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森のロッジ

凪は、自分が結構、冷静なタイプだと思っている。

周囲に人がいると、同調してパニクることはあるかもしれないが、

大概のことは観察して判断できる、という自信を持っていた。

だがしかし、異常事態が長く続けば、持っていた冷静さを失っていく人もいる。

自分がその瞬発型クール系だったことを、凪は初めて知ることになった。





カコン、という音に目を開く。


(あれ?俺、何してるんだっけ?)


疑問を浮かべた瞬間、凪は思い出した。


(・・・俺、さっき、飛行機のトイレにいたと思うんだけど?)


一気に覚醒(かくせい)した脳が状況確認を求める。

ゴトリと音がした。

足元を見ると、木片と小ぶりの手斧が転がっている。

手がジンジンと熱をもって、脳に伝えている。

今の今まで、この手で持っていたらしい。


(・・・え?何これ、どうなってんの?)


凪は辺りを見回した。


木、木、木である。


足元には、いくつもの切り株。

ここは、木を切って作ったスペースのようだ。

ヒヤリとした湿っぽい空気に、草と土の匂い。

どうやら、森だか林だかのような場所にいるらしい。

日が差し込んでいるようだが、背の高い木々に遮られて、全体的に薄暗い。


(この森、深い。奥が暗くて見えない。怖い。)


ザッと、血の気が引く音が、聞こえた気がした。

背中を伝う汗が冷たい。


(待て待て、落ち着け。辺りをよく見て、安全を確保するんだ。)


事故に()った時の鉄則だ。

焦る凪の目に、チラリと、木々の隙間からロッジのような木造建築物が映った。

その周りは木がなく、少し開けているようだ。

それ以外、周囲は背の高い木ばかりが並び、奥が見通せない。

安全な場所はそこしかなさそうだ、と頭が判断した瞬間。

凪の足は、自然とロッジに向かっていた。




転がるように木々を抜けると、太陽の光が迎えてくれた。

その暖かさに、ホッと息をつく。

数回、深呼吸をして自分を落ち着かせる。

振り返って、いま出てきた場所を見ると、

木々が押し寄せるように密集し、視界いっぱいに深緑が広がっている。

後ずさりして全容を見ようとしたが、左右前方、(くま)なく木に囲まれている。

まるで、欧州の童話の世界のようだ。

その光景に圧倒されて、凪は、しばし呆然と佇んでいた。


挿絵(By みてみん)



(・・・ていうか、何にもなかったのに、全速力で逃げてしまった。)


我に返って思考を再開すると、先程の自分の様子が思い出された。

落ち着いて(かえり)みると、恥ずかしい。

しかし今は、自分の置かれている状況について考えなければならない。

森の濃い酸素を取り込み、脳に行き渡らせる。

マイナスイオンについては懐疑(かいぎ)的な凪だが、酸素の力は信じていた。


(さて、ここはどこだ?位置の確認をしないと。

 機内じゃ、もう国外だったんだけど・・・

 人がいたら、助けてって言おう。日本人じゃなかったら、ヘルプ!だ。

恥ずかしいけど、「あのとき助けを呼んでたら」って後悔するよりマシだ。)


そして、ロッジに目を向ける。

ロッジがあるということは、人がいるということだ。

キャンプ用の可能性もあるし、森林の管理人室の可能性もある。

住んでいるとは限らないけれど、定期的に見に来る人がいるかもしれない。

もしかしたら、電話や無線といった通信機器もあるかも。


(無線の使い方なんて知らないけど、説明書があったら何とかなるよな。

 ・・・英語で書いてくれてたら、だけど。フランス語は無理だ。

 でも・・・、人に会ったら、何て説明しよう?これ、どんな状況だ?

 夢か?夢だったら良いけど、後から思い出して(もだ)える(たぐい)の夢だな。

 ・・・ていうか俺、こんな森の中で何してたんだ?)


先程の手斧は、凪の手から転がり落ちたんだろう。音も聞こえた。

凪の脳が言う。

あなたは、森の中で木片を割っていました。


(・・・(まき)割りかな?いやいや。)


よく分からない。

よく分からないが、覚えている範囲で推察すれば、そういうことだ。

現実味もないが、この、太陽が肌を温めてくれている感覚は本物だ。

凪は、とりあえず太陽を信じて、状況を受け入れることにした。

しかし、受け入れたところで、今から何をすればいいか、思いつかない。

ロッジをノックして、助けを求める方針ではあるが、

他にも何かできることがあるのでは、と考えたところで、天啓(てんけい)に打たれた。


(あ!荷物!俺の荷物は・・・)


うたれたはいいが、すぐに意気消沈する。

見える範囲に、トランクやリュックらしきものは無い。

もし、あるとするなら、さっきの切り株スペースだろう。

着の身着のまま、一文無しでは、この先、生きていけない。

それに、荷物の中の携帯があれば、国際通話で助けを呼ぶことができる。

凪は、あの暗い森に引き返すしか道がないことを自分に言い聞かせ、

恐々(こわごわ)と、森に足を向けた。


飛行機の快適空間に帰りたい。

ああ、どうか、これが夢でありますように。





怖い思いをして引き返したが、結局、あの空き地には何も無かった。

凪の荷物も、機内で頼んだ飲み物も、飛行機の一部も。

迷わないように、ロッジが見える範囲で森の中を探してみたが、

状況を分析できる手掛かりは何もなく、徒労に終わった。

これからどうしよう、と泣きそうになっている凪の前には、ロッジ。

今の凪には、選択肢も何もない。

誰かに助けを求めるしかないのだ。

手斧を持っていては、相手を怖がらせてしまうと思い、それは空き地に置いてきた。

何だかとても心細い。

キョロキョロと辺りをうかがいながら、凪はロッジにたどり着いた。



何度も使って()り切れそうな勇気を、再び呼び出したが、

凪の勇気は、またしても空振(からぶ)ってしまった。

初めは遠慮がちにノックをしたのだが、応答がない。

だんだん強く叩き、声をかけても、物音一つしなかった。

こうなれば、中を(のぞ)く以外の方針が思い浮かばないのだが、

凪の良心は日本人として(つちか)ったマナーを持ち出し、足を引っ張った。


(どうしよう。困った。でも、ここ以外に頼れるところないしな。

 家の人が出かけているだけかもしれないけど、外で寝る訳に行かないし。

 もし、泥棒だと思われても、命大事だし。

 いや、外国だったら、泥棒だと思った瞬間に銃で撃つ人がいるかもしれない。

 いやいや、そうなっても、やっぱり、外は危ない。森には、狼と熊が付き物だ。

 後で必死こいて説明して、わかってもらうしかないか・・・

 アイムソーリー!アイムノットアシーフ!だ。)


それに、さっき、自分は(まき)割りのようなことをしていた。はずだ。


(もし仮に、ここで薪を割っていたんだとしたら、

 ここにいる人は俺の顔を知ってくれている可能性がある。

 ・・・全然、身に覚えはないけど。何でそんなことしてたのかも知らないけど。)



一先ず、ロッジの周りをグルリと回ってみたが、窓らしき物がない。

唯一、中を(のぞ)けそうなのは、ドアの取っ手であろう縦に開いた穴だけだった。

ドアも木製で、この穴以外に何もない。

後ろ暗い気持ちに駆られて、サッと周囲を見回し。

誰もいないことを確認してから、(のぞ)き込む。

我ながら、泥棒じみた行動である。

薄暗い部屋には、テーブルと椅子があるのがわかった。


「誰かいらっしゃいませんかー」


応答がないのはわかっていた。

これは、自分を納得させるための声掛けだ。

住人が寝ている可能性を考えつつ、穴に手をかけ、思い切って手前に引っ張った。

ギチッという音がしたが、開かない。


(えっ?鍵かかってんの?鍵あんの?)


焦って観察すること十数秒。

凪は、自分の思い込みの激しさに赤面した。

何てことはない。スライド式だっただけだ。

クール系のカッコいい自分像が、ガラガラ崩れていく音が聞こえた。


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