洗濯
持ち上げたそれは、手の中でクッタリとして動かない。
それもそのはずだ。
何せ、本当にただの布だったのだから。
引っくり返してバタバタ振っても、妖精のよの字も出て来やしない。
風呂敷サイズの、ただの布だった。
凪は、木々の隙間から見える空を仰ぎ、枝葉の間に目を凝らし、
誰かが見ているのではないかと疑心暗鬼になって周囲を探ったが、
結局、それらしき者も発見できなかった。
(どうしよう、このままここに置いとくのがトラブル回避には一番なんだけど。)
罠のときと同じだ。
そろそろ本気で服を洗いたい。が、乾かしている間に着る物が必要だ。
暖炉の前を陣取るにしても、真っ裸は、季節的に無理だ。
(これがあれば、少なくとも凍え死なずに済む。・・・どうする、俺?)
最近、罪悪感はどこかに行ってしまっている。
というより、一々思い悩んでいてはメンタルが持たない。
母の言葉が蘇る。
約束その二。トラブルに遭わないよう行動すること。
(・・・がっつりトラブル中だから、これは、仕方のない行動だよね。)
桶を拾ったときの、持ち主が現れたら返す、その気持ちで、
有り難く貰っておこう。
これが汚れるってことか、と独り言ちて、
凪はハンモック・バッグに、ポッケナイナイした。
そして、何事も無かったかのように、大小の松ぼっくり拾いをした。
これは、火を付ける際の、火口として大活躍するのだ。
こういった細々した燃料をストックしておく箱なり籠なりが必要だなー、と、
考えたところで、凪は我に返り、首を振った。
(危ない、危ない。
こういう願望を持ったら、ご都合主義のフラグが立つんだ!
自分で出来るようなことは、自分でやる!
恩を売られるような隙は、作っちゃダメだ!冒険は嫌だ!)
今は大きな葉で包んで、薪と分けている。
それに不自由は感じていないので、余裕が出来たときに、
材料を採って来て作れば良い。
凪は邪念を振り払い、乾いた松ぼっくりを無心で追いかけた。
次の日、雲が出ていたが、気温がそこそこあったので、
凪は、洗濯することを決意した。
昨日拾った布は、目立った汚れがなかったので、
軽く濯いで昨夜の間に乾かしてある。
いつもの水汲みセットである、大鍋と藁束。
ついでに罠や仕掛けも見て回れるよう、葉っぱバケツとナイフ、交換用の罠。
最後に、ハンモック・バッグと布2枚。
これくらいの荷物なら、持てるようになった。
だんだん逞しくなっていくな、と、凪はビルダーになった自分を思い浮かべる。
やっぱり似合わない。
通う度に、何かしら採集していた道には、もうめぼしい物がなく、
足元の草は、少しずつ踏み固められていた。
(いいなあ。何か、こう、俺が道を切り開く!をリアルにやってる感じ。)
上機嫌になって、フンフンフフン、と鼻歌交じりに歩く。
口を開けて歌わないのは、虫に飛び込まれた経験があるからだ。
下流で鍋を洗うが、藁束がもう限界になっていた。
後回しにしていたが、これも作らなければならないのだろう。
こういうとき、サバイバルの厳しさを痛感する。
幸い、使えそうな草は目星をつけてある。
仕掛けの糸に使っている草なので、この川辺で採取できるはずだ。
しかし、そろそろ草の糸も卒業したい。
糸を作る暇がなくて、ずっとこの草を使っていたが、
よく切れて、魚を逃がしてしまうのだ。
“知識”が糸の作り方を教えてくれているので、出来ないことはないと思うが、
如何せん、時間が足りない。
夕食を作っている合間と、食べ終えて暖炉の火が消えるまでの時間だけでは、
諸々(もろもろ)の道具を作れない。
(でも、そんなこと言ってられないよな。
途中で止まれない作業をするときは、薪を追加するくらいの勢いでやらないと。)
そろそろ、また薪を追加しておきたい。
やることが目白押しの凪だった。
身体を洗うのは、一番最後だ。
震えながら川辺の散策はしたくない。
罠や仕掛けを確認しながら上流に向かう。
大きな桶には、まだ魚が入りそうなので、罠に掛かった小魚も回収する。
凪は最近、罠ごと葉っぱバケツに突っ込むことを覚えた。
スペース的に1つしか入れられないが、葉っぱバケツが壊れても、
魚を拾い集める手間が省けると考えたのである。
以降の罠は、中身だけを、この罠イン葉っぱに回収し、また仕掛け直す。
凪は、代わりの罠を少し離れた場所に入れ、次の仕掛けを目指した。
一巡りした凪は、鍋を洗った場所で、覚悟を決めた。
とうとう服と、凪自身を洗う番である。
えいや、とズボンを下ろし、ベルトを取って、川に入る。
水が膝丈まで来たところで、ズボンを裏返して開き、川にさらす。
黒で汚れは目立たなかったので、落ちているかもわからないが、
取り敢えず、揉み洗いをする。
そして、初めて洗濯板の有能さに気付く。
生地を傷めまい、と手で洗える深さまで来たが、力があまり入らない。
かといって、浅瀬に戻って、川底でザリザリする訳にもいかない。
(道具って、生まれるべくして生まれたんだな。)
凪は、水の冷たさと、遅々として進まない洗濯に、
泣きそうになりながら手を動かした。
一通り洗うと川辺に戻り、ズボンを岩に掛け、
シャツを脱ぎながら、また川に入った。
洗う物はズボンだけではないのだ。
シャツ、肌着、靴下。
全て終わる頃には、凪の爪は紫になっていた。
しかし、これで終わりではない。
最後は、凪自身を洗って、超特急で家に帰るのだ。
パンツは家で洗おうと、乾いたまま河原に置いておく。
鍋を洗った藁束を掴んで、川に入る。
凪の身体の汚れと、藁束の汚れを交換するだけのような気がしたが、
身体を擦れるものが無かったのだから、仕方がない。
藁束はこれで使い納めようと思う。
身体を洗うのには、足首の上くらいまでの水位で十分だ。
流れのある水は、それだけで体温を奪っていく。
凪は急いで、しかし、しっかりと力を込めて、
首から胸、腕、腹、背中・・・と上から順番に擦った。
髪と顔は、汲んで来た水を使って家の外で流しているので、今は洗わない。
石鹸が欲しい、今日この頃の凪だ。
あの行水以来、しっかりと体を洗っていなかったので、冷たいが心地よい。
(あ、何か温かくなってきた気がする・・・?
乾布摩擦みたいに、ゴシゴシやったから?)
大自然の中に素っ裸でいるのは不安だが、
理性を突き抜けてしまうと、開放感が味わえるのだろう。
凪はヌーディストではないので、その気持ちはよく分からないが。
川から上がって、小さい方の布で水を拭い、
ブルブルと震えながら、風呂敷サイズの布に収まる。
パンツも履いて、準備はOKだ。
凪は、洗濯物と水を汲んだ大鍋、本日の収穫物を抱え、飛ぶように帰宅した。
もう今日は、暖炉の火の番で一日を過ごしたい。
(草のタワシも作らないといけないし、そうしよう。
暖炉ニートになろう。・・・あれ?一応、働いてはいる、のか?)
社会との繋がりがない自給自足の生活をする凪は、果たしてニートと言うのか。
取り留めのないことを考えながら、家路を急ぐ凪だった。




