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王子、回想する


「おい、おい!しっかりしろ、マチアルド」


 聞き覚えのある声が頭上から降ってくる。首ががくんがくんするくらいの力強さで体を揺さぶられて、思わず吐き気を催すマチアルド。

 うっすらと瞼を開けると、そこには誰かの顔がある。


「シュタルト……?ちょっとそんなに揺さぶると気持ち悪く……」


 うぷっと口元をゆがめて体を起こすと、その横にもう一人。ラルフィル王子が、憂いを帯びた眼差しでマチアルドを見下ろしていた。


「お怪我はありませんか?マチアルド王女」


 まわりを見渡すとそこは石造りの荘厳な神殿、ではなく薄暗い見知らぬ場所であった。埃っぽいかび臭い匂いと、どんよりと淀んだ空気が広がっている。


 ぼんやりと霧がかった頭で、目の前の状況に考えを巡らせるマチアルド。

 シュタルトはどこも怪我や異常のなさそうなマチアルドの様子にほっと息をつくと、その手を取って立ち上がらせる。


「一体ここはどこです……?それにあの光は」

「わかりません。神殿と似た造りではありますが、祭壇のまわりにこんな空間はなかったように思うのですが」


 確かに神殿と同じ石畳が敷き詰められているし、造りも神殿と似通っている。だが祭壇は神殿の最奥にあるのだ。


「こんな場所、神殿内にはないはず……。他の者たちは?」

「俺とマチアルドと王子の三人しか、見当たらないんだ。みんなどこに行っちゃったんだろう。俺は急にマチアルドの手の中の星石が光りだしたから、とっさに駆け寄ったんだけどさ。気が付いたらここで伸びてたんだ」


 シュタルトはきょろきょろと落ち着きなくあたりを見渡しながらも、この異変に目を輝かせている。昔から冒険やファンタジーものが好きなシュタルトのことだ。きっとここは異世界に違いない、とかおめでたいことを考えているに違いない。


「とにかくここがどこにしても、先に進んでみましょう。他の者たちが見つかるかもしれませんし」


 ラルフィルに促されて、周囲をうかがいながらおそるおそる進む三人。

 神殿にいたはずが、まさかの謎のダンジョン探索、開始である。





◇◇◇◇◇◇



 ――なぜこんな事態になったのか……。念のため帯刀してきたのは幸いだったが、しかし。


 ラルフィルは、リスデールを出立する前日に兄たちと交わした会話を思い出す。


「ラルフィル、もう支度は済んだのか」

 

 四歳年の離れた次兄が、ラルフィルに声をかける。


 先日長年想い続けた有力貴族の一人娘とようやく婚約したばかりで、その表情は一点の曇りもなく晴れやかだ。幼い頃に国内の有力貴族の子女を集めて開かれた王宮でのガーデンパーティで会い、次兄が一目惚れしたというそのお相手は、花のような愛らしさが評判の少女である。


 さっさと婚約したかったようなのだが、相手の父親である侯爵がなかなか頭を縦に振らなかったらしい。というのも生まれつき体が弱い娘を心配して、王位継承は長兄に決定しているとはいえ、二番目の継承権を持つ次兄の妻の座は身体にさわると反対していたらしいのだ。

 その反対にもめげることなく、子ども時代から十年以上も心変わりすることなく根気よく少女のもとに通いつめ、この度ようやく侯爵も折れたのだ。

 その時の喜びようといったら――。


「俺が準備することなんてたいしてないさ。数日滞在するだけだし」

「お前デアルタは初めてだったか?なら鉱山を見物してくるといい。馬で駆ければ近いところなら日帰りで十分見てこれるはずだ」

「デアルタの鉱山か……。こっちではたいして採れないからな。おもしろいのか?」


 ラルフィルがデアルタを訪問するのは、今回が初めてである。隣国でありながら、リスデールではほとんど鉱石は産出されない。地脈の問題なのか、地盤の違いなのか。よって鉱山を見たこともないわけだが、鉱石は採掘されたままの状態ではわずかに中から光るものや色がのぞく程度でそれが鉱石であるかを見分けるのは大層難しいと聞く。宝探しのような面白さがあって、興味を持つ者も多いらしい。


「そうだな……。神殿には大きな星石が奉納されいるともいうし、見に行ってみるのもいいかもしれないな。どうせ結婚なんて向こうも考えていないだろうし」


 気を遣う外交行事ということもあり、少々気乗りしなかったラルフィルだが鉱山見物と見事な星石がおさめられていると噂の神殿に興味をひかれて、表情を明るくする。


「マチアルド王女は聡明でかわいらしいと評判の姫だが、まだ十四歳だからな。まぁ、気を楽にして楽しんでくるといい。お前はまわりに気を遣いすぎるところがあるからな。もっと自由に振る舞ったっていいんだぞ」


 弟に甘い兄たちは、いつもラルフィルにこう言うのだ。

 気は優しいが、お人よしで気を遣いすぎる――。それが兄たちのもつラルフィルの人物像であり、最大の美点であるとともに欠点でもあった。


「わかってるよ。ありがとう、兄さん」


 ラルフィルの肩を優しくぽん、と叩いて部屋を出て行った次兄の背中を見送って、ラルフィルは空を見上げた。

 ぽっかりと浮かんだ月に一筋の雲がかかって、部屋に細く差し込む。


 出立は明日早朝――。

 夜のしんと冷えた空気に満たされた部屋に、ランプの火がゆらり、と揺れる。


 ラルフィルがデアルタの神殿から姿を消したのは、その二日後のことである。




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