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“黒”と“穏”のハチ族

クロスズメバチ族は、中央山脈の(ふもと)、青河の(ほとり)で生活を営んでいた。

綾織国に近く、河向こうの緑苑国とは縁遠い場所で、自給自足の生活だった。

彼らは大きな群れではなく、端から端まで(はね)で2時間という土地の中で、

家族(ごと)に分かれて暮らしていた。

必要があれば、別の家族と協力し合ったが、

そのような事態になることは、極めて稀な事だった。

若者にとっては、「曾祖父の時代に、集団で狩場を探索しに行った。」と、

祖父から自慢げに語られるような出来事であった。


生活は穏やかで、翅に浮かぶ『紋』の示す通りに生きていた。

時折、中央山脈の頂上にある神殿に向かう巡礼者が、迷い込むことがあったが、

暗黙のうちに、発見した家族が、保護と案内を行うことになっており、

()め事に至ることはなかった。




『紋』とは、『与えられた紋(ナザラ・クマタ)』のことだ。

世界に生まれ落ちたその時から、その身に(しる)される名である。

(もっと)も、個としての名ではなく、生まれた種族と同じ物を共有する、

種族を表すものと言える。

消す事も、変える事も叶わぬこれは、しかし、小動物には存在しない。

全く同じ姿をした生物でも、『紋』を持たぬ生物は、同種族とは()()されない。

何故なら、意思が通じぬからだ。

『紋』を持つ種族は、大陸中の『紋』を持つ種族と意思疎通ができる。

研究者は、『紋』を通して互いの思いを伝えあっているのだ、と仮説を立て、

神殿は、神の御業によるものと提唱している。

真偽のほどは、明らかではない。

「『千年に一度(アルフ・サナ)』を生き延びるため、生命が身に付けた力である。」

「その種族の性質や、得意とするものを分かりやすく表している。」

「同じ部族の者が互いに争わぬよう、連帯感の象徴として表れている。」

「神なる蛇の祝福であり、我々を見守って下さっている証である。」

言葉は様々だが、どの説も、『紋』を大切にすることを奨励している。

こうして、家庭で、学び舎で、ときには神殿で、

彼らは子供の頃から、互いの印を肯定し合うことを教わるのだ。





それなのに、とダクは嘆いた。

必死に(はね)を動かしながら、後ろを振り返ると、

生まれてからずっと住み続けてきた家が、ガラガラと崩されていくところだった。

家と共に、これまでの穏やかな日々も砕かれた。

一昨日、蛹になったばかりの弟を抱えて、ただひたすら、ダクは飛んだ。

当てなど無かった。

集落の外になど、行ったこともない。

親族がいるとは、(つい)ぞ聞かない。

ただ、反響するスズメバチ族の羽音と、無数のカチカチという警告音が、

ダク達を追い立てた。


とうとう、青河まで追い詰められ、逃げ場を無くしたタグ達は、

河を越えるしかなかった。

スズメバチ族は、渡った先までは追って来なかったが、

行き場を無くしたダク達を待っていたのは、乾ききった荒地だった。


息を吐ける場所を探して何日も経ち、ダクの腕の中で、弟の鼓動が、止まった。


打ちひしがれたダク達を救ったのは、

赤河沿いの街から来たというカッコウ族の雄だった。

彼は、竹族が主に管理する『庭』でダク達が家を見付けるまで、世話をしてくれた。

驚いたことに、『庭』には同種族の者がいた。

湖の方面から来たと言っていたが、この『庭』に住むことになった経緯については、

皆、口が堅かった。


ダクは配達の仕事を請け負った。

家族が食べていけるギリギリの収益だったが、追われる心配のない生活は、

涙が出るほど有難(ありがた)かった。

ダクと共に逃げて来た青年達も、口を揃えて誓い合った。

今度会ったら、あのカッコウ族に必ず恩返しをするのだ、と。




カッコウ族の雄との再会は、想定以上に早かった。

そして、恩返しの機会も同時に訪れた。

彼は、とある組織に所属していたが、その組織が危機に陥っているのだと言う。


「近々、共和国のスパイが、緑苑国に潜入してくるはずだと、ボスが予想した。

ボスは賢くてな。予測が外れたことが無えんだ。実は、俺達は緑苑国に借りがある。

今、その借りを返しておきてえんだ。だが、残念ながら数が足りねえ。

俺達だけじゃ、とても、この国中を回りきれねえ。

だから、すまねえが、お前さん方の力を貸しちゃくれねえか?

こんな、生活が大変だってときに、心苦しいんだがよう。」


ダク達は、一も二も無く、承諾した。




それから数か月が経って。

皆が、生活の苦しい中、交代で見回っていた。

そして、カッコウ族の雄が言う通り、その一団はやって来た。

鋭い目を持つ鍛え上げられた鳥達だ。

カッコウ族の雄からは、偵察だけで良いと言われていた。

少し距離を詰めて、見張っているだけで良い。

それ以上は、お前たちが危険だから、と。

だが、ダクの仲間の1匹が言い出した。


「・・・なあ、少しは脅しておいた方が良いんじゃないか?」


何を言っているんだ。余計なことはすべきでない。

他の仲間と共に説得に当たったが。


「だって、あいつらはスパイで、スランさんはあいつらと戦うんだろう?

あんな強そうな奴らじゃ、スランさん達が怪我したっておかしくない。

だから、少しでも奴らの神経をすり減らしておくんだ。

大丈夫。俺たちは戦う訳じゃない。ちょっと、ちょっかいを出すだけさ。」


ダクは、自分たちを追い詰めたスズメバチ族と、同じことをしたくはなかった。

その晩、ダク達は何度も話し合ったが、

示威を提案した若者は、話を切り上げてしまった。

恩人に出来うる限りのことしたいのは、ダクも同じだ。

しかし、相手を刺激しすぎると、反撃されることもある。

これ以上、仲間を失いたくはない。

もし、彼が先走って反撃されたのなら、彼を守って引かなければならない。

それが出来れば、の話だが。

ダクは、声をかけてきたチュウヒ族の雄を思い出して、身震いした。

やはり、明日の朝一番に、説得を再開すべきだと、そう思って。









「ここから先は、『庭』が多くなってきますよ。

今夜は、その内の一つに泊まって、少し荷を下ろします。」


シャフスが出立の指示を出して、サドに予定を伝えた。


「緑苑国には、あまり塩の需要が無いと言っていなかったか?」


サドは不思議に思って訊く。

すると、シャフスが、チラリと横のユーティルに目を向けた。


「・・・『庭』が多くなるということは、道も多くなるということですね。

つまり、帝国以外の国に向かう道もあるということですか。」


ユーティルが、いつの間にか、商人の知識も身に付け始めていた。

自分と同じように、そういった分野は得意ではないと思っていたので、サドは驚く。

じっと見つめると、ユーティルは一瞬、目を逸らしたが、再びこちらを見て、

「勉強しました。」と言う。


「・・・その、シャフス殿の受け売り、なんですが。」

(何で言っちゃうの!)


夜番(よばん)を終えて、(すみ)で寝ているはずのバニの声が聞こえたような気がして、

そちらを見ると、ゆっくりとした息遣(いきづか)いで眠っている姿があった。

どうやら気のせいだったようだ。


「・・・すごいですね。

えーっと、そうです。ユーティル殿が仰った通りです。

青河を渡ると、中央山脈に近くなればなるほど乾燥しているので、

(もく)(せい)の眷属も少なく、『庭』の数も限られていたのですが、

ここから先は、彼らが地道に開拓して、潤った土地になっています。

開拓した者達の『庭』が、道のように並び立っているので、

我々、商人の間では、“緑葉の街道”と呼ばれています。」

「なかなか風情(ふぜい)のある名前ですね。」

「呼び始めたのは、カエル族らしいですけれどね。

帝国の『彩の民(アナース・ムラーナ)』にも“詩歌(うたうたい)”は多いので、

名付けたのが彼らでも、不思議じゃありませんね。」

「確かに、(うえ)から直接、帝国に行ったときは、劇場の数に驚きました。」

「ハハハッ、あれだな。特使の派遣に付いて行ったやつだな。」

食事処(どころ)が、ほぼほぼ宴会場か音楽祭の会場になっていましたが、

帝国では、どこでもあんな感じなんでしょうか。」

「カエル族のいる『庭』は、そういった傾向があると思いますが、

静かな『庭』もありますよ。」

「私が聞いた話では、年に一度、

逃げたくなるくらい騒がしくなる地域があるとか。」

「ええ、ありますね。

付き合いのある業者に、そういった『庭』に出入りしている者がいるのですが、

稼ぎ時だが行きたくないと、よく言っていますよ。」

「そうなのか・・・。ああ、カスビ、そろそろ見張りに入れ。」

「はい。では。」


サドの命令に頷いて、カスビは先頭のフラミンゴ隊に合流すべく、飛び立った。

2、3度の羽ばたきで風を掴み、スイッと離れていく。

その様子は、どこか吹っ切れて軽やかになったように見え、

白河を越える前にあった緊張が、少しは解れたようだと、サドは安心した。


「シャフス殿。今晩、泊まる『庭』は、どのような所でしょうか。」

「カタクリ族の『庭』です。

アリ族が多くて、彼らは運輸の仕事に就いている者がほとんどです。

商人の荷の集積地としての性格が強い場所ですが、

粉類や蜜類も産出していて、中央山脈側とも繋がりの深い『庭』ですね。

ちなみに、食料生産にはハチ族も多く関わっていますが、

昨日、付いて来ていたというハチ族は、彼らとは別の部族だと思います。」

「・・・奴ら、来るかな?」


ヴィーが疑念を口にする。

昨晩は、フラミンゴ族も見張りに加わって、襲撃を警戒していたが、

あのハチ族は現れなかった。

仮に、荷が目当てだとするなら、目の多い場所に入る前に襲うだろう。

これから『庭』が多くなるのであれば、

必然的に、隊商も安全な『庭』を選んで休む。

『庭』の中で、取引相手に成りすまして騙し取る、という手法もあるのだろうが、

果たして、目的は荷なのだろうか。


「万が一、狙いが我々だった場合は、どうしますか?」


ユーティルが、隊としての行動指針を求める。


「そうだな、まずは尾行者を捕捉することを優先しよう。」

「では、『庭』に到着次第、隊から離れて監視する班を作りましょう。

私が班長になります。」

「じゃあ、俺も行くかな?」

「いや、ヴィーは夜番を。代わりにバニを入れる。

少しでも多く、向こうの動きを見る者を増やしておきたい。

今後、一戦する可能性があるからな。

言うまでもないが、襲撃が無い限り、戦闘は避けるように。」

「「了解。」」




作戦会議を始めたチュウヒ隊に置いて行かれたシャフスは、

これが我が国の精鋭かと、感慨深く、その顔を見ていた。


”繊細な白線” ハタイ・アビ・ダクィ(クロスズメバチ族)

”すり替える者” バディラ・ミン・スラン(カッコウ族)

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