潔川(けつせん)の旅
道を行くこと5日。
夜の方が得意なシャウラとラッスで、
疲れて眠ってしまったビーバー妹と弟を背負って運んだり、
食事時になると、マッフルートが華麗な大木切りを披露したり、
小川や池を見付ける度にラッスが飛び込んだり、
アクタの寝相の悪さが壊滅的だったり、熊を組体操で追い払ったり。
シャウラは、こんなに楽しいのは外に出て初めてだと思った。
しかし、仲間に入れて欲しいと申し出ることは、
シャウラにとって、とても高い壁だった。
話を聞く限り、実入りのいい仕事ではない。
財を蓄えて家族を呼ぶという目標も叶えられそうにない。
自分一人なら、この世界に飛び込むことが出来るだろう。
しかしそれは、家族に対する裏切りのように思えてならない。
後ろめたい気持ちと共に、シャウラは歩む。
決断を求められたとき、その期限は短いことが多い。
特に、自分の行く末を左右するような決断は。
この仕事が終わるまでに、決心がつくことを願うシャウラだった。
「じゃじゃ~ん!ここが~我らの仕事場~、潔っ川!」
「「じゃっじゃ~ん!」」
クルッと回って、ドーンと紹介してもらったが、
曇り空のせいで雰囲気が損なわれてしまっていた。
「まあ、雨にはなってないみたいだし、今の内に船を出そう。」
マッフルートがバタバタと飛んで行き、他の面々はゆっくりと岸に向かった。
「来た来た~!来たよ~!」
上流から滑り込むように接岸した小型の船は、
シャウラが凛川を下ったときよりずっと立派な物だった。
「「「その名も~、“金のドングリ”号!!」」」
「・・・・・・また、変えたか。」
「・・・沈みそうな名前だな。」
「おいおい、俺がカッコ良く乗ってきたことを誰も話題にしてくれないのか?」
マッフルートがピカッと翅で光を反射し、視線を集めようとする。
「もうもう、ウザい~!マッフル~トが、ウ~ザ~い~!」
「カッコいいよ、マッフル~ト。」
「ありがとう、クトラット。ちょっと報われたよ。」
「さあさあ、乗った乗った~!現場に向かうよ~!バビュンッとよろしくぅ~!」
乗り込んだアクタは操舵室に位置取り、のしっと腰を下ろした。
はいはい、と舵を握るのはマッフルート。
「これは、誰の船なんだ?」
これまでの経験を生かそうと綱を鋏に取るシャウラは、
ビーバー妹ことシャーリと、弟のクトラットに訊く。
「これはねこれはね、組合のだ~よ!」
「そう。借りてるの~。」
マッフルートの乗り慣れた態度に、ついビーバー隊の物かと思ってしまった。
(そうだな。世の中は、そういうものだよな。)
組合に、貸し船制度というものがあったとは知らなかったシャウラだった。
ビーバー隊の夢を乗せて、小型艇は水を切る。
尾に当たる風の強さで、シャウラは速度を体感していた。
舟に乗って5日。
ラッスから“金のドングリ”号の操作方法を教わったシャウラは、
船の動かし方を身に付けていた。
しかし、まだ風を読むことが難しい。
様々な地を巡ってきたが、土地が違えば気候も違う。
涼しい風が左から右へ、ほぼ一定に流れるこの地でも、気温差で風向きは変わる。
航行技術の習得に取り組むシャウラを、皆「真面目だな~」と見守ってくれた。
「今日あたりでハシャブ・ザンに出られそうだな。」
マッフルートの声が嬉しそうだ。
ここ数日ずっとその話をしていたので、どんな場所なのか、
シャウラは見ずとも知っているような気になっていた。
ラッスの子供たちが、そこで父の帰りを待っているのだ。
潔川には、“泉の街”から“牙の先”までの間に幾つもの集落が点在している。
全て探索者たちが、探索や発掘の拠点にするために作った場所だ。
元々の住民である木精のブナ族との衝突もあり、全ての拠点が残った訳ではないが、
和解後は、それぞれの形に落ち着いている。
これから行く集落、ブナの森林の中に埋もれているらしい。
そこでは、木の洞や枯れたスギの枝で出来た家が主で、
キノコの栽培や清涼剤の精製などで生計を立てている者も多く、
ラッスの子供たちも、その手伝いをして暮らしているのだと、
シャウラは聞いていた。
「あのねあのね!あたし達もね~!
清涼剤を売るついでに“深緑”に行ってたんだよ~!」
「そう。“手を空のまま歩くのは馬鹿だ”って言うしね~。」
「・・・」
遠くを見つめているラッスは、子供たちのことでも思い出しているのだろうか。
船は、まだ明るいうちに集落に辿り着き、
その桟橋の上で、シャウラ達は久しぶりの揺れない地面に喜んだ。
(・・・重い。)
シャウラは、ラッスの子供たちに集られていた。
父子の感動の再会の後、ビーバー隊は用事があるからと、
シャウラを子守という名の生け贄にして出て行ってしまったのだ。
「ねーねー」
「お話して、お話して。」
「とうちゃーん」
「シャウラ。大丈夫~?・・・あ~。」
「もじゃもじゃぁ」
クトラットの声が聴こえるが、埋もれているシャウラにはその姿が見えない。
彼は本当に、手のかからない良い子だと思う。
しかし、ラッスの子供たちはサソリが怖くないのだろうか。
物怖じしない様子に、シャウラの方が戸惑ってしまった。
(・・・妹も小さいときは、こんな感じだったな。)
背中の重みに在りし日を思い出していると、沈黙を危機と思ってくれたのか、
クトラットの平たい尻尾がシャウラの頭から子供たちを払いのけてくれた。
「ありがとう。」
「うん。」
「えーん」
「何すんのー」
「痛い。痛い。」
クトラットが子供たちから前脚でグサグサと突かれて、悲鳴を上げ始めた。
そろそろ限界だな、と思ったシャウラは声を上げる。
「はい静かにー。これから、お散歩に行こうと思いまーす。
煩くする子は置いていきますよー。
はい、じゃあ、お兄さんの背中に乗る順番を決めようねー。喧嘩しないよー。」
クトラットが口を開けてこちらを見ている。
やはり感情の籠っていない棒読みではダメだったか、と思ったが、
目の前で相談を始めた様子を見ると、効果はあったようだ。
留守番を頼まれたが、外出を遠慮するようにとは言われていない。
いいよな?とクトラットを見ると、まだその口は開いたままだった。
お散歩用車のシャウラには、3交代制で乗ることにしたらしい。
時々立ち止まって乗り降りさせながら、シャウラは集落の中を見て回っていた。
子供たちの中でも年長の女の子はしっかりしていて、
シャウラに、あそこに何がある、そこは行き止まり、と教えてくれた。
意外なことに、集落にもシャウラを見ても忌避する者が少ない。
タガメ族には体躯の良い者が多いからだろうか。
それとも、わっちゃりと乗せた子供たちで、
シャウラの姿が分かりにくいからだろうか。
(この香り、どこかで嗅いだことがあるな・・・。ああ、巡礼のときか。)
店頭に並ぶ葉物から、記憶を刺激する香りがした。
疲れに効くという文句で、砂漠や山脈で売られていた物と同じ匂いだった。
あれはもしかしたら、“緑の牙”から出荷されていたのかもしれない。
「ねーねー、次行こうよー。」
「交代!交代!」
「まーだ」
急かされて、シャウラは身体を揺すり、背負い直す。
「じゃあ、あの畑の角で交代ねー。」
「「「「「「はーい」」」」」」
「・・・やっぱり、キャラじゃない。」
「ん?何か言ったか?」
首を振るクトラットに、もしかしたら疲れたのかもしれないと考える。
(無理もないな。上陸からずっとコレだからな。)
ラッスが帰ってきたら、何か甘い物でも奢ってもらおう。
そんなことを考えながら、シャカシャカと踏み固められた道を行く。
明るい緑の光の中、湿った土の匂いが、どこからか懐かしさを連れて来た。
「あ!」
「ないむー!」
角からふらりと現れた木精を見て、
子供たちがペタペタとシャウラを追い越して行った。
「まあ・・・」
足元で重なる子供たちに少し困ったようにして、その女性は呟いた。
恐らく、この女性が話に聞く母親代わりの木精なのだろう。
「あなたは、ラッスの友人かしら?あの子、戻って来てるの?・・・あら。」
「うん。久し振り~です。」
「まあ、クトラットね?ちょっと見ない間に・・・」
「ナイムー」
「ないむ、だっこ。」
「このお兄ちゃんがね、あのね、」
「や~」
子供たちがいては、おちおち話が出来ないのは、どこも同じなのだろう。
シャウラは兄弟に踏まれて泣いていた1匹を拾って、背中に乗せた。
それを見ていた木精が微笑む。
「私、ブナ族のラマディー・ナイムと申します。
ラッスが留守の間は、この子たちの親代わりをしています。
貴方は、ラッスの新しいお友達かしら?」
「・・・シャウラだ。」
「友達・・・。そう、友達。また下流域で仕事する、その護衛。」
「その護衛さんに、子守りまで頼んだのかしら?ごめんなさいね。」
「いや、これくらいの手伝いはする。・・・そういうものだ。」
「うん。シャウラは真面目~。」
「まじめ~?」
「だっこぉ」
「そう。ありがとう。」
ナイムと名乗った木精が子供の1匹を抱え上げたとき、
来た道の方から声を掛けられる。
「シャウラ、ここにいたか。・・・あ・・・。」
「・・・子供を任せて悪かったな。・・・・・・ただいま。」
シャウラは、マッフルートの長い触角が震えるのを見た。
「父ちゃん!」
「とうちゃーん」
わらわらと父親に鞍替えする子供たち。
シャウラは初めて、ラッスが父親であることを実感した。
ラッスの家に戻り、取り敢えず一服する。
子供たちが運んで来てくれた水から、何となくあの涼しい匂いがした。
「そりゃあ、タムシバの泉から汲んでるからな。」
「・・・それが、あの葉物の名前か?」
「そうそ~う。意外と良~いお値段で~、売れるんだ~よね~!」
「でもでも、ちゅーしゅちゅりょーが~、少ないから~、
売り捌けるほどには~ならないんだよね~!」
「そう。ラッス一家が総出でやっても~、これくら~い。」
クトラットが空の小瓶を持ち上げる。
「そうか。大変なんだな。」
「大丈夫よ!私、お手伝いできるもん!」
「てつだぁい」
口々に担当する仕事を教えてくれようとしている子供たちをいなしつつ、
ビーバー隊はこの先について話を進めた。
「とりあえず~、シャウラが良いなら~、この先もど~ぞ、よろしくぅ~!」
「・・・いいのか?ほとんど何もしていないぞ?」
「いいんじゃないか?熊を追い払えたし。」
「カッコ良かった、カッコ良かったよ!」
「・・・いや、追い払ったというか、ただラッスの上に乗っていただけなんだが。」
「い~の。」
「・・・・・・うむ。」
「きっと~、その鋏が~唸ったのさ~!」
「なんで俺のピカピカには反応してくれないんだろうな~。」
「しないよしないよ~!熊は鳥じゃないんだよ~!」
「そう。怖くな~い。」
「次に会ったら、あの背中をガブッと――」
「「無理無理~!」」
「・・・・・・」
マッフルートが熊を撃退できるかはさておき、
特に予定の無いシャウラとしても、ビーバー隊の護衛は受けても良い仕事だった。
ただ、一つ懸念があるとすれば。
「まあ~、船着き場で見かけた、あいつらだね~。」
そう、ビーバー隊の目の敵にしているゲンゴロウ一家と思わしき者を、
“金のドングリ”号に乗り込んだときに見かけたらしい。
潔川の下流域は広いが、発掘先で同業者と鉢合わせることもある。
目星を付けるのが大体同じ場所になるからだ。
しかし、早い者勝ちが不文律のため、トラブルになることは少ないらしい。
が、今回は相手が相手。
先回りして嫌がらせの準備をしていることも考えられるため、
発掘場所を見直す必要があると、ビーバー隊は話した。
それを聞いたときシャウラは、ゲンゴロウ一家とはずいぶん暇な探索隊だなと、
思ったものだ。
「まあ~、鉢合わせないよ~に~、端の端に行っちゃおうかな~?」
「いいねいいね~!」
「・・・・・・構わない。」
「それじゃあ、船とだいぶ離れちまうぞ?壊されんのが一番困る。」
「うん。それ困~る。」
「確かに~、僕らは船が~命!しか~っし!」
「あのねあのね~!」
ザッと広げられたのは“牙の先”付近の地図のようなものだ。
アクタが長年コツコツ書き込んで来たらしく、擦れてボロボロになっている。
ここに~、と指差された場所は、川から少し離れた場所だった。
「森ん中じゃねえか。」
「「んっふっふ~!」」
「・・・・・・もったいぶるな。」
「抜け道、と見た。」
「!!お~っと~。」
「バカバカ~!クトラットのバカ~!私が言おうとしてたの~!」
シャーリが、弟を尾で叩いた。
うわっと声を上げて背中に避難してくるクトラットを受け入れてやる。
「そう怒るな、シャーリ。」
「だってだって~!」
「こらこら~、話は途中だよ~!続きを兄が話しても~、い~のか~い?」
「ダメダメ~!」
ビーバー兄妹が、集落や港で集めた情報を基に発掘計画を立てる。
“牙の先”は探索する者が他方に比べて少ない。
それは危険や労力に見合う物が無いと思われていたからだ。
ところが、“牙の先”の真正面に開く潔川の流入口の奥に、大きな鍾乳洞が発見され、
大きな危険が伴うが旨味のある場所として、徐々に探索者の数が増加している。
潔川は、その水の大部分を“牙の先”の流入口“大穴”に流し込むが、
勢い余った水流が“牙の先”の左右に分かれて断崖絶壁に至り、海まで落ちている。
その左右に分かれた“牙の先”の麓に探索者の拠点ができ始めており、
ビーバー隊は、その拠点を利用することが多かったらしい。
3本の川の源流、その泉に浮かぶ“泉の街”ミアフ・ヤナビアはビーバー族が作り、
運営している街だ。
彼らは土木技術に長けた種族ということもあり、大陸中の河川や湖で、
探索者として活躍している者も多い。
“牙の先”が活気付いていく中で、拠点作りの担い手としてビーバー族も、
ちらほらと集まって来ている様子。
拠点が広がっていくにつれ、彼らと深い繋がりのある探索者組合の影響力も徐々に強まってきている。それが面白くないのか、ビーバー隊が警戒しているゲンゴロウ一家は、“牙の先”の左側に拠点を置き、その運営に介入している気配があるらしい。
そのためビーバー隊は、探索者組合の影響力が強い右側を選んでいる。
今回は、右側の拠点の手前に、新しく作られた船着き場と呼ぶ場所に、
“金のドングリ”号を停泊させるという。
潔川から森の中まで水を引いたらしいが、
探索の規模が大きくなるとそこも拡大されていくのだろう。
「僕らは~、この場所から~ここを狙うよ~!」
「こりゃまた、腰の引けた選択だな。」
「だってだって~、怖いもの~!」
「安全牌~。」
「・・・・・・しかし、誰かと鉢会うのは避けられるが、作業場としては危険だぞ?」
「そうなのか?」
「そうだね~!
なるべく断崖絶壁側でやりたいし、そうなると流れが急だからね~!」
「そう。一巻の終わり~。」
「大丈夫、大丈夫~!
ちゃ~んと工事してから作業するし、シャウラは水に入らなくていいからね~!」
アクタが指差したのは潔川の右に分かれた支流の先だった。
遺物が流されて盛り上がった川底に引っかかることはよくあるが、
“牙の先”の麓も鍾乳洞も、調査の手がかなり入っているはずだ。
となると、狙うは更に先の支流である。
ここまで来ると細かな物しか発掘できないだろうが、宝石に硬貨、細工物など、
価値ある物が見付かることもある。
シャウラは、確認しておかなければならないことがあった。
「アクタ。お前たちは、どうして探索をしているんだ?金か?名誉か?」
護衛をする以上、依頼主が何に執着しているのかも知っておかなければならない。
時には、依頼主の命を優先するために、金品の放棄や巡礼の断念を勧めるからだ。
いざ撤退、となったときに短時間で説得できた方が、危険度は下がる。
それを踏まえての質問だった。
ビーバー隊は、互いに顔を見合わせ、それぞれに答えてくれた。
「僕は、まあ~お金だけれど~。隊員を養っていかないといけないしね~。
でも~、ワクワクのためでもあるね~!
成果が出ないなら、他の工事現場に出稼ぎにも行くよ~!
次のワクワクのためにね~!」
「あのねあのね~!大丈夫なの~!そこまで、しゅ~ちゃくしんはないのよ~!」
「そう。命の方が~、大事。・・・二の舞はしな~い。」
「俺は~、俺も、そうだな。金とワクワクのためだな。
ま、こいつらのワクワクとは別物だけど。
稼ぎが少なきゃ、ラッスと一緒に出稼ぎもしてるし、
いつも、何かありゃ放棄する心積もりで探索者はしてるよ。」
「・・・・・・・・・金だな。」
「ラッス~?言葉が少ない分、君が一番ガメつく聞こえるよ~?」
「強欲強欲ぅ~!」
どうだろうな、と思いつつ、シャウラは皆の言い分を理解した。
実際にお宝を目にしたときこそ、諦められるか否かが分かるが、
そんな事態になるまでは信じていたいと思う。
ワイのワイのとふざけだしたビーバー隊。
会議の様子を見守っていたのだろう。
ナイムが、子供たちを連れて何かを運んで来た。
それに気付いたマッフルートの相貌が、崩れている気がする。
船上から思っていたが、子供が好きなのだろうか。
全くそんな風には見えないのだが。
「・・・・・・・・・懸想。」
ボソッとラッスが口にする。
「言っちゃダメだよ~、ラッス~!」
「し~し~、黙ってあげて~!」
小声でビーバー兄妹が窘めた。
そっとマッフルートを見ると、目が皿に釘付けになっている。
腹が減っていたのかもしれない。
「さあ、食べて行ってくださいな。」
「・・・ありがとう。」
出された白い物に鋏を入れる。
啜ると、濃厚な甘みが広がった。
感動で顔を上げると、ラッス以外の全員が、
『千年に一度』が来たかのような顔をしていた。
ラマディー・ナイム(ブナ族)




