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鉄鍋は必須アイテムです


 

 どこまで続くのかわからない未知のダンジョンを、ひたすらに歩き続ける三人。カツン、カツン、と石に靴底が当たる音が響く。他には一切物音もしないし、生き物の気配もない。なのに、なぜか辺り一帯に何かがうごめいているような嫌な気配が漂う。


 ラルフィル王子の大きな背中にしがみつくように、マチアルドとシュタルトは団子状態になって出口を探す。

 この三人の中で、戦闘要員はラルフィルだけなのだ。邪魔と言われようとうっとうしがられようと、絶対に離れるわけにはいかない。


「ね、古ぼけた人形とかへこんだ箱とか、壊れた椅子とか、どうしてこんな場所に山のように積まれているのかしら?」

「まさか神殿にそんな場所を作るわけはないし、シュタルトの言う通り別の世界に飛ばされたとかな」


 ラルフィルの言葉はもちろん冗談ではあるものの、先ほど襲い掛かってきたガラクタを見たあとでは正直笑い飛ばせる気はしない。


 時折うず高く積まれた箱や椅子などが急に動いてこちらに向かってきたり、なぜかいきなり壊れた棚の引き出しがギギギ……と開いたり。

 その度にラルフィルが蹴り飛ばしたり、剣で薙ぎ払ったりするのだが、今のところ最初に出会ったような大きなガラクタが襲ってくるような気配はない。


 とはいえ、終わりの見えない探索にマチアルドはついに座り込んだ。なんといっても、ずっと気を張りながら警戒して歩いてきたのだ。肉体的にも精神的にもくたくたである。緊張のせいか、のどもカラカラだ。


 空腹と渇きを感じたその時、隣からぐるるるるる、という大きな音が響いた。


「……すまない。俺の腹の音だ」


 ぷっと噴き出すマチアルド。

 こんな美形でもおなかの音は同じようである。張っていた気が緩んで、三人から笑いがこぼれる。


「俺も腹減ったなぁ。パンか何か持ってくればよかったよ」


 シュタルトがおなかをさすりながら、石畳の上に豪快にひっくり返る。 


「そうね。お菓子でもいいから何か……」


 そう言いかけて、ふとドレスのふくらみに手をやるマチアルド。その手にわずかにひっかかった小さな固まりに、朝の記憶が蘇る。


 ――そういえば……今朝。


 今朝ターシャが目を離したすきに、こっそりと戸棚に忍ばせていた飴玉を数個ポケットに突っ込んだことを思い出したのだ。ごそごそと探ると、ポケットの中から出てきたのは小さな飴玉が六個。

 比較的動きやすい装飾の少ないデザインとはいえ、ポケットが小さいためにこれくらいしか入らなかったのが返す返すも悔やまれるが、この際贅沢は言えない。


 にんまりと笑って飴玉を差し出すマチアルドに、男二人が目を輝かせる。


「さすがマチアルド!飴でもなんでもドカ食いしたいけど、飴玉ひとつでも救いだよ」

「確かに疲れた時の甘いものは染みるからな。にしてもそのドレスにそんな隠しポケットがあったとは、女性の服は奥が深いな」


 このダンジョンに来てから初めて役に立てた気がするマチアルドである。まさかあの飴玉がこんな非常事態に役立つことになるとは、微塵も想定していなかったが。

 小さな飴玉を大事に口の中で味わう三人。心身ともに限界を迎えていた体に、甘さが染みわたって、ひととき息をつく。 

 が、今手元にある食料はこの飴玉のみ。一つずつ味わって食べ、残りは後に取っておくことにする。



 もはや、三人の目標は変わった。

 食料の入手である。一に食料、二に食料、三四に食料、五にも食料である。

 腹が減っては、戦うことも脱出することもできないのだ。出口を探すという目標を掲げて動いていた時よりも、がぜん三人の動きはきびきびと良くなったのは言うまでもない。





◇◇◇◇



 一行はそれからまたしばらく歩みを進めた。

 が、やはり分岐する道も出口らしきものも見当たらない。どうやらここには、食料どころかガラクタしかないようである。

 

「何もないね……。どこまで続いてるんだろう、この道。距離的にいっても絶対に神殿の中ではないわよね。ということはやっぱり、神殿ではない別の場所なのかしら。でもそんなことが現実に起きるわけが……」

「出口なんてあるのかな……。もう一度最初の場所に戻ってみる?」


 すっかり迷子気分のシュタルトとマチアルドが顔を見合わせて不安にかられていると、ラルフィルの鋭い声が飛んだ。


「おいっ!何か飛んでくるぞ。伏せろっ」


 その言葉と同時に、頭上を何かが飛び去るような音がして、とっさに身をかがめるマチアルドとシュタルト。

 視線を向けると、そこにはあったのは――。


「はぁ?なんだ、これ」


 シュタルトはあんぐり口を開いて、それを見ていた。マチアルドも目を大きく見開いたまま固まっている。


 そこにあったのは、一冊の分厚そうな本。よく書庫の奥にあるもう誰も手に取りそうにないなんとか大事典とか、今にもバラバラになりそうな古い歴史書レベルの分厚さである。


 それが、開いた状態でぷかぷかと空中に浮いている。


「……何これ?なんで本が浮いてるの」


 紐でつられているなどの細工は見当たらない。あんな分厚い本が、なぜひとりでに空中を浮遊しているのだ。

 マチアルドは目の前のありえない光景に、立ち尽くす。


「……おい。なんか様子がおかしくないか?」


 本から漂う嫌な気配に、三人は凍り付く。

 しばらくひとところに留まってぷかぷか浮いていた本は、小さくページをばたばたはためかせ始めた。その様子は、今にも羽ばたく鳥のようでもあり――。

 思わずじり、と後ずさるマチアルドたち。そんな三人に向かって、本は突如ばさばさっ!とページを羽根のように震わせながら、猛スピードで向かってきた。


 ぎゃあぁーっ!と叫び声を上げながら、逃げ惑う三人。


 あの重量感のありそうな角がもし頭にでもぶつかったら、流血の事態は避けられない。

 しかもなぜか、マチアルドを目指して飛んでくるのだ。淑女らしくおしとやかに、などという言葉はすでに頭の中にない。ひたすら絶叫しながら逃げ惑う。

 なおも追いかける本。


 あちこち体をぶつけながら走るマチアルドに、シュタルトとラルフィルがなにかを叫んでいるが、マチアルドにそれを聞き取る余裕はない。


 その時はっ、と手に感じる重みに気が付いたマチアルド。

 先ほどラルフィルに、防具代わりにと手渡された鉄鍋である。それをとっさに頭にかぶる。と同時に、本がマチアルドの脳天を直撃した。


「……マチアルドっ!」


 男たち二人の声が、淀んだ薄暗いダンジョンの中に響き渡った。




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