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毒無し

中央山脈から海に流れ出る黒河と、“氷の大地”に向かって流れ出る白河。

その間に線を引いた先、中央山脈から見て対角にあるのが、

“緑の牙”と呼ばれる、半島から海峡で分断された地だ。

その昔、『千年に一度(アルフ・サナ)』において大地が深く削られ、そこに海水が流れ込んで、

海峡になったと言い伝えられている。


その海峡の、船の上で綱を手繰(たぐ)りながら、シャウラは左右の山脈を眺めた。

大地が削られた際にできたという“分かたれし山脈”だ。

足元を流れる水は、海から、世界の果ての“氷の大地”まで行くのだという。


(・・・・・・途方もないな。)


いくら行く当てがないからといって、そんな所まで行くつもりはない。

そんな所では、生きていけやしない。


シャウラは流れ者だ。

村を追放されてからは用心棒として、

探索者や商人、巡礼者の護衛を行い、糊口(ここう)(しの)いできた。

今回の船旅も、鉱族であるマルラ族に雇われての旅だ。

彼らは海峡を渡った先、”緑の牙”の方の山脈で生を得て、終えるらしい。

現在、同行しているのは、死期を悟ったマルラ族だ。

つまり、総じて高齢なはずなのだが、見た目には若々しい者ばかりだ。

鉱族の生には、知られていないことも多い。

彼らがそれを秘匿(ひとく)しているからだ。

その秘匿のために、シャウラも例外なく、

山脈を越えた先の鉱族の街で、お役御免になる。

それから先は、どうしようか。と、シャウラは考える。


(”緑の牙”には、入ったことが無い。

森が深いと聞くし、そうなると森の中に入る探索者の護衛依頼があるかもしれない。

・・・行ってから、探してみるか。)


行き当たりばったりな稼業に苦笑が()れる。

が、これが用心棒の常だ。

行った先に仕事があるかは分からない。

いや、慎重に計算を重ねていたり、どの地域にいつ需要があるか知っていたり、

長年の繋がりで次の予約が入っていたりで、仕事がある者はいる。

だが、シャウラはそれをするには歴が浅い。

当分は、その場その場で仕事を見付けるしかない。


(巡礼関係なら、知ってるんだがな。)


この仕事の前はそれだった。

が、何度も繰り返し同じ道を行くのに少し嫌気がさしたことと、

見た目から、毎回、信頼してもらうのに時間がかかることが、嫌になったのだ。

何度目かに、道案内兼、荷物運びに徹して、一言も発さず終えたことがあったが、

後から斡旋(あっせん)所でもある探索者組合に苦情が来たのだ。

愛想良くしてもらわないと困る、と窓口で言われ閉口したことを思い出す。


(機嫌良く見せれば疑われ、口を(つぐ)めば不安にさせる。

・・・どうしろっていうんだ。)


大きく息を吐いたところで、声がかかった。


「どうしたんだい、シャウラ。疲れたのかい?」


同行した中でも年長だというマルラ族だ。

そうか、疲れているのかもしれない。と思ったが、言っても仕方がない。


「いや。ただ、あの山を登るのにどれだけかかるのかと思うと・・・。」


そういうことにしておく。

ああ、とマルラ族は頷き、笑って言った。


「登るんじゃないよ。(くぐ)って行くのさ。

明日着く港から、山の向こうの泉まで洞窟が開いていてね。

お前さんたちに頼んでいるのは、その穴の途中までだ。

洞窟の中から、私らの集落までの道が繋がっているんだが、

そっから先は、お前さん達を入れる訳にはいかないからね。堪忍しとくれ。

その代わりと言っちゃなんだが、洞窟の先はビーバー族の街になってる。

そこで仕事を見付けるも良し、港に戻って、今度は別の支族に付いてくも良し、だ。

お前さんはまだまだ若いようだし、無茶な仕事はせんようにな。」


朗らかに教えてくれたマルラ族に礼を言うと、

マルラ族は笑って、船内に戻って行った。




マルラ族の言った通り、行程は想像していたよりアッサリしたもので、

登り道であったものの、入り組んだ道はなく、あっという間に目的地に到着できた。

報酬(ほうしゅう)を受け取り、マルラ族が細く複雑そうな道に入って行くのを見送って、

用心棒たちは、洞窟の奥に進む者と、元来た道を戻る者に分かれて歩き始めた。

シャウラのように、どちらに進むか迷っている様子の者も数人いたが、

シャウラは、洞窟の奥に進むと決めた。

未だ見ぬ何かに、強く惹かれるように。





洞窟は心地よかったが、大勢の足音が(うるさ)かった。

きっと船が着いた後は、こうして多くが行き交って騒々しくなるのだろう。


(誰もいないときに、ヒッソリここで過ごしたい。)


シャウラが生きられる空間は、あるだろうか。




進むこと1日半。

食事の回数が少ないシャウラは、先を行っていた集団を追い越し、

とうとう街を眼下に見た。

ビーバー族が作ったという街は、大きな泉の真ん中に浮かんでいた。


(泉というより、湖だな。)


街の中を住人が動いているが、それはとても小さな点だった。

足元を見下ろすと、山の(ふもと)から水が湧き出ているのが見え、

なるほど、ここは泉だとシャウラは納得した。


シャカシャカと足を動かし、街に下りる。

水の湧き出しているところを迂回(うかい)して下ると、

到着した頃には、辺りが薄闇に覆われかけていた。

シャウラの足でこれだけの時間がかかったのだから、

(ひづめ)を持つ種族は下りて来るまでにもう少しかかるだろう。

シャウラは、追い越してきた一団を思い出し、

彼らが辿り着くまでに次の仕事を得ようと探索者組合の看板を探した。





出てきた魚に(はさみ)で切り込みを入れ、ジワリと滲み出す脂に口を付ける。

うん、悪くない。

次々と(はさみ)を動かしながら、シャウラは組合で得た情報を思い出していた。


(・・・やはり、どこかきな臭いな。)


海峡を渡った“緑の牙”にも、異変は起こっているようだ。

森を行く探索者の護衛任務はあったが、

“緑の牙”内を流れる3本の川における土木作業員の募集や、

その護衛の仕事の方が多かったのだ。


山脈の麓を、泉から“氷の海”まで流れる(れい)(せん)

“緑の牙”を横断し、森と平野の境で“氷の海”に注ぐ(りん)(せん)

“緑の牙”を縦断し、森の真ん中を流れ、“牙の先”という山にぶつかって消える(けつ)(せん)

とある3姉妹の物語になぞらえて呼ばれるこの川の内、

麗川と凛川の河口には、それぞれ港町がある。


海峡から、大陸の中央を流れる白河までは、年中雪を被っている高く険しい山々が続き、大陸の中の国々との交易口には、決してならない立地だが、

海峡や“氷の大地”で生活を営む海峡の部族との取引が活発な地でもある。

海峡の部族は数多く、アザラシ族を始め、セイウチ族やラッコ族といった、

“氷の海”を主な生活圏とする種族を指している。


特に、(れい)(せん)の河口での取引は多く、町からは鉄鋼品が部族に輸出されている。

“氷解の町”ダワバ・ジャリディの名のごとく、鍛冶で成り立っている町だ。

対照的に、(りん)(せん)の河口にある町、“深緑”アフダル・ダキンは、林業を主とする町で、

“氷解の町”ダワバ・ジャリティや海峡の部族の食糧庫であり、燃料庫でもある。

また、河を(さかのぼ)ったところに温泉も湧いており、

厳しい寒さの中で生活を営む者の保養地にもなっている。



探索者組合と商人組合、双方から護衛依頼が出ているとなると、

かなりの規模の募集である。

場所は(れい)(せん)

“氷解の町”に向かう、森林内の幾つかの地点と、森の出口に当たる場所で行われる作業に従事、もしくはその護衛に就くというものだった。


(材木の集積地でも作るのか?)


それにしては場所が多い、とシャウラは(あや)しんだ。

ゴクリと水を飲み干し、席を立つ。

見てきた仕事の中で、“深緑”アフダル・ダキンへの水産物の加工品、

その出荷の手伝いの依頼があり、割安だがそちらの方が良いだろうと、

すでに()け負ってきたのだ。

安全第一、と心の中で呟く。

入れ違いに店に入って来た客が、ヒッと息を呑んで下がり、

シャウラはその横をすり抜けて道に出た。


(・・・別に、もう傷付いたりしない。)


慣れない()り傷がまた、シャウラの足を()かせた。




シャウラは、サソリ族に生まれた。

しかし、彼の身体は生まれつき毒を生成してくれなかった。

村の学舎に通う中で判明したその事実は、シャウラの立場をたちまち悪くした。

理由は明白だ。

種族の『紋』は“黒点”と“毒針”だったからだ。

シャウラは種族の条件を満たしていないと見()された。

狭い村の中では、どこに行っても(あなど)られた。年下からも、例外なく。

それに家族も巻き込まれ、妹までも泣いて帰って来る日々。

学舎に通う期間が満了したら、すぐにでも村を出ようとシャウラが決意したのは、

当然だった。

しかし、シャウラが村を出たのは満了から2年後になってしまった。

それも、罪人の汚名と共に。

家族にも迷惑しかかけられなかった。

ちゃんとしたお別れすらも。

シャウラはもう、どこに行けばいいのか分からなくなっていた。

物騒な姿を利用して用心棒になり、必死に世を渡り歩いてきた。


(何てことない。)


村の中の生活に比べれば、断然マシだ。

シャウラは、どこかで安定した収入を得られた(あかつき)には、

家族を呼んで暮らすことを夢見ている。

きっと、自分がいなくなっても、肩身の狭い思いをしているだろうから。

シャウラに出来るのはそれくらいだ。それが精一杯だ。


ギュッと口を(つぐ)んで、シャウラは明るい夜道を(うつむ)いて歩いた。


”毒無し” シャウラ(追放により名は削除)(オブトサソリ族)

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