海の恵み
やっぱり現在位置は分からなかったかと、
吹っ切れたような気持ちで、凪は浜に戻っていた。
あまり落ち込まなかったのは、
陸地が見えたとしても、そこがどこかなんて分からなかっただろう、ということと、船を見付けたとしても、すぐに気付いて貰える手段がなかったからである。
(煙以外にも、鏡か何かで光を反射させて注意を引くっていう方法を、
聞いたことがあるけど、今は、そんな物、手元にないしな。
星が読めたらいいんだろうけど、俺の知識がない以前に、
ここの空気が綺麗すぎて、訳が分からんくらい見えるもんな。
どれが1等星かすら判別つかないって、そんなこと、あるんだなー。
・・・それ、より、もっ!)
凪には、今、現在地を知ることより大切なことがあった。
「ココナーッツ!」
いそいそと砂浜に戻った凪は、上の道から見付けた物を拾い上げる。
嬉しさが口から飛び出した。
1つや2つではない。
群生するヤシの木の根元に、10個ほど転がっている。
しかし、目の前に生える木から落ちたものではなさそうだ。
実は、直径30cmになろうかいう大きさなのに対し、
木は低く、凪が少し目線を上げた場所に葉がある程度の丈でしかない。
3mも無いように思われた。実を付けていた跡もない。
恐らく、流された実が、とりあえず生えてみたというところだろう。
(咲く場所を選べないって可哀想だけど・・・
安心しろ。兄弟は、俺が美味しく食べてやるからな。)
嬉々として拾い集め、ハンモック・バッグに放り込む。
詰め込まれたバッグは、米袋のように重くなったが、
持ち帰ることを苦には思わなかった。
これは、冬の間の楽しみにするのである。
一先ず、浜歩きを終了して、帰路につく凪だった。
流石にクタクタになった凪は、テーブルに突っ伏していた。
海藻を仕分ける体力は無かったので、あの海岸に置いてきた。
明日、また海岸まで行って、干してみようと思う。
それから、今度は海に釣り糸の仕掛けを入れてみようかと考えている。
そのためには、また草を繋げなければならないのだが、
凪はもう、疲れ果ててしまった。
(・・・ご飯を食べたら、元気になるかな。)
そろそろ、飼っている小魚の数を調整しても良いかと思っていた。
ちなみに、ドクターとは相思相愛なので、同じ桶にいても間違えたりはしない。
小さな枝を尖らせた串を数本用意して、小魚を見繕う。
なるべく大きなものを選んで、口から小枝を刺した。
生きているまま刺すなんて、初めてだ。
逃げられそうになりながら、それでも何とか遂行できた。
食事は大体、串焼きにしたものを食べることが多い。
洗い物が出なくて、楽なのだ。
そのため暖炉には、串焼き用に、拳大の石を2つ、
火に当たるか当たらないかの距離に並べ、その上に指くらいの太さの枝を2本、
橋のように渡してある物を、串焼きの台として用意している。
凪は、芋を刺した串と小魚を刺した串を、その上に並べ、火を熾した。
焼いている間、凪は、疲れた体に鞭打って、最後の一仕事に出る。
薪を、外から必要なだけ家に運び込むだけなのだが、結構な力仕事だ。
天気が心配なときは、多めに入れておかなければならないらしい。
暖かい家の中に入れておけば、湿気た薪も乾き、
また、雨の日も乾いた薪が使えるからだ。
時間は有効に使いましょう、と“知識”は告げていた。
凪は、家と薪置き場を、えっちらおっちら、何度も往復した。
暖炉の前に座り込んだ凪は、もう目も虚ろである。
焦げ目が付き始めた魚を見て、美味しいと良いんだけど、と呟く。
川魚は塩気が薄いので、塩を振りかけて焼いていた。
家にある塩を使ったが、これからは海水から塩を取り出せるのではないだろうか。
実は、凪には、実家にいた頃、塩分控えめのレトルト食品ばかり食べ続けたせいで、
体調を崩すという珍事を起こしてしまった経験があった。
両親が数日間、不在にしたため、食事を用意するのが面倒で、だったら、と、
亡くなった祖父の介護食を処理した結果だった。
凪は、海産物を探しながら、これで塩をケチらずに済むと、考えていたのである。
(さあ、“知識”さん、出番ですよ。私に塩の作り方を、伝授するのです・・・
・・・・・・ん?え、そうなの? 塩って、そんな作り方だっけ??)
海水を乾燥させるだけかと思っていた凪は、その回答を疑った。
“知識”は、海藻を焼けと言うのだ。
(昆布って、塩を採るのにも使うんだ・・・。食用だけかと思ってた。)
そういえば、と凪は思い出す。
昔、祖母が頭髪を気にして、海藻で洗髪剤を作っていた。
どうやら海藻は、思った以上に使い道があるらしい。
凪は、ベタ付く髪を意識し、一刻も早く海藻を回収したくなった。
ガッデム!どうして、置いて帰ってしまったのか!
(いや、落ち着け。今日は、もう作業する体力なんか、残ってない。
でも、海岸までの距離も考えると、ヒョイヒョイ行ける場所じゃないしな。
明日、海に行ったときに、ついでにやれることを、
出来るだけ、たくさん考えておかなくちゃいけないな。)
凪の腕は2本しかない。
身一つで、どこまで出来るか、凪は眠るまで考え続けた。
一夜明けて、凪は包まっていた毛皮とハンモックから出た。
疲れが取れきっていないのか、身体が何となく重い。
そんな身体を叱咤して、テーブルまで辿り着き、水を飲んだ。
一晩考えた結果、凪は川釣りを一時中断することにした。
小魚を採り過ぎてしまうのではないかと、常々、心配していたし、
仕掛けを回る時間を、海の方に使いたいと思ったからである。
今日、水汲みに行ったら、仕掛けをすべて回収する。
回収した仕掛けは、海にも使えるので、一石二鳥だ。
(海に罠を入れた後は、海藻を回収して、塩作りとシャンプー用の海藻採集だ!
・・・何だか、ワクワクしてきた。)
磯遊びが好きなのは昔からだが、凪は今一度、自分を戒める。
(調子に乗るなよ、俺。これはサバイバルなんだからな!)
それでも弛む頬を抑えられなかったのだが。
川から帰った凪は、思わぬ収穫物に安堵していた。
二度目の大物ゲットである。
海から戻った後に捌こうと思っているので、手桶行きだ。
罠の方には何も掛かっていなかったので、恐らく、もう引き上げ時だったのだろう。
海を見付けられたのは、本当に行幸だった。
海行きの装備も、いつもと大差ない。
罠と仕掛け、海産物収穫用と海藻用に葉っぱバケツをいくつか。
ハンモック・バッグに水袋、ナイフ、尖った石、小さい方の布だ。
ナイフの柄が少し緩み始めているような気がして、これも凪の心配の一つだった。
が、石で代用できないこともあるので、注意して使っていくしかない。
凪は、フウッと息を一つ吐いて、歩き始めた。
森を歩いていると、ポツリと、額に水が降ってきた。
とうとう降って来てしまったようだ。
昨日より雲が厚くなっていたので、もしかしてと思っていたが、案の定である。
濡れたくないな、と思っていると、“知識”が提案してくる。
コロポックルが蕗を傘として使うような、大きな葉が海岸沿いにあるらしい。
無いよりはマシか、と凪は足を速めて海に向かった。
(まるで、南国の植物みたいだ。)
それを見て、まず思ったことである。
観賞用に、花屋で売られているような、緑と黄緑の植物だった。
海岸沿いにしかないのは、ヤシと同じく海から来たためだろう。
雨脚が強まって来たので、遠慮なく、一番大きな葉を切り取った。
ハート形をしており、茎の部分を肩にかけると、蓑のように使えそうである。
頭の方は、諦めた。
体温を守ることを最優先にする。
砂浜に着くと、凪は真っ先に釣りポイントを探した。
糸の仕掛けは砂浜に設置も出来るが、
波に運ばれて、あっという間に帰って来てしまうだろう。
出来れば深い方に置きたい、と仕掛ける場所を探す。
昨日、向かった左手側には、沖に岩礁が見えただけで、足元には砂浜しかなかった。
では、と右手側に歩を進める。
左手側より近くに、岬があるように見えた。
シトシト降り続ける雨。
砂浜は歩き難く、息が上がる。
薄暗い景色に、凪の気分もゆっくりと落ちていた。
岬の根元が見えたとき、凪は、良かった、と声を出した。
砂浜から直接、岩場が繋がっていたのである。
これなら、釣り糸が流されても仕掛けとして機能してくれそうだ。
岬に辿り着くと、凪はそこでも生活の跡を見付けた。
天然か人工かは不明だが、幅1m奥行き3m程の大きな岩穴があり、
肩の高さで、太い木の枝が渡してあったのだ。
枝は余計な部分が切り払われており、
まさに、何かを掛ける目的で渡された物であろうと想像できた。
その下には、陶器製の容器が置かれている。
凪はどこか不気味に思って、つい、辺りを見回して人の姿を探してしまった。
結局、今までと同じように、見付からなかったが、
天気と相まって、本当に不気味である。
(・・・ゴーストタウンだと、思えばいいのかな。)
人が住まなくなった町には、道具がそのままに、廃墟化する場合がある。
(引っ越したんだ、きっと。ここで怖がったら、生きていけないぞ。)
凪は、自分を勇気づけるために、あの有名な歌を歌った。
「お化けなんてなーいさ、お化けなんてウッソさ♪
寝ーぼけーた人が、見間違ーえたーのさ♪」
歌は不思議だ。
少しだけ、踏み出す力をくれる。
凪は歌い続けながら、岩穴に踏み込んだ。
濡れない場所に入ると、少し暖かくなったように感じ、安心する。
よし、と気合を入れ直し、凪は糸の仕掛けのみ持って、岩場に繰り出した。
少し波が高くなっていて、多少、身の危険を感じたが、凪は任務を遂行した。
罠も仕掛けようかと思ったが、この波では壊されてしまいそうだったので、
そちらは諦める。
そう、引くことも、時には大切なのだ。
岩場での採集も、危険だったので諦める。
(じゃあ、お待ちかねの海藻だな!)
こちらは、打ち上がっている物を拾うだけで良い。
祖母が使っていたシャンプー用の海藻は、赤いモズクのような物だった。
拾った物を記憶に照らし合わせ、海水で濯いで、陶器製の容器に集める。
穴の開いた蓋とセットになった、この不思議な陶器は、
火にかけても大丈夫だと、“知識”が囁いたので、持ち帰ることにしたのである。
それ以外の海藻は、岩穴の前に積み上げた。
陶器があったことから、ここは満潮になっても水が入って来ないのだろう、と、
考えたのだ。
つまり、ここなら集めた物が流されずに済む。
昆布のように大きな物は、海水で砂を落としてから棒に掛けた。
この天気では渇きはしないだろうが、水を切るくらいなら出来そうだ。
雨脚は弱まらない。
赤い海藻を、陶器に3分の1ほど集めることが出来たので、それで良しとする。
寒さも限界に達したので、凪は引き上げることにした。




