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森中の邂逅

木で組まれた住居は、比較的新しいものと思われた。

煙の元を探してやって来たシャウラは、住民が獣ではないことを確信する。


(木の根を掘り起こした跡、踏み固められた道、それから・・・足、跡?)


何だこれは、と土に残った凹みを観察する。

指の跡のない平坦な、板を押し付けたような足跡である。

これまで見てきたヒト族の足を思い返すと、確かに色々な物を身に付けていた。

そういえば、綾織国に板を組み立てたような物を履いている者がいたな、

とシャウラは思い出して、それかと納得する。


(・・・綾織国から来たのか?)


こんな所まで、と思ったが自分も同じような場所から来たのだ。

ありえない話ではない。


しばらく住居の前をウロウロとしてみたが、住民は出かけたらしく気配がない。

足跡を読む限りでは、潔川の方角に向かって行き来している回数が断然多い。

ならばそちらに行けば会えるかもしれないと、

シャウラは何度も上書きされた足跡を辿(たど)った。




シャウラは、潔川の支流なのだろう川に出た。

石だらけで足跡が読みづらいが、川上に向かって続いているようだ。

ここに来るまでの道で、シャウラは危機感を抱いていた。

住民の足跡の周辺に、狼の足跡があったのだ。


(しかも群れだな。・・・狙われているのか?)


川上に向かう足取りを追うように、狼の群れも動いている。

それを辿りながら、シャウラは脚を速めた。





そして夜が訪れる。

狼の遠吠えから、狩りの気配がした。

シャウラの目では、もう足跡が分からない。

狼の今夜の獲物が、用事のあった住民である可能性がある。

早く見付けてやらねばと、焦るシャウラの脚が、

支流から更に分岐した細い小川を見付けた。

シャウラは続いている遠吠えに向かって、慎重に歩みを進めた。





(・・・豪胆(ごうたん)。)


その者を見た瞬間のシャウラの感想である。

小川を挟んだ向こう側で、木の上のヒト族、あるいはサル族と思しき影が、

6頭の狼と対峙している。

彼の者の戦意を表すかのように、枝の隙間から赤々と燃える火が見えた。


(・・・・・・あれ、燃え移ったら危ないよな。)


火を消してもらうには狼を全滅させるしかないだろう。

狼は執念深い上、賢い。

シャウラが相手取ったとしても、きっと何頭か取り逃がしてしまう。

そうなると、また姿を見せるまで待たなければならないだろう。

ここは我慢のしどころ、とシャウラはあわあわと動きそうになる脚をなだめて、

小川の手前で身を伏せた。

ザッと観察した限り、木の上の者は、かなり丁寧に加工された布を(まと)っている。

ナイムの言う通りヒト族なのだろう。

あのヒト族が諦めたり、落ちたりしたときには狼の群れに割入る覚悟だった。



が。

彼は落ちなかった。

どころか、2頭も仕留め、挙句の果てに木の上で寝始めた。

シャウラは感心する。


(これは、何日も続く戦いを経験しないと分からない戦い方だ。

彼は用心棒だったんだろうか。それとも、落ち()びた盗賊崩れか?)


ありえなくはない。

用心棒であっても、雇い主とその仕事内容ひとつで、

盗賊まがいなことをしてしまうことがある。

それをいかに避けるかで、雇われる方の力量と道徳心が問われるのだ。

シャウラは夜の方が得意な種族だ。

今夜はこのまま寝ずの番をして戦いを見届けるつもりだった。



光の魚(サマク・ダウ)』が海に消え、再び“氷の海”から上がって来る。

ぼんやりとした白い朝だ。

狼の群れも、眠りに就いたり遠巻きに木を見たりして、

心ここにあらずといった様子である。

粘った甲斐はあった、とシャウラは静かに身を起こし、音もなく小川を越えた。


そして、背を向けていた1頭の首に一刺し食らわせてやる。

キャンッと飛び起きるのを更に深く差し込んで妨げ、

一息に近付いて(はさみ)でその首を封じた。

左の(はさみ)で捕らえた狼を(くび)りながら、ゆっくりと針を抜き、次の品定めをする。

その間がじれったかったのか、グアゥウッと掛かって来た1頭。

気付くのが遅れて刺す間合いを越えられてしまったので、

尾を振り下ろして顔に打ちつけてやる。

そしてその身体を起こす前に、(はさみ)と脚で地面に()い付けた。

暴れる狼だったが、やがてグッタリと動かなくなった。

両の(はさみ)が空き、最後の2頭も仕留めるかと思ったとき、

それらはクルリと身を翻して逃げて行ってしまった。



逃がしてしまった。

シャウラの脚では、狼の速さに追いつけない。

やはり持久戦になりそうである。

彼の様子は、と木の上を見るとバッチリ目が合った。

どうやらシャウラがドタバタしている間に目が覚めたようだ。


「あー、すまない。怪しい者じゃない。

ちょっと、この近くの『庭』で頼み事をされて、あんたを探していたんだ。」


と話しながら、取り()えず狼の死体を集めておく。


(ヒト族は器用だから、獣の皮で色々な物も作るんだよな、確か。

見たところ華奢(きゃしゃ)だし、運ぶ手伝いをすれば、話も聞いてもらいやすいか。)


ナイムからも、話が通じないと聞いているし、

まずは信頼関係を築くところから始めないといけないだろう。


「なあ、この綱でお前も下りるのか?」


下まで歩み寄って狼を回収し、よくできた罠だと綱の先の狼を確かめたところで、

木の上を見ると。

綱を切られると思ったのだろうか。その表情が強張(こわば)っている。

遠目からだったので確信はなかったが、やはり雄、のような気がする。


「・・・おーい。」


鋏を振って注目してもらう。

先程から一言も発さないのは、無口だからか。


(・・・もしかして、聾唖(ろうあ)者か?)


聴力が無かったり、言葉を発することが出来ない者のことだ。

だとすれば、「話が通じない」理由に納得がいく。

キョロキョロと辺りを見回し始めたので、降りる準備を邪魔してはいけないな、

とシャウラは小川まで下がった。


「降りて来ていいぞ!」


聞こえないのかも、と思いつつシャウラは両肢を振って、

何とか意思疎通を図ろうとした。





結果、逃げられてしまった。

恐らくこれを守っていたのだろう、獣の肉を木の上から落としたかと思うと、

一直線に小川沿いを走って行ってしまった。

待って欲しいと、また両肢を振ってみたが、

見たのか見ていないのかも分からない有り様だった。


(しかし、これはどうしたものか。)


狼と戦うほど大事な物だったのだろうに、

荷物になると判断して切り捨てて行ったのだろう。

これも持って行ってやろう、と背中に(かつ)ぐ。


(・・・これは、どうにもできないな。)


シャウラの(はさみ)では、操舵の綱は引けても、枝に固く結ばれた綱は(ほど)けない。

木から釣り下がった狼はそのままに、シャウラは来た道を戻った。


森の中を分け入って足跡を探すより、

住居までの道筋がはっきりしている方を選ぶのは当然だ。

狼の残党もこちら側に逃げて行った。

出会えるなら、早めに脅威を取り除いておきたい。

狼の牙でも自分の外殻なら耐えてくれるはずだ、とシャウラは勇ましく進んだ。





辿り着いた住居では、彼が必死に改築している所だった。

背丈の長い草を入り口に積み上げ、部屋を行ったり来たりしている様は、

大変、気の毒に思った。


(そうだな。俺は外殻があるから怖くないが、ヒト族にとってあの牙は怖いよな。)


申し訳なく思うと同時に、目の前で再び狼を討伐できれば、

信頼を勝ち取れるのではないかと考える。

シャウラはソッと住居を見られる場所まで下がり、

背中の物と自分の臭いを消そうとして、

とても臭いのキツい一角があることに気付いた。

何かを作っているらしいが、丁度いい。

シャウラは森の中に身を隠し、狼が狙うであろう夜まで休むことにした。




(しかし、理不尽な世界だな。)


『紋』を、『神なる蛇』によって(しる)された生き方と(とら)えている者は多い。

その通りに生きれば、生物としての本分を全うできる。

それが正しい生き方だと考えている者が、圧倒的に多いのだ。

シャウラのように、その内容にそぐわなかったり、

持って生まれた能力が著しく劣ったりする“欠けた者”や、

他種族間で生まれ、どちらか、あるいは片方ずつの『紋』を持つ

“混ざり者”にとって、

この世界はとても、生き(づら)い。


目の前のヒト族は、どういった理由でここに流れ着いたのだろう。



シャウラは、良い出会いに恵まれた。

何かでも、何処(どこ)かでも、誰かでもいい。

楽に息ができる居場所と出会えたなら、幸せに生きていけると、

今のシャウラならそう言える。

もし、苦しんでいるのなら何かの助けになれるだろうか。

そう考えて、自分で驚く。


(そうか。余裕ができたんだな、俺は。)


仕事もできた、住処(すみか)も得た。夢も、叶うかもしれない。

舞い上がるなと自分を(いまし)めていたつもりだったが、

引き(しぼ)られていた心が緩み、誰かを入れられる隙間ができたのかもしれない。

しかし、もし手を差し伸べるなら、途中で投げ出す訳にはいかない。

甘い1滴の水で死の(ふち)から身を起こした者は、その1滴に(すが)りつくだろう。

もうあげられる分が無いからと、彼が立ち上がれないままに去ってしまえば、

彼はシャウラを恨むはずだ。

微睡(まどろ)みの中で死に向かわせてくれた方が、

再び死と向かい合う苦しみより良かったのに、と。


(まあ、関わるかどうかの段階は越えている。後は、どう関わっていくかだな。)


彼が一体どのような姿勢でシャウラと向き合うのか、まずはそれを探ればいい。





狼を相手に、彼は善戦していた。

突然扉を開けたときは何を考えているのかと思ったが、

住居の中にも器用な罠を張っていたらしい。

が、最後の1頭に対しては攻め手に詰まっているようだ。


(・・・見せ場はここだな。)


森から躍り出て、扉に体当たりを繰り返していた狼を横から突き刺す。

痛みに吠えている所に追撃。

したはいいが、毛に引っかかったのか針先が抜けない。

そこで、その状況を利用し、尾で持ち上げて地面に叩きつけてやった。

(とど)めは、(はさみ)である。


ふう、と一仕事終えたシャウラは息を()く。

さて、もう大丈夫だと知らせてやらなければならないが、どうするか。

狼の頭が挟まって少し開いている扉を見つめる。

と、その隙間から、逆さになってこちらを(のぞ)く顔が出てきた。


「終わったぞ?」


先程と同じように両肢を振ったが、


―――ドスンッ、ガッ、ピシャンッ!


彼はあっという間に住居に立て()もってしまった。



「あー、もう・・・」


つい、言葉が出てしまう。

聞こえているんだか、いないんだか分からないが、

聞こえているなら出てきて欲しい。

というか、(おび)え過ぎではないだろうか。

聞こえないにしろ、文字でやり取りするという方法もあるのに、

意思疎通を試みようとする気持ちが全く見られない。


(・・・ひどい目に遭って、他者に対する不信感が大きい、とか?

あ、俺がサソリ族だからか・・・。)


面倒なことを請け負ってしまったかもしれない。

親切にしたい気持ちがあっさり崩れていこうとする。


(いや待て、それはあまりに薄情すぎる。

ナイムからの依頼でもあるし、状況を判断するにはまだ早い。

もう少し彼の生活状況を知ってから、一度『庭』へ報告しに行こう。)


一先ず、自分が話せる『紋』持ちであると形にして表す努力をしよう。

シャウラはのそのそと狼と獣の肉を運び、キッチリと三角に、それを積み上げた

これで知的生命体である証明は出来たはずだ、と、

屋根に近い場所に出てきて、こっそりこちらを窺う彼の様子を見る。


―――ギューゥ


ビクリと彼が動いた。

どこかで聞いた音だと記憶を辿って、共に仕事をした用心棒たちを思い出す。


(腹の虫とか、呼んでいたな。)


餌付けもまた、警戒する者に友好を表現する有効な手段だ。

彼が捌いたのであろう、獣の肉を扉の前に運んでやる。

それでも彼は動かない。


(・・・・・・・・・結構、(かたく)なというか、用心深いな。

・・・・・・・・・・・・ん?あれ?・・・これは、寝てる?)


彼が長時間戦える戦士であったことを、今更ながらに思い知ったシャウラだった。


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