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書と勇者

オギ族の『庭』に到着した翌日。

ハチ族の青年を、竹族の自警団に引き渡したユーティルが戻って来た頃には、

すでに薄闇が空を覆っていた。

結果的に、隊商の足止めをしてしまったことをサドは申し訳なく思ったが、

シャフスは急ぐものではないから、とサドの謝罪を押し(とど)めた。


「それより、お伝えしたいことが。

先程、共和国軍の伝令を名乗られる方が店に来られて、

サド隊長への取次ぎを求めていらっしゃいます。」

「・・・私を名指しで、ですか。

分かりました、案内をお願いします。」


ユーティルに、宿にいる隊員への待機の伝達と、休息を命令し、

サドはシャフスと共に店に向かった。




「ご無沙汰、サド!」

「リシャット!久し振りだな!」


そこにいたのは、伝令部隊に所属している友人だった。

彼女とは、幼鳥院からの同期で、速さを競い合った仲である。

お互い任務に追われ、もう何年も会っていなかった。

サドはシャフスに彼女を紹介し、信用に足ることを伝えた。


「お知り合いでしたか。安心しました。

では、この部屋をお使いください。店の者には言っておきますので。」


シャフスはそう言って、部屋を後にした。


「任務で来た、はずだな?」

「当前。お仕事でもなきゃ、こんな辺境まで来ないって。」

「・・・どこからの伝令だ?」

「統領府に決まってるでしょ。・・・ううんっ!

〔任務遂行中のチュウヒ部隊に通達。〕

〔共和国は獣勇国と、『勇者(ハマル・サキラ)』の保護についての協定を結んだ。〕

〔勇者は神殿の預かりとなり、現在、獣勇国から赤河神殿に向けて移動中。〕

〔一行に遭遇した場合は、その安全確保に(つと)められたし。〕

以上!」

「・・・突然だな。そうか。そういえば獣勇国は、勇者を(よう)していたな。」

「貴女たちの行動範囲からは、かなり逸れた場所だから、

関わりのない話だとは思ったんだけど。

・・・その様子だと、やっぱり、関係のあるお仕事中なのね。

ああ、大丈夫!聞かないわ。任務内容は機密事項だものね。」

「そうだな。そうしてくれ。伝令の任務は、それだけか?」

「そうよ。この一言を伝えるためだけに、ここまで派遣されたの!」


ないわよねー、と首を振るリシャットを、ご苦労様、と(ねぎら)っておく。

彼女が選ばれたのは、サドが伝達内容を疑わないようにするためだ。

これほどの重大な情報を、見知らぬ伝令から届けられては、

その内容を信用するのに時間がかかっただろう。

働かされたリシャットには悪いが、サドのことをよく分かってくれている者が、

配慮してくれた結果と言える。


「・・・ワジャ様か。」

「ふふ、そうよ。貴女の大好きな統領閣下よ。」

「もう・・・揶揄(からか)わないでくれ。それより、食事はまだか?

久し振りに顔を合わせたんだから、一緒に食べたいんだが。」

「もちろん!・・・経費ってことで、私の分も出してくれる?」


茶目っ気たっぷりに、(ずる)いことを言う友人を白い目で見て、

それでも折れそうにない様子に、サドは珍しく許可を出した。





遅くまで語り合った友人は、明け方、あっさりと帰って行った。

サドは、昨日得た多くの情報を吟味していた。

チュウヒ隊の任務は、帝国の情勢調査と『神聖なる蛇の書(キタブ・アフ・カダス)』の捜索だ。

帝国が、『(マレク)』討伐を主張する獣勇国に(くみ)するか否か、

与するとしたら、獣勇国に、どのような支援を行うのか、派兵はあり得るか、

与する理由は何か、獣勇国からの見返りとして考えられるのは何か、

そういった情報を共和国に持ち帰るのが、一つ目の任務だ。

そして、もう一つ。『神聖なる蛇の書(キタブ・アフ・カダス)』の捜索。

ワジャ統領が、リシャットを派遣してまでサドに(もたら)した情報は、

これらの任務に大きく関わってくる内容だった。





勇者(ハマル・サキラ)』とは、『千年に一度(アルフ・サナ)』が訪れたとき、

神聖なる蛇(アフ・カダス)』と共に、『(マレク)』を討つ者であるとされている。

つまり、世界中の生きる者が『千年に一度(アルフ・サナ)』を乗り越えるために、

多大なる貢献をする者なのだ。

そのため、各国も、『神聖なる蛇(アフ・カダス)』を(あが)める神殿も、

勇者(ハマル・サキラ)』が現れれば、積極的に保護しようとする。

各国にとっては、『神聖なる蛇の書(キタブ・アフ・カダス)』と同様に、『勇者(ハマル・サキラ)』を抱えていることが、

世界におけるその国の発言力の強さにもなるのだ。


しかし、どの時代にも『勇者(ハマル・サキラ)』が存在している訳ではない。

肝心の『千年に一度(アルフ・サナ)』のときにいるとも限らない。

それは、発見されている『神聖なる蛇の書(キタブ・アフ・カダス)』にも記載されていることだ。




そもそも、『神聖なる蛇の書(キタブ・アフ・カダス)』とは何か、というところから述べよう。

この世界が1000年毎に破滅を迎えていることを、何故、世界中が知っているのか。

語り継がれる伝説を決定的な事実としているのは、この書が発掘され、

研究者たちによって、その内容が明らかになったことに起因する。

そこには、1000年分の世界の様子や、『千年に一度(アルフ・サナ)』の起こりや経過が、

聖文字で記録されていた。

神殿が把握し公表している、その数6冊。

現在、共和国で行方不明となっている書を合わせて、6000年分の記録が、

この世に存在することになる。

一体、誰が残したのかは不明だが、その目的は、後世に生き残る(すべ)を伝えるため、

失った文明を一刻も早く(よみがえ)らせ、出来る限り長い繁栄を享受させるためだろう、

とされている。

書は、革のような材質で出来ており、どんな状況に置かれても朽ちない。

燃えず、破けず、溶けない。

書かれた文字も(しか)り。色褪せないまま、そこにあり続けている。

神殿はそれを、過去に(たお)れた『神聖なる蛇(アフ・カダス)』の皮と血だと伝えている。


聖文字は、普段、大陸で使用されている文字や、『与えられた紋(ナザラ・クマタ)』とは、

異なる言語で構成されている。

研究者の興味を引くのは、『(マレク)』にも自分たちと同じように紋があるにも(かかわ)らず、

神聖なる蛇(アフ・カダス)』には紋が無いという点だ。

もちろん、その体躯の大きさゆえに、見落とされている可能性も大いにあるが、

教会は、「『神聖なる蛇(アフ・カダス)』が与え(たも)うた文字であるからだ」と理由付けている。

「『(マレク)』の紋も聖文字で表されているのは、

神聖なる蛇(アフ・カダス)』がその動きを監視するために、彼らに刻んだものだ」とも、

教会は主張している。




さて、『勇者(ハマル・サキラ)』の話に戻そう。

それは、『与えられた紋(ナザラ・クマタ)』を持たず、卓越(たくえつ)した能力や技術を持って、

この世に現れる者、と『神聖なる蛇の書(キタブ・アフ・カダス)』には記されている。

紋を持たぬのは、『神聖なる蛇(アフ・カダス)』が対等と認めている証であり、

神聖なる蛇(アフ・カダス)』の意思の通り、『千年に一度(アルフ・サナ)』に立ち向かえるよう保護し、

持てる力を育てなければならない、と教会は説く。

その力を磨いてもらうことに、各国も(いな)やはない。

その勇者の代に『千年に一度(アルフ・サナ)』が起きずとも、

その力が、世界に何かしら貢献してくれることは、間違いないのだから。

各国と教会は協議を重ね、(いく)つかの取り決めをした。

勇者(ハマル・サキラ)』を発見した場合は、教会に通達し、世界規模での保護を行うこと、

神殿もしくは各国で、能力もしくは技術を磨く環境を整えること、等である。







獣勇国と教会が、『勇者(ハマル・サキラ)』発見を公表したのは2年前。

「その勇者は獣勇国にて保護され、腕を磨くべく修行に入った。」

という、知らせだった。


(まさか、『勇者(ハマル・サキラ)』がいるから『(マレク)』を倒せる、と思った訳ではあるまい。

現君主は、その地位を長く保持してきた強者と聞く。

しかも、今、『(マレク)』討伐をしようとするこの時機に、肝心の勇者を国外に出した。

・・・勇者の力が、戦闘向きでなかったから?

それとも、中央山脈で修業をさせるのか?)


リシャットからの情報を(もっ)てしても、繋げるには足りない。

赤河に沿っての行程ならば、チュウヒ隊と鉢合わせることもない。


(要請があったときに、救援に向かえばいいか。)


下手に深入れしては、任務に差し障りがある。

ワジャの期待に応えるためにも、余計なことは極力(きょくりょく)避けるべきだ。



サドは、そう考えながら、隊商が出立の準備を整えるのを手伝っていた。

何度も見ていたので、その手順は、しっかり頭に入っている。


「隊長、荷が積み終わりました。そろそろ()てそうです。」


しっかり休んだ様子のユーティルが、報告に来る。

手伝っていた他の隊員達も、準備は万端のようだ。


「全員、揃いましたね。では、出発しましょう。」


いつものように、シャフスが声を上げた。


“針状の尾羽” リシャット・ディリブラ(ハリオアマツバメ族)

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