中継都市ルトゥバ
眼下に、小振りの家が立ち並んでいる光景が見える。
王国を立ってから6日目の朝、チュウヒ隊はルトゥバに到着した。
「やっと、着きましたー。」
「久しぶりに、山以外の物が見れましたね。」
中央山脈は、峻嶮で畏怖を抱かせる山々だが、毎日見ていると流石に飽きる。
ここに至るまで、ずっと見つめ続けた左目が、茶色に染まりそうだ。
その頂を越えてなお、遥か天空に頭部を預けて聳え立つ『神聖なる蛇』も、
この任務がなければ、景色と化してしまっていただろう。
サドは、減速の合図を出しながら、降下点を探していた。
翼を持つ者が多く住まう場所では、大概、庁舎付近にその地点が設けられている。
出入者の管理に都合が良いためと、商業区が近く、利用者が多いためである。
「見えたぞ。あれが庁舎だ。」
ルトゥバには、カスビ以外の隊員全員に滞在経験がある。
「何だか、また一回り大きくなりましたね。」
「・・・それだけ、取引が増えたということだろう。良いことだ。」
「でも、迷いそうですー。」
ユーティルの言う通り、見るからに、増築を重ねたのが分かる。
帝国との交易も増しているのであれば、
それだけ、商人として出入りしやすいのだが、どうだろうか。
ルトゥバは、主に水鳥で構成されている都市だが、共和国の領土ではない。
大陸は、『神聖なる蛇』を囲む中央山脈から流れ出る4条の大河で、
十字に区切られている。
海に流れ込む黒河、草原を横切る白河、湖に流れ込む青河、赤い大地を横切る赤河、である。
この黒河と青河で半分に区切られた、『神聖なる蛇』の頭部側の大陸半分は、
草原が多く、国境が曖昧な都市国家群の体を成している。
ルトゥバの街は、共和国の民が多く滞在しているが、周辺国からは、
その都市国家群の一部と見做されているだけの、不安定な立ち位置にあるのだ。
逆を言えば、都市国家群や隣接する国々に、価値のある国だと認められれば、
その存続は安泰なものとなる。
そういった意味で、中継都市ルトゥバを仕切る都市長は、
共和国にとって、非常に重要な地位にあると言っても過言ではない。
無能では務まらないのだ。
さて、そんなルトゥバから帝国に向かうには、隣接する緑苑国を通る必要がある。
湖の上を通っても良いのだが、湖底国は内乱が続き、
地方の統制が取れていない状況だと聞く。
何かあっても、自分たちの力で切り抜けるしかない上に、
帝国の入国審査に通りづらくなってしまうというデメリットがあった。
サドは、迷わず緑苑国を経由するルートを選んだが、
念のため、都市長に湖底国の現状も確認することにしていた。
「入ってくれたまえ。」
と、返答があり、案内役に促されるまま、サドは都市長の執務室に入室した。
隊員は、下の階で待機してもらっている。
「ご無沙汰しております、ムスアナン様。」
「おお、元気そうで何より。
貴殿が来られたということは、会談の結果が出たということですな。
早速、お聞かせ頂いても?」
はい、と頷き、背負っていた筒から書状を取り出し、足渡す。
相変わらず、サクサク仕事を進める御仁だな、とサドは思った。
「書状にある通り、例の捜索支援は取り付けられました。
流石は、ワジャ統領です。
こちらに伺ったのは、捜索の強化と、・・・帝国の内情調査です。」
「うんうん。帝国内にある可能性も、あるからねぇ。
しかし、こちらでも手を尽くしてはいるが、その話はとんと聞かないのだよ。
引き続き、任に当たらせてもらう予定だが、それで構わないのかね?」
「はい。その内、増援が来る予定ですので、受け入れをお願いしたく。」
「おお、それは有難い。使わせてもらうよ。
さて、では調査の方だねぇ。
こちらは、帝国に入って、活動するための支援をすればいいのかな?」
「案内人が欲しいのですが、人員を割いて頂くことは可能でしょうか。」
「もちろん、用意してあるとも。後で引き合わせよう。
統領からの指示は、これで終いかね?
では、いつも通り、経由国の状況を教えてくれるかね?」
これがムスアナンにとっての本題だったのだろう。
チュウヒ隊が各国を飛び回っていることを最大限に利用し、
こうして周辺国、関係国の情報を仕入れているのだ。
サドも、それが役に立つのならばと、情報を余念なく収集している。
大体のことを話し終えたとき、扉がノックされた。
「おお、例の案内人が到着したようだ。
ありがとう、サド隊長。今回も良い話が聞けたよ。
今日は、ゆっくり羽を休めてくれたまえ。
君には不要な言葉だろうが、気を付けて。任務の成功を、祈っているよ。」
「お言葉、ありがたく頂戴致します。」
部下思いの、出来た御仁である。
都市の住人にも慕われている様子で、自分もこうありたいと望む、サドだった。
一礼し、部屋を出ると、案内役が待っていた。
階下の部下と合流し、別室に案内される。
「どうでしたか。」
「ああ、案内人を付けて下さるそうだ。」
そろそろかな、と口にしたところで、ドアがノックされた。
どうぞ、とユーティルが返答する。
入って来たのは、サド達より一回り小柄な影だった。
「どうも、初めまして。シャフスと申します。
この度、帝国の案内をさせて頂くことになりました。よろしくお願いします。」
ペコリと下げた頭部に、爽やかな青がさしている。
まだ若いと思われたが、この任は重くないだろうか。
そういった感情が隊全体に出たのを見て取ったのだろう。
シャフスは、落ち着いた口振りで、自己紹介を始めた。
「フフ、確かにまだ若鳥に入りますけど、
実績は積んでいると自負しておりますよ?
青河側から入る、帝国内の塩の流れは、ほぼ私が握っています。
名高きチュウヒ隊の皆様とご一緒できるのは、光栄の極み。
是非とも、私にお任せ下さい。」
この若さで、とヴィーが唸った。
「失礼しました。こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します。
私は、副隊長のユーティル。右から、ヴィー、バニ、カスビです。」
「私が、隊長のサドです。
お若いのに素晴らしい活躍をなさっているのですね。
頼りにさせて頂きます。」
「ご信用頂けて、何よりです。
では、早速、仮の姿を整えましょうか。」
「こちらで、少々調達してきましたが・・・、使えますか?」
カスビが運んで来た袋を並べた。
シャフスは、ふむ、と塩の状態を確認している。
舐めてみても?と訊かれたので、頷き返すと、
少量を足に取ってペロリとその口に含んだ。
思わず、品質を確認される生産者の気分になったチュウヒ隊である。
「ええ、素晴らしいです。これは黒河の塩ですね。
王国側ではない旨味がします。」
「うわー、すごい。」
ズバリ当てられて、バニが思わず感嘆の声を漏らした。
「この道、一筋ですから。」
胸を張るシャフスは、一行を宿に案内してくれた。
そこで、皮の防具から、木綿の服に着替える。
塩を運搬する際に、皮では傷んでしまう為だ、とシャフスが説明する。
防具は、旅の間、それぞれの荷物に加えて運ぶことになった。
同時に、階級を示す金鎖も1本に減らす。
共和国では、飛翔や戦闘の技術、地位によって、国民に階級が付けられており、
幼鳥院を卒業できた者に、金鎖1本が贈られることになっている。
チュウヒ隊は軍属であり、更に訓練を重ねることで、
カスビとバニ、ヴィーが2本、ユーティルとサドが3本、各々、身に付けている。
地上で生まれ育った者は、院のある『風の王』まで来て、
試験を受けなければ、金鎖が貰えない。
そのため、飛翔能力の低い種族は、持たない者も多かった。
逆に、チュウヒ族は、飛翔能力が高い種族のため、
1本は持っていないと不審がられるらしい。
最近は、金鎖を自身の好みに改造する若鳥が多いと、
先日、話をした教官が嘆いていたことを、サドは思い出した。
「旅装は、こんなところで大丈夫でしょう。
後は、運び込む塩の量ですね。
・・・どれくらい、お持ちになれますか?」
持参した塩の量が、足しになれば程度であることを見越したのだろう。
塩の小袋を前にして、シャフスが訊ねる。
多ければ多い程、有り難いようだ。
「頑張りゃ、こんくらいだな。」
ヴィーが、小袋4つをヒョイと足に掛け、軽く跳んだ。
長距離飛行時の重量、ギリギリ限界であろう重さだ。
((・・・見栄を張っているな。))
「ええーっ?! ちょ、ヴィー! 流石にそれは無理っていうか・・・」
「そうですよ。どれくらいの旅程になるか分からないんですから。」
隊全員が、呆れてその様子を見ていた。
「・・・では、各3袋くらいということで。」
「・・・申し訳ない。」
そっと申し出てくれたシャフスには、
今後も苦労を掛けることになるかもしれないと、サドは済まなく思った。
“ギザギザ模様” ナマト・ハシナト・ムスアナン(サンカノゴイ族)
“蓮渡り” シャフス・ヤンシロッツ(ヨシゴイ族)




