再出発
おのれ裏切ったな!これだから雇われ者は・・・!
という恨み言を背に、シャウラとサイディ女史は一家の拠点を後にした。
「では、私は今回の始末を付けなければなりませんので、これで失礼致します。
拠点長への報告も私がしておきますので、結構です。」
組合の前まで戻るや否や、そう言って建物に戻ってしまった女史。
あっけらかんとした態度に、放り出されたような気持ちになるが、
確かに、これ以上はシャウラが口を突っ込める域ではないだろう。
あの場で演じたことを、組合が上手く利用してくれれば良い。
それでもビーバー隊の不利益になる部分があるとするなら、
シャウラは愚直と言われようが泥を被ろう。
(・・・雇い主に入れ込み過ぎるのは、俺の悪癖だな。)
あのヘビトンボ族なら、何と言っただろう。
1対に戻った耳飾りを揺らして、シャウラはラッスの捜索現場に向かうことにした。
「あっあっ!戻って来たよ~!」
「おおっ!シャウラ!大丈夫だったか?!」
橋の落下地点で待っていたのは、シャーリとマッフルートだった。
「怪我してない?怪我してない~?」
「カツアゲはされなかったか?」
「・・・されてない。」
背中によじ登って外殻を点検し始めるシャーリ。
マッフルートの状況説明によると、アクタとクトラットは潜水中らしい。
「潜れる奴らのうち3分の1くらいが、いま下流に見に行ってくれてる。
・・・大丈夫さ。あいつは水の中で生きてる種族だ。溺れ死ぬなんて想像できねえ。」
落ちた橋の下敷きになっていたら、“牙の先”の断崖絶壁まで流されていたら。
助からない可能性はある。
しかし、泳げないマッフルートの無念そうな声に、誰がそれを指摘できるだろう。
のそのそとシャウラの背から、シャーリが降りる。
「怪我無し、よ~し!大丈~夫!ラッスは私が見付けるからね~!
休憩終了~!いってきま~す!」
「おい、シャーリ!さっき上がったところだろう?」
「へ~き、へ~き~!」
スルリと川面に入っていく小さな姿は、いじらしかった。
「・・・それで、あいつらとの落とし前はどうなったんだ?」
交代で水に入っていく探索者たちの支援をしながら、マッフルートが問う。
シャウラは水から上がった者から水を拭った布を受け取り、絞っていた。
マッフルートはその反射光が眩しい翅を使って、
川の中にいる者たちに指示出しをしている。
「・・・すまない。褒められた手段ではなかったし、
これからも組合の動き次第では立場が悪くなることもあると思う。」
シャウラは手短に報告を始める。
“金のドングリ”号での戦いで、ゲンゴロウ一家が引き上げていく際、
シャウラは耳飾りの片方を撤退する集団の中に投げ込んでいた。
これは統制の取れていない盗賊団を捕らえる際に、よく用いられる罠だ。
居所が分かっているのに決定的な証拠がなく、今まで見逃されていた者たちに、
餌を持ち帰らせて、踏み込んだ際に証拠品として押収するという手法である。
ゲンゴロウ一家が下っ端に至るまで、指示された行動以外は取らないよう、
徹底されていれば、シャウラは組合に捜査を依頼するか、
「さっき戦闘中に、ここで拾った。」と、苦しい言い掛かりをつけるしかなかった。
結果的に女史は、そういうことにしておく、と示してくれたので、
後は頃合いを見計らって組合の拠点長に経過を確認すれば良いだろう。
「そうか。ま、賭けには勝ったんだから、良かったよ。」
若干の呆れと労いを含ませつつ、マッフルートはそう言ってくれた。
「俺は、探索者に対する罰則は詳しく知らないんだが、
・・・奴らはどうなると思う?」
「一家の心配か?」
「いや、大した打撃を与えられないなら、・・・復讐の可能性があると思って。」
「・・・今までの所業が全部明るみになれば、一家は解体、大陸中の拠点で出禁、
になるだろうなあ。というか、俺としてはそうなって欲しい。」
「それは、そうだろうな。」
「でも、あの一家がいたおかげで何とか食ってきた奴らが、いない訳じゃない。
その恨みは、・・・来るかもな。こっちに。」
「・・・用心棒は、要るか?」
2匹はフフフと笑い合った。
―――プシュン
気の抜けたような音がして、2匹して振り返る。
突如、ワッと歓声が上がり、捜索現場が沸き立った。
ゆっくりと坂を下って来る姿。
マッフルートが誰かの頭を飛び越えて、飛んで行った。
シャウラは川の中の捜索隊にサインを出した。
―――“発見”―――
― 皆、息災ですか?
私は今、涼しい風が吹き抜ける“緑の牙”でこれを書いています。
長い間、便りも寄越さず、ごめんなさい。
これまで、色々な場所で用心棒をしていました。
外は驚くことで一杯です。
面白いものを見たり、怖い目に遭ったり。
傷付けたり傷付けられたりもしたけれど、
今は外に出て良かったと思っています。
私のせいで皆が苦しんだこと、本当に申し訳ないと思っています。
だから、せめて、皆が今も辛いのなら、良いと言ってくれるなら、
皆に来てもらって、一緒に暮らせたらと考えています。
“緑の牙”に、定住させてくれるところが見付かりました。
友人達も歓迎してくれています。
少し肌寒い気候ですが、水も美味しいし、内職もあります。
お返事をお待ちしています。
シャウラは、もう一度読み直して最後に名前を書いた。
今から“泉の街”ミアフ・ヤナビアまで荷を運ぶ行商人に、この手紙を託す。
“泉の街”の商人組合から、海峡を渡った先の商人組合へ。
それから山の向こうへ、シャウラの生まれた村に荷を届ける商人へ。
見も知らぬ商人によって、この手紙は運ばれていく。
(どうか、無事に着きますように。)
書き綴ったタラヨウの葉を、丁寧に重ねて縛る。
決心の付いたシャウラは、いそいそと行商人の元へ向かった。
ビーバー隊は今、再びあの場所で採掘をしている。
今回はシャウラ抜きだ。
ブナ林の集落ハシャブ・ザンへ、2度目の運び込みをする前に、
あのトカゲ族達に奪ってしまった仕事の分と、庇ってくれたお礼に、
続きの護衛を任せたのだ。
シャウラの紹介なら、とビーバー隊も快く受けてくれた。
「でもでも~!永世、ビーバー隊用心棒は、シャウラなんだからね~!」
「とうとう終身雇用か~。あやかりてえな~。」
「結っ婚~?!ま~だ早いんじゃ~ないかな~?!シャ~リ~?!」
「・・・・・・・・・どうだ?」
「いや、考えさせてくれ。」
「シャウラ。・・・これが終わった~ら、また一緒に来て~ね。」
「・・・ああ。」
報酬は半分になってしまったが、発掘品の一部を譲ってもらっている。
ビーバー隊には懐以上に、心まで温かくしてもらった。
「皆、ありがとう。」
こうしてシャウラはハシャブ・ザンに残り、家族に手紙を書いた。
さて、と次に向かったのはラッスの家。
ビーバー隊が帰ってくるまでの間に、
タムシバの枝葉の蒸留方法を身に付けておこうと思ったからだ。
もちろん彼の了承は取ってある。ついでに子守をするという条件で、だ。
ブナ族の木精ナイムもよく不在にしているらしい。
彼女は、あくまで生活の手助け程度なのだとか。
しかし今日は珍しいことに、彼女はラッスの家で待っていた。
「貴方にお願いしたいことがあるのですけれど、お話を聞いて頂けないかしら。」
「ええ、構いませんよ。・・・お話を聞くくらいなら。」
「ふふ、ありがとう。」
実は、と話し始めたその内容は、まさに用心棒への依頼だった。
木精という種族は、鉱族ほどではないが知られていないことの多い種族である。
卵生の者であれば、卵の殻を破ったとき、
胎生の者であれば、親の腹から出てきたときを、生まれてきたと表現するが、
木精の命の始まりをどう定義するかは、研究者の間でも意見が分かれている。
何故なら、彼ら彼女らは、眷族である草木に宿ってその生を始めるからである。
宿ったときからの記憶を持ち、その気になったときに抜けて出て、
宿った眷族が朽ちても、種子が残っている限り存続できる。
中には種を残せず早世してしまう者もいるが、
一般的には長命な種族として知られている。
そんな木精だが、『庭』という同種族で群落を作ることがよくあり、
同じ木精だけでなく、ハチ族やカエル族など異なる種族とも共存している。
“緑の牙”の森林地帯でも、大陸と同じように『庭』も作られているが、
この集落、ハシャブ・ザンもその1つ、ブナ族の『庭』である。
“緑の牙”には、他に幾つものブナ林があり、
ナイムの話ではよくお互いに行き来しているのだそうだ。
「一番近い所が、この潔川の向こう岸、貴方が先日までいらっしゃった“牙の先”の手前にあるのですけれど、そこの姉妹たちが不安がっておりまして。
なんでも、近くに住み付いた者の様子を見てきて欲しいのだとか。」
「・・・・・・様子を見るだけなら、同じ『庭』の者の方が効率的だろう?」
「ヒト族のようなのですが、話が通じないので何をするか分からないのが、
不安なようですね。」
「ヒト族なんて、一目でそうと分かるだろうに・・・。」
「ええ、そうですね。服、と言いましたか、それを身に付けている種族ですから、
『紋』なんて確認せずとも判るでしょうね。
しかし、話が通じないというところが気になっているのです。
対話する気がなく、もし森に火を放つような者であれば大事です。
森に住む以上は、不可侵な決まり事もありますし、
それを伝えに行くにも、非力な私達では難しいこともあるのです。
あの子たちが戻ってくるまで、しばらくかかるでしょうし、どうでしょう?
様子を見に行って頂けませんか?もちろん、お礼はご用意してありますよ?」
用心棒さんを雇うには、こうするんでしょう?と、
どこか茶目っ気のある笑顔で、ナイムは報酬を提示した。
「蒸留器か・・・。それは確かに、有り難いな。」
集落と集落を繋ぐ船もあると聞き、シャウラは頷いてこの依頼を引き受けた。
ナイムに相談したという『庭』の長は、よろよろと案内をしてくれた。
彼の宿った樹を紹介してもらったが、所々が朽ちかけた老木だった。
しかし、長い時を見てきたのだろう、立派な佇まいが印象に残る木だった。
「お前様の目は、ものをよく見るな。ん、これならば、任せられるわ。」
こっちじゃ、と言われ、付いて行った先で背の高い木に登らされた。
「あすこに煙が上がっとろう?あれよ、あれ。」
長はそう言うと枝からヒョイッと飛び下り、
「頼んだでなー。」と背中を向けて行ってしまった。
登るのにも四苦八苦していたシャウラを見ていただろうに、
置き去りにしないでほしかった。




