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大公不在の王国

「何じゃ、まだ寝とらんかったのか。」

「起こした本人が言うか。」

「クカカ!朝まで待てば、早う言えと怒りよるくせに。」



黒河の河口と大陸の端の、ちょうど中間に位置する珊瑚礁(さんごしょう)に、

1匹の大柄なウツボ族が戦友を訪ねていた。

無数の古傷が体表に走る、いかにも古強者(ふるつわもの)といった風貌(ふうぼう)の雄で、名をリジェフという。この珊瑚礁の一際(ひときわ)大きな群棲(ぐんせい)地を住処とするサルソの友人で、隣の領地を()べる領主だ。


大陸や空と同じく『滄海の王国アルバハル・アズラク・アルバラドゥ』でも、

族長であることと領主であることは同義ではない。

族長とは、同種族を率いる者を指し、

領主とは、同種族を含めた多様な種族が生きる領地の代表者を指す。

が、珊瑚族の族長であるサルソや、ウツボ族の族長であるリジェフのように、

王国ではそれらを兼任する者も多い。

先の戦で女王が立って支配領域が増えた分、各地の領主は信頼のおける部下や親族を広がった領域の管理に送り出したため、頭数が足りなくなっているのだ。

すでに()い年になっているサルソは、後継者を見定めているところである。



「して、宮殿の様子はどうじゃった。」

「ショウがまだ戻っておらぬ(ゆえ)、クカカ!陛下が落ち着かなんだわ。

(はよ)(めと)ってやれば良いものを。」

「そうさな。いつまでも引っ張られては儂らも落ち着かん。」



サルソは友人の顔に緊張の色が無いことを見て取り、

反体制派の動きが無かったことを知った。



「うーむ、大公の不在に“砂から顔を出す”者はおらんかったか。

絶好の機会じゃったろうに。マラビスが諦めるとは思えんがの・・・。」

「ショウが海峡の者どもと話を付けに行って半節(はんせつ)

いつ戻ってもおかしゅうない今、事を起こすことは無かろう。

故に、大陸の話で決まったことを伝えねばと思うてな、寄ったのよ。」

「・・・誰が行く?」

「安心せい。ちゃーんと、お主の出した()が代表になったわ。」

「それは重畳(ちょうじょう)。・・・(もと)より、陸に上がれる者は限られとるでな。」

「しかし、同行者は色々と混ざっとるぞ。護衛は“盾の近衛”のカブトガニらじゃが、あの()()()奴らもくっ付いて行くことになったわ。」

「カサガイの保身(ほしん)屋のう・・・。女王陛下は押し切られたか。」

「後は、黒河の案内役に塩屋のアオウミガメ族じゃな。神殿から先は現地の案内が付くが、それらを進出の取っ掛かりにしたいもんじゃ。」



サルソは、ふと夜空を見上げた。

空の王(マレク・サマ)』は常に雲を(まと)っているため、この時機は星明りが鈍い。


国が(おこ)って早6年。

国内の情勢は安定したように感じるが、黒河から向こう、海峡の方向にある大陸沿岸の海域に進出する力は無く、国境は未だに警戒態勢を取り続けている。

共和国との初会合時に、ショウは「半分近くを手にしている」と啖呵を切ったが、それ以降、領域は増えていないのが現状だ。


サルソとしては、支配域は広がらなくても良いと考えていた。

イェルトという少女が出て来る前から、この珊瑚礁はサルソの治める場所だった。

珊瑚族が生きるのに最も適した海域で、どの種族が覇権を握ったとしても揺るがない影響力を保てると、サルソは公言して(はばか)らなかった。

その領域で最も力を持つ者がそこを治める。これが自然な形であり、この世界で生命が生き抜くための、効率の良い()り方だと思っていたのだ。

どうせ『千年に一度(アルフ・サナ)』が来るまでの繁栄だと、どこかで諦めてもいたのだろう。


しかし、海は変化した。

開かれ、大陸とも繋がろうとしている。

ショウとイェルトは、大陸の者達と『千年に一度(アルフ・サナ)』を越える道を模索していた。

彼らは足掻(あが)けとサルソを説得し、そしてサルソは、そのための変化を受け入れた。


(マレク)』討伐の話は衝撃的だったが、この雲が晴れた暁には、

再び、燦然(さんぜん)たる星を目指すような生があるはずだ。



「儂の提案は通ったか?」

「近衛にはしかと吹き込んでおいたわ。

あの娘は芯が強いの。あれなら大陸の者を相手にしても大丈夫じゃろうて。」



サルソは生物としての構造的にここを動けない。

そのため、代わりの者を多国間『山脈の王(マレク・ジバル)』討伐作戦会議に送り込むことにしたのだ。幼い頃から面倒見ていたヤドカリ族の雌で、呑み込みがよく機転も利くが、気の弱いところがあり、相棒のイソギンチャク族にベッタリしている子だ。

イソギンチャク族も海から上がれないため、今回は1匹で行かせたのだが、

心細そうに別れを惜しむ様子には、流石のサルソも少し不安を覚えていた。


しかしそれは杞憂だったようだ。

この友が見て、任せて良いと言ったのだから。



「しかし、獣か。一度は組んでみたいのう。」

「・・・陸の爪や牙は大きいらしいぞ?」

「儂の牙より硬いか?」

「それは知らぬ。」



クカカと笑ったリジェフが、サルソの根元で小さな蟹を捕らえ、

バリバリと音を立てて食べた。



「それにしても、ショウは(おか)にある物にやけに詳しいのう。黒河の上にある、神殿と言うんだったか、そこから現物が届いたが、良い物じゃったわ。」

「む?ガラス、だったか。陸と交流を無くして随分(ずいぶん)経ったからの。

・・・代わりになりそうか。・・・そうか。また1つ、海は変わるの。」



以前からショウが温めていた計画の1つに、宮殿の天辺の、明かり取りのために埋め込まれていた宝石をガラスに置き換えるというものがあった。

宮殿の上部を覆う無数の宝石は、『輝ける波間の帝国ベイ・マジャット・ムシュリカ』を崩壊させる一因となったものでもある。

計画についてはショウ曰く、

「暗い海底に光を集める発想は素晴らしかったが、帝国はそれに力を入れ過ぎた。

採光手段が宝石しかなかったのかもしれないが、俺はガラスを知っている。だから、天井のアレは取って、ガラスで代用する。ガラスは陸でしか作れないが、材料なら海底にもある、・・・はずだ。それで陸と取引しても良いな。取った宝石は、反体制派の力を削ぐことに使おう。いずれ国を広げていくなら、もっと深い所に拠点を作ることになるだろうし、拠点の建設は喧嘩別れしたタカアシガニ族との交渉に使えるかもしれない。そこに外した宝石を使うなら拠点の価値も跳ね上がるか。なお良しだな。宝石はガラスより強度が強いから深海の水圧にも耐えられるし、宮殿のものをガラスに置き換えて、ついでに宮殿を拡張して、深海に新しい宝石付きの役所を作ろう。」と。


ガラスなど、一体どこで見聞きしてきたのやら。

他にも、先だって共和国に公表した輸送管もそうだ。

神殿と関係を作るために、黒河で製塩業を営むウミガメ族らと話を付けることも、

果ての山脈にいる鉱族との交渉権を、養殖技術と引き換えに大陸の新興国から得ることも、その新興国を巻き込んで、陸上の輸送路を確保することも。

提案したのはショウだ。


王国の発展は、あの雄の頭の中の予定で動いていると言っても過言ではない。



本当は、多国間会議にも参加したがっていたのだ。

しかし、サルソは止めた。

1匹で出来ることなど限られている。大陸と関係を作っていくなら、部下に経験を積ませて王国の窓口を大きくしろと、説得したのだ。

渋々といった体でショウは参加を諦めたが、今度は海峡の部族と交渉してくると言い出し、時間が限られているからと、飛び出して行ってしまった。

普段は慎重な割に、行動を起こすときは驚くほど大胆な雄。

サルソはそう評価している。



()れば強き流れを作り、居らぬでも作られた海流が回る。」

「されど居らねば、流れは歪む。

迷走するだけの海流なぞ、我らの()く邪魔でしかないわ。」

「クカカ!()も有りなん。」



サルソは再び星に目をやる。

これから『空の王(マレク・サマ)』が上空を通り過ぎるまでの間、徐々に雲は厚くなる。

頭上を巡る『光の魚(サマク・ダウ)』の光無しに、珊瑚族は生きてゆけないため、

雲の厚みは死活問題だ。

友人が届けてくれた知らせは良いものだったが、

例年より色の濃い気がする雲が、いつになくサルソの心に掛かっていた。









(これで良かったかしら?忘れていることはない?)



列を成して光輝(こうき)門を出る一行を上から見守りながら、イェルトは自分に確認していた。

ショウや仲間と相談しながら決めた使節団の派遣だ。

彼が不在であろうと、女王の大役は果たさなければならない。

ただでさえ他者に任せることが得意ではない彼のことだから、イェルトがちゃんと実績を作っておかなければ、更に仕事を抱え込んでしまうだろう。

海峡へ向かう彼に、「信用してほしい」と言ったのはイェルトだ。



(大丈夫、みんながいるもの。

私に抜けがあっても、その穴を埋めてもらいながらベストを目指せばいい。

・・・うーん、でもそれって、他力本願な気がする。)



女王が妥協すれば、臣下もそんなもので良いのかと思ってしまうだろう。



(完璧でなきゃ。それはとても苦しいけれど、私は女王だもの。)



弱気を抑え込み、イェルトは微笑みを絶やすことなく使節団を見送った。




ヤドカリ族のフィウィアを団長とする使節団は、建国後に初めて、大陸にある国で行われる多国間会議に出席するという大役を背負っている。

しかも長途(ちょうと)の旅の先に、である。

彼女たちはこれから、黒河を(さかのぼ)り、源泉である中央山脈の黒大泉と赤大泉を通って、赤河を下り、獣勇国こと『勇敢なる戦士の国バラド・モハリ・ショジャー』の首都ナーブに向かう。

商いをする者でも、ここまで移動することはあまり無いらしい。


何故そんな道を選んだのか。

簡単だ。その道しかなかったからである。


同じく会議に出席する共和国から、「こちらの代表者が向かうついでに、一緒に連れて行くことも出来る」と提案されていたのだが、今回は空と海を行き来するのとは訳が違った。

数年前から海の養殖業者や研究者が共和国軍に輸送されているが、

大陸上を移動するとなると、水の補給が出来ないのだ。

いや、途中にある町や泉で塩類を足しながら補給することが出来ない訳ではない。

しかし、海から離れた国々と国交がない現状、道中に適切な補給地を確保できそうになかったため、共和国からの提案を断らざるを得なくなった。


火山帯である果ての山脈に近い獣勇国には、近付くほどに気温が高くなる。

それは、身を沈めている海水の干上がる速度が増してしまうということだ。

陸に上がれる種族を選別したとはいえ、そんな環境で移動する危険を、使節団に課す訳にはいかなかった。


ちなみに、前年、海水で満たした容器に無理やり体を詰め込んだショウが初めて上空に行ったが、身体の大きさが(たた)り「酸欠と寒さで死にかけた。」そうだ。

信頼する国に好奇心だけで(おもむ)いた彼と、内情の把握も出来ていない国に使命で向かう使節団を一緒にしてはいけない。




イェルトは無謀さを反省していたショウを思い出して、クスリと笑った。



(大丈夫。フィウィアさんは信頼できる方だったし、もうすぐショウも帰って来てくれる。)



イェルトが弱気を見せて良いのは、信頼する親しい者だけだ。

比類なき天才を傍に置きながら、女王はその自信の無さで国を傾けました、

なんて、後世の教訓になるのは嫌だ。


そんなことを考えていると、侍女のラティフに尾で(つつ)かれ、次の仕事に促された。

この後は、過去にあった神殿との交流について報告を聞く予定になっていたな、

と思い出し、乙女の表情を引き締めて女王に戻る。


足がもつれないよう段差を確かめながら、慎重に、

イェルトは光輝(こうき)門を下りていった。


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