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旅は道連れ、世は情け。

自分の行動の結果を直視したくないという重りのような気持ちと、

早く決着を付けたいという自暴自棄をぶら下げて、凪は海に向かっていた。


独りでは、いつまでたっても行けなかっただろう。

家を出ると必ず、少し間隔を空けて付いてくるソーちゃんの存在が背中を押してくれたことは確かだ。凪は、彼がいる間に一歩踏み出すことを決意した。





結果を言えば、凪の後ろめたさは解消されなかった。

恐々と(のぞ)いた岩場にも砂浜にも、青年の遺体は無かった。

あの深い水の底に流されていったのだから、戻って来るとは考えづらいが、

こんな気持ちをこれからも抱え続けなればならないのかと思うと、気が(ふさ)ぐ。



(・・・俺は頑張ったよ。出来ることはしたって。)



下手な慰めは他人を傷付けるというが、自分にはどうだろう。

心の中に散らばり漂う不安を、固めて形にして、(おり)のように沈めてくれる効果は、

あったかもしれない。


凪は岩穴に放置していたオブジェを引っ張り出し、両端を岩場に括り付けて海中に沈めた。




足が痛い。

昨日、靴を失くしてから靴下オンリーで行動していたが、耐えられそうにない。

足つぼスリッパでも1分と持たず音を上げていた凪にとって、

特に、この岩場は最悪だった。

森と海のサバイバル生活をする上で、裸足で行動するのはあまりにも危険である。

しかし、靴下を履いてもそれだけでは数日でボロボロになってしまう。

凪は考えた結果、一度、雨避()けに使った大きな葉で足を包むことにした。

厚みのあるそれを3枚重ねて、()った茎を足の親指で挟むという荒業(あらわざ)である。

ハート状の形は足をすっぽり包んでくれたが、ペラペラなので足を上げて歩くと(まく)れてしまう。そのため裏から足の甲の上まで、別の茎やその辺の長い草で結んでみたのだが、あっという間に切れたり(ほど)けたりしてしまい、結局、凪は諦めて()り足で歩いている。



(・・・これで長距離を歩く?不可能ですね。)



昔の日本人は草鞋(わらじ)を編んで、履物(はきもの)も自給自足していたそうだが、

草鞋なんて見たこともない凪には再現できそうにもない。

そして、肝心の“知識”さんも、これについてはノーコメントときた。

全知全能でないことは知っていたが、内容が食べ物関係に偏り過ぎているような気がする。履物については、凪が開発するしかなさそうだった。







さて、今日も毛皮処理のための枝の伐採だ。

処理のためだけなら昨日持ち帰った分で足りるかもしれないが、ついでにその火で煮炊きしようと考えたとき、あれだけでは不足なことに気が付いたのだ。

薪置き場で乾かすのにも時間がかかるので、どうせなら量産体制を整えておこうと考えたのである。

その後は、磯でウニを採る予定だ。

ウニなら大抵の種類が食べられるはずだし、捕まえやすい。

気分が喪中の凪は、不謹慎(ふきんしん)だと思いながらも、

美味しい食べ物のことを考えるとワクワクしてしまうことに苦笑した。

磯ハンターの必須アイテムである網や、海釣りのための釣り糸が、そろそろ本当に欲しい。夜にでも、麻から繊維を取る工程をしっかり確認しておこう。





そして、枝の採集時。

またしてもソーちゃんは、その異常っぷりを披露した。

凪が木に登って枝を落とし始めると、それを狼のときと同じようにその背中に乗せ始めたのだ。

思わずギョッとして手を止めてしまったが、助かる行動なのは間違いない。

器用に尻尾で(まと)めている様子に、昔、動物園でリンゴを上げたときの象の鼻を思い出す。

凪は考えた。

ソーちゃんがこのまま台車になってくれれば、ハンモックバッグが空く。バッグに入れる量を予定していた半分にすれば、そこにウニを詰められるかもしれない。

両手が空けば、帰りに森の幸を持ち帰ることも出来る。



(助かる。助かるよ、ソーちゃん!)



やはり何かしらのお礼はしたい。

見たくもないGだが、罠を仕掛ければ獲れるかもしれない。

“知識”には鳥を捕まえるためのネバネバの作り方もあるので、Gホイホイなら製作できそうだ。

ついでに本来の使い方をすれば、凪も鳥肉に(あずか)れる可能性がある。素晴らしい。

材料の木は、左の岬の向こう側の磯に行く途中にあるそうだ。

ならば、思い立ったが吉日。


凪は枝の剪定(せんてい)を切り上げ、磯に向かって足を進めた。

予想通り、ソーちゃんは台車になってくれた。







木の前に立った凪は、久し振りに誰かの痕跡を発見した。

目的にしていた樹皮に、明らかに以前、()ぎ取られたのであろう跡があったのだ。

欲しい量は確保できそうになかったので、次の木に向かう。

歩きながら凪は昨日の青年を思い出してしまった。

彼が、家の住人だった可能性に思い至ったのだ。



(・・・海に長期の漁に出て、難破して、昨日やっと帰って来れたとか、そういう話かもしれないのか・・・。)



もしそれが真実なら、罪悪感なんてものじゃない。

家を乗っ取った上に見殺しとか、人の道に反する行いだ。

罪の意識に(さいな)まれて、懺悔(ざんげ)しながら生きていく未来が見える。

もう泣きそうだ。


凪は震えそうになった口をギュッと結んで、幹にナイフを突き立てた。







“知識”に教わるまま木が枯れない程度に樹皮を採取した凪は、

磯に足を踏み込むと胸一杯に深呼吸した。

昨日入った海の流れから考えて、こちらに青年が流れ着いている可能性もあったのだが、その姿は無く。ホッとしつつも晴れない心を鼓舞するための行動だ。

潮のエネルギーとやらがあるかどうかは知らないが、地球は確かに大きな力で海流を作っている。それに(あやか)って、強い自分になりたい。



(気持ちの切り替えは大事だからな。よし、ウニで元気出そう。)



木に登るときは滑って邪魔な葉っぱサンダルだったが、海での活動には欠かせない。

もう一度、草で足に固定する方法に挑戦した。

海藻に足を取られないよう注意して、一歩一歩、潮溜まりに近付く。

干満(かんまん)の時間を把握していないのに海に近付きすぎると、危険だ。

凪は森の(ふち)をなぞるように、すぐに森に戻れるよう意識して移動する。

磯ハンターの基本だ。

そして、ウニをそのまま手で掴むような愚行はしない。

中には棘に毒を持っているものもいる。

先程、手に入れた枝を(ほうき)(ちり)取りのように使って、凪はウニを捕らえた。

こんなトゲトゲを見て(よだれ)を垂らす生き物なんて、人間くらいだろう。

あの(とろ)けそうな味を思い出すだけでニヤニヤしてしまう。

集中すると口が空いてしまいがちの凪は、時々目を上げて潮の位置を確認しながら、漁に熱中した。







小さなものはリリースして、凪は帰路についた。

わら納豆のように枝で包まれたウニが、ハンモックバッグに(ひし)めいている。

今夜も贅沢が出来る。

家に着くと、凪はいそいそと大皿代わりの葉っぱを用意した。

ウニの調理?両手に抱えた石を振り下ろすだけの簡単なお仕事です。


今日も、命を奪って生きる。

凪はふと、部屋を見回した。

祖母が食事の準備をする度に、神棚にお供えをしていたことを思い出したのだ。

背負ってしまった気持ちが、少しでも楽になるかもしれない。

適当な場所が無かったので、凪はテーブルの端に小さな葉っぱと取り分けた少量のウニを置いて、両手を合わせた。







物は試しだと、お下がりのウニをソーちゃんに勧めてみた。

相変わらず戸口で待機して凪を見ていたので、観察する賢さがあれば、

これが食べ物であるということは分かったはずである。



(あ、舐めた!)



つい癖で、犬のケンにするように、目の前でしゃがんで見守っていた。

食べてほしいと、無言の圧力を掛けてしまったからだろうか。

ソーちゃんが口元を動かしたが、凪の喜びは一瞬で消し飛んだ。

彼が突如、鋏を上げて迫って来たのだ。



「ううぇぇっ?!」



驚きのあまり、思わず立ち上がって後退する。

お口に合わなかった?怒った?どうしよう。

凪は焦ったが、突如、脅威と化したサソリを前に、()(すべ)なく柱に()り掛かる。

が、混乱する凪の前を通り過ぎて、彼は開いていた戸から家に入り、

―――大甕(おおがめ)に挑んでいた。

蓋を開けようとしている姿を見て、凪はやっと彼の求めている物を理解した。



「あ、ごめん!すぐ出すから!」



急いで桶を手に取り、蓋をずらして中の水をすくい彼に差し出す。

ソーちゃんは、桶に口を突っ込んでがぶ飲みした。



「ごめんね、ソーちゃん・・・。」



ひたすら申し訳ない。

次に何か出すときは水も1杯添えること、と凪は心にガリガリ刻んだ。


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