空に漂うもの
ここはデアルタ国の、はるか上空。
高い山脈を見下ろすように、それはぷかりぷかりと漂っていた。
ミルクボウルをさかさまにひっくりかえしたようなその物体は、デアルタの王宮をそっくりそのまま飲み込んでしまいそうなほど大きい。
乳白色のその向こうには、うっすらと澄み渡った青い空が透けてみえる。時折全体が七色にちかちかと光っていて、その光はどうやら内部から発しているようである。
そして底面からは、無数の手足のようなものがひらひらと踊るように軽やかに宙に舞っている。そのほんのりと薄桃色に染まった先は、愛らしいといえなくもない。
地上からも十分に認識できるであろうはずのその物体は、なぜか地上の人間たちにまったく気づかれることなく、人々はいつもと変わらぬ平穏な日常を送っている。
であるからして、人目を気にするふうもなくそれは、数本の手足のようなものをするすると地上に降ろしていく。
そして、しばらく何かを探すような動きをしていたかと思うと、おもむろに何かをからめとるようにして持ち上げていく。
脚の折れた椅子、布が擦り切れたソファ、かつては食料でも入れてあったのだろうと思われる木の樽など――。
そのどれもが一体いつから放置されていたのだろうと思われるような、年季の入ったものばかり。それらをひとつ、またひとつと器用に持ち上げては、半球体の器の中に運び入れていく。
その様子を、半球体の縁から嘆かわしそうに見下ろす一つの影。
ぴょんと立ち上がるふたつの耳、日の光に反射してきらりときらめく透き通った灰色の瞳。人ではない、なにか――。
「やっぱり今回もだめでしたか。これは困ったことになりました。すでに中はひどい有様だというのに、これ以上続くと大地が……」
ぶつぶつとかぶりを振りながら、隣で顔を覆い座り込む少女を物憂げに見てつぶやく。
美しく輝く長い長い銀髪を扇のように広げて、さめざめと泣き崩れるその少女の肩は、小刻みに震え、今にも淡く消え去ってしまいそうな儚さを醸し出している。
一体何がだめで何か困ったことなのか、それを知る者はまだいない。
少なくとも、地上には――。
それから数時間後。
地上では小さな箱に揺られて、とある一行が王宮を出て行く。ごとごとと揺られて山のふもとへと向かうその箱の中には、これから世界の運命を左右することになる者たちが乗っていた。
ちょっぴり澄ました顔が少々小生意気そうにも見える、その年頃らしいあどけなさをのぞかせたひとりの少女。
波打つ濃金髪を額に流した、育ちのよさそうな美青年。
あとにもう一台続く箱の上には、くりくりとしたくせっ毛に快活そうな瞳を輝かせた少年の姿も見える。
それらの者たちを乗せた箱は、まっすぐに山のふもとの神殿へと進んでゆく。
それを穏やかに見守るように、空に浮かぶ大きなそれは、ぷかりぷかりとデアルタの上を気持ちよさそうに漂っていた。