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首都と小領地の娘

季節は、大陸を4分割する大河と『空の王(マレク・サマ)』の動きで定められている。

1年は400日。

黒の季、赤の季、青の季、白の季が、それぞれ100日ずつ。

季の半分を節といい、1節50日である。

これは『千年に一度(アルフ・サナ)』を生き延び、『神聖なる蛇の書(キタブ・アフ・カダス)』を守り抜いた民が定めたと伝えられている。


空の王(マレク・サマ)』が白河と黒河の中間、ちょうど“緑の牙”の上に来た頃に黒の季が始まり、100日後、『空の王(マレク・サマ)』が黒河と赤河の中間、果ての山脈と海が交わる辺りに来た頃に赤の季が始まる。つまり赤の季の中頃に、赤河上へ『空の王(マレク・サマ)』が来る計算だ。





ワシャク領の領主代理の父と共に、首都ナーブを訪れていたマザイナは、通りを歩きながら、癖で空を見上げた。首都からは見えないと分かっているのだが、この時期になると、つい『空の王(マレク・サマ)』の姿を探してしまう。

砂鳴(さめい)川に程近いワシャク領は、赤の季に入ると『空の王(マレク・サマ)』が見えるようになり、中頃にはその影に入って、涼しい時期がやって来る。




獣勇国は、その広大な領土のほとんどが乾燥地帯である。

赤河から向こう、海の方角は比較的に雨が多く草原が広がっているらしいが、

赤河からこちら、『水生帝国(ヤイシュ・マ・ルマギ)』に入るまでの地帯は降雨量が少ない。

火山帯である果ての山脈の(すそ)にあるためか、ワシャク領は気温が高い土地柄で、

草木は所々が茂っている程度にしか生えていない。

砂鳴(さめい)川を下った先にある灰恵国との間には、砂漠が広がっている。

降雨量がいかに植物の成長に影響を与えるかを実証したような光景である。



そして、ワシャクの領内で生活すると理解できると思うのだが、砂鳴(さめい)川を渡った先、果ての山脈のお膝元には(すず)の製錬や加工の工場が軒を連ねており、その周りの温度は馬鹿にできないくらい高い。

マザイナは、風上にあるこれらの工場も、実は気温を上げている要因なのではないかしらと思っているが、領民を飢えさせないためにも工場は回し続けるしかない。

幸いなことに川からこちらでは、地中に住居を構えるという昔からの知恵で、日中の暑い時間を避ければ、民のほとんどが快適に暮らすことが出来ている。

工場で働く者達のために、川から水を引いて涼しい場所を作るなりしたいと考えているが、そのための労働力の確保が難しく、実現には程遠いのが現状だ。




そんなワシャク領の民にとって『空の王(マレク・サマ)』の連れて来る雲と雨は、待ち遠しいもの。

そこには涼しさだけでなく、降雨を祝う祭りが開催されるという理由もある。

年に一度、日照時間が短くなるその期間に祝われるそれを、雨祭りという。

砂鳴(さめい)川からも、なみなみと地下水を湛えた井戸からも水は確保できるにも(かかわ)らず、

何故、降雨を祝うのか。

それは、この地域で実際に起こった稀な出来事に由来している。




昔、ここで民が暮らし始めた頃。雨に紛れて、『空の王(マレク・サマ)』から長槍が落ちて来た。

それは隣の砂漠に刺さり、そこを掘り返すと『千年に一度(アルフ・サナ)』以前の物であろう合祀(ごうし)()が見付かった。破壊されずに済んだ骨、朽ちずに残された遺物を見て、民は喜んだ。大陸では『千年に一度(アルフ・サナ)』を越えて存在する物は有難(ありがた)がられる。生命が破滅を乗り越えられる象徴であり、失われた技術を教えてくれる貴重な資料だからだ。

領民は勿論(もちろん)、周辺に暮らしていた者が皆、その墓に埋葬されることを望んだ。

その後、多少の小競り合いはあったが、それぞれの種族が合祀墓周辺に埋葬地を得た。

そうして仲直りをした記念にと始まったのが、この雨祭りなのである。




赤の季の中頃、初雨が降った日以降に、各家庭で「良い出来事が降って来るように」と願いを込め、器を掲げて雨水を溜める。

それを井戸から離れた砂地に、この雨期に咲いた花と共に流すのだ。

その後、砂漠にある合祀墓の近くで他種族合同の市が立つ。

共に飲み食いをして、力比べをして、絆を確かめ合う訳だ。





マザイナは、祭りまでに帰れるかしらと考えた。

そして、先日、父が持って帰ってきた話を思い返して、無理そうだと諦める。



宮殿に、ワシャク領で予想される(すず)不足についての報告するため、副首都の大領主に承認されたその打開案を国にも承認してもらうため、大臣に話をしに行ったはずの父が、新たな国家事業に参加するよう命を下され、帰って来たのだ。

それはワシャク領の問題解決を、国家主導で行う大きな仕事の中に組み込んだ形のものであり、マザイナ達は、計画を大きく見直す必要に迫られていた。


大きな仕事とは、『山脈の王(マレク・ジバル)』討伐の兵器開発だった。


首都ナーブに着いてから、あちこちで噂話(うわさばなし)として(ささや)かれていた勇者と『(マレク)』の呪いの話。呪いかどうかはさて置き、耳に入っていた事柄が現実だったことを、父は報告の場で聞かされたのだそうだ。

帰って来て「信じられん。」を繰り返す父は、落ち着かない様子で室内をうろいていたが、「そのご様子、伯父上(おじうえ)にそっくりですね。」と、マザイナが声をかけると、照れたように笑って腰を下ろし、君主の名で下された命令の内容を教えてくれた。



「そんな訳で、全ての領地に戦時体制を取るよう命令が出るそうだ。兄上の(もと)にも、すぐに知らせが行くはずだ。我らの領地は小さいから、周辺の領地と合わせて砂鳴(さめい)川方面軍として編成されるだろうな。

領軍の指揮を誰が()るかは・・・、今は置いておくとして、事業の話だ。

お達しによると、我々の他にも、金属の精製や加工、取引を行っている領地や、商業組合もしくは探索者組合に属する組織に、兵器開発における役割が振り分けられるらしい。近く開かれる会合に、顔を出すことになった。

恐らく、銅の生産地であるダバウ領と、鉄鋼業で灰恵国と繋がりの深いアルザバード領、それから鉛を特産にしているリイカウン領の者も出席するはずだ。」

「・・・その会合、私も参加してよろしいのでしょうか?」



マザイナも耳にしたことがある大領地の名が出てきた。

もし会う機会が得られるならば、その代表の顔は覚えておかなければならない。



辺境にあるワシャク領は、隣り合う領地以外との繋がりが薄いため、

首都を取り巻く領地の領主と会う機会などそうそうなかった。

それはワシャク領に限らず、多くの小領地にその傾向がある。

この国の民である『勇士(マハリブ・シュジョア)』が、中央山脈を隔てた向こう側の都市国家群を(ののし)る際、「協調を知らぬ小物の群れが寄せ集まっただけの地」と表現することがあるが、獣勇国の内情も似たようなものだとマザイナは思っている。


しかし、既に大領主たちが討伐を決定したのである。

国家の運営に関わっていない小領地が今更、何を言ってもこれは覆らないだろう。

そしてこの決定でワシャク領は、これまでの小領地同士の狭い付き合いだけでは領地を守れないという厳しい事態に直面することになった。

大領主との直接的な繋がりや、多くの小領主との強い繋がりを作らなければ、大事(だいじ)が起こった際、大領主から武力や経済力を背景に下された命令を、唯々諾々(いいだくだく)と受け取り従わなければならないような、そんな状態になる可能性があるのだ。


物資や戦力の提供、組合との間に交わされた利権の収奪、移動の制限。

これらの理不尽な命令が下されたとき、ワシャク領はどれだけ抵抗できるだろう。

その理不尽を受け入れる前に、逆らってそれらを奪われる前に、先手を打って行動しなければならない。それが領主の役割である。

それが出来なければ、安心して生きる場所も、養うべき領民の命すらも、失うことになるのだ。



マザイナの心は臨戦態勢に入っていた。



「・・・そうだな。お前の言う通りだ。

今回の件で、我々がいかに外界から切り離されていたかを思い知ったよ。

実際、これほどの決定がされていたのに、副首都のアルーン様からは何の知らせも無かったからね。小領地の意思など、無いも同然だったんだろう。

ああ、同行の件だったな。会合そのものには出れずとも、付き添いという形で来れば他領の者に会えるだろう。

・・・若いお前に苦労は掛けたくないんだがな。・・・・・・来るか?」



父の覚悟を求める視線に、マザイナは頷いた。







そして、会合当日。

2匹は会場であるダバウ領の領主の屋敷に来ていた。

ダバウ領は中央山脈の(ふもと)、赤河の両岸で銅を産出する大領地である。

希少で使い勝手の良い銅は(すず)より高い価値で取引され、領主は首都に立派な邸宅を構えるほど君主との距離が近い存在だった。

首都に拠点を持たないため、伯母のアユンの実家に滞在しているマザイナ達とは、全く違う立場にいる領主なのだ。


が。




「固いわね~。これから一緒に事業するんだから、もっとガンガン来ていいのよ?」

「えーっと、は、はい。」



領主の末の娘は、かなり開けっ広げな性格をしていた。

骨を乾燥させて砕いた菓子を遠慮なく(かじ)りながら、マザイナと向かい合って果実の香りがする水を()めている。



邸宅に到着後、領主代理の娘を名乗るとマザイナは彼女の下に案内された。

広間の中をザッと見たところ、ここにいるのは恐らく事業関係者ではない。

事業について細かな話は聞けそうにないのが残念だが、

年若い者が多いことから考えると、会合出席者の縁者を集めているのだろう。

つまり、他領との繋がりを得るための場所なのだ。



(誰にどのような情報を伝えるか、対象者を分けて案内しているのね。

そういう情報統制の方法は、小領地同士の付き合いだけでは得られない発想ね。

良い勉強になったわ。)



誰からも見縊(みくび)られないようにしないと、と身体を固くしていたマザイナだったが、この集いの主催者なのだろう領主の娘が気安く声をかけて来たのに驚いた。



「ファラダ・アニアよ。アニアって呼んで頂戴(ちょうだい)

国学舎の経済学部に在籍してるけど、これを機会に卒業するつもり。

貴女はまだ学舎を出ていなさそうな年齢に見えるけど、違う?」

「ええ、まだ出ていません。

予定では、赤の季に入ったら早期卒業することになっていました。」

「へえ、優秀なんだ。」

「いえ、そんな・・・。あ、私、国学舎に入りたいと考えていたのですけれど、どのような所なのでしょうか?」



なんと入学を目指していた国学舎の先輩だったようだ。

山脈の王(マレク・ジバル)』討伐という国の転換期に、のほほんと学舎に通っていられるかは分からないが、少しでも自分の未来を具体的に描きたいと思っていたマザイナは、会話の糸口に国学舎について質問してみることにした。



「うーん、一言で言えば、奔放(ほんぽう)?単なる箔付けのために通ってる奴もいれば、この研究がしたいって燃えてる奴もいるし。まあ、みんなが熱心で真面目っていう想像をしてるなら、その幻想は捨てた方が良いわね。」

「そうなんですか・・・。えーっと、入るのは難しいですか?」

「そうでもないわよ。

入学課題は、学舎を卒業してたら大概は答えられるものだし、

上納品は、それの成績が良ければ減免されていくようになってるし。

難しいのは入ることじゃなくて、在籍し続けることよ。

研究に必要な物は全部自分で用意しなくちゃいけないし。」



それからアニアは、国学舎について思うままに話してくれた。

工学系の学生は、卒業生の備品を使って研究する際、好意で残していってくれた物ならともかく、在学生から使用料に何かしら納めさせる場合が多いこと。それが卒業後の大事な収入源になっている現状もあるため、あまり責められないこと。

アニア自身は、外部から資料を借りる際に学舎の名前を貸して貰ったり、高名な先生に話を聞きに行くための融通をしてもらったり、大領主の名前だけでは得られない物事を得るために所属していたこと。



「ま、貴女が何をしたいかによって所属中の生活は違ってくるわ。

私の話はあくまで参考にね。」

「はい、ありがとうございました。」



彼女の話で、何となく自分の未来の姿が見えてきた気がする。

マザイナが心からのお礼の言葉を伝えると、

アニアは「知りたいことがあったら、また聞いてね。」と微笑んだ。

その顔を見て、ピンと来る。


今までの話は、「これから領主の縁者という繋がりで付き合うが、国学舎という共通の話題を持つ者という接点もあった方が、お互いにとって都合がいいでしょう?」ということだったのだ。

マザイナは、彼女が幼い頃から(つちか)ってきたのであろう大領主の娘としての技量に、一瞬、(おのの)いた。

そして、自分に足りていないものはこれだ、と自覚した。

これから彼女を始めとする首都で影響力を持つ者たちから、他者を動かすための技量を盗み、身に付け、この差を埋めていかなければならないのだ。



「さて、会合も始まったみたいだし、私達も社交に(はげ)みましょう。

・・・と言いたいところなのだけど、これじゃ学舎の学級会が精々よね。」



アニアが少し見せた風格に気圧(けお)されていたマザイナだったが、

あっという間に元の気安い態度に戻った彼女に、少し肩の力を抜く。

吐息と共に言葉を(こぼ)したアニアの目線を追いかけて広間を見回すと、

中庭に面した開放的な広間の、その室内を贅沢(ぜいたく)に覆っている絨毯(じゅうたん)の上で、

コロコロと遊んでいる子供たちの姿があった。

中には、他者(ひと)見知りをして傍にいる成年者から離れない子もいる。



「あの、この子たちも会合に出席されている方々の・・・。」

「そうよ。まあ、お偉いさんの子供たちはお母さまがお相手されていらっしゃるから、ここには実務者の縁者が多いのだけど。どうやら今日の私の仕事は、託児所の所長みたい。・・・そんなに緊張しないでってば。実は私も、これが領主の娘としての初仕事なんだから。」



茶目っ気たっぷりに言われた台詞(せりふ)は、先程の錬磨(れんま)された雰囲気からは想像できない言葉だった。

そして、アニアの態度からマザイナは、この広間に集まっている年嵩(としかさ)の者たちが社交の中心ではないことを知り、持ち帰れる情報量を考えて、少し落胆した。

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