空と海の付き合い
晩餐会が終わった後、用意された部屋に戻ったアラザフィラを待っていたのは、
案の定、ワジャとショウだった。
「待ってたぜ、兄ぃ。」
「先にやってますよ。」
「・・・さっきも飲んでいただろう。」
「私は下戸なので、さっきの席でも飲んでませんよ。」
「大丈夫、俺はまだ入るぜ。
まあ、兄ぃが来たから、もう止めるけど。」
「明日が本番だろうが。飲むな。」
「はい。」
「相変わらず、どっちが主だか判らない会話をしますね。
昼とのギャップに吃驚です。」
「兄ぃは、ずっと俺の兄ぃだからな。
今は、まあ、役職が上ってだけで、こういう方がしっくりくるんだ。」
「ワジャ、それでは困ると言っているだろう。
それで、陛下は、・・・ちゃんと休まれたか?」
「ええ。夜に男の部屋には入るなと、言い聞かせてきましたから。」
「・・・相変わらず、どっちが主だか判らん関係だな。」
同じセリフで混ぜっ返してやる。
ショウは得意げに笑って、水面から尾をチラリと覗かせた。
女王を、ここまで盛り立ててきた自負心からだろう。
『滄海の民』は、その名の通り、海中が生活圏である。
えら呼吸をする民が大多数である『滄海の王国』に、アラザフィラ達のように肺呼吸をしている者が訪れると、この王冠諸島に滞在することが圧倒的に多い。
何故なら、開国間もないこの国では、
海上に作られた宿泊施設が限られているからだ。
「その内、泊まれる船を作りますよ。」とショウは言っているが、
船では出来ないことがある。
こうして、客室でショウと話せないのだ。
今、それが出来ているのは、この王冠諸島の宿泊施設の最大の特徴である、
水路のおかげだ。
個々の客室が、水路に架けられた橋を渡った先にあり、
橋上の扉と水路内の扉が、同じ前室に繋がっている。
つまり、個人的に海の友人を招きたいとき、
客室内で話ができるようにしてあるのだ。
もちろん、水路の中の扉も、内側から鍵を掛けられるようにしてあり、
外から鳴らす呼び鈴もある。
船では、それが出来ないじゃないか、と言うと、
「それも考えてありますよ。」と、返ってきた。
ニヤニヤした顔が小癪に障ったが、
楽しみに待っているアラザフィラである。
ショウは、上半身こそヒト族の形をしているが、下半身がサメ族のものであり、
腰辺りにあるえらでないと、呼吸ができないらしい。
そんな訳で、彼は今、アラザフィラの部屋の前室で、
背中まで水に浸りながら話をしている。
ワジャの仕業だろう。
水路側に、飲食物がズラリと並んでいた。
「では、第7回、王国と共和国の事前協議会を始めましょう。
はい、かんぱーい。」
「はっはっはっ」
「・・・ショウ、やはり飲んだな?」
酔っぱらいのような音頭で、ショウがグラスを掲げる。
流されて再び器を取ったワジャの頭を小突き、奪い取って飲んでやった。
「あ~!兄ぃ。最後の一口くらい・・・」
「俺もこれで終いにするから、我慢しろ。」
「あー。この一杯のために、仕事してる気がする。」
「ショウも、その辺にしておけ。」
「いえ、これはお酒じゃありませんよ?貴国のジュースです、ジュース。」
「喧しい。」
ショウのグラスも取り上げようとして、ヒョイと躱される。
「さて、本題に入りましょう。」
真面目な声音で、ショウが声を上げた。
顔の横で振られているグラスが、まだ遊び足りないと言っていたが、
やっと話を進めてくれるらしい。
「すみません。あの話が来てから、間諜の動きが活発になりまして。
こちらの状況は伏せさせて貰っていました。」
「なんでぃ、さっきのは演技か?」
「・・・楽しかったですよ?」
「そうか、良かったな。」
「あの話ってのは、うちの書の話だな?悪ぃな、でかい話を振っちまって。」
「そうですね。
でも、まあ、想定していた範囲で収まったので、
然程のことでもありませんでしたよ。」
「・・・取り澄ますな。お前の悪い癖だぞ。」
アラザフィラは、ショウを窘めた。
『滄海の王国』の建国に立ち会ってはいないが、
その経緯は、彼の口から聞いている。
強がらなければならない場面も多かっただろうが、
そのせいか斜に構えがちになっていると、アラザフィラは思っていた。
「そうだぞ、ショウ。
今回の件は、俺らが圧倒的に悪いんだから、
『疲れた』の一言くらい、くれてもいいんだぜ?
その方が後腐れなく終われるってもんだろ。」
ワジャが代弁してくれた。
こんな場面では、説教臭い自分の言葉より、
弟分の真っ直ぐな言葉の方が、より伝わる気がする。
ショウの様子を窺うと、あー、とか言いながら、
アラザフィラとワジャを交互に見て、言葉を探しているようだった。
思っていた以上に図星だったようで、
ここまで気の抜けた顔を見るのは、初めてのような気がする。
ワジャが、兄弟杯がどうのと言いながら、嬉しそうにショウの頭部を撫で始めた。
我に返って抵抗するショウを見ながら、アラザフィラは真剣に考えた。
(・・・こいつは、幾つだったかな?やはり、弟分に欲しいな。)
共和国の統領戦は、決まって海の上で行われていた。
場所は、『空の王』の軌道上にある、大陸と王冠諸島の狭間である。
理由は2つ。
大陸各国の真上で空中戦を行う訳にはいかないこと、そして、
『空の王』の高度は、湖上より海に出た直後の方が低く、
統領戦に出た者が誤って落下した際、救助しやすいためである。
海には、かつて国があった。
世界中の宝石を集めたと称される国は、海面を宝石の輝きで満たしていたという。
しかし、その国は乱によって滅び、民は四散した。
他種族による侵攻や、皇帝一族への不満の噴出などが、
その原因であると、共和国では記録されていた。
それ以後、海は数多の種族が、それぞれの領地を巡って争うようになり、
その領地と関わりのあった大陸の種族や共和国の民との間にも、
諍いが起きるようになった。
共和国の統領府が間に立って解決しようにも、帝国というまとめ役は既に亡く、
領主が何度も変わり、要求が二転三転する有り様では、手の打ちようがなかった。
当時の統領府は、匙を投げた。
投げたついでに、長年、苦心していた統領戦の場所を海上に設定した。
国無き場所であれば、何かあっても外交問題にはなるまいと、考えたのだろう。
アラザフィラが初めて統領戦を制した直後、海では変化が起こっていた。
それを知ったのは、翌年である。
毎年のように報告される海鳥達の被害届に、
新たな勢力が現れたとの情報が寄せられていたのである。
そして情報の中には、その代表者が面会を求めているというものが含まれていた。
もし、その勢力が、今後の海の支配者となるのであれば、
接触しない訳にはいかない。
海鳥達と海の民の摩擦を解決し、両国民の血が流れるのを防がなければ、
最悪、新たな国との紛争にまで発展してしまう。
アラザフィラは海に下り、その代表者とやらに会うことにした。
初めて彼の前に立ったとき、女王を守る怜悧な壁だと感じた。
女王の言葉数は少なく、器量を計るには至らなかったが、
ショウの応対には、目を見張るものがあった。
彼らの要望は、国交の樹立。
つまり、彼女を頂点にした勢力を、国の代表として正式に認めて欲しい、
というものだ。
しかし、
「・・・我が国に、どのような益があると?」
アラザフィラは、問い返した。
かの滅びた帝国のように広大な海域を、
特に、海鳥と関係を持つ海域を手中に収めていなければ、話にならない。
彼らからすれば、大国である共和国の後ろ盾を得ることで、
支配域を広げる手段の一つとして使えるようになるのだろうが。
その問いに、ショウは問いで答えた。
「逆にお訊きしたいのですが、何故、メリットが無いと?
失礼ながら申し上げますが、旧帝国との交易が途絶えたことで、
貴国の輸出入品目が減少したのではないでしょうか。
我々は既に、この海の半分近くを手にしております。
つまり、ある程度は貴国との通商が可能になったということです。
現在、我が国と貴国の民が抱える問題も、元を言えば、
旧帝国領の一部を占拠した海峡の部族が撤退した後、部族と交易をしていた貴国の民と、戻って来た海の民の不幸な衝突から続いていると、認識しております。
交易が直接的な解決にはならずとも、溝を埋めるきっかけにはなるでしょう。」
「・・・確かに、あの岩礁地帯は我が国にとって重要な拠点だ。
なればこそ、確認をしなければならない。
あの領域は、そちらの声が行き届く場所なのか?
聞くところによると、赤甲団という集団が、岩礁付近で武力活動をしているとか。
その集団を、抑え込めるのか?」
「それこそが、統領閣下にお願い申し上げたいことです。
今、貴国が岩礁近くにある、この時に、我が『滄海の王国』と国交を結んで頂き、彼らを抑え込む力の一端となって頂きたいのです。」
「翼が先か卵が先か、ということか。」
「岩礁における争いが収まれば、彼らは大義名分を失います。
それは、統領閣下の懸念を払拭することになると考えますが、いかがでしょう?
国交を結んで頂くことに、不利益がございますでしょうか?」
海の安定を得たいのであれば、現在、最も勢いのある自分達を支持すべきだと、
ショウは言った。
「・・・見返りに、統領戦の場所を岩礁付近にしてくれないか?」
一つの物事から、なるべく多くの利を引き出すのが、交渉だ。
自分達のためにもなると理解したのだろう。
女王とショウは頷いた。
そして、
アラザフィラは、まだ若い女王を頂く勢力に、海の安寧を託すことを決めた。
時は流れて、アラザフィラが2回目の統領戦を制したとき、
『滄海の王国』は、正式に国家として名乗りを上げており、
王冠諸島で宴を開いてくれた。
これが、今に続く式典合戦の始まりとなったことは、余談である。
「それで、そろそろ教えて欲しいんだがな。」
アラザフィラは5年間、尋ねる機会がなかった話を振った。
実は、ここまで親密になったのは、ワジャが統領に就いたときの会談以降であり、
今の今まで、踏み込んだ話をする時機を逸していたのだ。
「・・・私が、何故『神聖なる蛇の書』を求めているか、ですね。」
ショウは、国ではなく、個人として欲していたことを白状した。
頷いて続きを促すと、苦笑が返って来る。
「ご想像の通りですよ。
何かとトラブルを起こしがちな、この身体について、
調べられることは全て調べておきたい、というだけです。
まあ、お互いの為になることですし、我々全員で骨を折るとしましょう。」
一目でわかるショウの身体的特徴は、確かに様々な障害となっていたことだろう。
一国の重鎮の位置を維持し続けるために、その解決策を求めるというのは、
理に適っている。
何となく、それ以外にも理由があるような気がしたが、これ以上の追及はすまい。
アラザフィラは、そうかと笑い返した。




