カタクリ族の『庭』
倉庫の前で、シャフスの言う従業員たちが待っていた。
もうすっかり暗くなっているので、今日は荷を下ろすだけらしい。
仕分けは明日の朝だ。
そして、その従業員の出入りに紛れて、ユーティルとバニは隊を抜け出した。
とはいえ、まずは隊商を付けてきた者を発見しなければ話にならないので、
倉庫近辺を上から、且つ、見付からないよう陰になっている場所から、
目だけを動かして辺りを探る。
探す範囲をできるだけ広くするため、2羽は、お互いに離れた場所を選んでいる。
発見の合図は翼の開閉で行う。
見逃さないよう、バニは頻りにユーティルを確認していた。
待機すること30分。
倉庫の出入りが落ち着き、従業員が解散し始めた。
ハチ族の目的が荷であったなら、そろそろ倉庫に近付いても良い頃合いだ。
夜遅くなるまで待っている可能性も、もちろんある。
この機に来なければ、バニが倉庫の見張りをし、
ユーティルがチュウヒ隊を追って、追尾するものを見付ける手筈になっていた。
積み荷か、チュウヒ隊か。
これで狙いがハッキリする。
(さっさと片付けて、寝たいなー。おやつも待ってるし。)
未だ、ハチ族は姿を現さない。
倉庫には、すでに誰もいない。
頃合いか、とユーティルを見ると、
彼は頷いて、そっと翼を広げ、チュウヒ隊を追っていった。
(・・・超、退屈なんですけど。)
バニは、身を屈めて楽な姿勢を取り、しかし目だけは倉庫から離さずに、
持久力戦に挑む覚悟を決めた。
お供は脳内にいる。
これから、副隊長アゲアゲ大作戦の内容について、吟味するのだ。
一方その頃、チュウヒ隊を追う影がないか探すユーティルは、
時折、サドをチラ見していた。
任務中だと自分を戒めるが、彼女の姿は雑踏の中でも目を引くのだから、
仕方がないとも思う。
宵闇は、彼女の見事な胸を、更に美しく見せていた。
その純白の、柔らかな羽毛に身を寄せてみたいと思うのは、雄の性である。
彼女を守るためにも、あのハチ族の目的は調べなければならない。
ユーティルは、自分を叱咤して、雑踏に目を凝らした。
アリ族が多く、体色が似ているあのハチ族を探すのは大変だが、
尾部の縞模様と、翅で見分けられるはずだ。
ヴィーが例のお菓子を手に入れたのだろう、
店から包みを持って出たとき、
ユーティルの視界に、あの翅が映った。
そして、ヴィーの後を追うように動いた。
間違いない。
狙いは確かに自分達だったのだと、ユーティルは確信した。
(しかし、何故だ。
この任務については、シャフス殿とあの都市長しか知らない。
道中、その話をするようなバカはうちの隊にはいない。
だから、隊商から我々の任務について、漏れたとは考えにくい。
・・・独自に共和国の動向を探っている、というのなら話は合うが、
あんな素人集団を使うか?単に、目が欲しいだけか?
どちらにしろ、1匹でも捕まえて話を聞かなければならないな。)
チュウヒ隊を追うハチ族を、そっと付けながら、ユーティルは思案した。
恐らく、隊が宿屋に入った後、何かしらの行動を起こすだろう。
場所を仲間に伝えるか、命知らずにも特攻するか。
今の内にバニを呼んでおくのが最善、とユーティルは判断した。
合図の飛翔を出してすぐ、バニは駆けつけてくれた。
近くの宿にいるシャフスとタワジャに、
倉庫を離れることを、既に報告しておいてくれたらしい。
何だかんだで、バニは仕事の出来る女子なのだ。
対象のハチ族は1匹。
他に姿は見当たらない。
潜伏がやたら巧いのか、頭数がそれだけ足りないのか。
可能性を探りながら観察していると、ハチ族は、とうとう宿の前を飛び去った。
味方の下に報告に行くのだろう。
ユーティルはバニと目を合わせ、共に尾行を開始した。
ハチ族は、何と『庭』の外に出て行った。
木が茂っているので、身を隠すものが多いのは助かるが、
探す範囲が広大になりそうで、ユーティルは心中で唸った。
ハチ族が辿っているのは、隊商が来た方角とは逆の方角、
つまり、隊商がこれから通るであろう道だ。
隊商の進む先に拠点を作られていたのだとしたら、
やっかいだな、とユーティルは思った。
音を立てずに付け始めて、どれほど経っただろうか。
ハチ族が、ふいに道を外れた。
バニに目で追うよう指示を出し、ユーティルは曲がった地点に立つ木に印を付けた。
ハチ族には分からないよう、上の方を選ぶ。
そして、すぐにバニの後を追った。
追いつくと、バニは木の上に止まって下に目を向けていた。
背の高い草が生い茂った中に、入って行ったらしい。
見失ったのか、とバニを見ると、足先で下を示された。
よく見ると、巧妙に隠してあるが、穴がある。
恐らく、奴らの拠点なのだろう。
どうしますか、と目で問うてくるバニに、もう少し様子を見ると伝える。
ここが、偽の拠点である可能性も捨てられない。
少しして、別のハチ族が顔を出したが、すぐに引っ込んだ。
それからもしばらく様子を見たが、出てくる気配はない。
どうやら、付けられていないか、見張りが確認したらしい。
ここが拠点のようだと判断したユーティルは、バニに帰還の指示を出し、
悟られないよう注意して、撤退した。
遅れて拠点に戻ってくるハチ族もいるかもしれないため、
用心に用心を重ねて、長距離は飛ばず、高い所も避けて木々を抜けた。
おかげで、帰還したのは真夜中になってしまった。
申し訳ないと思いつつ、寝ていたカスビを起こして、
夜番のヴィーと共に、2羽を宿屋から連れ出す。
合流場所は、さほど離れてはいない倉庫だ。
どうだった、と開口一番に訊いてくるサドに、ユーティルは経過を報告した。
「それじゃ、明日が本番だな。」
「通り過ぎてからの襲撃もあるんじゃない?
撤退した後のことを、連中が考えてるなら、だけど。」
「拠点の規模は不明だが、
ユーティルが帰還中に、他のハチ族の姿を見なかったことから考えると、
やはり数は足りていないらしいな。」
「そして、狙いは我々な訳ですね。」
「それが腑に落ちない。隊長、私は捕獲を進言します。」
「そうだな。そうするしかあるまい。
しかし、隊商を巻き込むわけにはいかないな。先に出てもらうか。」
「では、明日の朝一番に、シャフスとタワジャ殿へ、お伝えしておきます。」
「うん。カスビ、頼んだ。」
「はい。」
「昨日、追ったときは、20いるかいないかくらいだったし、
俺らなら、1匹2匹は抑えられるだろう。」
チュウヒ隊は、頷き合って、翌日の動きを確認した。
「あ、ヴィー!私のお菓子ちょうだい!」
任務があろうと、決して美味しい物を逃さないバニだった。
明けて翌日。
倉庫に集合した隊商一行は、一部の荷を下ろし、新たな荷を加えていた。
流石、勤勉で鳴らすアリ族である。
自分より大きな荷を幾つも担ぎ、あっという間に作業を完了させてしまった。
「そうですか。分かりました。こちらは大丈夫です。
ちょうど、タワジャの顔見知りがいたので、護衛の数を1匹増やせましたから。
我が国きっての精鋭には不要の言葉でしょうが、お気を付けて。」
「・・・危険な目に遭わせてしまって申し訳ない。
少々、戻りが遅くなると思いますが、
道なりに真っ直ぐであるなら、迷わず追いつけると思います。
シャフス殿も、お気を付けて。」
「はい。それでは、お先に出立しますね。」
サドは、シャフス達を見送った。
護衛を新たに雇ったようだが、突然の出費は痛いだろうに、と申し訳なく思う。
ヴィーとカスビは、夜の間にその護衛と接触があったのか、
出立の際に挨拶をしていた。
壮年のオニヤンマ族の濁声は、離れていたサドの耳にも届き、
隣の『庭』までだけだ、と話しているのが聞こえた。
「さて、では我々も隊商の後を追うぞ。つかず離れず、誘って食いつかせろ。」
「「「「了解。」」」」




