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シャウラの戦い

翌日、ビーバー隊は雨の中にいた。

3兄妹の探索は中止。囲いの中で作業するラッスも慎重だ。


「水量が半端(はんぱ)ないな。

川底は坂だから勢いはマシだろうなんて思ってたけど、甘かったな。」

「悔し~よ。」

「これこれ弟よ~。手が止まっているよ~。」


ドドド、と音を立てて流れる支流は圧倒的で、

ラッスはよくこの中で発掘が出来るものだと感心した。

彼以外の隊員は、雨を利用して発掘品から泥を取り除く作業中だ。

と、そこにラッスが残念そうに帰って来て(つぶや)く。


「・・・・・・・・・これで、今日は休みだ。」




(しばら)くは降りやまなさそうだとマッフルートは読んだ。


「だが、まあ激しくはないし、大河を登るくらいは出来るだろう。じゃ、頼んだぜ!」

「ああ」

「は~い。いってきま~す。」

「・・・・・・・・・うむ。」


シャウラ達3匹は、戦利品を手に集落に向かうことにした。

山道を降りると橋が架かっており、それを使えば対岸の拠点まで行ける。

今回は拠点で遺物を交換に出すことはしないので、

船の交渉が出来る分だけの金属類を背に、クトラット達が橋を渡る。

シャウラは橋の手前で2匹と別れ、

荷物を“金のドングリ(バラタハビー)”号に積んでおく手筈になっていた。


が、思いも寄らない事態に、状況は一変する。


2匹と別れて歩き出したシャウラの後ろの目が、橋が突如崩れ始めたのを見たのだ。

慌てて取って返すと、中ほどで橋板(はしいた)にしがみつくクトラットがいた。

ラッスの姿は、無い。

シャウラは森の中に荷物を放り出し、4対の脚を橋桁(はしげた)に引っ掛けながら、

(かし)いだ橋を進んだ。

支えを失って垂れた橋板(はしいた)の先が川に落ち、(もてあそ)ばれているせいで、

橋全体が揺れている。


(まずい。)


シャウラはクトラットに近付きながら思う。

分断されている向こう側に、彼がいるからだ。


「クトラット!!聞こえるか?!」


意識があれば、尾の届く所に来れるかもしれない。


「うぅ~~、シャウラァ~!」


泣く寸前だが、意識はしっかりしているらしい。


「よし!いい子だ!綱を(つた)って、出来るだけこっちに来い!

尻尾を伸ばしてやるから、(つか)まれ!」


もぞもぞと動き出すクトラット。

さぞかし怖かろうと思うが、こちらにいるシャウラは、

次に(つか)む位置を指示してやるのが精一杯だ。


「もぅ無理だよぅ~。」


橋の揺れが強くなった。

恐らく別の所が、また壊れたのだろう。

シャウラは覚悟を決めギリギリまで進み、身体の向きを変える。

シュッと尾を伸ばして、針先をクトラットの目前の綱に引っ掛けた。


「ここまで来い!引き上げる!」


手を離すのが怖いのだろう。尻込みしているのが分かる。


「クトラット!・・・“デッキ渡り”だ。」


ハッとこちらを見る顔に、顔を少し向けて笑い返してやる。

船旅中、船の上をいかに優雅に渡れるか、

姉と競い合う遊びに、何度誘われたことか。

長い尾で見事にバランスを取ってみせた彼なら、その両手を離せるはずだ。


決心がついたと頷くクトラットが立ち上がり、綱の上を少し進んで、

シャウラの尾の一番先の節を―――、掴んだ。



ここから先はシャウラが頑張る番だ。

針先を(つな)に乗せたまま、静かに先から丸めて尾を持ち上げる。

さすがに、尾の先の筋力だけでビーバー族1匹の体重を支えるのは無理だ。

脚も、縦の力には強いが、前後左右の動きとなると難しい。

橋板を繋ぐ綱に引っ掛けた状態で、全力を出すしかない。


(もう少しっ・・・)


半分以上を持ち上げ、とうとうクトラットを背の上に持ってくることに成功する。


(ホッとする・・・にはまだ早いな。)

「そのまま掴まっていろ。俺の背中は、滑るからな。」


かなり急になった帰り道を見上げる。

シャウラは、一つ一つ足場を確かめながら()い上がる。


「・・・ラッスは、どうした?」


訊きづらいことだが、確認しておかなければならない。

橋板の下にしがみついている可能性もあるが、

そうだとしても、今の状態では助けられるかどうか判らない。


「ごめん、ごめんなさい。落ち、落ちちゃった・・・」


背に、川のものではない(しずく)がかかる。


「分かった。」


他にも何か言うことがあるだろうに。

シャウラは、それ以上の言葉を見付けられない自分に嫌気がさしながら、

ただ前に、前に進んだ。





橋が落ちる。

その下にラッスがいるかもしれないと考えると居ても立っても居られなかったが、

シャウラはそれどころではなかった。

荷物を回収してアクタ達の元に戻ろうとしたそのとき、

穏やかではない目付きをした者が10匹、立ち塞がったのだ。


(“黄線”に“(とら)う”?何者?・・・いや、そうか。)


これが、ゲンゴロウ一家とやらなのだろう。

取り敢えず知らない振りをする。


「それは俺の荷物なんだが、見ての通り橋が落ちて、友人を助けに行きたい。

・・・そこを退いてくれないか?」


そうかい、そりゃあ大変だな。

じゃあ、さっさと向かいなよ。

重そうだよな、運んでやろうか?


雑音より質の悪い悪意が、ザリザリと脳を(こす)りながら通り過ぎる。

シャウラは思わず笑ってしまった。

(あお)られたと思ったのだろう。

ならず者がざわざわと体を動かせる。

てらてらとその体表が不快に光った。

一昔前の自分なら、どうしようと、ただ困るだけだっただろう。

そう、暴力の気配を感じてシャウラの背から降りたクトラットの方が、

何倍も賢くて勇敢だ。


「・・・分かりやすい悪党だな。噂のゲンゴロウ一家か。

良いのか?手を出せば、組合に言い逃れが出来なくなるぞ?」

「何言ってんだ兄ちゃん。俺達はあの一家とは関係ねーさ。

まあ、あったとしても、死体は(しゃべ)らんだろう?

すまんな、多分痛いだろうが、まあ許してくれや。」


「・・・・・・・・・あ゛?」


ブンッと尾を一振りして、シャウラは(すご)んだ。

ヘラヘラしていた数匹が、動きを止める。


「クトラット、荷物を置いて戻れ。」


どこへ、というと皆が隠したがった仕事場がバレてしまう。

しかし、言わずとも解ってくれるはずだ、と目を向けると、

(うなず)き、身を(ひるがえ)して山道へ走っていく姿が見えた。


(本当に、あの子は賢い。)


逃げることも怖かった、あの頃の自分とは比べものにならない。


「おいおい、おいおい。逃げてんじゃねーよ。」

「逃がすか!行くぞ、おら!」


シャウラの左右を抜けて、ならず者がクトラットを追おうとする。


―――ドスッ、ドスッ!


「アガッ?!」「ぎゃっ!」


が、それを許すシャウラではない。

例え“毒無し”であろうとも、針は(そな)わっている。

用心棒として自分を鍛え上げる中で、刺すことだけは誰にも負けない、

負けられないと自分に言い聞かせてきた。

両肢を左右に広げ、(はさみ)を開いて見せつける。

用心棒は、負ければ次の仕事がない。

積み重ねてきた実績は1人の手柄ではないが、

それは確かに、シャウラの背を押してくれていた。


「・・・何も言うな。能書(のうが)きは要らない。挑むか逃げるか、選べ。」


低い声を意識して出す。

脅しで戦いが回避されるなら、それに越したことはない。

まあ、過去にシャウラに刺された者達は、

すでに、そのはったりに気付いているのだろうが。


「まさか、お前・・・サソリ族か・・・?」

「サソリ族って、あの?!」

「痛ぇ・・・嘘だろ・・・?」

「ギャアァ!さ、サソリ族に刺されたぁっ!死ぬぅ、死んじまう!」


相手を冷静にする時間は、与えない。

シャウラは川側、右にいた者たちの間合いに回り込んだ。


―――ドスッ!

「ギァッ!」


難しいな、とシャウラは考える。

この手の種族は背中を覆う(はね)が、硬い者が多い。

頭部との隙間を狙えば、針が脳神経に到達して死に至らしめてしまう。

先程は横を取れたので体側(たいそく)を狙えたが、警戒してこちらを向いている状態では、

もはや容易(たやす)く取らせては貰えないだろう。


(迷うな、か。)


共に盗賊を返り討ちにしたヘビトンボ族の低い声が(よみがえ)る。

「覚えときな、シャウラ。

痛い目を見て改心するなら、あそこまで落ちぶれはせん。

俺らは相対した時、すぐに見極めなくちゃなんねえ。

相手が改心するかどうかをな。しそうにねえ奴は手にかけなくちゃならん。

見逃せば復讐に来るぞ。

俺らは裁判官じゃねえが、そいつらよりよっぽど生殺与奪を握ってる。

気を付けて使えよ。お前のその針は、自分にも向いてるんだからな。」


(改心?なんて、(おご)りだろう。

初対面の相手の命を、自分の物差しで、奪うかどうか決めるなんて。)


心中の先達に問いかけ、シャウラは答えを出した。


―――グサッ


ビクリビクリと痙攣(けいれん)し、木の根元に倒れ込んだ者を尻目に、次の者に挑む。

やけにゆっくりと動く景色の中で、刺せる部位を探し、貫いた。

勘違いの中で伏せていた者も、先頭でせせら笑っていた者も、

シャウラの針で倒れる。

そんな自分の行動を、冷徹に、冷徹に、シャウラは見ていた。





静かに、潔川の流れを見る。

4匹、逃がしてしまった。

刺した者は全員、息の根が絶えていたので、

“毒無し”であることが伝わることはないだろう。

これに()りて、ビーバー隊に手を出すことが無くなればいいんだが、と思う。


(さて、しかし、どうしたものか。)


死体をそのままにしておくのは、まずい気がする。

ビーバー隊に雇われた者が殺しをしたとなっては、彼等に迷惑をかけてしまう。

そして、その証拠を目にしたビーバー隊が、

果たしてシャウラを受け入れてくれるだろうか。


(一緒にいても、心中穏やかじゃないだろうな。)


そんなことはない。解ってくれる雇い主もいる。

と、あのヘビトンボ族なら言うだろう。


シャウラは無言で、その場を片付け始めた。







船着き場まで荷物を運び、積み入れながら今後について考える。


(水に潜れる3兄妹は、“金のドングリ(バラタハビー)”号を出して橋の下まで行って、

そのままラッスの姿を探しに行くだろう。俺とマッフルートは泳げない。

どちらかが組合に行って救助を訴えるべきだが、そうすると俺では役不足。

必然的に、俺が操舵を担当するのか。)


―――――・・・ラッス。


じわじわと、色のない感情の炎が迫って来る。

焼かれている場合ではない。

シャウラは積みきれなかった発掘品の半分を森の中に、落とした枝で隠して、

出航の準備を始めた。

山道は川に沿って続いている。

再程はそのせいで逃げられたが、

船とビーバー隊の合流地点を近付けるにはちょうど良いと考える。



慣れない操舵に強張(こわば)りながらも、

船着き場から“金のドングリ(バラタハビー)”号を出すことに成功したシャウラだったが、

徐々に勾配(こうばい)を付け始めた山道と岩礁に、接岸を阻まれていた。

これ以上進むと、会えはしたものの乗り込めないという事態に(おちい)ってしまう。

船を止めようと綱を手繰(たぐ)ったシャウラは、突如グラリと揺れた船体に戸惑った。

まだ帆柱の綱は(ほど)けていない。

大きな操作はしていないはず、と周りを見回して気付く。

いつの間にか、川面の色が“牙の先”の方角だけ、暗褐色になっていた。

これは何だと思ったところで、その中から声がした。


「ようよう。あんたがうちの連中をやったっていうサソリ族かい?

いーい腕みてえじゃねえか。なあ、こっちに付かねえか?その船と一緒にさあ。」


波間から少し顔を出したのは、先程、相手をした者と同じ種族だった。

話から推察すれば、あの10匹の上役ということになるのだろうが、

演技の可能性もある。

まあ、自分と違う種族の場合、シャウラには同一個体かどうかの見分けがつかない。

元々、他者(ひと)の顔を覚えるのも苦手なのだ。

シャウラは綱を放り出し、船を抱えるように脚を広げた。

泳げないので、落ちる訳にはいかない。


(しまった。こいつらは水生生物だったんだな・・・)


陸の上にいたので、その可能性に思い至らなかった。

一体、どれほどの数を集めて来たのだろう。

上から(のぞ)くだけでは、その数が全く分からない。


(・・・ああ、取り敢えず、いっぱいだな。)


それさえ分かれば、長期戦の覚悟ができる。

カシュッ、カシュッ、と音を立てて(はさみ)を開閉する。

ウンザリしたときの癖だ。



暗褐色の波が、“金のドングリ(バラタハビー)”号に辿り着く。

この船に触るなと嫌悪感で一杯(いっぱい)になるが、まだシャウラの針が届く範囲ではない。

なので、せめて見せ付けるように掲げてやる。


「やる気満々じゃあ、しょうがねえなあ。」


スッと水面にその顔が沈み、シャウラが息を吸い込んだ時、全方向から、

黄色い線に(ふち)どられた甲虫族が()い上がってきた。


「・・・すまない。先に詫びておく。」

「何だ?今更、命乞いかよ!」

「カッコ悪ぃぞ、兄ちゃん!」

「いや。この数の暴力は手強(てごわ)そうだから、その場で見極められる自信がない。

申し訳ないが、全員殺すぞ。」


数瞬の間。

躊躇(ためら)い、そして憤怒。

舐めやがってと声が上がれば、そうだ、そうだと怒りが伝染する。


「やっちまええぇ!」

「おおぉぉおぉ!」


船が右に(かし)ぐ。

どうやら川の中から船を転覆(てんぷく)させる組と、

乗り込んでシャウラを仕留める組とがいるようだ。

左から乗り込んで来た1匹が、間抜けなことにシャウラの前まで滑り落ちて来た。

有無を言わさず仕留める。

針に掛かったまま持ち上げ、今度は右前方に脚を掛けて様子見している者を狙って、投げる。

傾いた船上は、こいつらにとっても動きにくい足場らしい。

避けられずに落ちて来たその者も、同じ道を辿(たど)った。


(題して、アリジゴク戦法、か。)


もちろん、後ろも忘れていない。

シャウラの間合いに入った者は、緩急(かんきゅう)を付けて仕留めている。

速さと、間合いの範囲を悟られないようにするためだ。


右へ左へと揺れる“金のドングリ(バラタハビー)”号。

積んだ荷物の重みが幸いしたのか、何とか持ち(こた)えてくれている。

シャウラは“緑の牙”に来てから身に付けた船上の動き方を駆使し、

尾で、(はさみ)で奮闘した。

何度も咬みつかれたが、外殻を通った攻撃はない。

次第に動ける者が減ったためか、揺れも小さくなっていた。


(勝負あったか?)


初めから全員で転覆させる作戦だったなら、シャウラは死んでいただろう。

左の縁まで行って、水面下の相手を針で狙うくらいは出来ただろうが。



覚えていろも何もなく、暗褐色の波は引いて行った。

来た時より小さい群れになっているのを、シャウラは確認した。


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