猫に錫(すず)
『風と雲の共和国』と『滄海の王国』の会談から、遡って半月前。
『勇敢なる戦士の国』こと、通称『獣勇国』のワシャク領で、問題が発生していた。
「そんな馬鹿な!それは、何かの間違いだろう!?」
領主のイスカットは、上がってきた報告を、にわかには信じられなかった。
磨いていた皿が手から滑り落ち、甲高い音を立てて転がった。
「事実のようです、旦那様。
急ぎ、周辺の者を総動員して捜索しておりますが、未だに・・・」
執事が落とした皿を拾い上げて、机に戻していたが、
イスカットは皿どころではなかった。
「・・・それが真実なら、このままでは、錫を扱えなくなる。
モグラ族の鉱夫を抱えているとはいえ、原石の大部分は錫族からの輸入だ。
これが絶えれば・・・」
イスカットは、ゾッとして身震いした。
大陸の中心にある中央山脈から流れ出た赤河は、
大陸の端に聳え立つ、果ての山脈にぶつかる。
果ての山脈は、緩いUの字型をしており、
赤河を受け止め、河を左右に二分する。
右に流れる川の名は、砂鳴川。左に流れる川は森潤川という。
ワシャク領は、砂鳴川より内陸側、低木地帯と砂漠の間に位置している。
降雨量が少なく牧畜にも不向きな土地は、イスカットの先祖により、
鉱物資源の産出地として、獣勇国で一定の地位を得ることに成功した。
当初は貴石を扱い、それを国に収めることで、間接的に海の帝国との取引を行い、
その利益を享受していたが、帝国が崩壊すると取引量は大幅に減少してしまった。
その後も、貴石の需要は一定量あったが、今から6、7年前、
輸入元であった鉱族からの供給が減少し、とうとう手に入らなくなってしまった。
衰退した領地を何とか立て直そうと、イスカットの父である先代領主は、
別の鉱物を扱うことにした。
それが、錫である。
イスカットの代になって、保護したモグラ族を使うことで、
何とか盛栄を取り戻し、胸を撫で下ろした、その矢先だった。
錫族が蒸発し、取引が出来なくなった、という一報が入ったのだ。
ウロウロと室内を歩くイスカットを見て、妻のアユンが溜め息を吐いた。
「あなた、落ち着いてくださいまし。」
「分かっている!慌ててもどうにもならんことは、分かっておるのだ。
しかし・・・!」
何度目かのやり取りになったところで、扉が叩かれた。
やっと来たかと、イスカットは目の光を取り戻し、入れ、と許可を出した。
「すみません、兄上。遅くなりました。」
「叔父上!大丈夫ですか?」
「おお、マザイナ。お前も来てくれたのか。」
「ワシャク領の危機ですもの。私にも、何かお手伝いさせてください。」
「嬉しいわ、マザイナ。ありがとう。」
「義姉上も、お身体を壊されていませんか?」
「私は大丈夫よ。この方は、だいぶ参っているようだけど。」
「参ってなどおらん。おれるか!」
「兄上、私も共に策を講じますゆえ、一先ず、お話を。」
「うむ。」
一族の危機とみたイスカットは、領内の別屋敷に住まう弟のムーダを呼んでいた。
共に来た姪は、まだ未成年だったが、その利発さは領内一と言われている。
学舎から評価なので、決して身内贔屓ではない、とイスカットは思っていた。
「・・・なるほど。兄上の御心配は尤もです。
このままでは錫製品の価格が高騰してしまいますね。
採れなくなったという話が伝われば、いま精製中の錫まで売れなくなってしまう。」
「・・・また、別の物に切り替えるしかないのかしら?」
「それは、出来ん。」
「そうですね・・・。
宝石を磨く設備から、錫を加工する設備にするのは、炉を作るだけで済みましたが、
別の鉱石を扱うとなると、炉も精製施設も、総取り替えしなければなりません。
精製する工程が全く違ったものになりますから。」
「つまり、費用が嵩むのね。」
「少し余裕が出来たとはいえ、設備を刷新するのは痛い。
何より、せっかく育った職人を、みすみす失いたくはない。」
「・・・では、こういうのはどうでしょう?
不要になった錫製品を、回収するのです。
理由は何とでもなりましょう。そうですね・・・。
『神聖なる蛇』より賜った資源を無駄にしないため、とか。」
「それでは、錫不足を言い触らしているだけなのではないか?」
「その対策に、回収先へ職人を派遣しましょう。
錫製品を求める人がいるから、高騰が起きるのでしょう?
手元にある錫製品を修理してくれる人がいたら、次の製品を求める人が減ります。
どのみち、材料が不足している状態では、錫職人も仕事が無くなります。
下手に都会に出て、慣れない仕事をするよりは、
領のお墨付きで慣れた加工業をする方が、職人も安心して励めるでしょう?」
「ふむ。そして、その売り上げを領の収益に加えるということだな。」
「まあ、素晴らしいわ、マザイナ。」
「それは、確かにいい案だ。
ちょうど、都の大領主様に、彫金学舎の設置許可をお願いしていたところだ。
講師の派遣と、学習素材としての資源回収という体にすれば、不自然ではない。」
「学舎であれば、精製も加工もできるな。
生産する量が心許無いが・・・、うむ。我が娘ながら良い案だ。」
「では、派遣する工房を決めねばな。」
「彫金の、となりますと、あそこかしら?」
「いや、装飾品を作る分には、まだ採集量は保たれている。
大物を作っていたところから多く出そう。彫金師は、最低限で良い。」
4匹は遅くまで話し合い、
ワシャク領に降りかかった災難を、払いのける手段を模索した。
そして、弟ムーダと姪マザイナを、
副首都キタ・マフトゥ、首都ナーブへと派遣することが決まり、
イスカットは、計画が成功することを信じて、2匹を送り出したのだった。
そして、半月経って、現在。
副首都の主である大領主アルーンから、
錫の回収と職人の派遣、学舎建築の許可を引き出した2匹は、首都に来ていた。
首都と副首都は、赤河を挟むように位置しており、
河の右岸に副首都キタ・マフトゥ、左岸に首都ナーブが置かれている。
赤河はその名の通り、中央山脈から流れ出る鉱物で赤い色をしており、
河から採れる貴金属を採集して、生計を立てている民も多い。
マザイナは、河辺で金を探す民の様子を見て、ひとり考え事をしていた。
(『勇敢なる戦士の国』の民は、『勇士』。
今の学舎を出たら、ここの国学舎に入ろうと思っているけど、
他の領地から来た子と価値観が合うかしら?
私は、ワシャク領で職人たちを見て育っているから、
鉱物を扱う仕事を卑しいとは思わないけれど。
牙と爪が国是だから、他領じゃ、頭より筋肉を育ててる子が多いって、
アユン伯母上も言ってたし・・・。)
副首都での成果を郵便で知らせた後、領からはさっそく事業を始めると返事が来た。
指揮はイスカットが取ると書いてあったが、
そうなると、必然的に、アユンが領内を取り仕切ることになる。
(大丈夫かしら?伯母上は、ちょっと、ホワンとしてるし・・・)
姪の心配することではないのだろうが、
首都育ちにしては、抜けたところがあると思う。
そんなこと、父にも伯父にも言えはしないが。
「ただいま、マザイナ。戻ったよ。」
「父上!お帰りなさい。・・・何か、ありましたか?」
どこか疲れた様子の父が心配になる。
「いや、大したことはないんだが。ちょっと、宮殿内が慌ただしくてね。
待たされたんだが、結局、大臣には会えなかったんだよ。」
「まあ、大変。では、また明日も宮殿に?」
「うむ。何でも、勇者様が赤河神殿に向かわれるとか。
ここから赤河に沿って、陸を行くそうだ。」
「・・・河を、上らずにですか?」
「詳しくは聞こえなかったが、船は使わないらしい。」
「そうですか。でも、ひょっとしたら、勇者様を一目、見れるかもしれませんね。」
「そうだな・・・。」
「・・・私が惚れたらどうしよう、とお思いですか?」
「むう。いや、・・・うーむ。そうだな、しかし・・・」
身体能力を誇る『勇士』は、その面に余り秀でていない種族を、
受け付けない傾向にあった。
ヒト族の勇者が現れた頃から、風向きが変わってきたような気がするが、
まだまだ、他種族との混血は避けたがる風潮にある、とマザイナは感じていた。
「勇者様なら、素晴らしいお力があるのでしょう?
その血を受け継ぐ子が出来れば、一族は安泰ですわ。」
それでも悩まし気な父とその娘を見て、メイドが笑う。
そして2匹に、お茶の準備が出来ましたよ、と声がかけられた。
“飛ぶ鳥を落とす” イスカット・トゥユル・タイラ(カラカル族)
“妖しく光る瞳” アユン・ハミダ・タルカ(カラカル族)
“黒のとんがり耳” アダーン・サウダ・ムーダ(カラカル族)
“飾ったとんがり耳” アダーン・ムダバ・マザイナ(カラカル族)




