凪の生産計画
お礼をしたかった相手にとんでもない物を出してしまった。
凪は大いに反省し、翌日からネバネバ作りに取り掛かる。
自前で持っていたなけなしの知識が、“知識”の教えてくれたネバネバと「鳥モチ」という単語を結び付けた。
(そういえばそんな言葉があったなー。使ったことないけど。)
いつものように水汲みに来て、仕掛けておいた罠を回収する。
・・・カニが入っていた。
魚がいないことにガッカリするが、底に貼り付いていた物を見て、
凪の心に、再び悪魔のような好奇心が降って湧いた。
(・・・水生昆虫。ソーちゃんに出してみる?
いやいや、昨日失敗したところじゃん。またか、って呆れられたらどうすんだ。)
種族の壁が邪魔をして、彼の望む物が分からない。
しかし、口元でGを転がしていた光景を思い出す。
(案外いける?今まで臭いがキツイ物しか出してなかったし、こう、並べて選んで貰えば、嫌がらせじゃないと解ってもらえるかも。)
凪は早速、清流で水分補給を終えたソーちゃんの前に葉っぱを敷いて、掛かっていた獲物を広げて見せた。
コロンと出てきたカニ、出口付近で踏ん張る昆虫。
出て来い、出て来いと罠を振っていると、ズイッと小さな鋏が罠の中に入れられた。
いつの間にか頭を寄せて見ていたソーちゃんが、昆虫を摘まみ上げる。
凪はしゃがみこんだまま一歩後ろに下がって、頷いてみせた。
狼撃退の後に、これで通じたものがあったはずだ。
ソーちゃんはそのまま口に持って行き、頭を鋏で切り落としてモグモグを始めた。
しばし感動に打ち震える凪。
2人に確かな絆が芽生えた嬉しさを噛み締めていた。
が、目の端ですたこらさっさと逃げ出すカニを見逃しはしない。
可哀想だが、君には魚の餌になって貰わなければならない。
石で打ち据え、空になった罠で砂利ごと掬う。
やはり心が痛む、と思っている凪は、この1か月で、殺生する前に無感情、無表情になる癖がついていた。
傍から見れば、さぞかし情緒不安定な人間に見えることだろう。
サソリの動きが止まっていたことに気付かないまま、凪は再び罠を仕掛けに行った。
罠のついでに、もう1つ、ある物を設置する。
底に少し隙間を作った葉っぱバケツに、鳥モチの材料である樹皮を入れて、川の中に放置するのだ。腐るまで浸けておかなければならないらしく、鳥肉に有り付くにはもう少し時間がかかりそうである。
ダブダブと揺れる水に気を付けて、凪は鍋を運ぶ。
寿司桶でドクター達を養うようになってから、水替えのために川に通う回数が増えてしまった。やはり飼育は諦めて、川魚は獲ったその日に加工して冬の備えにする方が賢明なように思える。
ドクターも川へお帰り頂いた方が良いのかもしれない。
しかし、そうしてしまうと日々の癒しが無くなってしまう・・・。
切なくなった凪は、後を追って来るサソリをチラリと見る。
強面だが、凪が慣れれば癒し要員として機能してくれそうだ。
しかし、フラリといなくなる可能性も高い。
(まあ、冬の間も何かとすることは多いだろうし、飢えたら癒しだの何だの言ってられなくなるよな。今でさえ、収穫が少ない日はドクターの味とか考えちゃうし、手に掛けちゃったら絶対、自分を許せなくなる気がする。ペットだって看取る覚悟が無いなら飼うなって言うし、癒しは諦めるしかない、か・・・。)
寿司桶が空けば、毛皮の加工を始められる。思えば、良い機会なのかもしれない。
目線を前に戻すと、以前、凪がホクホク顔で抱えて帰った麻の群生地が見えてきた。
昨夜、“知識”に尋ねた繊維の取り出し方を思い出し、渋い顔になる。
麻は収穫してすぐに作業に入らなければならないらしい。
つまり、ほったらかしにしていたあの束は、もう使い物にならないということだ。
薪として使うと麻薬成分が出そうで怖いし、かといって捨てるのは惜しい。
凪は何か使い道がないか、うんうん考えながら歩いた。
家に戻った凪は、例の甘い枝を栽培しようと、その種を持ち出した。
なに、木通も植えたら勝手に芽が出たのだ。甘い枝の木は、家の近くに生えていたし、地質も環境もそう変わらないだろうし、これもきっと芽を出してくれるさ。
埋める間隔も適当だ。ただ、木通と違って幹の太い木になるはずである。
広めにとっておいた方が良いだろう。
グリグリと地面に穴を開けながら、凪は栽培できそうな植物は、片っ端から試そうと思っていた。
果実類は実が生るのに時間がかかるので、優先すべきはすぐに収穫できるものだ。
という訳で、森で掘った芋を埋めてみようと思う。
実家の台所で、モッサリ芽の生えたジャガイモやサツマイモを目にしたことがある。
母が「ありゃま~。これは種イモね。」と、持ち出したそれらがどこに行ったのかは知らないが、きっと芋は本体も種として使えるのだろう。
150粒も蒔いた木通と違って、今回は15粒と自制した。
何事も程々が肝要なのだと凪は学んでいた。
さて、芋である。
この森で初めて収穫した芋は、里芋のようなコロコロした形をしていたのだが、
最近になって発見した物は、長くて中が白い、ネバネバの長芋だった。
この芋、とにかく折れやすくて、収穫時には頭を抱えたものだったが、とても大きく育っており食い出がありそうだった。
食べ盛りのサバイバル中20歳には、質より量が大切である。
どこに植えればいいのだろう、と手の中で種イモを転がしつつ、森の中の芋掘り現場を思い出していると、毎度お馴染みの“知識”さんが発動した。
(・・・すでにある、だと・・・?)
そんなの知らない。聞いてない!
と、苦情を申し入れたが、反応を返すような機能は付いていない寂しい代物なので、やり場のない不満を抑え込みながら、案内された生産場所へ足を運ぶ。
そこは背の高い草に覆われた、余裕が出来たら見てみようくらいの気持ちでいた、草地だった。位置的には家の左後ろで、凪が家にいる間ソーちゃんがよく待機している場所よりさらに奥にある、森の際だった。
それは流石に、気付かないわ。
ガサガサと分け入り、取り敢えず芋の状態を確認してみる。
芋と思わしい植物の蔓が、わっさりと傍の細木に巻き付いてカーテンを作っていた。
枯れた物もあれば青々と葉を広げている物もある。
木からすれば迷惑千万だろうと思うくらいの茂りよう。
畑など作る必要もなさそうだ。
しかし、他の草に栄養を取られないよう、雑草を刈るくらいはしておいた方が良いかもしれない。
ここで凪は気が付いた。木通より細いこの蔓は使えるぞ、と。
“知識”によると枯れた物が食べ頃らしい。
これ幸いと、凪は芋掘り大会を始めた。
今日はこの作業で終わりそうだが、ほっこり焼けた芋をお腹一杯に頬張る未来が楽しみで仕方ない。
後ろを振り返れば、ヒッソリと待機しているソーちゃんもいる。
(芋の運搬は任せたぞ。ソーちゃん!)
一心不乱に土を掘り起こす凪の背中に日の光が当たらなくなるまで、
芋掘り大会は続いたのだった。
夜。
寿司桶を前に決意する。
明日、ドクターや、連れ帰ってしまった剽軽ガニと、お別れをすることを。
そして、桶を空にするために飼っている川魚5匹を捌くのだ。
後ろの暖炉から芋が焼ける香りがする。
凪はエイッと魚をつかみ取り、・・・失敗した。
この魚たち、何故かとても活きが良いのだ。
与える餌が少ないのに、獲って来たときより肥えている気もする。
(まぁ大きいことは良いことだ。)
首を傾げるが、小学生時代の生き物係の経験だけでは答えなど出そうにない。
何とか捕まえた魚を、俎板代わりに敷いた葉の上で開く。
2匹は今日の夕食に、暖炉の中で炙られる。
3匹は、なけなしの塩を使って塩漬けに。床下収納庫の陶器の中で保存されていた魚は食べ尽くしたので、実験的に保管してみる。
そろそろ塩を作らねば。
予定が多すぎる。ああ、懐かしのスケジュール帳よ。
(靴が無いのが本当に痛い。物理的に痛い。最優先はこれを何とかすることだな。
じゃないと外で活動するのが辛いもの。そうなると、毛皮が先?
でも、麻が無いと釣りもできないし。・・・うーん、こっちは最悪、冬でも出来るか。
鳥モチも銀杏もしばらく放置するしかないし・・・。
ごめん、ソーちゃん。川の仕掛けで頑張るから、Gは我慢してね。
しかし塩は要るな。塩釜の試運転を急ぐか。)
凪は、生産計画を慎重に立てた。
夢の中に入る頃。
凪の頭の中は、芋の蔓と使えなくなった麻、薪、ココナッツの殻をいかに使って、仮の靴を仕立てるかでいっぱいになっていた。




