共和国の決断
同じ頃、アラザフィラとワジャも、獣勇国から帰った使者の報告を受けていた。
「勇者への襲撃、ですか。」
「しかも、犯人は獣勇国の民。・・・しかし、気になるな。」
「正気を失っている様子、という点ですね、統領。
私も、紋が赤く染まるなど、聞いたことがありません。」
「・・・謁見の場に立ち会っていた教会の者は、
教会からも研究者を派遣すると、申しておりました。
獣勇国の研究者や医師らと協力して、その症状について解明を急ぐようです。」
「我が国からも、出した方が良かろうな。」
「見繕っておきましょう。」
「獣勇国は、これを『王』の仕業と断定したが、
本当に、近付いただけで暴徒化するのか?」
「であるならば、我らは疾うに、精神を侵されているはずですね。
条件があると考えるのが妥当かと。」
「はい。ですが、その点については、まだ仮説も立っていないようです。」
「しかしこれは、・・・頭が痛いな。」
「そうですね。本当に『王』がそれを引き起こしていたのだとしたら、
4か月後に、その上空を通過する我らの『空の王』に、どのような影響が出るか。
我々や民も、暴徒化しない保証はありません。」
「最悪の場合を想定して、そのときは非常事態宣言を出すべきだな・・・
国民の避難先は、都市国家群辺りになるだろう。アラザフィラ、調整を。」
「承知しました。」
「王国の『海底の王』も気になるな。
かなり離れているとはいえ、問題の『山脈の王』のいる山脈は、
海底まで裾が広がっている。・・・すまんが、王国にも伝えに行ってもらうぞ。」
使者を務めたハト族には、追って書簡を持たせると伝え、下がらせた。
やっと2羽になれたワジャは、大きく息を吐いて、
豪華な止まり木の上で、少し跳ねた。
「・・・まったく。」
「すまねぇ、兄ぃ。でも、これやったら結構良い案が出てくるんだ。」
「ほう。で、何か出たか?」
「ん~、ひとつ。これって獣勇国の狂言の可能性も、あるんだよな?」
「あるな。しかし大々的に、神殿を動かしてまでとなると、何が目的だ?」
「うーん・・・。示威?いざとなりゃ、神殿まで動かせるんだぜ、的な?
もしくは、勇者が邪魔だった誰かが起こした、とか。」
「なるほど。現君主の力を削ぐための工作か。ありえない訳ではないな。
それにしては、規模が膨らみ過ぎてしまったが。」
「・・・そいつが、すっごいアホで、今、大事になったって慌ててたりして。」
「・・・・・・8年前の、誰かを思い出すな。
ところで、お前の出した精鋭部隊からの続報は無いのか?」
「ああ、この件を伝えに飛ばした奴がいるから、それが戻ったら聞こうと思ってる。
それと、これなんだけどな、兄ぃ。」
ぺらり、と差し出された書類を受け取って読む。
「・・・幼鳥院の卒業試験、か。お前はどう考えてるんだ?」
「やってもいいと、思ってる。」
「ほう。しかし、この時期は、今より山脈に近くなっているんだぞ?」
「避難するための輸送要員は、多い方が良い。
卒業生が使えるか使えないかを判断するには、これが一番だろ、兄ぃ。
もちろん、それまでに何の兆候も無けりゃの話だけど。」
「・・・そうだな。雛たちには悪いが、少し頑張ってもらうか。」
「むしろ、試験が無くなる方がガッカリすると思うんだけどな。」
机の上に広がる、獣勇国との会談結果をまとめた書類を、2羽で見詰める。
獣勇国が提示した『山脈の王』討伐の理由に、信憑性がある訳ではない。
現場に共和国の研究者を派遣し、真偽を確認してから、決断することになるだろう。
共和国の統領府は、これから、『山脈の王』上空を通り過ぎるまで、
予断を許さない状況になった。
暴徒が出る前に全国民を避難させるか、出てから避難勧告を出すか。
予め避難勧告を出すにしても、『山脈の王』を視認してから出すのか。
避難させる順番は、残しておく戦力は。
国民の財産の持ち出しを許可するか、今から奨励するか。
勧告後に、国民を恐慌状態にさせないためのコントロール、
避難後の食料や生活用品の確保、指揮系統や治安状態の維持、
他国に避難民を受け入れてもらうための国力の維持。
挙げれば切りがない問題量だ。
最悪の場合、これが『千年に一度』の前兆だったという可能性もある。
そうなれば、『風と雲の民』の存亡を懸けて、民を統率し、
生存率を上げる方向を見定めて舵を取らなければならない。
「・・・まあ、騒ぐだけ騒いで、何にも無かったとしても、良い避難訓練になるだろ。
商業活動の停止は痛いけどなー。騒ぎ自体は3、4か月で片が付くだろうし、
取り戻せない程のものは無いだろ。
『風と雲の民』には、俺の首一つで溜飲下げてもらって、
兄ぃが、また統領になって、再興してくれればいいさ。」
「またお前は・・・。軽々しく、そういうことを言うな。」
「もし、これが『千年に一度』の始まりだったとしても、
大陸で生活してる奴らがいる。皆で力を合わせりゃ、何なとなるさ。
俺は信じてるぜ、兄ぃ。『風と雲の民』は、何度もそれを越えて来たんだ。」
語るワジャは、眩しい。
アラザフィラは、統領戦に敗れた時を思い出した。
(そうだ。俺は、この光に飲まれたんだ。)
だから、伝える。
「お前以外にいない。」
「兄ぃ。」
「『風と雲の共和国』の統領に相応しいのは、お前だ。忘れるな。」
しばし見詰め合い、互いの意志をぶつけ合う。
「え~、こほん。」
「エルソム?!」
「うわっ、いつからいたんだ?!」
「そうじゃのう、お前さんらが告白大会を始めた頃かの。」
「・・・ノックが聞こえませんでしたが?」
「しとらんからの。」
「俺らに散々(さんざん)、礼儀作法だのを叩き込んでおきながら!」
「それより、さっき使者を捕まえて聞いたが、都市国家群に渡りをつけたいとか。
儂に任せてみんか?安心せい、幼鳥院での講義は、今年分は終わっとるでな。」
「聞けよ!」
「伝手があるとは、聞いておりませんでしたが。」
「向こうとの繋がりじゃないが、飛び回っとる大使の方に縁があってな。」
「・・・教え子ですか。」
「そうよ。」
「・・・っていうか、この国でアンタの教え子じゃない奴がいるのか?」
「で、どうじゃ。」
「聞けよ!」
「ご協力頂けるなら、これほど頼もしい援軍はありませんよ。
喜んで、そのご提案に甘えさせて頂きます。」
「・・・兄ぃ。」
「ヒョッヒョッヒョ。・・・しかし、厄介なことになったのう。」
エルソムは過去に何人もの教え子を、統領にしてきた。
そんな彼が自ら動くということが、今回の事態の重さを物語っている。
アラザフィラの気が塞いだ様子を見て取ったのだろう。
エルソムが言い聞かせるように話し始めた。
「なに、共和国にとって大事なのは立場じゃが、動き方こそ肝心よ。
軽々(けいけい)に動くことと、変化に合わせて動くことは、同義ではない。
簡単に立ち位置を変える相手は信用ならんが、
その理由を説明すれば、得られる信用もあるじゃろうて。
『空の王』に何かあれば、我ら共和国だけの問題に、収まらん。
大陸にある国とて、この事態は見過ごせぬ変化よ。
それを伝えるだけのこと。
寧ろ、変化に対応できん国と見做される方が、余程、国益を損なうわ。
今は、獣勇国の支援に託けて、状況把握に努めるが好かろ。」
「・・・ありがとうございます。」
「ご助言に感謝致します。」
小柄な身体を揺すって笑い、あっさりエルソムは出て行った。
「・・・はあ。まだ、モヤッとしたのが残ってるけど、肩の荷は下りた気がするな。」
「そうだな。有難いことだ。」
2羽は互いの苦笑いを見て、笑い合った。




