この世の姿
『風と雲の共和国』は、この世界でも有数の、古い歴史を持つ国だ。
古い理由は、国土にある。
その名の通り、この国の民は上空で暮らしている。
より正確に言えば、上空に存在する、とある生物を礎に、国を成している。
そして、その生物は、流れる風に乗って大空を巡り、その一巡りが1年という単位になっており、
当然、その上にある都市も、共に動いており、
まさに、回遊国家というべき、世にも珍しい国が、『風と雲の共和国』なのである。
この、他種族の侵略に脅かされにくい地理的条件こそが、
『風と雲の民』に、長く平穏を与え、その成長を支え続けてくれているのだ。
さて、この世界のあらましを語ろう。
この世界には、大陸が1枚。
円い月を上下から欠けさせたような形で、横たわっている。
大陸は、周囲を海に閉ざされ、その先を見聞きした者はいないと言う。
大海に新天地を求めて旅立つ者はいるが、それは、ほんの一握りに過ぎない。
何故なら、中央から流れ出る幾筋もの大河が地表を潤し、
枯れることのない泉が、其処此処に存在しているので、
耕作するのに充分な土地があるのだ。
さらに、火山活動が適度に続いており、そういった場所は、住むには難渋しても、
豊富な鉱物資源が、絶えることなく供給されており、それらを売買することで、
生活が成り立っている。
海の向こうを目指さずとも、生きていけるのだ。
しかし、その、ほんの一握りの者たちが旅立ったのは、
ロマンのみを求めていた訳ではない。
生き残る道を求めて、船を出したのだ。
『千年に一度』と呼ばれる、世界規模の災害があるためだ。
世界を語る上で、欠かしてはならないものがある。
それは、『神聖なる蛇』と『王』だ。
大陸のどこにいても目に入るほどの高さで、“天を支えている”と謳われる蛇と、
様々な生物の姿で大陸に点在する、山のような巨体の王たち。
どちらも世界の興亡に大きく関わる存在として、伝えられている。
「その体躯は天を衝き、その影が夜を作り、その息が風を生す。
彼らが生まれることで大地に生命が芽吹き、
彼らが眠りにつくことで生命に安息が訪れ、
彼らが目覚めて動き出せば、この世は破滅に向かうだろう。」
―――使徒シャイル・ハヤ
そう、1000年に一度、彼らは目覚め、大陸の上で殺し合いを始めるのである。
それこそが『千年に一度』であり、
互いを食み合い、戦う期間は、50年とも100年とも言われている。
しかし、結末は常に『神聖なる蛇』の勝利で終わっている。
体躯の大きさで『王』を圧倒するからなのか、それが理なのか、
解き明かせた者はおらず、探求は今も続いている。
破滅した世界は、どうなるのか。
その問いに対する答えは明快だ。
『神聖なる蛇』も『王』も死に絶えた後、生き残った種族が再建するのだ。
この世界に生きる者たちは、『千年に一度』によって、
命を失い、家を失い、国家を失い、散り散りになっても、
何とか生きながらえてきた。
生き残りたちは『千年に一度』を語り継ぎ、次世代に種を残してきた。
1000年は、長い。
それでも、この伝承が語り継がれているのは、その爪痕が確かな証拠として、
残っているからだ。
森を拓けば、遺跡が昔の生活を伝え、川を浚えば、遺品が埋もれている。
何より、視線を上げればそこに、『神聖なる蛇』が空を支えているのが見え、
大陸を歩けば、いつの間にやら『王』がいる。
だからこそ、この災厄から逃れるため、大地に埋まった記憶を掘り起こし、
効率の良い生活や次なる備えをし、災厄のない世界を探しに船を出すのだ。
さて、話を『風と雲の共和国』に戻そう。
大陸を見下ろすこの国は、『王』の背にあった。
空にある『王』は、『空の王』と呼ばれる。
大陸の上なら『陸の王』で、海の中なら『海の王』だ。
『空の王』は複数体、存在する。
一番大きなものは、クジラの姿をしており、『風の王』と呼ばれている。
共和国の首都を有し、いくつもの都市を抱える“国土”だ。
次いで大きなものは、ウミガメの姿をした、『雲の王』。
生産活動の重要拠点であり、共和国内の中継地点となっている。
最後は、島々のように幾つも存在する、ヒトデの姿をした『星の王』。
それぞれに施設や、小さな集落を乗せ、付かず離れず移動している。
『千年に一度』が必ず起こる災害と知りながら、何故、そこで生きるのか。
それは、空に生きる民が翼を持ち、飛翔能力に優れているためだ。
有事の際には、飛んで逃げられるのである。
降りた先でも生きていけるよう、大陸に拠点を作り、物資も備蓄している。
アラザフィラは統領になると、真っ先にその強化に着手し、
現在も、各国と共同で開発を進めているため、着実に非常時の生活拠点は増えている。
もう一つの理由が、『王』の特徴の一つにある。
農耕の経験者ならわかるだろうが、野菜を作り続けると、土地は痩せる。
そこにある栄養分を消費して、作物が育つからである。
作物を土に返さない限り、土地に栄養は戻らない。
ところが『王』は、その理に当てはまらない。
木が、その背に根を張れば、恒久的に栄養分を与え続けてくれるのだ。
これは、大陸全体にも、その傾向があった。
何故なのかは、未だに解明できていない。
一つ確かなことは、鉢の中で植物を育てると、やがて鉢の中の土は“痩せる”ということだ。
『王』が1000年の安寧を壊して、民を振り落とし、
互いに喰い合って、その身を大地に落としても、
『風と雲の民』は、空に生きる。
日々、『王』の恩恵を受け、感謝し、そして畏怖の念をもって、
今日に至るまでを暮らしている。