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サドの報告書

黒の季37日。

水生帝国(ヤイシュ・マ・ルマギ)』到着。活動支援者と面会。

“林冠都市”の第12薬草園、及び古道具商会に所属。




黒の季40日。

現地時間14時、大地の動きを感知。

“林冠都市”から下がる()(こん)類が目に見えて揺れるほどの強さ。

住民によると、火山帯が近いので度々起こる“地震”という現象で、

1年程前から規模の大きなものが時折、発生しているとのこと。

薬草園より。10日程前、職員の薬師が獣勇国に派遣された様子。

物流に関して5より報告。

獣勇国に向けて、全品目で搬出が微増中。特に材木、果実類、肥料。

搬入においては肉類等の食糧、貴金属、ガラスが増加。

また、商人組合に出入りする運送業者から聞き取り。

獣勇国と灰恵国との間で何らかの取り決めがあった模様。

ここ数年で、()(めい)川における関税が段階的に下げられており、

多くの運送業者が灰恵国に支店を設置し収益を上げているとのこと。




黒の季45日。

物流に関して5より報告。

搬入ガラスは神殿由来である可能性が高い。

帝国の各研究施設の備品に使用される見込み。

薬草園は中枢域の機関に準じる扱いであるため、“常磐(ときわ)宮”が人事に介入しているが、半年前から運営に関する介入が急増。研究設備の増築が決定されている。

労働者の流動について。

灰恵国で鉱業に従事する労働者の募集が常時あり。“常磐(ときわ)宮”の名前で募集されているものもあるが、商人組合と探索者組合も各々(おのおの)行っている。

また、灰恵国から獣勇国へは、鉱山資源や金属加工品が搬出されてきたが、

金属加工の技術者の移動も見られるようになったとのこと。




黒の季50日。

帝国から獣勇国への公的職員の派遣について。医師と薬師(くすし)、土木技師が主。

医師に関しては、3年前の勇者来訪の際の関係者が選出されている模様。

未確認情報として、

軍部の参謀級幹部が工作部隊と共に、すでに獣勇国に入っているという(うわさ)あり。

物流に関して5より報告。

探索者組合から古道具商会へ、工作系の“使い物”、及び、

薬品関係と土木系の“年代物”の搬入が減少。

同時に日常品の“使い物”の搬入が増加。商会は余剰分を灰恵国に搬出予定。




黒の季55日。

常磐(ときわ)宮”より国民に通達。

金属製品と廃棄物の買い取りを国の事業として開始するとのこと。

また一般非公開情報として、商人組合にて獣勇国への輸送員を募る模様。

―――――






グラリと足場が揺れ、爪の先に付けていた筆記具が余計な線を引いてしまう。


「・・・またか。」

「こちらに来て、もう5回目ですが、まだ慣れませんね。」


サドの部屋を訪れていたカスビが、窓の下を見ながら言った。


「・・・住民にも少し動揺が見え始めています。

常磐(ときわ)宮”からの正式な発表がありましたからね。

獣勇国の『(マレク)』討伐が現実味を帯びてきた所為(せい)か、店の客の中には、

この地震は『(マレク)』の怒りだと(おのの)く者が少なからずいますよ。」

「ここは神殿の出番なのだろうが、怪しげな宗教も増えそうだな。

共和国には地震なんて存在しないから、私も真実、これは『(マレク)』の怒りなのではないかと思ってしまうな。・・・『(マレク)』が完全に目を覚まして動き始めたら、こんな揺れはもう些事(さじ)になるだろうが。」


書き損じた葉を、机上の小さな(くず)(かご)に入れ、報告の続きを書く。


「ところで、それの使い心地はいかがですか?」


カスビが訊いてきた。

それ、とは筆記具のことだろう。

先日彼が5色の色粉と共に贈ってくれた物だ。


「ああ、とても書きやすい。素晴らしいな。」

「フフ、良かったです。」

「ただ、勿体なくてだな。黒以外を使えない。」

「・・・そうですね。

でしたら、我々宛ての伝言に、4色を割り当ててみてはどうですか?

どの色が誰と分かっていれば、間違えて取っても気付けますし。」


サドは薬草園の勤務中に、

ユーティルに宛てた物をヴィーが読んでしまったことを思い出した。

もうちょっと色気とか可愛げとか出さないと、と何故か逆に注意されたが、

好意を抱かれている上に、それを断ろうとしている身としては、

業務内容を伝えるだけで精一杯だ。

そんなことを思い出しながら、白赤青茶の色粉を見る。


「私は青でお願いします。・・・大変残念ではありますが、情報の処分が誰よりも優先される立場ですので。」

「処分しやすいのか?」

「はい。燃えて炭になったとき、一番残りにくい物のようです。」

「そうか。ではお前には青を使うよ。・・・うん、これで良し、と。」


先を拭い、携帯している小物入れにしまう。

内容を見られないよう工作した筒に報告書を詰め、厳重に封をした。

これは指定された夕方に、“樹冠都市”に来ているであろうリシャットに託す予定だ。


「では、行きましょうか。」


終わるのを待ってくれていたカスビに頷き返し、サドは仮の住まいを出た。


今日は、これから皆で食事会だ。

シャフスが中継都市ルトゥバに帰るので、彼を送り出す席である。

そう、今日で、シャフスとの旅が終わるのだ。

すでに隊の一員と言っても過言ではない仲のため、寂しさも一入(ひとしお)だ。




「寂しくなるなー。」

「まあ、そう言うなバニ。また会える日が来るさ。」

「そうですね。次は私の代わりに特使の護衛をお願いします。」

「なにサラッと仕事を押し付けてんのよー!」

「そうだな、シャフスは帝国とルトゥバを往復することが多いらしいから、

ここに来りゃ、案外あっさり再会できたりしてな。」

「皆さんとの行動は機密事項ですから、自慢して回れないのが残念です。」


シャフスのための会なのに、店の紹介は彼だ。

可笑しな状況だが、彼の好きな料理を選べる自信が無かったチュウヒ隊は、

悩んだ末に本人に選んでもらうことにしたのである。


「そういえばシャフス。こないだビックリしたんだけどさー。

主任がオタマジャクシ食べてたんだよねー。」


主任とは、薬草園でのチュウヒ隊の上司に当たるカエル族のことだ。

上級研究員の斡旋(あっせん)で入ったチュウヒ隊が気に入らないと高言する、素直な上役だ。

5日程前にカスビを古道具屋の助手に専念させるため、辞任を届けさせたのだが、

近頃の若者は真摯(しんし)さが足りん、とぶつくさ言いながらも素早く処理してくれた。


「まあ、ここは帝国ですから。多種族が共存する中では食も多様です。

“客と同じ眷族の物を食べない”配慮はありますが、

親交が深まると無くなる程度のものですね。」


多様性が国是とされている帝国では、

自分と同じ姿をした生物が串焼きにされて売られている場面も存在する。

流石(さすが)に店側も、看板だけ出して奥で提供しているそうだが、

彩の民(アナース・ムラーナ)』は割り切って受け入れているように見える。

帝国の食事情は、外から来たチュウヒ隊のような者からすれば、驚きの光景だ。

しかし、やはりどこかで不快感や嫌悪感はあるはずだ。

きっと、そういった相手の心情を()み取り配慮することもまた、

多様性を守るうえで欠かせないことだと皆が考えているように思う。


「そういえば、生け()があって客が自分で魚を獲って食べられる店があるそうで。

どうですか、バニ姉さん?タンパク質と運動で、筋肉がよく付きそうですよ?」

「えー、何それー!行きたーい!」

「・・・行きたいんですか。」

「・・・普通、女子は給仕してもらう方が好きだよな?」

「そのときは、私も連れて行ってもらおうかな。」

「で、では、私も一緒に。」

「家族設定も板に付いて来ましたね。・・・ユーティルさん以外は。」

「・・・いや、もう妻に頭が上がらない夫になろうと思う。」

「いやいや。」

「ダメだろ。」


昼を前に混み始めた飲食街を、6匹は仲良く飛んだ。







ルトゥバの商館に手紙を書くからと、

チュウヒ隊は名残を惜しみながらシャフスを見送った。


他の隊員はそれぞれの仕事に戻ったが、サドは“樹冠都市”に向かった。



「あ、いたいた。サドー!」


しみじみと旅を振り返っていると、前方から呼ぶ声が聞こえた。


「お疲れ様。調子はどうだ?」

「クタクタよー、もう。討伐の話が(おおやけ)になってから、情報集めに上も必死。

お陰でこっちも飛び回らされて、あれ以来、国に帰れてないのよ。」


飲みながら話しましょ、と連れて来られたのは大きな旅館。

共和国の特使が以前滞在した縁で、今でも共和国の関係者が利用する場だ。


「・・・酒はダメだぞ。特秘なんだから。」

「はいはい。」


サドの報告書は、その任務の特性上、特別秘密公文書扱いになる。

リシャットが無事に任務を果たすことが出来るよう、

釘を刺しておくのも友人の(つと)めだ。


「それで、あれからどうなった?」


前回会ってから30日ほど過ぎている。

これだけの大事になっているのだから、判明したことも多々あるだろうと、

サドは次の言葉を待つ。


「凄いわよ?怒涛(どとう)の展開。どこから話そうかしら・・・。」


リシャットの話は、世界がいかに切迫しているかを、

サドが理解するのに充分な内容だった。





時間は少し(さかのぼ)る。

共和国から獣勇国に、『(マレク)』討伐を掲げる正当な理由と、その勝算について問う使節団が派遣され、一次報告がワジャとアラザフィラに(もたら)された。

その回答によって統領府は、『勇者(ハマル・サキラ)』襲撃事件の他にも、

獣勇国で異変が起こっていたことを知る。


『紋』が赤く染まった複数の部族が周辺の集落を襲撃していたこと。

捕らえた者は医療的処置の効果が見られず、興奮状態のまま、

未だに拘束されている状態であること。

その部族の集落が『山脈の王(マレク・ジバル)』の周囲にあったが、

そこがもぬけの殻、更には生活跡が1年以上前の状態であったこと。

同じ出身地の医師が、獣勇国の首都ナーブで変わりなく活動できていること。

1年程前から比較的大きな地震が相次いでいること。

山脈の王(マレク・ジバル)』に向かった獣勇国の調査団が、『(マレク)』の(かす)かな身動(みじろ)ぎと、

それによって地震と山崩れが発生していると突き止めたこと。

帰還した調査団の中から、真っ直ぐ歩けなくなった者や、

上手く話せなくなる者が出たこと。


まさに、『千年に一度(アルフ・サナ)』の先触れのような事態の報告であった。


これらの異変が獣勇国を『(マレク)』討伐論に傾けたらしい。

この報告を受けて、共和国は獣勇国が編成していた調査委員会に、

歴史研究家や医療者、化学者等を派遣。

心身に異常をきたす範囲や、その原因の特定に当たらせた。




山脈の王(マレク・ジバル)』は“果ての山脈”に存在し、その峰の1つに右半身を(うず)めている。

赤河が山脈にぶつかって2本に分かれ、

滄海の王国アルバハル・アズラク・アルバラドゥ』側の外海に流れ出る“(しん)(じゅん)川”の、ちょうど中央付近だ。

獣勇国から見れば、“(しん)(じゅん)川”と“果ての山脈”を縦断した先に坐する、

最も身近な、『千年に一度(アルフ・サナ)』で一番に警戒すべき『(マレク)』である。


獣勇国は、すでに近隣住民の避難を開始させ、隣接する国家に警戒を呼び掛けた。

同時に、大陸各国へ討伐協力を要請し戦力を集めているという状況だった。

(しん)(じゅん)川”の下流に位置する『知と雨の民(アムタ・マーリファ)』と『畏怖の国(ハラド・ラーヤ)』はもとより、

(しん)(じゅん)川”の反対方向に流れる“砂鳴(さめい)川”の方向に隣接する『水生帝国(ヤイシュ・マ・ルマギ)』と、

灰恵国こと『注がれる恵みの国ナーマト・アン・タスビ』も積極的な協力の意思を示し、

民と物の流れが活発になっている。

神殿も、この事態を『千年に一度(アルフ・サナ)』に関係のあるものと判断し、神官を派遣。

実に、大陸に存在する半分近い国が、『(マレク)』討伐に賛同していたのだ。




「王国も少なからず支援する方向に傾き始めたらしいし、

都市国家にはあの老獪(ろうかい)が何か交渉しに行ってるらしいわよ。」

「・・・先生が直接?そうか。思っていた以上に、事は深刻だったんだな。」

「後は、討伐方法ね。

山脈の王(マレク・ジバル)』って、蒸気のせいで共和国から直接は見えないけど、

風の王(マレク・リヤフ)』と同じくらいの大きさらしいわよ。

工学者とか、遺物研究家とか、機械の専門家を呼んで作戦を立ててるみたい。

でも、山脈が歩いているようなものだから、

直接的な攻撃が効くとは思えないし、毒とか使うのかもしれないわね。

もしそうなら、帝国(ここ)がその最前線ね。薬剤開発が一番活発なのがここだもの。

貴女の仕事、結構重要になって来ると思うわ。

そういう傾向ある?・・・って()きたいけど、それはダメなのよね。

うん、解ってるわよ。」



あー美味しい、と果汁を喉に流し込み、お代わりを注文するリシャット。

サドは薬草園からどこまで情報が得られるかを考える。

薬草園は、あくまで研究に使用する植物を栽培、管理している場所だ。

大量生産の場ではない。

リシャットの話から想定できるのは、どういう用途で何が増産されているのかを、

統領府は知りたがっているはずだ。

しかし、それは討伐計画に参加すれば得られる情報である。

(マレク)』討伐を政治利用する者が、意図的に隠さない限りは。

そして、『(マレク)』には自律した意思があるのかさえ判らない。

(マレク)』が獣勇国の攻撃に対策を講じることなどあるのだろうか。



「いや、もしかして・・・。」

「うん?どうかしたの、サド?」

「リシャット。

『紋』を染められた者達は、尖兵(せんぺい)もしくは斥候(せっこう)にされた可能性もあるのか?」

「・・・え?」

「私は、信心深くないから今まで考えたことが無かったんだが、

もし今、『神聖なる蛇(アフ・カダス)』や『(マレク)』に意識があると仮説を立てるなら、

自らの周辺にいた種族を操って耳目にした可能性が、ありはしないか?」

「・・・・・・それ、ゾッとするんだけど。」


2匹は互いの目をしばし見詰め合った。


「・・・これと一緒に、統領に伝えておくわ。」

「うん。まあ、ワジャ様なら、私が思い付いたことなんて、

とうの昔に気付いてらっしゃると思うが。」

「そうねー。でも、共和国が作戦に参加するなら、偵察任務は中止か、

もしくは更に地下に潜るように言われるかもしれないわね。

協力国をコソコソ探るとは何様だ、ってなりかねないし。」


リシャットがお代わりを飲み干して席を立つ。


「伝言了解。多分、すぐまた来るわ。これだけ動きが急なんだもの。」

「分かった。」

「あ、ここの支払いよろしく!じゃ、ありがと!」

「え?あ、こら!」



残されたサドは、スイッと羽を広げて行ってしまった友人を、

呆れながら見送るしかなかった。


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