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暖炉の温もり

凪はロッジを物色した。

泥棒も真っ青になるくらい、執拗しつよう家探(やさが)ししたが、

結局、通信機も地図もなく、現在地の手掛かりは見つからないまま、

日が傾き始めていた。


そして現在、凪はロッジの前で座り込んでしまっていた。

ロッジは想像していたより狭く、小屋と言った方が無難ぶなんだった。

一言でいえば、バス・キッチン無しの、ワンルーム。


(トイレ付き、リビングオンリー・ハウス?)


一人分のテーブルと、椅子なのであろう丸太。

大鍋が1つに、それを入れるといっぱいになりそうな暖炉(だんろ)

申し訳程度に作られた戸棚(とだな)

壁にかかった動物の毛皮と、弓、矢筒(やづつ)

(はり)から(はり)にかけられたハンモック。

部屋のすみに置かれた箱には、布と、何語か判らない文字で書かれた本。

壁で仕切られた奥のスペースにはトイレと思しき穴。

それだけしかなかった。

空き巣のような真似をしておいてなんだが、この結果には溜息(ためいき)しか出ない。

何も成果を得られなかった凪は、がっくりと肩を落としていたのだった。



しかし、このまま何もせず座っていても、夜になってしまうだけだ。

この小屋の住人が戻ってくることを期待するのは良いが、

それだけでは身は守れない。

何かないか、と考えを巡らせる凪は、ふと思い出した。

そういえば、手斧を転がしたままにしていた、と。


(武器になるものが手元にあったほうが、安心できる。

 知らない誰かの手に渡っても怖いし。

 それに、「そこにあったから、この家の物かと思いまして、お持ちしたんですー。」

 とか言って、この小屋の人に見付かったときの言い訳にできるかもしれない。

 よし、このプランを採用しよう。)





サクサクと草を踏み、森の端を目指して進む。

歩き回ったおかげで、小屋の周りの様子が、だいたいわかってきた。


小屋を中心に、円状の空き地が囲っている。

その円は直径20~30mくらいの大きさがありそうだ。

あちらこちらに切り株があることから、ここも森を切り開いて作った場所のようだと推察する。

小屋の周囲10mくらいは草をむしってあり、長期間、よく管理されているようだ。

森に近付くにつれて背丈の高い草が茂り、行く手をはばんでいる。

小屋を囲むようなこの草むらには、よく使う通路なのか、

数本ほど細い道のようなものができていた。

この道の一本が、森の中のまき割り現場と繋がっているらしい。

凪がさっき手放した手斧は、そのまま、そこに転がっていた。


(さて、斧を手に入れたはいいけれど、家の人が帰ってくるまでどうしようか。)


身を守れそうなものがあるというだけで、

人間は攻めに転じる余裕が生まれるらしい。

ちょっと強気になった凪は、失った自分の荷物が周囲の草むらの中にあるかもしれないと思いつき、可能性という希望に飛びついた。


(俺って、思いつきで行動する癖があるよなー。やっぱりクールとは言い難いな・・・

 でも、ちょっとは冷静なところもあるし、

「隠れクール」なら自称しても、いいんじゃないかな。)


腕より長いリーチを生かし、ガサガサと斧で草をかき分けながら、

凪はしばし、地面を見つめて歩き続けた。





暗くなる前に見付けたい、と、かなり急いで探したつもりの凪だったが、

一周してみれば、すでに空は赤くなっていた。

森に囲まれたこの場所は、木々が日をさえぎって、あっという間に夜になるだろう。

小屋の前に帰ってきた凪であったが、住人は、待てど暮らせど現れない。


今までは、とにかく何かを見付けなければ、という思いが先走っていたが、

いよいよ人恋しさが心を占めるようになってしまった。

浮かぶのは「どうしよう」という言葉ばかり。

小屋の扉を見つめ続けて、目が疲れたところで、凪は決断した。


(よし。小屋に入ろう。

 見付かっても、あれだ。童話によくある、あのセリフ。

「森で道に迷ってしまって・・・。どうか一晩、泊めていただけませんか?」って、

 言えばいいんだ。)


さっき侵入した場所、という今更感もあり、

遠慮を振り払って、凪は扉に手をかけた。





パチパチと()ぜる音を聞きながら、暖炉の火を見つめる。

やはり、火は偉大だ。

人類は、火を手にしたおかげで、ここまで繁栄できたのだ。

明るさと暖かさに感謝しながら、凪は暖炉の前に三角座りで陣取(じんど)っていた。

それにしても、と凪は思う。


(俺のサバイバル力すげ~。

 火なんて、コンロとか、理科の実験で使ったアルコールランプとか、

 誕生日ケーキのろうそくにつけるマッチとか、

 花火のときに使うチャッカマンくらいしかえんがなかったのに、

 一から火を(おこ)せたよ。俺すげぇ~。)


さっきからお腹の虫が鳴っているが、凪は自画自賛(じがじさん)をやめない。

数時間に及ぶたたかいがむくわれた、その感慨(かんがい)ひたっているのだ。

小学生のときに行ったキャンプでの体験を必死に思い出しながら、

薪やら燃えやすそうな木屑きくずやらを小屋の中から探し出し、

暖炉の脇に置いてあった火打石ひうちいし格闘かくとうして種火たねびを作り、

鍋に水を入れて火にかけるところまで来た。

鍋をセットしてから火を付ければ良かった、と後悔したが、

この経験は次に生かせばよいのだ。


(それにしても、この小屋、造りが荒い割に、寒くないんだよな。

 すきま風めっちゃ来そうって、心配してたのに、あんまり入ってこないし。

 この小屋を建てた人はすごい。

 いや、小屋と呼ぶのはもうよそう。これは家だ。立派な家だ。)


建築ってすごい技術なんだな、と、凪はひとちた。

今まで、何の感情もなく建築現場を見ていたが、

あそこでは多くの技術が、多くの人の手によってこの世に生み出されていたのだ。

家に帰ったら、ブルーシートの中でどんな風に家が組み上がっていくのか調べてみよう。

凪は、自分が好奇心の強い人間だと自覚している。


暖炉は、灰色のレンガのような物でできていた。

石を切り出して作ったにしても、精巧せいこうな組み方である。

凪は、心の中でこの家と暖炉を作った人に、再度、賛辞さんじを送った。



沸々(ふつふつ)と音を立て始めたなべをのぞき込む。

外にいたときは、手掛かりやら荷物やらを探すのに必死すぎて我慢できていたが、

この家に入ったときには、もう喉がカラカラに干上ひあがっていた。

ドアの傍に(おお)(がめ)があり、その水を沸かして飲もうと思い立ってからの、

火熾ひおこし作業である。

大甕の水をそのまま飲みたかったくらい喉は乾いていたのだが、

キャンプの鉄則「生水は飲まない」を覚えていたので、

我慢して沸騰させているのである。


(大腸菌は、10分くらい沸騰させないと確実に殺せないんだったよな。確か。)


かなりうろ覚えだが、キャンプに行っていて良かったと思う。

こんなところでお腹を壊しても、助けなどないのである。

薬も今は手元にないし、この家の住人もいつ帰るかわからない。

用心するに越したことはない。

時計などないので、自分の感覚だけで時間を計る。

60を、ゆっくり10回数えるだけだが、これが案外難しい。

何回目の40秒だったかわからなくなったので、

すでに指を使ってカウントしている。

しかし、こうしてお湯がいている様子を観察しているのも楽しいが、

ただ待っているだけでは、白湯さゆしか飲めない。

やはり、何か食べるものがほしい。

凪は重い腰を上げ、再び家の中を物色ぶっしょくし始めた。




ボコボコと鍋から(あふ)れるお湯の音に、慌てて暖炉に戻った凪は、

熱さにヒイヒイ言いながら鍋を火からおろした。

テーブルの上に置かれた木の板を鍋敷なべしき代わりにして、デンッと置く。

そして、戸棚とだなで見付けたおわんを使って鍋からお湯を(すく)い、冷めるのを待った。

鍋とお椀から濛々(もうもう)とたつ湯気ゆげ

猫舌な凪は、まだ飲めない。

と、ここで凪はひらめいた。

お椀の上で息を吸えば、水分補給ができるのではなかろうか。

早速さっそく、検証をすると、

乾いた口とのどに、若干じゃっかん湿しめり気を与えてくれることが分かった。

しばらくお椀の上でハアハアする凪。

後になってから、この状況を思い出して、

また恥ずかしい思いをすることになるのだが、

今の凪には水分補給が死活しかつ問題であり、自分を(かえり)みる余裕など無かった。



かわきをいやせた凪だが、今度は空腹と闘うことになった。

家の中には食べられそうなものが一つもなく、いま凪にできることは、

白湯さゆで、必死に鳴く腹を誤魔化ごまかすことだけだった。


(このままじゃ、明日も食事なし?・・・むり。どうしよう。)


不安に押しつぶされそうになりながら、凪は考える。


(朝ご飯は無理としても、昼の間に、何か動物でも仕留められたらいいよね。

 魚とか。植物は見分けるのが難しそうだし、後回しにしよう。

 緊急事態だから、カエルやらヘビやら、虫も・・・食べなくちゃ、ダメなのかな・・・

 やだなー。)


なるべく消費エネルギーを少なくしよう、と、凪は早々に寝ることにした。

お椀と鍋をそのままにして、ハンモックに向かう。

初めて使う寝具の寝心地を確かめながら、凪は、ワクワクしている自分に気付いた。

どんな不安の中にあっても、楽しみを見出せる自分は、

思っている以上に度胸どきょうすわわっているのかもしれない。

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