表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/77

雨上がり

男性用なら、「これぞ偉大なる海の力!」

女性用なら、「豊かな海の生命の恵み。」だろうか。

商品化するなら、どういうキャッチコピーが良いだろうかと、凪は考えた。

5日前に作った、海藻シャンプーのことである。


作ったシャンプーが()えた後、凪は上の服を脱いで、(ひさし)から頭だけを出し、

雨をシャワー代わりに、髪を洗ってみたのだ。

ヌルヌルとして泡立たないうえ、

溶けずに残っていた海藻の繊維が髪の中に残ってしまったが、

気になっていたベタつきが、綺麗に落ちた。

少し磯臭(いそくさ)いが、これは使える。

が、使う前に、何かで()すようにしなければならない。


凪は、つい髪に指を差し入れてしまう。

あの後、首を振るたびに、

髪からパラパラと海藻が降って来る状態になってしまったのだ。


繊維質な物を重ねて、その上に(そそ)げば()せるのだろうが、

そのためだけに、ココナッツや布を使ってしまうのは、あまりに勿体(もったい)ない。

何か代用できる物は、あるだろうか。





薪割りに来た凪は、慣れた手つきで切り株に14本目の線を引いた。

これで半月、である。

よくもまあ、ここまで生きてきたものだ。

常時、空腹だったせいか、次第にその感覚も楽しめるようになってしまった。


「これは、こういうダイエット。」


そう思うことにしている。


「しかし、濾過(ろか)かー。」


触った髪が、またベタつき始めているので、

そろそろ2度目のシャンプーをしたい所である。

悩む凪の頭に浮かんでいるのは、コーヒーフィルターだ。

しかし、そこまで目の細かい物でなくていい。


()()えず、薪を作りながら考えよう、と凪は手斧を振り上げた。

雨の間は薪割りが出来なかったので、消費した分を補っておかなければならない。



ここまで何とか(しの)いできたが、本当に毎日が辛い。

働きたくない、と言う大人の言葉が、身に()みてわかる。

人間が機械を発明したのも、それが急速に普及したのも、

この気持ちがあったからなのだろう。


(そういえば、家の裏にあったあの装置、まだ動かしてないんだよな。)


薪置き場の、更に奥。

家の裏に()()はあった。

ここにいることに気が付いた日に、家の周りを回って見付けたのだが、

それ以来すっかり忘れていた存在だった。

雨が上がって、外で放置していた銀杏(ぎんなん)を見に行った際、

ついでに、ふらりと裏に回った先にあったのだ。

本当は、家の裏の森がどうなっているのかを調べようと思っていたのだが、

見知らぬ道を、ぬかるんで危ないときに行くべきではないと思い至り、

目に入ったあの装置が、何にどう使えるのかだけ解明しようとしたのだ。


一言でいえば、(へこ)んだ鉄板と、その底を熱するガスバーナーだった。

何と、ここで塩を作っていたらしい。

“知識”先生の講義は、長くて()み込めなかったので、

必要な時に、聞き(もっ)て作業するつもりでいる。

しかし、そんなことより凪は、ガス管の行方が気になった。

もしガスが通っているなら、その管を伝えば、人のいる所に出られるではないか。

装置の下を、目を皿のようにして探したが、“知識”が無慈悲に告げた。

トイレのタンク、要するに(こえ)()めから引いている管だ、と。


(バイオマスエネルギーッ!!)


こんなところで、エコに人生を邪魔されるとは思わなかった。

排泄物を微生物に食べてもらって、そのとき発生するガスを、

こうして都市ガスとして利用するシステムだ。

この家のトイレには排水機能が無く、足元に置いてある水入れで流していたのだが、

今の今まで、ぼっとん便所なのかと思っていた。

回収車が来ればいいな等、ぼんやり思っていたが、

もし、本当に“ぼっとん”だった場合、自分で()み出す必要があったかもしれない。

そうした心配は無用になった訳だが、

(あふ)れてから(あわ)てる可能性が大いにあったのは事実だ。


「まあ、よかったよかった。」


凪は溜息(ためいき)を一つ()いて、結果良ければすべて良し、と思うことにした。





メリッと、刃を当てていた丸太から大きな木片を落とす。

薪割りにもずいぶん慣れてきた。

あの鉄板、もとい塩釜(しおがま)の下にも、バーベキューで使うような網と灰受けがあった。


(薪が大量にいるなー。でも、そりゃそうだよな。

あんな大きな(かま)を長時間グツグツさせるのに、

トイレのタンクひとつ分のガスだけじゃ、足りないもんな。

・・・っていうか、大丈夫かな。

長い間、開栓してなかったら、ガスが充満してるんじゃ・・・

使うときに爆発されたら怖いんだけど。)


某火災映画を想像して、凪は震えた。

と、ここで“知識”の指摘が入る。


(あ、なるほど。そこまで溜まったらトイレのとき臭うか。)


万が一のときのガス抜き方法も教わる。

これで安心だ。


「よし、終わり!」


フゥ、と手で汗を(ぬぐ)って、薪を束にまとめる作業に入る。

と、ここで凪は、周りの緑に目をやった。

小さな赤い実が、手の届く所に幾つも生っているのを見付けたのだ。

凪の頭は、すぐに“知識”に問い合わせた。

食べられるそうだ。


(ただし種は毒なので、食べるなら外の赤い皮だけね。はいはい。)


凪は、ポイポイと持って来た葉っぱバケツに回収する。

今更、一部に毒がある程度では躊躇(ためら)わない。

これを食べるという鳥のために一部残して、採集を止める。

残しておいたのは、この辺りの鳥が餓死して、鳥を食べていた獣が飢えて、

凪の家まで押しかけてこないようにするためだ。

この辺りも“知識”に教わった。


(本当に、“知識”が無かったら生きてないよな、俺。

“知識”様様(さまさま)だけど、頼りっぱなしっていうのも情けないし、

何か、こう、もっと自分のアイデアとかで生活したいな。)


そして、何気無しに赤い実が生えていた葉を見て、(ひらめ)いた。

鳥の羽根のような、この形なら海藻シャンプーの濾過(ろか)が出来るのではないだろうか。


(これを何枚も重ねて、ココナッツの(あな)杓子(じゃくし)の底に()けば良いんじゃなかろうか。

・・・流石、俺!やれば出来る子、俺!)


サイズ的にもピッタリだ。

家に(こも)っている間に、試しに1つ食べてみたココナッツ。

(から)が良いお椀になって喜んでいたのだが、

煮物をする際に穴の開いたお玉的な物があれば助かる、と思い付き、

コツコツと注意深く、穴を開けて作っていたのだ。


「よし、解決!」


グン、と伸びをひとつする。

束ねた薪とお土産2つ持って、凪はウキウキとした足取りで家に戻った。







今日も今日とて川に行く。

が、水汲みでも川釣りでもない。

とうとう銀杏を剥く日が来たのだ。

“知識”によると素手で剥いた場合、(かゆ)くなったり(ただ)れたりしてしまうらしく、

すぐ洗い流せる場所で作業するべきだと思ったので、

葉っぱバケツを2つぶら下げ、こうして川までやって来たのである。


(銀杏を食べる魚とか、いるんだろうか。

・・・しかし、本っ当に、臭いなこれ。)


(えさ)に使えないかと考えるが、こんな物を食べる魚なんていないかと考え直す。

これも、冬の貯蓄のため。

何度も来ている河原には、すでに葉っぱバケツを置くための石組(いしぐ)みがある。

1つを下ろして、すぐに鍋を洗う場所に向かう。

一刻も早く作業を終わらせないと、臭いが身体に染み付きそうだ。


と、ここで、剥いた後の種を入れる物を忘れたことに気付く。

何か代わりになるようなものは無いか、と辺りを見回し、

手と同じくらいの大きさの葉を付ける木が目に入った。

3枚ほど失敬して河原に広げ、飛ばないよう石で抑えた。

こういう柔軟な対応力も身に付いてきた気がする。良いことだ。





冷たい水に顔を(しか)めながら、凪は無心で手を動かしていた。


(臭い。冷たい。なんか(かゆ)い。)


先程かじかんだ手から、実が種ごと川に流れて行ってしまい、悔しい思いをした。

それからは、果肉が大体(だいたい)取れればいい、くらいの気持ちで、

手を速めて作業をしている。


(ああ、ほんと、ザルがあればいいのに。)


色々な作業をする(たび)に、あったら良いな、が生まれる。

一番欲しいのは、あのドアだ。言うまでもないことだが。

現在、ココナッツの果実の皮は、まだ水に浸している状態で、

()って糸にする作業も1か月先になる。

糸が無ければ、丈夫な釣り糸も、網も作れない。

せめて網があれば、こんなに気を張って剥かなくてもいいのに。

そう思った凪の脳に、“知識”が(ささや)いた。


(・・・あ、あったかな。あったんだろうな。)


繊維が欲しいなら、森の中に生える植物を煮て皮を剥ぐべし、とのこと。

もっと早く教えてよ。

いや、食べ物ばかり追い求めていた自分が悪い。

これが終わったら、帰り道をゴソゴソ探そう。


(しかし、食べ物以外を煮る鍋も欲しいなー。)


海藻を煮るくらいなら同じ鍋でもいいが、

食べられない植物は化学反応が起きたり、毒が入っていたりするかもしれない。

塩釜(しおがま)は塩釜だ。あれも口に入る物を扱う物なので、同じだ。

幸い、煮る時間がかなり短いらしいので、

沸騰させたお湯を葉っぱバケツに注ぐ手法で、作ることが出来るかもしれない。

葉っぱバケツを大量消費することになるので、そう何度も作れないが。





やけにヒリヒリする手を(さす)りながら、

凪はバケツを下げて帰り道を歩いていた。

中には種になった銀杏。

そして、繊維が採れるという植物の茎を抱えている。

葉には人が酔ってしまう成分が入っている、と聞いて、凪はその正体が分かった。


大麻(たいま)じゃん!・・・ってことは、これが(あさ)か!)


嵩張(かさば)るので、千切って捨てていた葉をよく見ておく。

5枚の細い葉が根元で1つになっている。


(これを差し出されたら要注意。

・・・って言っても、乾燥して粉末にされてたら、分かんないよなー。実際。)


留学説明会では、タバコ吸う?みたいな感覚で差し出されるから注意しろ、

という話があったが、怪しい物は全部断るくらいが丁度(ちょうど)良いのだろう。

手を放してヒラヒラ落とす。

道沿いに並んでいた株を手当たり次第に刈っていると、

あっという間に腕がいっぱいになった。

まだまだ茂っているのを見て、採り放題(ほうだい)とニマニマする。

まあ、糸の生産の方が大変そうなので、

採集と加工のバランスを見て、採ることになるだろうけれど。

凪は、麻の背丈を見て、繊維は長い方に価値があると気付いた。

短いと繋ぎ目が多くなり、繋ぎ目が多いと切れやすいからだ。


(これは、束ねて上から熱湯をかけるしかないな。)


随分と場所を取る作業になりそうだ。

茹でるのに使うのでなければ、塩釜を利用してもいいかもしれない。

お湯だけ沸かして、(すく)ってかけるを繰り返す。

いいんじゃないか?と満足した凪は、もう1つ嬉しい発見をする。

お湯を適度に冷ませば、家の裏でお湯を浴びることが出来る、ということだ。

もう、ガタガタ震えなくていいのだ。

塩釜、万歳!







麻を薪置き場に積み上げた凪は、森に行く準備を始めた。

そう、浮かれてはいたが、今は食料難なのだ。

雨降りで(こも)っている間に、備蓄を消費してしまった。

致し方なかったとはいえ、焦る。

とはいえ、家にいる間に何もしなかった訳ではない。


「じゃじゃーん。作ってみましたー。」


本日、お目見え、初舞台。と、手の中の石を転がす。

箱の中にあった鋭い石を真似て、家の周りの石を使ってナイフを作ってみたのだ。

石の見分け方はチンプンカンプンで、全て“知識”に判別してもらった。

どう打ち合わせたらどっちが割れるか等も、凪には分からず、

結局、“知識”に頼りきりになってしまった。

が、実際に手を動かして作り上げたのは凪である。

ひたすら、カンカン、ガンガンやった、あの労力は認めて貰いたい。


凪が作ったのはナイフだけではない。(やじり)もだ。

回収して再利用するとはいえ、矢も消耗品である。

現在、ガッツリお肉が食べたい凪は、本気で狩猟に挑もうとしていた。

しかし、弓矢だけで獣は仕留められない。らしい。

“知識”師匠が、そう言っていた。

初心者の凪は、小動物を罠で狙うがよい、との(おお)せだ。

糸を(つむ)げるようになれば、網で鳥も狙えるらしい。

が、一先ずは今日明日のご飯だ。

山歩きをして、目についた果実や山菜を取って来るのだ。


(でも、目の前にウサギがいたら1回くらいトライしてみたいよね。)


凪は、荷物になるけど、と迷いながら、持ち物に弓と矢筒を加えた。

それくらい肉が食べたい。

塩漬け肉もかなり有難(ありがた)いが、ジューシーな肉が諦められない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ