ビーバー隊
依頼主は、厳めしい探索者だった。
シャウラと同じ低い目線で、鋭い鉤爪を組んで鎮座する様は貫禄に満ちていた。
これが探索に携わっていた者の風格かと、圧倒される。
が、横からかけられた声に、シャウラは勘違いをしていたことを知る。
「ど~もど~も~!今回ご協力をお願いしたビーバー隊の~、リーダー!
アクタです!よろしくぅ!!」
「「よろしくぅ!!」」
「・・・」
「俺はマッフルート。で、こっちの厳つくてゴツいのが、ラッスね。」
ビーバー族3匹が揃って同じ動作をし、ビシッと決めた。
こちらを見据えるように座っていたタガメ族は、
カミキリムシ族の若者に紹介され、黙ったまま頷いた。
「不愛想で悪いね。こう見えて温泉好きの良い父親なんだ。
仲良くしてやってくんな。」
シャウラの好感度が上昇する。
「よろしく頼む。良かったら、この辺で一番良い温泉を教えてくれ。」
相手の様子を見て自己紹介に一言付ける。
これだけでも印象は変わると教わったが、上手く出来ただろうか。
「な~んだ~!君も温泉好きか~い?なら、話が終わったら一緒に入っといで~!
ラッスは、何度もお代わりできるんだな~!」
「・・・」
否定やしないところを見ると、シャウラに会う前にも入っていたようだ。
どことなく艶々していたのは、そのせいだったのか。
しかし、誰かと一緒に入浴するのが苦手なシャウラは、
頭の中で、温泉と安息を天秤にかけた。
答えを出す間もなく、話は仕事内容に進む。
「ま、用心棒を依頼したのは念のため、というか、ぶっちゃけ抑止力なんだわ。」
「マッフル~ト~!いきなり内情をバラすだなんて~!」
「まさかまさかの展開だよ~!」
「そう。唐突、だよ~。」
「いやいや、これが礼儀ってもんだろ。」
「・・・」
「・・・抑止力ということは、獣からではなく敵対する誰かがいるということだな?」
「そう。その通~り。」
「悲しいかな!申し訳ない!もっちろ~ん、道々で出くわす獣を~、
追っ払ってもらうことが~、基本的なお願いなのだけれど~!」
「あのねあのね、そんなにね~、ビシバシ戦うとかは無いのよ~!
相手は同業者だし~?上がりを多くしたいのは~、誰も一緒だからね~?」
「ま、安心した。その厳めしさなら、近寄っても来ないだろ。
組合には、見た目が超強そうな奴で!って、お願いしてたから、
この3兄妹がへなちょこなせいで、目え付けられたようなもんだしな。」
「・・・ラッス殿も用心棒か?」
話を聞く限り、威風堂々としたラッスも、
シャウラと同じように雇われたのかと思って訊いてみたのだが、
帰ってきたのは3兄妹の爆笑だった。
「あ~~~はっはっはっ!はは~!」
「きゃ~~っはははははははっ!」
「うふっう~ふっ。ぶふっふ~ふふ~!」
「??」
「おい、用心棒が大困惑してるぞ。・・・ぶふっ。
はは、いや~すまん。こいつはな、川底浚い担当なんだわ。力仕事な。
よく間違われるんだ。当然だけども。」
いつの間にか契約が勝手に成立させられそうだが、流されてしまってはいけない。
シャウラは契約内容の確認に入った。
仕事は護衛。森林の獣等が一行に危害を加えそうな場合にこれを駆逐する。
相手が『紋』のある種族だった場合は、交渉を一行に任せ、撤退戦のみ行う。
期間は潔川沿いにあるハシャブ・ザンという集落に到達するまで。
報酬は砂金だ。
泉から噴き出す水の中に時々金が混じっているらしく、
“緑の牙”の川で生活する者は、これを採取して生活の足しにする事が多い。
金は加工しやすいため様々な所で取引される、基軸流通物だ。
大陸において物の売買は、基本的に物々交換に近い。
探索によって掘り起こされた『千年に一度』以前の硬貨も流通しているが、
扱い的には骨董品だ。
何故なら、『千年に一度』が来るからである。
硬貨を鋳造して、それを持って逃げたところで何になるのか、
というのが大陸中の共通認識だ。
食物がなければ、硬貨などただの金属の塊なのである。
鉱族にとっては、近しい金属が生きる糧になることもあるそうだが、
彼等は秘密主義的で、生態について詳しいことは語られておらず、
鉱族との交渉に硬貨がどれほど有効なのかは不明だ。
このため商業の場では、何がどんな物と交換できるのか、
商人が客と交渉して決める。
揉め事があれば、その商業地で力を持っている者の所に話を持って行く。
商業地ごとに需要は違い、どこに何を持って行くか、
商人は耳目を駆使して用意しなければならない。
そして、商人が生活を懸けて商売に挑んでいる以上、
客も生半可な言葉では値切れない。
商人に言われるままに自分の持つ物を差し出せば、
たちまち交渉に使える物は無くなってしまうだろう。
これを面倒とみた一部の国家などは、基軸流通物というものを定めた。
長期の保存に耐える物、国家事業に使用する物、
職人の作った織物など一定の質を保つ物。
こういった物を限定的な地域に限り、定めた量で交換できるようにしたのだ。
家畜なら何歳のものが何頭、塩や鉱物ならこの重さ、布や紐ならこの長さ、
といった具合である。
しかし、それに関与しない住民にとっては、この制度は身近なものではない。
一般的な家庭の財産と言えば、その家で作られている、
野菜などの傷みやすい物、合間に作られた手芸・工芸品などである。
それは、住人同士あるいは商人との交渉で使われることが大概で、
何か特別なことが無い限りはお世話になることが無い制度であった。
「悪くない条件だ。が、・・・仕事内容にしては過分じゃないか?」
シャウラが請け負ったのは、潔川の集落までの護衛だ。
探索隊を狙う連中とやらが余程の脅威でない限り、この報酬が妥当とは思えない。
「・・・君って、真面目だね~。」
「・・・正直。」
「や~いや~い、正直者~!」
「こら!他者を揶揄うんじゃない!」
「「ごめんなさい。」」
「まあ、きな臭いこのご時世だ。警戒するのも分かるよ。
雇われた側からしたら、前金貰って逃げるだけでも良い儲けになる話だろうね。
あれ?俺らが警戒してたのも計算済み?だとしたら強かだね~。
君の場合は・・・ないか。そうだね、その正直さを買って、翅を開こうじゃないか。」
マッフルートが、バッと鮮やかな翅の隙間から白っぽい身体を見せてきた。
そっと目を逸らしてアクタの話を待つ。
が、口を開いたのはラッスだった。
「・・・奴らとは彼是、5年程の付き合いになるか。」
それからボソボソと小声で語ってくれたが、掻い摘むとこういうことらしい。
探索者組合に所属するビーバー隊は、
5年前に“牙の先”を含む潔川下流域で行われた、大規模な共同発掘に参加した。
発掘品は一旦、全て組合に提出され、研究後に発掘者に返却される運びになっていたが、そこで不正が発生した。ちょろまかしである。
その犯行がビーバー隊であると槍玉にあげられ、
5匹は汚名を返上しようと奮戦した。
その過程で、真犯人として、ビーバー隊を告発した探索隊が浮上したが、
証拠は疾うに消されてしまっており、現在に至っても真犯人は不明、
ビーバー隊の疑いも晴れないという有耶無耶な状態のままだ。
その隊は活動を続けており、事件後、暫くは大人しいものだったが、
ここ最近、急に羽振りが良くなり、手勢が多くなったことで、
ビーバー隊に嫌がらせをしてくるようになった。
それが度を過ぎてきて、前回の探索でとうとう負傷者が出てしまった。
負傷者といっても、怪我をしたのは向こうの陣営なのだが、
それを境に、探索の妨害から流血沙汰に移行しそうだったので、
用心棒を雇って、牽制しようという話になった。
「・・・・・・今ここ、だ。」
「長文ありがとう、ラッス~!」
「いいねいいね~!流行りを押さえる~その心意気!」
「ぱちぱち~。」
「あ、終わった?ご苦労さん。」
依頼に至った経緯も経緯だが、
それでもなお、この明るさを保てるのは称賛に値する。
頷いて依頼を引き受けたシャウラは、素直に、ビーバー隊を見習いたいと思った。
「あ、それから~!もひと~つ!
そこから“牙の先”に行って、お仕事の間にもいてくれるなら~、
・・・硝石も~、あげちゃ~う!」
「あれ?それ、ハシャブに着いてから話すんじゃなかったっけ?」
「「なかったっけ~?」」
「・・・・・・」
「考えてもらうって~だけの話さ~!お返事は~向こうに着いたら聞くね~!」
「・・・確かに、護衛として使えるか分からないまま、本番には連れて行けないな。
でも、道中、何も起こらなかったら、どうするんだ?途中でまた募集するのか?」
「いや、起こるよ多分。この森、熊とか出るんだよね~。」
「起こるよ起こるよ~!」
「・・・貧乏籤~。」
「・・・・・・」
クトラットの単語には引っかかるものを感じたが、シャウラは納得した。
要するに、集落まではお試し期間ということなのだろう。
用心棒のシャウラにとっては、硝石も有難い物だ。
火薬の材料にもなるこれは、探索者組合や商人組合でも、
それなりの価値で取引される。
雨で溶けやすいため長距離輸送がしにくく、何かと入用な組合にとっても、
軍隊を持つ国や、武力を持つ集団にとっても、調達しておきたい物質なのだ。
シャウラはアクタから砂金の半分を前払いしてもらい、
残りと硝石は、保管している集落に到着してから受け取るという契約を交わした。
その後、親睦を深めた一行は大浴場に雪崩れ込み、シャウラは、
ラッスが養っている9匹の子どもの話を延々と、
何故かマッフルートから聞かされる羽目になった。
あのねあのね!と懐っこいビーバー妹に負んぶを強請られ、
シャウラは湯の中を泳いで、一時の平穏を楽しむ。
心にするりと入り込まれたことに多少の警戒が生まれたが、
悪くない、とシャウラは思った。
明けて次の日。
川沿いから森に入る道を見て、シャウラは驚いた。
森の中を分け入る想像をしていたのだが、よく整備された道路だったのだ。
細かい砂利が敷き詰められていて、とても歩きやすい。
時々すれ違う者もいるので、よく使われている道なのだろう。
「意外かい?ここは田舎だからね。」
シャウラの心を読んだのか、マッフルートが声を掛けてきた。
「ああ。昔からなのか?」
「そうさ~!どうしてこんなところにって思うか~い?思うよね~!」
「あのねあのね!『空の王』あるでしょ?
アレが通ってるときにね、その下でね、作ったんだな~!」
「そう。そしたら、迷わないでしょ~?」
「凛川から潔川まで出るのに、それが一番、分かりやすかったんだな。」
「それでねそれでね、温泉街にお客さんが来るようになったから、
お客さんが迷わないようにって、有志で作ったんだって~!」
「そう。親から聞いた~。」
「でも工事中、『空の王』の下にずっといたもんだから、
日陰生活で気が滅入っちまった奴も、何人かいたとか。」
「・・・」
口々に教えてくれるビーバー3兄妹と、補足説明をくれるマッフルート。
“緑の牙”に来てから明るい旅路が多いなと、思う。
こういった雰囲気を楽しめる余裕が、できたのだろうか。
少しは、村の中で身を竦めていた自分から、成長できているのだろうか。
「『空の王』といえば、そろそろ海に出る頃だな。
もう少ししたら王冠諸島か。今年は統領戦があるんだっけか?」
「お~やおや~、もう呆けたかいマッフル~ト~?
それは去年、見たじゃな~いか~!」
「おっと、あれは去年だったか。」
「そう。前統領の圧勝だった~、やつだ~よ。」
「うんうん!すっごかったね~!勝負にならなかったもんね~!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うむ。」
あれ以降喋らなかったラッスが、吐息のような同意を示した。
体躯に似合わない小さな声は、やはり違和感がある。
「やっぱ~り君は~、勝負事が好きだね~!」
「この辺じゃ、心躍る闘争なんて、漁師の喧嘩くらいしかねーからな。」
「船乗りも船乗りも!」
「そう。酔っぱらうと見境な~し。」
「そう、なのか?」
中々に物騒な話だ。
これまで出会ってきた面々を思い浮かべる。
そんなことをしそうな者は、いなかった。・・・と、思いたい。
話もひと段落したので、これまで誰にも訊いていなかったことを口にしてみた。
「実は、“泉の街”で麗川の土木工事に関する仕事の話を聞いたんだが、
詳しい内容を知らないか?」
「何だ?次の仕事か?」
「早いよ早いよ!気が早いよ~!」
「いや、そういう訳じゃない。」
「う~ん、麗川とは~!いやいや~、詳しい話はま~ったく知らないけどね~。
ま~、おかしくはないかな~!材木は、“深緑”から“氷解の町”まで運ぶよりも~、
“泉の街”から麗川で運んだ方が~、そりゃ~速いだろうし~、安くつくからね~。」
「・・・やっぱり、集積地だったのか。」
「とは、限らな~い。」
「うんうん~、弟の言う通りさ~!“氷解の町”で大きな事業が始まらない限り~、
新たな集積地なんて~要らな~いからね~!
さてさて~?そんな大きな事業って~、何だろ~ね~?」
「この探索が不良だったら、そっちに稼ぎにでも行くかい?ラッス。」
「・・・・・・・・・・・・そうだな。」
「マッフル~ト~?!ラッス~?!
今、何かヤバい臭いしな~い?って、話してたところなんだけど~?!」
「ラッスなら~、ダイジョ~ブ感。」
「見てくれはね!見てくれはね!」
「大丈夫だ!俺が守る。」
「「「マッフル~ト~!」」」
「・・・・・・・・・・・・茶番は、面白いか?」
「・・・まあ、見てる分には。」
何も収穫は無かったが楽しい時間は貰えたと、シャウラは笑うことが出来た。
・ビーバー隊
アクタ・アラシャラ(ビーバー族・兄)
カダス・アッシャーリ(ビーバー族・妹)
クトラット・マーハシャビ(ビーバー族・末弟)
マッフルート(カミキリムシ族)
ラッス・ラムヒ(タガメ族)




