表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/77

入江

暖炉の前に陣取った凪は、草の束を作った。

鍋用、身体用、予備である。

使い古した(わら)束は、部屋の隅で乾燥中だ。

燃料にしても良いし、他に使い道もあるかもしれない。


ひとつ伸びをして、テーブルに並べて干している服を見る。

物干しロープの存在も忘れていた。

(つた)(つる)を、もっと見付けなければならない。


(“知識”の中にも、ロープのことは無いし、

此処(ここ)に住んでた人は、どんな生活をしてたんだ?

・・・車で行き来?・・・そっかー。だよねー。)


考えてみれば、この家を使っていた人は、毎日往復していた可能性もあるのだ。

洗濯物は持ち帰って洗うとか、飲食物は持ち込みとか、

ここで生活する必要が無かったので、色々足りない物があるのだろう。


ここで、凪の脳裏に、桶が流れてきた時のことが浮かんだ。


(そうだ。桶だ。あれって、上流で誰かが使ってたんだよな。

ってことは、川を辿って行けば、人のいる場所に出られるかもしれない。)


すっかり下火になっていた人恋しさが、(あふ)れた。


「そうじゃん。」


口から言葉が(こぼ)れる。

最近、やけに独り言が多くなった気がする。

人に会える喜びは、しかし理性に邪魔された。

問題は、距離である。


(桶がどれだけ流されて来たのかが、わからない。

色々、傷とかあるけど、使い古されたからなのか、川を下っている内にできたのか、

俺には判断がつかない。

もしかしたら、何日も流されていたのかもしれない。)


つまり、その距離を歩かなければならず、水と食料がそれだけ必要になる、

ということだ。

それに、夜は暖炉が恋しい程、寒くなる。

そんな森の中で野宿するのは、無謀(むぼう)に思われた。


(冬眠前の熊が歩き回っているかもしれない。

ここにはいないみたいだけど、狼の縄張(なわば)りに入ってしまうかもしれない。)


空腹時に機嫌が悪くなる人がいるが、飢えれば獣も狂暴になりそうだ。


凪は、結論を出した。

今は無理だと。


(脱出は春だ。冬になって雪が降ったら、目も当てられない。

冬を越えて、春の山菜が採れるようになったら、

森の中でも、何とか食い繋げるかもしれない。

それに、冬の間、此処(ここ)にいても見付けてもらえる可能性はある。

暖炉をガンガンに()くから、煙が衛星の画像に映ったり、

それを見た人が来てくれたり、するかもしれない。)


脱出に失敗して、戻らざるを得なくなるかもしれない。

出るにせよ残るにせよ、食料の問題は常にあるのだ。

凪は、保存食作りを早く確立させなければならないと、強く思った。





服が粗方(あらかた)、乾いたので、決意を実行すべく、凪は出かける準備をした。

行き先は、海である。



家にあった魚の干物に、凪は疑問を持っていた。

凪の釣りの腕前が三流以下としても、大きさだ。

ビギナーズラックで釣り上げたあの大物も、干物と比べると小さい。

干してある分、元の大きさより縮んでいるはずなのに、

その切り身の方が川魚より大きい気がしたのだ。

どこで調達したのか“知識”に確認して、驚いた。

川とは逆、家から出て右の方向に歩いて1時間の距離に、浜辺があるらしい。

早く教えて欲しかった、と思いつつ、

いや今までの生活で手一杯だったじゃん、思い付かなくても仕方ないよ。

と、自分を(なぐさ)めた。


釣り道具を作っている時間が勿体(もったい)なくて、

凪は、バケツとナイフ、ハンモック・バッグだけ持って、家を飛び出した。





川に向かう道とは逆の方向に、確かに跡が残っていた。

初めに見た川への道よりも薄いような気がする。

初めての道を、“知識”に先導されながら注意深く歩く。



低木の間を、枝に傷付けられながら抜けたとき、

凪は、覚えのある香りに、ハッと顔を上げた。

そして、(かす)かな波音。

サァ、サァ、と、繰り返し届くそれに()かれて、凪は足を速めた。




中天から降り注ぐ陽光が、白い砂浜に足を踏み入れた凪を照らした。


「海、だ!・・・ハハッ!」


満面の笑みに、しばらく使っていなかった表情筋が、ぎこちなく動いた。

大好きな砂浜に、先程までの気鬱(きうつ)は飛んで消えた。

鼻から大きく、潮風を吸い込む。


家で “知識”に尋ねたのは、魚が釣れる場所だった。

そして、浮かんだ光景は岩場だった。

今もう一度、“知識”に確認すると、左右の端に位置する岩場を示している。

魚が採れたらいいと思ってはいたが、まさか、こんなに嬉しい出会いがあるとは。


(嬉しさで、爆発しそう!)


夏になっては、海水浴を強請(ねだ)った子供は、今もしっかり生きていた。

気候的には秋で、しかも雲が多いのだが、凪の目にはキラキラと輝いて見える。


(晴れたら、もっと綺麗だろうな・・・

でも、嵐のときは、こっちには近付かない方が良さそうだ。)


凪は、平静を取り戻すために、自分の記憶を掘り起こす。


この浜の形は、典型的な入江だ。

実は、子供のころに計画した、大人になったらしたいことランキングに、

「無人島もしくは海岸の一部を所有すること」というものがあった。

夏休みの自由研究で作ったノートは、「秘密基地の作り方~海編~」である。

書いた内容は、今でも覚えているが、確かその中に、

入江は嵐で津波が起こることがある、と図鑑から書き写したものがあったはずだ。

飛行機に乗ったあの日も、台風シーズンで、飛行機が飛ぶかを心配していた。


(思えば、ここに来てから一度も嵐は来てないな。)


少し雨には降られたが、強い風はなかった。

ラッキーだった、と凪は思った。

嵐で川が氾濫(はんらん)した際、入江があることを知らずに、こちらに逃げていたら、

流されていたかもしれないのだ。

まだ家の裏の方角には足を伸ばしていないが、

何があるのか、“知識”と共に確認しておかなければならないようだ。




感動から冷静になって、我に返った凪は、本来の目的である浜歩きを始めた。

食料になる貝や、使える物がないかを探すのだ。

2、3歩進めば、靴越しに、砂の滑らかさが伝わって来る。

夏の暑い時期に、泳ぎに来れたら最高だ。

あの、晴れた空の鮮烈な青と、

トルコ石を溶かしたような(さざなみ)の青に、会いたい。


ふと、その頃には、自分はここにいないのかもしれない、という言葉が飛来する。

何だかとても寂しくなった。


「いや、また、ここに来ればいいじゃん。」


サバイバルを終えて、帰ることが出来たなら、

ここを買い取れるか調べることも出来る。

もうすでに、勝手知ったるこの近所である。

自分を奮い立たせるコツが、何となく分かってきたような気がする、凪だった。




海の生き物に気を付けて、凪はゆっくりと波打ち際を進んだ。

気候的に、ここは南国という訳ではないと思うが、

暖かい海でなくても毒を持った海洋生物はいる。

イソギンチャクに貝、打ち上げられたクラゲでさえも、刺すものが有るのだ。


森から膝丈くらいの長さの棒を持って来て、気になる部分を突いて歩く。

何だ何だ、と出てきたカニには、申し訳ないことをした。

千切れて波に運ばれた海藻は、森の入り口に積み上げる。

後で食べられる物があるか確認して、

食べられない物は乾かして燃料にするつもりだ。

波の中で、時折キラリと光るものが有った。

恐らく、魚が泳いでいるのだ。

ここで仕掛けたら釣れそうだ、と凪は、期待に胸を膨らませた。




小さな岬を越えると、ゴツゴツとした岩場に辿り着いた。

森を出て、砂浜を左手側に進んだ方向にある場所だが、

岬が立ち塞がっていたため、そのまま先へ進むことは出来なかった。

砂浜を進んでいるときに、森との境目が徐々に崖になっていると気付いたので、

“知識”を確認し、一度、森に入ってから、

砂浜を見下ろすように歩いてきたのである。

右手側の岩場も見たいが、帰る頃には日が暮れていそうなので、

そちらは後日のお楽しみだ。


さて、こちらの岩場は、大きな(しお)()まりがいくつかあるようだ。

滑らないように気を付けて降りる。

シャコガイのような大型の貝にも注意だ。

足を挟まれたら、潮が満ちたときに脱出できなくなってしまう。


凪は、潮溜まりの中を見て、網が欲しいと思ってしまった。

ウニやカニや、小魚が、いるわいるわ。


(あーっ、ウニ食べたい!ウニ!食べたい!)


言語中枢が壊れてしまいそうだ。

こんなに食欲のそそられる冒険は、初めてだった。

次々と潮溜まりを(のぞ)き、食料にできそうな生き物を物色する。

凪は、生物には詳しくないが、食べたことが有るか無いかくらいは判別できた。

あの青いウミウシは、明らかに、食べた経験はない。


(釣り糸の前に網だな。網があったら、此処(ここ)だけで何日か生きていける。)


気分は既に、(いそ)ハンターだ。

そして、格好良いハンターは、油断などしない。

凪は、一通り観察すると、通った道を注意深く進んで、岬の上まで戻って来た。



ふと、岬から海を眺めようと思い立ち、歩いて行けるギリギリまで進む。

もしかしたら、陸か島が見えるかもしれない、

船を見付けられるかもしれない、と考えたのだ。




そして、そこで、凪は、

果てのない紺青(こんじょう)と、向かい合った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ