追跡者の行く末
隊商の今日の目的地は、オギ族の『庭』だ。
シャフスによると、かなり広い『庭』のため、空からでも見えるらしい。
ならば、自分たちが迷うことはないだろうと、サドは考えていた。
襲撃の可能性が薄かったため、昨夜は夜番を無くし、隊全員に休息を取らせた。
久しぶりに宿泊施設で休めたので、皆の顔色は良い。
バニなど、食べ納め、と言ってカタクリの生菓子をお代わりしていた。
さて、隊商の後を追っているチュウヒ隊だが、ハチ族に怪しまれないよう、
多少の荷を持ち、それを警護しているかのように装っていた。
重さでゆっくりとした移動になっていると思わせるように、
隊員たちが交代で、大きな包みを運んでいる。
中身は、軽い、カタクリの鱗茎の搾りかすだ。
ホタルブクロの提灯の笠も入れ、荷が膨れているように見せかけている。
搾りかすは、家畜の飼料や眷属の肥料に使われるらしいが、
カタクリの『庭』では安く手に入れることが出来るものなので、
戦闘になれば捨ててしまっても構わないと、シャフスが言って、譲ってくれた。
世話になりっぱなしで申し訳ない、とサドが言うと、
「サド隊長がそうであるように、私も、ワジャ統領を尊敬しているのですよ。
アラザフィラ様も、それはそれは素晴らしい業績を残されていますが、
ワジャ統領の統括で、私達商人は、更に円滑に、手広く物を扱えるようになりました。ここだけの話、初めは、アラザフィラ様の単なる後釜としか思っていなかったのですが、それが大きな間違いだったと、今では多くの商人が考えています。
ワジャ統領のため、共和国のためと思えば、これくらい容易いものです。
チュウヒ隊の皆様こそ、重い任の中心にいらっしゃるのですから、
少しでもご負担が軽くなるよう、私はご助力させていただきますよ。」
そう、シャフスは語ってくれた。
彼だけではない、とサドは思う。
この先の帝国内でも、支援してくれる予定の者がいる。
(そうか。私達のすることは、彼らの未来を支えることにもなるのか。)
重圧は、時に、道を切り開く力にもなってくれる。
サドは、一筋の光が見えた気がした。
バニが、ウンウン唸って荷物を抱えている。
こちらも騙されてしまう程の演技力だ。
女優ですね、と呟いて、カスビが一緒に運ぶ振りをした。
「仲の良い姉弟だねえ。」
ヴィーが揶揄う。
「ええ、ひ弱な姉で苦労しますよ。
無駄に筋肉を求めているのに、力仕事が出来ないって言うんですから。」
「ちょっと、何が無駄よ!筋肉は嘘を吐かないの!」
「使えない筋肉は、ただの飾りでしょう?」
姉役のバニと弟役のカスビが、仲良く喧嘩している。
「・・・あれは、素だな。」
「まあ、仲が良いのは何よりです。」
そういえば、自分とユーティルは夫婦役だったな、と思い出す。
横目で見ると、彼と視線がバッチリ合ってしまった。
思わず尾羽を動かしてしまい、飛行の体勢が崩れてしまう。
「す、すまない。」
恥ずかしい所を見られてしまった。
「アハハ、いえ、すみません。
私も意識して、少し揺れてしまいました。やはり、慣れませんね。
・・・ずっと不思議だったんですが、何故、潜入部隊でもない我々が、この任に?」
「・・・恐らく、ワジャ統領は、こういう事態を見越しておられたのだろうな。」
ヴィーの羽音が聞こえ、目線を向けると、周辺を見るよう合図を出していた。
気付かれぬよう、目線だけで探ると、
木々の合間からチラチラと、こちらを窺う視線がある。
「なるほど。確かに、こういう事態になれば、彼らには荷が重いですね。
こういった輩が、道々に待ち受けているのかもしれないと、
お考えだったのであれば、我々を出すのも道理です。」
「選んで良かったと、思って頂けるような働きがしたいな。」
「はい。隊長なら、我らチュウヒ隊なら可能でしょう。」
「ああ、期待している。・・・では、始めるぞ。」
サドは、大きく翼を振った。
次に開けた場所に出たら、攻撃に移るという合図だ。
木が疎らになり、代わりに丈の高い草が茂る日溜まりで、
サドは声を高くして鳴いた。
速度を上げて、上昇から下降、身体を反転させ、ハチ族を正面から捉えた。
ユーティルとヴィーも、左転、右転し、迎え撃つ体勢に入る。
バニは荷をカスビに任せ、カスビは荷を放り出して、草の丈すれすれで反転。
全員の態勢が整ったところで、サドは命じた。
「かかれ!」
ハチ族は、突然の変化に戸惑い、一瞬の迷いを見せたが、
勢いよく飛び出して来る者もいた。
「その意気や良し!」
言って、迎え撃ったのはバニだ。
いきなり嘴を使って、突っ込んで来たハチ族の胴と尾部の繋ぎ目を、断ち切った。
「・・・おいおい、必殺技は温存しとけよ。」
「・・・絶好調ですね。」
軽口を叩きながら、ヴィーはハチ族の首後ろを掴み、地面に叩きつける。
カスビは、相手の背中から体当たりをして、次々と叩き落とし、
ユーティルは、爪で比較的柔らかな尾部を抉る作戦に出た。
サドは、向かって来る者だけを相手にし、その翅を千切って捨てていた。
翅さえ封じてしまえば、戦闘には復帰できず、今後追って来ることもない、
そう考えたからだ。
あっという間にハチ族の数は減り、草むらには死体と踠く負傷者が転がった。
突撃をして来なかったハチ族は、遠巻きに事態を見ている。
ただ静観している訳ではなく、怯えや困惑から動けないように、サドには見えた。
(皆の言う通り、やはり軍事行動に全く触れていない者たちなのか。)
そう思ったところで、激しい羽音と共に、
カスビが1匹のハチ族を地に押さえつけて、ハチ族から見えやすい所に着地した。
「お仲間は抑えたぜ!大人しく、そこに集まりな!」
すかさず、ヴィーが交渉に入った。
流石のベテランである。
場の流れを読むことに関しては、本当に頼りになる部下だ。
ヴィーの言葉で、ハチ族は、完全に抵抗を止めた。
ヴィーが何度か脅す内に、ハチ族は、とうとう指示された場所に集まり始めた。
カスビに押さえられた者も、抵抗を諦めている。
バニは、隊員の撃墜数を確認して、死体と負傷者を1か所に集め、
不意打ちが無いように警戒している。
と、集まったハチ族の中から、1匹の青年が出て来た。
ユーティルが、お前は、と声を上げる。
どうやら、先日、声をかけた相手のようだ。
こちらを見るユーティルに頷き返し、サドはそのまま話を進めるよう促した。
「・・・どうして、我々の後を付けていたんだ?」
「・・・・・・」
「答えられないのか?
ならば、我らを害す者として、この先の『庭』で裁きを受けてもらうぞ?
隊商は、この国でも一定の保護は受けているはずだ。」
ピクリと、ハチ族の触角が動いた。
集められた者が身動いで、草むらが揺れた。
『庭』という言葉か、裁きという言葉か、どちらに反応したのかは判らないが、
効くものがあったのだろう。
ユーティルが、続きの言葉を口にしようとしたとき、
先頭のハチ族の青年が頭を下げた。
「申し訳ありませんでした!」
突然の謝罪に、ユーティルが戸惑っているのが分かった。
それだけではない。
青年の後ろで、ハチ族が項垂れている。
まるで、幼鳥院で指導されている雛のようだ。
とても、戦闘に参加していた者の態度とは思えない。
(いや、これは油断させる演技かもしれない。もしかして、別動隊がいるのか?)
サドは跳び上がって、傍の低木に留まり、辺りを警戒した。
が、何者かが伏せている様子はない。
そして、とうとう、カスビの足元のハチ族が泣き出したところで、
チュウヒ隊は、彼らが単独で無謀な行動をしたのだと悟った。
襲撃がこれで終わりだという保証もないが、一先ず、尋問を開始する。
「・・・どうして、こんなことをしたんだ。」
ユーティルの声からは、心痛が滲み出ていた。
お前の仲間を、俺の爪にかけてしまったじゃないか。
サドは、彼の声なき声が聴こえたような気がした。
「・・・脅されたんです。」
青年が重い口を開いた。
「脅された?誰に?」
「・・・スズメバチ族です。」
それから青年は、滔々(とうとう)と語った。
故郷を襲われたこと、家族の命と引き換えに今回の襲撃を指示されたこと、
失敗が知られれば家族が殺されてしまうこと。
「お願いします!どうか、ここで解放して頂けませんか。
もう二度と襲いません!」
「・・・また来ない保証が、どこにあるんだ?」
「私が残ります!不都合があれば、殺して下さって構いません。
ですから、仲間の命だけは!」
身体を縮めて懇願する青年を見て、サドは悩んだ。
任務の重要性を考えれば、ここで皆殺しにしてしまうのが、一番安全だ。
幸いにも、相手は全く戦闘経験が無い様子。容易いことだろう。
今後、戦うかもしれない相手の数を減らせるなら、それも手だ。
しかし、仮に皆殺しにしたとしても、後ろにいるスズメバチ族とやらに、
この状況が伝わらない訳ではない。
彼らを見張っていた者が、すでに見届けて飛び去ったかもしれない。
サドはそれも警戒していたが、戦闘中、その姿は見付けられなかった。
しかし、いなかったと断言できない以上、伝わったと想定するべきだ。
隊長、と呼ぶカスビの声に顔を向けると、
その足元で「俺が代わりになる!」と、ハチ族が叫んでいる。
声の幼さに、カスビが眉根を寄せていた。
静かにしろ、と軽く爪を立てていたが、やりづらいのが、よく分かった。
「わかった。」
サドの声に、全員の視線が向けられる。
「先頭のお前以外を解放しよう。ただし、本当のことを話すのなら、だ。」
処断を待っていたハチ族達の悲壮な顔が、困惑に揺らいだ。
カスビが命令に従って、足元の少年を解放する。
サドは、鎌を掛けた。
解放した後、青年一人から聞き出しても、その話の信憑性は薄い。
全員の顔を観察しながら訊くべきだ。
サドの鋭い眼光を、青年が見つめ返してくる。
そして、
「先ほど言ったことが、真実です。」
と、震える声でサドに告げた。
後ろのハチ族達も、皆一様に、こちらを見つめ返していた。
(これは、真実か。仮に嘘だとしても、決意が固い。
簡単には口を割らないだろうな。)
サドは一つ頷き、ハチ族を草むらに残して、
青年のみを連れ、隊商に戻ることにした。
隊商に追いつくと、シャフスの近くに、タワジャがいた。
壮年の、あのオニヤンマ族も一緒である。
「おお、思ったより早いお帰りだな。」
「ご心配をおかけしました。」
サドは、周囲の隊商に声をかける。
皆、帰還を歓迎してくれた。
ヴィーには、追撃を警戒して、引き続き、後方の見張りを命じている。
「はい、シャフス。これ、ありがとう。」
バニが、包みをそっと置いた。
「・・・大丈夫でしたか?」
「もっちろん。」
「重そうな演技が神懸ってましたよ。シャフスにも見せたかったです。」
「それは・・・見たかったですね。」
若鳥達を尻目に、サドはハチ族の青年をタワジャに引き合わせた。
「・・・お前さん、竹族の『庭』の預かりじゃねえのか?」
声をかけられた青年が、ハッと顔を上げる。
「お前たちのことは、そこの御仁から聞いている。
再度、聞こう。先の話は本当のことか?」
暗に、全てを知っていると、サドは圧力を掛けた。
もちろん、彼らの事情など微塵も知らないが、
畳み掛けることが功を奏することもある。
しかし、青年は俯き、主張を繰り返した。
「スズメバチ族ねえ。
何で、あんな強え奴らが、お前さん達の手え借りるんだい?」
「その部族は、強いのか?」
「・・・食いつきが良いねえ。」
「「「すいません。」」」
「何で、あんたらが謝るんだ?」
身を固くしているハチ族の青年をおいて、話は進む。
「なあ、お前は確か、竹族の『庭』を拠点にしてたはずだよな。
この坊主に見覚えはねえか?」
「うーん・・・」
タワジャの顔馴染みというオニヤンマ族が、首をひねりながら、
まじまじとハチ族の青年を眺めた。
「・・・オギ族の『庭』と同じくらい、竹族の『庭』も広いからよい。
外れてっかもしんねいが、もしかして、配達員やってっか?
青河を渡って来たっていハチ族は、数が少ねいし、
全員、配達会社が拾ったってい話だ。」
「・・・・・・」
俯き、それでも話さないハチ族に、
これ以上は聞き出せないかと、サドは思った。
「・・・分かった。話すと家族の命が危ないんだな。
さて、どうするか。」
「そういうことなら、仕方あない。俺が『庭』まで連れてくべ。」
「おいおい、いいのか?」
「なに序よ、序。
用心棒の代金は貰ったが、犯人はそこの嬢ちゃん達が捕まえちまったんだろう?
この先、送って貰うだけは、止まり心地が悪いわな。
どっちにしろ、この坊主の処遇は、俺達だけで決めれるもんじゃなし、
竹族の自警団に任せようや。」
「それはありがたいです。
よろしければ、この者も連れて行っては下さいませんか?」
サドは、ユーティルを指して言った。
襲撃犯を部外者に託すのは不安だ。
強さを見せつけた者がいないと、暴れてオニヤンマ族が負傷するかもしれない。
疑えば、裏で彼らが繋がっている可能性もあるのだ。
それに、ユーティルが、彼を気にかけていたので、
最後まで付き添わせてやりたかった、という気持ちも、若干だが理由にある。
「そうさな、お前さんがおった方が、連中に説明する手間が省けてええわ。」
オニヤンマ族は、快諾してくれた。
「・・・ありがとうございます、隊長。」
「竹族の『庭』は、オギ族の『庭』から赤河に伸びる道の上にあります。
うちの従業員が行き来していますので、オギ族の『庭』に着いたら、
案内に誰か付けますね。」
「ありがとう、シャフス殿。」
「シャフスの商売、手広過ぎじゃない?」
「商人は、開拓魂が無いとやっていけないので。」
シャフスは、ヒョイッと首を伸ばしてお道化てみせた。




