共和国の対策会議(後半)
もういいか、と言わんばかりにこちらを見詰めて来るルフに、頷き返す。
よく持ってくれた方だろう。
嬉々として出て行ったルフと、それにちゃっかり付いて行ったシューク。
顔色を窺わなければならない相手が減ったことに、ホッとするが、
会議はここからが本番だ。
各国が集う『山脈の王』討伐の作戦会議で、共和国からも戦術の提案が求められるであろうし、先んじて獣勇国と協力関係を築いていた他国から、
討伐に至るまでの役割とその権益も勝ち取らなければならない。
『山脈の王』討伐が1つの出来事として終わるか、『千年に一度』の始まりとなるかが分からない以上、討伐を事変の1つとして捉えた国家戦略も、アラザフィラたちは詰めなければならないのだ。
「でも結局のところ、民の動きが一番重要になって来るのよね。
生産も流通も、その消費も、主体になるのは民ですもの。
その動きを速めたり大きくしたりする手助けは、我々が出来ますけれど。」
「・・・軍の力を、過小評価しないで貰いたい。」
国家間貿易の枠を広げることが優先だと言うハフナに、
軍を動員して物流を加速させることが急務だと主張するアジュニ。
チラリと目を向けられた追風隊のカディアが、同意もできず困っていた。
大きな仕事を任せられるのは名誉なことだが、仕事量に尻込みしている、といったところか。
ペリカン族としては、空の上で出世せずとも大陸で活躍できる場がある。
ここで無理をしてまで存在感を強めておく必要はないと考えているのかもしれない。
運送は、鳥類の得意とする分野である。
氷の海に面する都市国家群から、果ての山脈の麓の獣勇国まで、
大陸の端と端を繋ぐ役割を引き受けることが出来れば、共和国の価値を示すことが出来るはずだ。
国家規模の予算で多くの兵を即座に動員できる軍は、確かに貢献度が高い。
「では、国の名で支援する場合には軍を使用し、戦時に備えた貯蔵に関しては生産庁と商業庁に委任する。貿易交渉部は、これを補佐してくれ。
まずは速さを優先し、交渉に必要な物を揃えてから貿易枠を拡大する。
これでどうだ?」
ワジャが中間を取った提案をする。
ハフナに譲歩を求めた形になるが、アラザフィラはその埋め合わせを用意していた。
「ハフナ。75日の王国との二国間会議だが、新興の『知と雨の民』について、共に取引を持ち掛けることになるかもしれん。
交渉材料を颯声隊と協力して、用意しておいてくれないか。」
ハフナとラスミンが上手くいかずとも、外務庁と颯声隊は切っても切れない関係にある。部署ぐるみで対立しているという話は聞いていないので、仕事を通して繋がり続けてくれれば良い。
ハフナが承諾し、物資の往来については一先ず終わりだ。
次いで決めなければならないのは、多国間『山脈の王』討伐作戦会議における、
共和国の立場である。
もし、共和国を乗せる『空の王』が、目覚めつつある『山脈の王』の影響を受けるならば、討伐の時期は『山脈の王』を通り過ぎた後、早くとも赤の季40日以降でなければならない。
そして、その時期は国交が縮小していた『水生帝国』の上空に近付く頃でもある。
共和国が兵站を担う可能性は高い。故に、獣勇国の食糧庫でもある帝国とは、『山脈の王』討伐の際に密接に関わることになるだろう。
勝負を急ぎたいであろう獣勇国をいかに抑えるか。
国交を縮小していた帝国と、どれだけ足並みをそろえることが出来るか。
押さえておかなければならない議題だ。
「まあ、近距離の討伐が『空の王』の目覚めに繋がりかねないと危険性を訴えるのが一番でしょう。討伐中にもう1体の『王』を相手取るなんて、馬鹿でもしませんよ。」
「けれど、獣勇国としては『山脈の王』の目覚めこそ、最も恐れる事態のはずだわ。討伐が長期にわたる可能性が高いのだから、前倒しで進めたいでしょうね。
・・・どうして、『山脈の王』は動き始めたのかしら。
それさえ分かれば、時期についてこんなに悩んだりしないのに。」
「・・・血の臭いが獣を呼ぶことは誰でも知っている。『空の王』が現場から遠ざかってから事を起こすことが、獣勇国にとっても最善であろう。それは『勇士』なら理解しているはずだ。・・・時間はないが、多国間会議の前にあちらに降りて、先に考えを聞いておこうと思うが、よろしいかな?」
アジュニの提案に否やはない。アラザフィラも会議前に獣勇国に赴くつもりだ。
が、正論だけでは相手を納得させられないことが多々ある。
もう一押し、何かが欲しい所だ。
「少し待ってもらえるか?我々の要求を呑んでもらうためにも、兵器の素材を迅速に用意出来ることを示しておきたい。ラリア、獣勇国の新兵器について、大まかな仕組みだけでも掴みたいが、これまでの話から何か掴めたか?」
「そうね。もう少し詳しく聞かせて欲しいことがあるわ。」
出番を待っていたラリアが、喜び勇んで出席者から情報を引き出し始めた。
各国で取引されている物資について、特に材木、石材、金属、遺物。
現在も獣勇国で活動している調査隊の報告と、軍が把握している最新の軍事技術。
灰恵国に、大きな金属加工の受注が無かったか。
探索者組合が扱う遺物の中に、巨大な造りの物は無かったか。
「対象は『王』よ。巨大な物を破壊するには、巨大な兵器が必要だわ。
機構学にも限界はあるもの。でも、討伐現場である果ての山脈の中まで、
そんな物をゴロゴロ持って行ける訳がないわ。恐らく、組み立て式のはず。
そして、火薬ね。これまでの話から、大量に用意するみたいだけど、
闇雲に表面で爆発させたって、『王』はビクともしないでしょう。
獣勇国も、攻撃場所を絞って、威力を上げることを考えていると思うわ。
直接、爆発に晒すより、道具に勢いを付ける間接的な方法もあるわね。
うん、こっちの方が有り得そう。」
「『王』も生物だという話ですからね。脆い部分はあるはずです。そこを狙うのでしょうか?」
「現存している『神聖なる蛇の書』の中で、一番多く登場する『王』が『山脈の王』よ。最も古い『王』で、“蹄の種族”に近い姿をしていると聞いたわ。」
「・・・うむ。ならば狙うは、首か足か、腹か・・・。現状、戦が起きている場所では投擲器から大筒に武器が変わりつつある。狙いをつけやすく、的を絞って威力を上げることを目的とするならば、これ以上の武器はあるまい。」
アラザフィラは、都市国家群に名を連ねていない湖近辺の小国たちが、毎年、こちらに付いて欲しいと要請してくることを思い出し、一瞬、顔を顰めてしまった。
制空権をほぼ独占している共和国には、この手の話が常に舞い込んでいる。
どこかに肩入れしてしまえば、戦争を助長したと多くの国から責められてしまうため、毎度その要求を払い除ける必要があり、本当に面倒臭いのだ。
「・・・以前、どこぞの国が上から色々と落として欲しいと言ってきたことがあるが、今回の作戦に使えると思うか?」
取り敢えず、聞くだけでもしておこうと、参加者に意見を求めてみる。
「飛行戦術の1つ、でしたか。確か、あの書にも記述されているものですよね。」
「そうね。第5か第6の『神聖なる蛇の書』にあったと思うわ。“民に対して使うべからず。『王』に対して用いるも愚挙なり。”とも書かれていたけれど。」
「『王』に対しては効果が無いという意味でしょうか。」
「まあ、あの巨体ですからねえ。何か落としたところで、痛くも痒くもないでしょう。」
「・・・・・・そうか。しかし、痛手を与えるだけが攻撃ではない、かもしれん。」
「ほう、どういう意味でしょう?」
ワジャが何かを思い付いたようだ。
アジュニが、鋭い眼光をこちらに向けて問うた。
「『王』の視力が如何ほどかは判らんが、目暗ましという手段には、その飛行戦術とやらが使えるかもしれん。顔の前で煙を焚いたり、癇癪玉を破裂させたりすることが可能ならば、『王』の注意を引くことが出来るのではないか?」
「それでしたら、確実に狙った場所に物を落とせる方法がありますわ、統領。
まずは―――」
「あー、待ってくれ、ラリア。方法論は後ほど書面で提出して欲しい。出来れば、明後日までに出して貰えるとありがたい。今回は、我々が持っている情報を君に開示して、これを基に戦術の考察をしてもらうために呼んだのだ。他に質問が無ければ、これから国家間交渉について議論したいと思う。」
「そうですね。戦術に関しては、参謀殿を含めた場を用意して練るとしましょう。」
軍備の輸送を担当する追風隊の長として、何をいつ、どれくらいの隊員数で運ぶのか、早く決めたいのであろうカディアが、アラザフィラの思惑に乗ってくれた。
専門的な話になると、長時間、付き合わなければならない。
時間が限られている以上、話が膨らむことは避けたいので、
彼女には資料を作ることを優先してもらおう。
「では、共和国が次の多国間『山脈の王』討伐作戦会議で示す立場は、共和国は運輸面における討伐支援と、必要に応じて技術の提供を行い、兵器の開発と製造の補助をおこなう役割だな。これを他国に承認させる方針に異存はないか?」
ワジャが一同を見回して意見を取り纏めた。
そして、それぞれの国家に対して持ち掛ける交渉内容は、後ほど各庁の長たちと協議して詰めることになった。
ラスミン率いる颯声隊が、大陸中から地域情勢について報告を上げてくれている。
その情報伝達の速さも、共和国の持ち味だ。大いに役立つことだろう。
ルフが架け橋となってくれた都市国家群は、今回の『山脈の王』討伐にはまだ加わった様子はない。家畜の扱いについて獣勇国と対立している上、中央山脈を挟んだ向こう側という立地の関係もあるため、協力の取り付けが難しいのだろう。
今、エルソムが話を付けに行ってくれている。
呼びかけに応じてくれれば、また1つ共和国の価値は高まるだろう。
しかし、情報戦において懸念が無い訳ではない。
『山脈の王』討伐の話を事前に察知できなかったことだ。
アラザフィラは1つの疑念を抱いていた。大陸で、「鳥から隠す」という格言が、他人の目を盗むことの難しさを表現しているように、鳥類の情報網は広い。
(さて、どこで糸が途切れていたのか。)
黒の季70日に行われる多国間『山脈の王』討伐作戦会議まで、後8日。
寝る間も惜しい程の忙しさだが、すべては、『風と雲の民』のため。
席を立つ面々を見つめながら、かつての統領戦に挑んだ時の思いを胸に甦らせれば、もう少し頑張れる気がしたアラザフィラだった。
「では、私もこれで。」
沈思していたアラザフィラの耳に、ラリアの退室する声が届いた。
ルフと違って物分かりの良い女性で助かったと思ったが、去り際に秘書に向かって、
「ああ、そういえばさっき、ルフ理事が足に着けてたアレ、筆記具かしら?
もし予備があるなら見せてくれない?」
と、申し出る声が聞こえた。
訂正する。彼女も、技研の研究員だった。




