしても、今のマザイナにはとても有り難い親切だった。
「・・・ありがとうございます。」
「『勇敢なる戦士の国』の社交界へようこそ。
ま、端っこの端っこなんだけどね。」




