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After-eve   作者: 本宮 秋
2/2

Bread was baked

bench time 第1章


盆が過ぎ、朝晩の空気が冷たく感じてきたこの頃。しかし残暑のせいか昼間はまだ暑い日が続いた。これから秋にかけ、また仕事が忙しくなる。ただこの小さな街は、そんな昼の暑さも仕事の忙しさも関係ない様に静かで、落ち着いていて何時もの風景だった。

そんな中、ただ漠然と日々を過ごすだけ。

気分が高揚する事も無く、ただ時間が過ぎるだけ。それは自分だけでは無く…。


あの日。


アキさんが倒れた日。

もうあの日から4日程経つ。


何事も無かった様にアキさんは、今日から店を開けた。ユウさんも割と普通に過ごしている。

自分とカオリさんだけが、あの夜から時間が止まった感覚。


あの夜、アキさんとユウさんが居ない店[After-eve]の中で自分とカオリさんは、ただただ待っていた。

ユウさんからの連絡を。


カオリさんは俯きその場で、しゃがみ込んでいた。

自分も訳が分からない状態で、呆然と立ち尽くすだけ。

お互い会話も無かった。

パンの香りもアキさんの好きなコーヒーの香りも無い店内は、革の匂いだけが漂っていた。


2時間後位にユウさんから連絡が来た。

正直、そんなに時間が過ぎていたのかと…

カオリさんと居た店内での、時間の感覚がまるで無かった。

車で1時間程の街の病院へ。自分は場所が分からないし、カオリさんも行くと譲らなかったので一緒に行く事に。

車の中でも何も語らず病院へ急いだ。


小高い丘の上にある大きめの病院。夜中近い時間なので、当然の様に暗い。救急搬送用の入口だけが明るくなってた。

夜間用の入口から入る。

すぐユウさんが居た。

「悪いね、遅い時間に此処まで。」


「アキさんは?」カオリさんが、いの一番に訊いた。

「大丈夫。もう遅いから会えないけど大丈夫だから帰るぞ。」

ユウさんがカオリさんの腕を引っ張りながら…。

それでもカオリさんは何とか奥に行こうとし、自分と二人掛かりでカオリさんを止め病院を出た。


真っ暗な街灯も疎らな国道を進む。

その景色と同じ様に車内も暗く沈んだ雰囲気だった。

しばらくして、小さな声で後ろの席に座っていたカオリさんが言った。


「ユウさん何か知ってるの?」


ユウさんは黙って外を見ていたが、重い口を開いた。

「別に…命に関わることでは無いのは確かだから…そんなに心配する事じゃないよ」


「だって…あんなアキさん…。どう見ても何かあるでしょ!心配するに決まってるでしょ!」

気持ちが抑えられなくなったカオリさん。


また、沈黙が続いた。


「前にもあったんですか?…ユウさん何か、落ち着いていた感じがしたんで…。」

前を見ながら、小さな声でユウさんに訊いてみた。


「はぁ〜。さすがに駄目か。バッチリ見ちゃったもんねー、二人共。

…アキがね、コッチに戻って来て直ぐにね、一度あった。そん時は俺もビビったけど、まだアキの意識があったから何をすればいいかアキが言ってくれたから良かったけど」

「一応ね、それ以来アキに何かあったらあの病院に連れて行く事を言われていてね。

ただ、その後は大丈夫だったし元気になったから俺も安心してたんだけど。」


ユウさんが結構話してくれた。


「何の病気なの?」カオリさんが訊いた。


「うーん詳しい事は分からん。ただ病気っていうのかな?いわゆる自律神経の方?肉体的よりかは精神的な?だから貧血みたい感じかな、違うか。分からんけど呼吸を整えてあげて安静にすれば割と直ぐに落ち着くらしいぞ、アキに言わせれば。だから大丈夫なの!わかった?カオリ!」


カオリさんは、それでもツラそうな顔で涙を堪えた感じだった。


その後は、何も言えず、何も聞けず静かに夜の道を走った。


次の日


カオリさんは朝イチで病院へ行ったらしい。自分も気になったがあえてそっとしておく事にした。カオリさんが行った事だし、任せようと思った。

カオリさんは帰って来てからも静かだった。アキさんの様子が知りたかったが、とても聞ける感じではなかった。ユウさんも普通にしてたので前日に言っていた通り、大丈夫なんだと思い込むようにした。


その次の日にはアキさんからメールが来た。

(ゴメンね。心配かけちゃって。驚かしちゃったね。でも大した事から気にしないでね。)

大した内容の返事も、する事が出来なかった。

その次の日には店を開けたので、本当に大丈夫かな?ユウさんの言う通りそんなに心配する事では無いのかな?と、複雑な思いだった。

仕事も忙しく中々、アキさんの所に行けなかった。行けない事もないのだが、面と向かってアキさんに会ったら何て言ったらいいのか分からないと言うのが本音だった。


静かな日々。昼間の暑さが嘘の様な夜の冷たさ。秋に季節が変わり始めている事を実感する。ただ自分自身は相変わらず時が止まっている様。周りだけがゆっくりと季節を進めていた。


何日かした頃。夜に、アキさんが訪ねてきた。「迷惑掛けたお礼」と言って小袋を渡された。ちょっと照れくさそうなアキさんは他に何も言わず帰ってしまった。


小袋の中にはパンの様な物と包み紙に包まれた小さな何かだった。

包み紙を開けると、革で作られたキーホルダーだった。フクロウが彫られたアキさん手製のレザークラフト。裏には、自分の名前 [makoto] と刻印されてた。

パンの様な物は[プレッツェル]だった。

アキさん大丈夫なんだ、と改めて思った。


革のキーホルダーを眺めながら早速、プレッツェルを一口。

薄い表面がパリッとして、中がふわっと。

塩味が効いた美味しいパン。

はぁ〜アキさんだ。アキさんの美味しいパンだ。


そのプレッツェルを食べたと同時に、止まっていた時間が動きだした気がした。

ホッとした。思わずカオリさんにメールで教えた。


「コラッ!マコ!アンタの所にアキさんが行ってたら、とっくにコッチにも来てるの!当ったり前でしょ! …でも ……

良かった…ね」


メールしたのに電話で返して来たカオリさん。


カオリさんも嬉しいんだな。良かった。


夏の季節が終わりを告げる様に、満月の月明かりが、静かな街を照らしていた。


第1章 終


bench time 第2章


アキさんから頂いたキーホルダーは、車のキーにつけた。

フクロウが、彫られていたので意味があるのかと自分で調べてみた。

フクロウは福にかけて、幸運を運ぶとか そういう意味があるらしいがアキさんの意図は、分からない。

革自体に彫刻の様に模様をつけるカービングと言う技法で細かな仕事だなと思った。わざわざ自分の名前まで刻印してくれた事も、嬉しかった。


一緒に入ってたパンも、アキさんの店には普段置いてないパンの種類。だが知っていた。[プレッツェル]

そのパンも意味があるのかなと思い調べたら、色んな意味があって困った。

自分に都合の良い、意味合いを勝手に思うことにした。

形が、ハート型にも見えるので『愛情』…

もう!アキさんたらっ!


ともあれ、また楽しい日々が始まろうとしていた。


そんないい感じの日に、割とよく会ってしまう人…。そう[信金さん]です。

それも、まさかの病院で。

会社の健康診断で病院に行ったら、信金さんが座っていた。直ぐに気づかれ声を掛けられる。


「健康診断でしたか、御苦労様です。私はね、ちょっと風邪ひきましてね。朝晩スッカリ寒くなりましたからねー。もう最悪ですわ!」


とても風邪をひいてるとは思えない流暢な話し方。信金勤めとはいえ 一回り以上 、歳下の自分に低姿勢で敬語を使われると、より胡散臭い。

まぁ信金さんは悪気はなく、その様な態度や話し方が染み付いてしまっているのだと思う。確かに軽い感じの人で酒癖も良いとは言えないが、金融機関に勤めてるのだから大変な事も多々あるだろうし。


健康診断と言っても軽めの検査ばかりだった。すんなり終わらし会社に戻る。戻る途中、コンビニに寄った時。コンビニの駐車場の端っこで、おばあちゃんが座ってた。

よく見ると辛そう。声を掛ける。やっぱり辛そう。アキさんの時を思い出し救急車を呼ぼうと…でも、おばあちゃんは呼ばなくていいと。どうしようかと思ってたら…


「おばあちゃん!大丈夫?ツライの?」

大きな声で…信金さんだった。

信金さんは慣れた感じで、おばあちゃんに色々聞いてた。

「わかった!一緒に病院行こ!ほれ、背中に乗って!」

信金さんは、そう言っておばあちゃんを背負い駆け足で病院の方へ。幸い、病院は近くなので自分も付いて行った。おばあちゃんと信金さんの置いて行った荷物を抱えて。


病院に着き、おばあちゃんを診察室へ。

年齢が年齢だけに心配したけど大丈夫そうだった。


はぁはぁ言ってる、信金さん。

ただ信金さんは、おばあちゃんが大丈夫そうと聞き笑顔だった。


風邪ひいてるんだよな〜信金さん。

自分の方が若いし元気なのに、おばあちゃんを背負う事すら出来なかった。

病院の待合室の椅子に座り、疲れた感じの信金さんに申し訳ない気持ちになった自分は、自販機で水を買って手渡した。

「ありゃ、すいませんね。嬉しいなー、有り難く遠慮なく頂きますわ。」

と、信金さんが水をゴクッと。


「いやねー 自分は、おばあちゃんっ子だったんですよー。だからね少し嬉しいと言うかね。少しでもお手伝い出来て。」

そう言った信金さん。


ちょっと意外だったな〜。

良い人なんだな〜。

何も出来なかった自分より、よっぽど偉いですし。見かけだけで決めつけたら駄目だな、やっぱり大人ですね信金さん。


「お水ご馳走になったから、今度パァーっと飲みに行きましょうよ、おね〜ちゃん沢山いる所に!」


信金さん。折角、いま信金さんの株上がったとこなのに、一気に大暴落っすよ!


一言多いんだな〜。まぁそれが信金さんらしいのかな。


風邪をひいてる割には、相変わらずフットワークが軽い信金さんだが少しだけ良い面を知り見方が変わった。…多少。

ただ、おばあちゃんが苦しそうに座っていた姿が、あの日のアキさんを思い出し なんとも言えない気持ちになった。


そんな時、ユウさんから電話。

「今、大丈夫?大した用事じゃ無いけど夜、ひま?」

こんな時間にユウさんから電話で、一瞬ピリっとしたが深刻な話ではない様。


「暇です。今日は仕事も早く上がれるし。」


「いやねー。隣で工事してるんだけど、やらかしたみたいで 水 使えないのよ今日。水道管やっちゃったのかな?」


「ユウさん所、水使えないんですか?大変じゃないすか。」


「今晩中に何とかするって言ってたから、明日には直ってると思うけど。で、水使えんからさー、何処かで一緒に飯でも食べない?アキもカオリも一緒だけど。」

ユウさんからの食事のお誘い。アキさん達も一緒。勿論!

「大丈夫っす。行きたいっす!」 即答。


「じゃ後で、また連絡するわ」


ユウさん何か元気だな。水出ないのに。

…水商売なのに… ハッと辺りを見回す。

こんな面白くない事、カオリさんにでも聞かれたら永遠に馬鹿にされ続ける。


仕事が終わり、待ち合わせ場所にしたアキさんの店[After-eve ]へ。

珍しく他の街のお店に行く為、アキさんの車でアキさん運転で行く事に。アキさんは飲まないのか…。ユウさんは何故か飲む気満々。店、休みになって喜んでません?


「奥さん達は、いいんすか?」ユウさんに聞く。

「あ、うん。実家に行ってるから」


あれ?ヤバイのかな?そう言う意味の実家では、ないですよね。


「実家って別居?とうとう。」

カオリさんが、容赦なく訊く。

「とうとうって。コラコラ!違うよ。大丈夫よ大丈夫!何とか。」


ホッとしたけど、『何とか』って気になりますよ!ユウさん!

お店に着いた。ちょっと立派な中華料理屋だった。この辺りでは有名な店らしく、料理も美味しかった。ワイワイ料理を取り分け食べるのも中華らしく楽しかった。

ほぼ自分が、カオリさんの召使いの様に料理を取り分けていたが…

折角なので、アキさんに革のキーホルダーとプレッツェルについて訊いてみた。

「フクロウは幸福を運ぶから掘ってあるんですか?」そうだよ、という答えを期待する自分。


「違うよっ!…フクロウは森の哲学者と言われるから勉強しようねっていう意味。」


エビチリを食べながらアキさん。


「プレッツェルは形がハート型だから愛情とかの意味ですよね?」そうだよって期待


「違うよっ!…腕組みが語源で神に感謝の祈りをしようねって意味。パンの様なソフトプレッツェルも塩味が効いているからビールに合うんだよ。ドイツの物だから。」


山椒がガッツリ掛かった麻婆豆腐を食べながらアキさん。


……


「マコちゃん 撃沈! 所詮、適当に調べた知識でしょ?駄目だな〜マコは。成長してない!ペラッペラよ!人としてペラッペラ」

カオリさんが、ここぞとばかりに…


「よく言うよ。カオリちゃんだってさ〜

フク…うっ」

アキさんが言いかけた言葉をカオリさんが力づくで止めた。


どうでもいいけど、カオリさん!首絞めちゃってますよ、アキさんの首を…!



第2章 終


bench time 第3章


やっぱり楽しかった。この4人が集まると。

平日の夜の1、2時間。夕食を共に過ごしただけの時間だったが、ずっと記憶に残る様な気がした。

ユウさんとカオリさんは、お酒も飲みながらだったが自分とアキさんは飲まずに。

でも充分楽しいひと時だった。


中華料理屋からの帰り道、雨がポツポツ降り出した。この時期の雨は、季節を進める。一雨毎に気温が下がり、秋に近づく。

車の後部座席に座ってる2人には、雨など御構い無しにお喋りに花が咲いていた。

自分は、助手席に乗り運転しているアキさんと共に後ろの酔っ払い2人を傍観していた。


「アキさんは、やっぱり秋が好きとか?」

自分が後ろの2人に構う事なく、静かにアキさんに訊いてみた。

「苗字についてるからって、強引だなー マコちゃん。でも嫌いじゃないよ。春から夏にかけてが一番かな!」


「確かに初夏とか良いっすよね〜」


「もう秋になるね〜あっと言う間に。」

秋本さん(アキさん)が言った。


「それこそこれからは温泉の時期じゃないすか?紅葉見ながら。」遊ぶ事しか頭にない自分。

「だねー。でもマコちゃん仕事忙しくなるんじゃない?収穫期だよ?」


「うっ、ですね。何か大変そうだな、大丈夫かな。」収穫期と言う言葉に急にビビる自分。

「マコちゃんは大丈夫だろ。農家さんが大変だろーに。」冷静なアキさん。


「です。…農家さんに迷惑かけない様にしなきゃ。」自分がやらかしたミスを思い出す。

「そうだぞマコ!またやらかしたらクビになるぞ!」

いつのまにかカオリさんが、相変わらずキツイ言葉で…


「そうだねー、仕事少し落ち着いて紅葉が見頃になったら温泉ですかね?」

アキさんが素敵な提案を。


「宿泊しよ〜よ!温泉宿で!ユックリした〜い。」前のめりになりながらカオリさんが言った。


何かまた楽しそうな感じになってきた。

カオリさんが言った事は、大体行われてきたし。決断力(我を押し通す力)が、素晴らしいカオリさんならでは…。


「良いけど女っ気、少なくない?」

ユウさんが、ヤバイ所を突っ込む。


「え!何?私じゃ物足りないの?若い子が良いの?若けりゃ良いの?大体ユウさん奥さんとグダグダなのに、どうしてそんな事言うかな〜?だから揉めるだよ!奥さんと。」

あ〜、カオリさんまで余計な事を言い出した。だから酔っ払いは面倒です!ねっ、アキさん!

再び、後ろの席2人が賑やかに言い合いを始めた。

そんな中でもアキさんは、和かな感じで見守っていた。


雨は、朝方まで降り季節が確実に一つ進んだ。


まだ秋になった訳では無いが、農家さんの方々は既に忙しい時期に入っていた。

日中は暑いくらいになる事もあるが、朝は冷える。霜が、おりる前に収穫が始まる。

それにつれ自分の会社も徐々に忙しくなっていった。

大量の農作物の収穫。畑だけでなく普通の道路までそれを感じさせる光景。大きな農作業機、農作物を運ぶ大きなトラックが頻繁に行き交う毎日。自分もそれに同調する様に駆け回っていた。


マコちゃんが仕事で駆け回っている時期、(カオリ)はボンヤリした日々を過ごしていた。

あの日からずっと…。

今は、割と普通にしているけど何処か心の奥底で不安が付き纏う。

心なしかお酒の量も増えた。

酔っては、マコちゃんやユウさんに強めにあたる。直接ぶつければ良いものを怖くてそれが出来ない。アキさんに言えない、何も。全てが壊れそうで…


アキさんが倒れた夜。ほぼ私が、何をしたのか何を言ったのか記憶が無い。

ただ『アキさん』と何度も呼び掛けた様な…

次の日、朝一で病院に行ったけどアキさんは普通だった。病院のベッドで寝てる以外は。いつもの様に優しい顔で声を掛けてくれた。昨晩の事が嘘の様に…


少しアキさんが話してくれた。ユウさんが言っていた様に、身体自体が何かの病気では無かった。自立神経が少しバランスを崩し一時的に体をコントロールできないだけ。と、アキさんは言ってた。

少し…って。意識がほぼ無い感じだったのに…

以前は、こんな事が結構あったらしい。薬を飲んで、たまに病院に通い検査してたが地元に帰って来てからは大分良くなりアキさん自体も安心してたらしい。


アキさんは、ずっと「ゴメンね〜」と「迷惑かけちゃったね〜」を繰り返し言うだけ。

私は、それ以上何も言えなくなった。

本当は、いつからなり始めたのか?とか 何か原因があるのか?訊きたかった。

ただ、何故かそれを訊くのが怖かった。

私もアキさんの家にある仏壇は、知っている。そこに飾られてる女性の写真も…

大切な人を失ったという事。

その過去さえ訊けない。いつかアキさんが話してくれる日が来ると信じて。


ただ余りにも知らない事が多過ぎて…


正直、今アキさんと2人きりだと戸惑う。

2人きりだと、私が…アキさんに答えを求めすぎる気がして。


でも…好き。


好きだから知りたい!好きだからチカラになりたい!好きだから私だけを見てほしい!


それを言えるには、まだ無理なのかな?とか、そう言う事をボンヤリ考えてしまう毎日。

みんな一生懸命働いているのに。

私もまだ幼い、いい歳なのに。マコちゃんの事、悪く言えないな〜。

ん〜恋は盲目⁈さて仕事、仕事!


カオリが、色々考えている頃。

(ユウ)は、考えるだけじゃなく悩んでいた。夫婦の事だが。

別に何かあった訳では無く、嫌いになった訳では無く。難しい時期なのかな、夫婦として。何となく上手くいかない。何となくぶつかる。子供が自立し、家から出た事も多少影響あるのかな?

もう、そんなに時が経ったのか。結婚した時、子供は小学入学。もう大学生。あっと言う間だった。あっと言う間だから奥さんと、ぶつかる暇が無かった?でも子供の事で揉めた時期もあったけどなあ。

子供が家に居ないだけで、上手くまとまらないのか…。カオリやマコには大丈夫!と言ってはみたもの、流石にアキには見破られる。ん〜迎えに行くか。アキが奥さんに、と渡してくれた "モンキーブレッド" とか言うパンを持って。

何か、変な形のパンだが意味あるのかな?

アキは無意味な物作らんし。マコやカオリに渡した物も本当は、ちゃんと意味あるんだろう。いい加減に説明してたけど。

そういう奴だから、アキは。


それぞれが悩み、考え 、秋めく時に重なる様に。


「温泉!温泉!いきたいなぁ〜」

今の所、悩みなし! 田辺 (マコ)



第3章 終


bench time 第4章


夏の終わりが来たとおもったら一気に秋が駆け込んで来た。仕事に追われ忙しい日々を過ごしていたが、ふと立ち止まると秋風が当たり前の様に吹く季節に変わっていた。山の景色も緑が減り、周りの畑も黄金色の小麦畑が揺らめいていた。


一度やってしまったミスを再び繰り返さない様、一生懸命に丁寧に仕事をした。仕事に集中してたせいで周りの景色が、秋色に変わった後に秋がきた事を実感した。

日が沈むのも早くなり、日の傾きも低くなり秋の季節特有の穏やかで感傷的な気分になった。

そんなセンチメンタルな気分も悪くはないが、秋だからこそ楽しめる事。


紅葉を見ながらの温泉!


風が冷たくなってより温泉が恋しくなる季節。以前、アキさんが提案した事が、早く実現しないかと待ち遠しい日々。

すっかりこの自然溢れる街で自然の楽しみ方、自然と共に生活する贅沢さに魅力された自分だった。


(今晩、ユウさんの店[ピッグペン]に集合!用事があっても来る事!)


カオリさんからメール。

強引だな〜。何だろ?

仕事も落ち着いて来たし用事もないので、

当たり前の様にユウさんの店へ。


カオリさんが、カウンターではなくテーブル席に座り待ち構えていた。

アキさんも店を終え合流。ユウさんは他にお客様がいたので仕事。アキさんとカオリさんと自分でテーブルを囲んだ。


カオリさんがド〜ンとテーブルの中央に雑誌やらチラシやらを置いた。


「どこに泊まろうかね〜?」

カオリさんがガイドブックをパラパラとしながら言った。

「泊まりが前提なのかな?普通に紅葉狩りと温泉だけじゃなく。」

アキさんが柔らかめに…訊く。


「いやいや、泊まるのが普通だから!

何、言っちゃってるかな〜パン屋さんは」


だから〜好きな人をパン屋と言うのはやめなさいってカオリさん。


「でも泊まりだと日程調整しなきゃね。ユウちゃん店あるし、マコちゃんだってねー

それに宿が取れるかどうかもあるしさ」

パン屋と言われても冷静なアキさん。


「休みにすれば良いじゃん!キャンプの時みたいに。マコちゃんは暇でしょ?

ど〜せ」

出ました!カオリさんお得意の決断力(我を押し通す力)!

ん?どさくさに紛れて貶されました?自分?


ユウさんがやって来て

「俺は別にいいぞ!いつでも。泊まりでも。」


あら意外な感じ。泊まりでもいいんすか?奥さんは?一緒?大丈夫かな。

ちょっと不安げな顔をしてたらアキさんが


「あらあら奥さんと仲直りしたと思ったら自由に遊ばせてくれるなんて心の広い奥さんだね〜。」


仲直りってやっぱ仲悪かったんすか?

でも遊ばせてくれるなんて、何て出来た奥さんだ事。大事にして下さいよユウさん!


「マコちゃんは大丈夫だから〜アキさんは?大丈夫?」ユウさんの一言でドンドンすすめるカオリさん。

でも、一応自分にも予定とか聞いてくれ…ないみたいですね。勿論大丈夫ですよ!(涙目)


「マコちゃん行きたい所ある?」

うぉー、カオリさんがそんな事言ってくれるなんて。早速、雑誌を見て良さげな温泉宿を見つけ、

「ここなんて良さげじゃないすか?」

と、提案!


「却下!」


え?早っ!


「じゃ〜こっち。露天風呂からの景色良さそうですよ!」


「却下!」


何か嫌な予感…。

「他、何処か良さげな所あるんすか?」

仕方無く、聞いてみる。


「あるのよ〜!コレコレ!どう?」


……、出来レースですか?カオリさん!

始めから言えば良いものを。自分は、かませ犬っすか?変だと思ったら。はぁ〜。


結局、沢山の雑誌やらチラシなんて無意味

で既に決めていたのだろうが、


『カオリ女王には何人たりとも逆らえない』


そう言うことです。

まぁお陰で、すんなり場所や日程も決まり秋の楽しみな行事が増えた。

アキさん曰く

「カオリちゃんは、ワガママで強引に見えるけどウチらだけだと何も決められないからね。ある意味助かるよ。ある意味…」


アキさん何か少し本音出ちゃってますよ!

ワガママなんすね?強引なんすね?

お察しします。


「あの〜ちなみにそこの宿、泊まるとして4人部屋ですかね?」なんとなく、ただ何と無く聞いてみた。


「エロマコ! なんで男どもの中で私の様な可憐で健気で、かよわい女性が寝床を共にしなきゃいけないの?はだけた浴衣とか想像しちゃってるの?欲求不満野郎がっ!」


なんか…いろんな意味で、すごいっす!

カオリさん…


「勿論!2部屋。アキさんは、私と一緒でも いいよ〜。他はダメ〜!」


何か最近、またアキさんへのグイグイ感が増した様な。焦っているのか?


「じゃ予約しちゃうからね〜、後で文句言わないでよね〜。」

言えません!文句なんて。女王様には、逆らえませんよ。下僕ですから…。

アキさんやユウさんすら静かに受け入れているのに。


「でもさ〜ここの露天風呂。混浴もあるね」

アキさんが、何か素晴らしい事を言った様な…


「えっ、そうなの?普通の露天風呂もあるよね?別に混浴でも良いけど…アキさんなら。他はダメ〜!」

部屋割のデジャヴの様にカオリさんが言った。

「普通の露天風呂もあるね。でも混浴と言っても湯浴み着、着用だね。じゃいいんじゃない?」混浴と言う言葉にも動じないアキさん。


「湯浴み着か〜そんなの着て入った事ないな〜ちょっと楽しみ。」

女王が新たな楽しみを見つけた様だ。


「俺は、風呂はどうでもいいぞ!美味い物、食わせて貰えば。」

花より団子のユウさん。


「でも、ちょっと遠いね〜運転疲れそうだから一台で行って交代で、運転しようか」

色々考えてくれるアキさん、助かります。


秋の温泉一泊旅行!の作戦会議が、終わった。


帰り道。温泉…混浴…カオリさんの湯浴み姿


うっ!ヤバい。マジで仕事ばかりしてたから欲求不満かな。

ともあれ色んな意味で楽しみな温泉旅行!


その頃

カオリを送っていくアキ。


「温泉宿なら浴衣だよね〜。酔って、はだけちゃったらマコには刺激強いかな?アキさんは?そういうのは好き?色気とか感じる?」


「大丈夫!マコちゃんも俺も大丈夫!色気どころか、ん〜…大変そーかな。」


「えっ何?聞こえなかった。ムラムラするって?」


ムラムラどころか…カオリちゃん!酔ったアナタは、私でも止められないのよ!

お酒の飲み方考えようね。女王様!(笑)



第4章 終


bench time 第5章


朝晩の冷え込みが紅葉を彩る。麓は、まだ緑が多いが上に行く程、様々な樹木が葉を色付ける。夏は暑さで冬は寒さで季節を感じ、春は新緑、秋は紅葉と 目で季節を感じる。

山あいの渓谷。道沿いに真っ赤な楓の葉が、せり出している。

真っ黄色なイチョウの葉が道に散らばり素敵な色の共演。そんな優雅でもあり侘び寂びをも感じさせる景色。

そんな景色は二の次の車内の面々。いつものメンバーなのに飽きずに、たわいも無い話が尽きない。

仕事が忙しいのは、変わらないが合間を縫って素敵な温泉一泊旅行。

考えてみたらキャンプの時は、農協の女の子2人が一緒だったので、この4人だけでの旅行は初めてかも。

もはや、遠慮も歳の差も関係無い間柄。


ユウさんの大きな車でゆったり4人旅。少し遠出になる為、休憩を挟みつつ運転手も変わりつつ。ただ、後ろの席に陣取っているカオリさんはアキさんを手放そうとせず。

アキさんが運転しようとしても駄目、ずっと後ろの席で軟禁されたアキさんが少し気の毒だった。

カオリさん、とうとう力技っすか?


ユウさんやアキさんでもあまり行かない所だったので、休憩の度に皆んなで記念撮影をした。何処で撮っても綺麗な紅葉が写りこんでいた。

小さめな温泉街。3、4軒の渋めの温泉宿が固まっていたが、目的の宿はそこから離れた一軒宿。とはいえ新しい宿で、シンプルだか高級感のある宿だった。

広い敷地で川もあり、せせらぎが聞こえていた。宿と言ってもホテルの様なシックで高級感漂う館内。デザイン性が高いソファや椅子が置かれ大きな一枚窓からは、かなり色付いた山々と広い庭に植えられたモミジが絵画の様だった。


部屋もお洒落。勿論それなりの料金がするが、カオリさんの希望 100%!の宿なので

我々は何も言えない。贅沢に2部屋取り、とりあえず部屋で一服。静かな山の中で紅葉を見ながらお茶を啜る。


まだ部屋でゆっくりするのも早いので、皆んなで庭を散歩。少し夕陽に染まりだした空の下、綺麗に整備された庭の散策路を歩く。

赤、黄、橙、緑とちょうど紅葉が揃った木々の前で皆んなで写真を撮る。木々のコントラストと皆の表情がとても良い一枚になった。

夕陽が沈むのが早く冷たい空気が漂う。


宿に戻り、夕食前にお風呂へ。

無論お風呂も綺麗。ゆったり浸かり微かに残る夕映えと紅葉を見ながら、この旅行の本分を全うした。

何気なく言った『この時期は紅葉見ながらの温泉』の言葉が、実現でき感無量だった。仕事が忙しかった中での温泉旅行!より疲れが取れリフレッシュするには最高だった。混浴露天風呂も覗いてみる…男の人だけ…。ちっ。


風呂上がり早めではあるが夕食。食事をする場所は、別の所。でも個室の様になっていてゆっくり食事が出来そうな感じ。

既に夕食が、並べられていて…豪華です。

流石、それなりの料金がする宿。


早速座る。腹減った〜。

ん?カオリさんが、まだか〜。お預け状態!


「お待たせ〜」カオリさんが来た。


う!ヤバい。浴衣を着て髪をまとめ、ほぼすっぴん(すっぴんでは無いと思うが)。

今迄、見たことない感じでキュンとした。


「カオリすっぴん?」ユウさんが訊く。


「な訳ないでしょ。この歳で。限りなく薄いスーパーナチュラルメイク⁈」

カオリさんが何故かポーズをとりながら言った。

「カオリちゃん、すっぴんでも綺麗だと思うからメイクしなくても大丈夫だよ」

アキさんが、サラっと言った。


「きゃ〜。ねぇ聞いた?今の言葉?愛の言葉だよね!ん?プロポーズに聞こえたかも。」絶頂状態のカオリさん。


いやいや、愛の言葉じゃ無いし、どう考えてもプロポーズじゃないっす。

しっかりしてください?カオリさん!

のぼせましたか?カオリさん!


ここからはユウさんとカオリさんの本分。

食とお酒!

見た目だけでなく美味しい料理、風呂上がりでお酒も美味しい。大人4人が、はしゃぎながら楽しい夕食をとった。

食事の時、楽しすぎてテンションが上がったせいか、後で皆んなで混浴露天風呂に行く事に。カオリさんも。


少しマッタリした時間を過ごし、露天風呂へ。混浴露天風呂は広めに作られていた。

ちょっとドキドキしながら…。

既にカップルが入っていたが、夜で暗く湯気が立ち昇っていたので余り気にならなかった。山の中の一軒宿、流石に夜は冷たい空気だった。おかげで湯気が…くそっ!


なんとなく女風呂の方から誰か来る感じ。

「アキさん〜アキさんどこ?」

心細い声でカオリさんが、湯気で見づらい湯船を浸かりながらやって来た。

「ここ!こっち!」アキさんが優しくエスコート。

カオリさんはアキさんを見つけるとアキさんの背中に隠れる様に、

「えろマコ!見んなよ!エロい目で!」


いきなり牽制ですか?大丈夫です。湯気で見えません、うっすらしか。

ただ、湯浴みを着ていたが肩まで出てた姿と一緒のお風呂と言う事で…う〜ん。

始めは恥ずかしがってたカオリさんも自分達も次第に慣れ、意外に普通に温泉をみんなで楽しんだ。

まぁ、あの夜空を見てたら恥ずかしさも変な欲望も忘れてしまう位、綺麗な星空だった。顔には冷たい空気が当たり、いつまでも入っていられる感じだった。


その後は、部屋に戻り二次会的な飲み直し。ユウさんとカオリさんが本領発揮!

露天風呂では、お淑やかだったカオリさんは、いつものカオリさんに。

ユウさんも下ネタ満載のオヤジモードに。

アキさんもカオリさんに常に寄り添われながらも、久々にお酒が進んでた。

そういえば最近、余りアキさん飲んでなかったな。体の事考えて抑えていたんだろうな。そんな事を少し考えていたが、女王様からお酒を賜わる。


すっかりユウさんとカオリさんは、べろべろで寝てしまった。2人とも浴衣が、はだけて…。そういえばカオリさん、私の はだけた浴衣想像してとか言ってたけど…ごめんなさい。あまり興奮しないっす。それまでの過程を見てるんで。ただの酔っ払いにしか見えません!

アキさんはそんなカオリさんを抱え布団に入れ、はだけた浴衣を整えてあげていた。

ユウさんは、重そうなので自分が布団を掛けてあげた。


アキさんと2人、そっと部屋を出て本来 カオリさんとアキさんが寝る部屋に行った。


結構自分もアキさんもお酒飲んだのに意外と、しっかりしていた。

そのせいかアキさんが少し話を始めた。

アキさんの過去の事を…



第5章 終


bench time 第6章



酔いが少し残る中、アキさんが暗い外を見ながら話し出した。

「昔は、温泉なんて余り行かなかったんだよ。ただね、若い頃ちょっと辛い事があって何もかもイヤになって、自暴自棄になって誰にも会いたくなくなって…。それから暫くして、ふと気づくと本当に一人になってて。」


「その時は一人でも寂しくなかったけど。ただあまり出かけなくなるでしょ?一人だとドライブくらいしか。でもそのうちドライブがてら温泉とか行く様になってね。結構何処に行っても、ひとつ位温泉あるしね。温泉だと一人でも平気でしょ?それからかな〜あちこち行き出したの。」


辛い事が気になった自分…

思い切って訊いてみた。


「あの〜、アキさんの家でつい見ちゃったんですけど。仏壇みたいの…すいません。

それが関係しているんすか?辛い事って?」


「ん〜。それも辛い事だけど今、話した事は若い頃で二十代の時。その時の彼女を病気で亡くしてね、若かったからショックで立ち直れなかった。」


「重い病気だったんですか?そんな若さで…」


「急性白血病。ビックリしたよ、まさか白血病とは。…やっぱり…大変だったよ。彼女も辛かったろうし悔しかっただろうし。ずっとその姿を見てたから余計ね、辛さから立ち直れなかったかな。」


(と言うと、あれはまた別の人?)


アキさんが続けた。

「二十代半ばの一番良い時期は、ずっと一人だったかな。自ら孤独を選んでた気もするけど。前にマコちゃんと温泉行って、また今日皆んなで温泉浸かってたら、やっぱり良いなー 楽しいなーと思ったよ、この歳で。」

「だからマコちゃん!まだ若いんだからドンドン楽しみなよ人生!何があるか、わからないんだから人生は。」


酔いと楽しかった一日のせいで余計な事を話しちゃった、と頭を掻きながらアキさん。


「その話は、カオリさんには?」


「こんなに詳しくは話してない。真っ直ぐだからねカオリちゃん、意外と(笑)」


「さぁ寝ますか。明日、朝風呂入りたいし」

「うぉ!いいっすね。 あの〜出来れば起こして欲しいんですけど…」

図々しくお願いする自分。


「さぁーどうかな?」

ニヤリとアキさん。


少し過去を話してくれたアキさん。

まだ色々気になる事も有るけど、少しだけアキさんに近づけた気がした。


流石に、布団に入った途端…爆睡!


なんか寒い…布団が…ん?どこだ布団?


「おーい!どうするんだ〜?寝るのかな?朝風呂いくのかな?マコちゃ〜ん!」

アキさんが自分の掛け布団を取り上げながら訊いてきた。


「あぅ、もう朝っすか?なんか…はやいな〜朝になるのが。」

目が半分開かない自分がヨロヨロしながら起き上がる。


「寝てたら?眠そうだよ、すごく。」


「大丈夫れす!朝風呂行きたいんです〜」


ボサボサの髪とヨレヨレの浴衣姿のまま、ただアキさんの後ろをついて行った。

あくびを止めどなくしながら。

浴場に入ると、朝日が綺麗に射し込んでいて目が開けられないほど。

うっすら湯気の立ち昇る浴槽をアキさんと二人だけ。貸切状態。眠気もとれる程、気持ち良くゆったりと朝風呂を満喫。

「良かった〜眠い中、朝風呂入れて。」


「すっごく眠そうだったね。寝てた方が気持ち良かったんじゃない?」


「いやいや、起こして貰って よかったっす!最高ですね朝風呂!」


「だね。夜はあまり景色見えなかったからね。朝日も綺麗だし。」


二人で顔近くまで浸かりながら、朝日に照らされた景色を見てた。


風呂上がり、酔っ払い二人の様子を見に。


何故か、二人とも昨晩の時とは全く違う感じで寝てた。何があったんだと思う位、布団がめちゃくちゃ。恐らく朝方寒くて布団の取り合いをしてたのかな?ユウさんに至ってはシーツにくるまって寝てた。


カオリさんに布団取られたのか?ぷぷっ。


すんごい顔をしながらカオリさんが目を覚ました。

「え、もう…あさ?ん?何でユウさん寝てるの?アキさんは何処で寝たの?」


「マコちゃんと隣の部屋で寝たよ。で、今二人で朝風呂行って来たとこ。」


「え〜〜!何でマコなの!コラっ!マコ、アキさん取るな〜。」


いや!取ってませんよ。あなたが此処で寝ちゃったから仕方無く、隣行ったんすよ!まぁお陰で朝風呂連れて行って貰ったけど。

「アキさん〜朝風呂、超気持ち良かったすね〜」

カオリさんに、自慢する様に大袈裟に言ってみた。


「…朝風呂。あ〜ん行きたい〜。アキさん行こ?」

「今、行ったばかりだし。朝から混浴は開いてないよ時間決まってるから。」

朝イチの色々と凄いカオリさん相手にも冷静なアキさん。

「え〜ヤダ!行きたい!」

朝から女王モード全開のカオリさん。


「その前にさっ!顔洗おうね!浴衣も直して。かなり凄いよ!色々と。」

アキさん!言えるんですね。自分は言えませんでした。

カオリさんは、その一言で完全に眠気が覚めたらしく無言で洗面所に駆け込んだ。


思わず、アキさんと目が合い互いにクスクスと笑ってしまった。

イビキをかいて寝てたユウさんも、ムクッと起き

「腹減ったな!」と一言。


なんか…さすがユウさんって感じ(笑)。


恥ずかしそうにカオリさんが戻って来て、自分に軽くケリを入れ、アキさんに寄り添う。

「も〜、こんな女じゃアキさんも嫌だよね?もうお酒やめる!」


誰もその言葉を信用しないのは確か。


「コラっマコ!突っ込まないの?ホントにお酒やめるよ!」

何で、自分に振ってくるかな?勝手に言い出した事なのに…。


「どうぞ、ご自由に。」

弱っている女王相手に強気で攻めてみる。


「あ〜ん、マコが酷い事言う〜アキさ〜ん!」アキさんの背中に頭を付けながら。


女王もまだ反撃するチカラが残っていたか〜。もう一押ししてみる?こんなチャンス滅多にないし…。


「カオリちゃん、ほら朝ご飯食べに行くよ!」カオリさんの髪を整え、軽く頭をポンポンしながらアキさんが言った。


うっヤバイ!アキさんそんな事したら女王が体力回復しちゃうじゃないすか!


『女王復活!』


カオリさんはアキさんを優しい眼差しで見つめてた。


「うっ!」


アキさんを見つめながらカオリさんの足が自分の腹めがけて!復活した女王の見事な蹴り!


「じゃあ、着替えてくるね!」

カオリさんが出て行った。


結局、女王を仕留めきれなかった。

チャンスだったのに!


四人で朝食。スッカリご機嫌になったカオリさんが、アキさんに寄り添う。たまに見下した目で自分を見る。

うーむ、また下僕になりさがりましたか!


「水飲みたい〜!しもべ!水っ!」

パワーアップした女王!


しもべですか、そうですか。

(今日の寝起きの顔、ヒドかったですよ女王様!)


第6章 終


bench time 第7章



あっという間だった。

楽しい時間は、本当に過ぎるのが早い。

秋の温泉旅行。温泉に入りまくり、美味しい物を食べ、楽しいお酒を飲み、紅葉を見て語り合い、人を見て罵り合い(笑)。

名残惜しむ様に、素敵な宿とそこでの時間を後にした。


何故か、帰りの車中は後部座席に自分とカオリさん。アキさんが運転で、帰りの準備に手間取ったカオリさんが助手席に座れず、ブーブー文句を言いながら後部座席に座る。ただ走り出したらいつもの楽しい車内に。

話題は、珍しくカオリさんの恋愛話に。

本人曰く、良い恋愛をしてないから話したく無いと言っていたカオリさんだが少し話してくれた。

意外と言ったら怒られそうだが、汐らしい

話。普段はちょっとキツめで強引でわがままな面もあるけど…ちょっとですよ〜!

恋愛となると汐らしいカオリさんになるみたい。まぁアキさんには、そんな感じで接してるのでわからなくもないけど。


時折、ぶっ込んでくるモテモテ話は 若干ウザかったが、正直カオリさんが綺麗である事は認めざるを得ないのでしょうがない。

それでもアキさんが居る手前、大分控えめに話をしてる感じ。


「カオリさん!不倫は経験ないんすか〜?」


すぐさま、横っ腹にパンチが…。


「最低〜。無いよ!不倫は!見える?不倫してオヤジたぶらかしてる様に見える?」


オヤジたぶらかしてる、とは言ってないけど。


「私はね。恋には真面目なの!純情なの!すぐエロい事、考えるアンタとはちがうのよ!」


軽い感じで聞いてみただけなのに、結果ヒドい言われ様です。


「純情か〜、ふ〜ん。」アキさんが何か意味深な事を…。

「えっ、何すか?」面白そうなのでアキさんに訊いてみた。


「いや〜ね、カオリちゃん初めの頃、結構ね〜。グイグイというか肉食系というか色気責めしてた様な、してなかった様な。」

アキさんが珍しく大開放。

言っちゃいますか!大丈夫っすか?


「してません!色気なんて出してません!

アキさんが、私に色気を感じただけじゃない?ヤダ〜アキさん!エロい目で見てたの?別にいいけどっ!どうしよ〜マコちゃん、女として魅力たっぷりだってアキさん。」


…ポジティブ過ぎる。


どうみても純情と、結びつかないっすよ!

カオリさん。


いい歳をしたオヤジ二人と、三十過ぎた二人。中身が無い話で盛り上がり、時間を過ごす。


長めの移動距離だったが、あっという間に帰って来てしまった。

「あー、また明日から仕事か〜。」

楽しかった日に、後ろ髪引かれまくり。


「マコちゃんだけじゃないよ!みんな仕事!遊んだ後は、仕事!」

ビシッとユウさんが言った。


「そうだぞ!いつまでも遊び気分引きずってたら、またポカやらかすぞ!ポカマコ」

まだ言うんですね。言わずには、いられないんすねカオリさん!忘れたいのに…


家に帰る。…あー淋しい。


また、忙しい日々が始まる。勿論自分だけでは無いが。特にこの時期、10月。人の出入りも活発な時。色んな所で10月の人事移動などがある。その秋の移動でこの街に戻って来た人が…


何処かで見た顔。


「カオリ?カオリじゃん。」

声を掛けられ、思い出した。


「まさ…ゆき? 嘘っ!政幸(マサユキ)だ〜

うわっ、懐かし〜」カオリ。


政幸(マサユキ)は、この街の出身。(カオリ)と家が近くて、仲が良かった。親同士も仲良く家族ぐるみの付き合い、中学の時お父さんを亡くし引っ越した。一度大学生の時に、バッタリ会った事があるけど。それ以来としても14年程経っている。すっかり落ち着いた雰囲気になり、わからなかった。


「何で?何しに此処へ?」


「何しにって、移動で。俺、先生やってんだよ。意外?産休の先生の代理で来たんだよ。ここの学校に移動の希望出してたし。まさか来れるとは思ってなかったけど。」


「先生?はぁ?小学?中学?」


「小学校の先生です!」マサユキ。


「知らなかった、先生やってるなんて」


「いや〜昔、会った時覚えてる?そん時、教育大行ってるって言わなかった?」


「会った事は、覚えてるよ。大学の時。」


「カオリがこの街に居るなんてビックリ。結婚は?」


「それはノーコメントで。あんたは?」


「独身。忙しくてね。言い訳だけど。なら今度ゆっくり話そうよ。」


懐かしく、変わった様な変わらない様なマサユキを見て少し嬉しかった。

幼馴染という程では無いが、中学の途中まで一緒だったマサユキ。初恋?ん〜まあそういう時もあったかな。頭が良い印象は無かったけど、勉強して奨学金もらい教育大に行ったらしい。なんか懐かしくて頻繁に会う事に。無論、恋愛って感じでは無く。


久々に自分(マコ)は、ユウさんの店に。

ホント久々な感じ。ユウさんに会うのも温泉旅行以来。ピッグペンのドアを開ける、久々に。


カウンターに男性と…カオリさん?

誰?見たことない人。


「あ、マコちゃん久しぶり!」


普通の挨拶に逆に戸惑う自分。

なんかその男性と仲良さそうな感じがし、少し席を離れ座る。


「カオリの幼馴染なんだと。学校の先生で今月から赴任して来たみたい。」

ユウさんが、ボソっと教えてくれた。


先生か…

幼馴染とは言え仲良さげな雰囲気に、少し嫉妬の様な…。

久々に来たユウさんの店なのに、テンションが少し下がった様な。

耳に入ってくる話声が、親しい仲を感じさせる雰囲気。なぜか気を使う感じになる自分。

うーむ、つまらない。つまんない!

店に、団体のお客が来たタイミングで早々と帰る事にした。


「マコちゃん、もう帰るの?何かあった?」


「…あー、何か久々にお酒飲んだら眠くなったんで、お先に…」と言って店を出た。

勿論、眠くは無い。嫉妬なのかな〜。


てくてく歩いて帰るついでにアキさんの店の横を通る。ん?まだ明かりがついてる。

そうか、まだそんな遅い時間じゃないのか。ちょっとだけ寄ってみた。


「あら、どした?こんな時間に。」

アキさんが片付けをしながら言った。

「すいませんこんな時間に。」


別にアキさんに話す気は無かったが優しい対応してくれるアキさんに甘え、なんとなく話してみた。

「ありゃ嫉妬かな?」アキさん。


「ですかね〜あっすいません、アキさんにそんな事言って。でもそういう嫉妬とは少し違う気もする様な…」


「だから気は使わない約束でしょ!

そうねー少しわかるかな、マコちゃんの感じ。楽しかったからね、この間。楽しすぎたせいかな?仲間意識が強くなり過ぎたかな?」やはりいつでも冷静なアキさん。


アキさん以外の人に、あんな楽しそうでフレンドリーなカオリさんを見たくなかった、と言うのが本音の気がした。


「これはここだけの話だけど、カオリちゃんは良い女だと思う。中身も素敵だと思う。だからモテるし。マコちゃんもそう思ってるから気になるんだと思うし。ただね、自由にさせてあげなきゃ。周りが決めつけたり縛ったら駄目だよね。カオリちゃんが全て自分で選んで決める事、だと思う。」

「ここだけの話だからね!あっパン持って行く?残り物だけど夕方焼いた物だから大丈夫だよ。」


「頂きます。嬉しい、久々だからアキさんのパン。」


やっぱりアキさんは一回りも二回りも大人だった。こんな男になりたいな〜。

カオリさんが一番喜びそうなフレーズを自分が聞き、アキさんと内緒事を共有できた感じがした。


先生か…。よし、仕事がんばろっ!

アキさんのパンは、元気と希望を与えてくれる。


第7章 終


bench time 第8章


自分は、仕事が相変わらず忙しく中々飲みに行くこともできず。収穫時期なので忙しいのは当たり前だが、最近仕事の面白さがわかってきて大変さは感じなかった。色んな人達と良い関係が築けてきた事が、仕事の面白さに繋がった感じ。

仕事自体も色々任される様になり、やりがいもある。あんなミスをする様な自分なのに、有り難い気持ち。


まぁ 飲みに行くのが減ったのは、別の理由もあるのだが…。


やはり何か気になって。カオリさんの事が。幼馴染の人と、すっかり仲良くなってるみたい。この前も二人でいる所をチラッと見かけたし。勿論アキさんへの想いは、変わらないみたいだけど。

その証拠に二人で、アキさんの店にも行ったらしい。


やはり嫉妬なんだろうか?

アキさんが言った通り、四人でいる事が楽し過ぎて他を拒絶してるだけなんだろうか。

カオリさんの自分に対する態度が最近、普通過ぎるのが より気になる。気になるというよりは、寂しい感じかな。


カオリさんの事、良いイメージ持ち過ぎだったのかな?

真っ直ぐにアキさんを追いかけるカオリさんが、好きだったから…。


でも、考えたら自分だって若い子に傾きかけた事も、あったし。

ん〜、幼馴染って所が気になるのかな?

流石に、そこは勝てないというか入っていけない所だしな〜。


仕事が順調だからこそ、プライベートがつまらなく感じてしまう。


休みの日。


珍しくユウさんが、遊びに誘ってくれた。

これから近場で釣りでもしないかと。

勿論、了解し出掛けた。


「もう、朝は寒いからね。この時間の釣りだけど。仕込みあるから昼過ぎまでね。」

ユウさんが、静かに竿を振る。


「この時間でも、釣れるんすか?」


「釣れない事も無いけど、まあ釣れないだろうね。ふふふ。」


何故に、釣れない時間にわざわざ?

と、思ってたらユウさんが言った。


「別にさー釣るのが目的じゃないし。何かボーっとしたくてさー。あぁゴメンね!誘っておいて。」

「いえ。自分もそんな気分だったから」


「何かあった?例えばカオリと喧嘩したとか?最近マコちゃんらしくなかった気がしてさー。考え過ぎなら、別にいいけど。」


「いえ、何も無いっすよ!大体カオリさんには、会ってもいないですし。」


「そか。ならいいや。」ユウさんは、深くは聞かない。そこがユウさんの良い所。


本当にボーっとした時間を過ごしただけだった。早めに竿を置き、川辺の石に腰掛ける。

「カオリさん、ユウさんの店に行ってるんすか?」


「たまにね。あの幼馴染の先生と仲良いな〜近頃。アキから乗り換えたか?カオリ。」


「それは…無いでしょ。二人でアキさんの店、行ったらしいし。」


「ふふ、わからんぞー。あの先生とは子供の頃、好きだった時もあったみたいだし。初恋か〜?ふふふ。」


「え!…そうなんすか?そういう間柄なんすか?」


「ん?ショック?嫉妬しちゃう?」

ユウさんが少し、からかいながら。


「どうでしょう。幼馴染だけでもアレなのに初恋相手なら余計…。」


「アレか〜。だな。でもカオリも、いい加減な奴では無いと思うけど。俺もカオリの事は、そんなに知らんからなー。元々ただの客だし。アキが帰って来てからカオリともよく話す様になったぐらいだからな。」


「アキさんは、やっぱりカオリさんの事は…。

温泉行った時、少し話してくれたんですけど若い頃病気で亡くした彼女の事…」


「へー。マコちゃん信用されてんだアキに。滅多に話さんぞ自分の事。」


「でも、アキさんの家にある…」

この続きが、言えなかった。ユウさん相手でも、自分の口からは。


「知ってたの?あれは、また別。アキは大事な人、二人も失ってる。流石に二度目は、自分を責め続けて鬱になって、それ以来たまに体の調子を崩す。過呼吸になって酷い動悸がして、倒れる。前の様に。

アキがマコちゃんの事信用してるから、俺も喋るんだからそこは分かってくれよ!」


何と無く想像してたが、ユウさんの口から聞き…何も言えなかった。自分からすれば壮絶としか言えないアキさんの人生。そんな辛い人生、自分は耐えられるのだろうか。


なのにアキさんは今 あんな美味しいパンを作り、自分達に優しく接してくれて…。


ユウさん自身もそれ以上の事は、深く知らないらしい。アキさんにとって意味がある毎月15日と16日の事も、詳しくはわからないらしい。ユウさんも、そこまで踏み込まない様にしてるみたい。

色々考えさせられる時間だったが、ユウさんが気を利かせて昼食を一緒に取る事に。


最近出来た、新しいお店。

小洒落た感じの小さな洋食屋。


入ってみると奥の席に…カオリさん…と幼馴染の先生。むぅ!


「あらあら、仲良い事。」ユウさんが、どストレートに言った。

「何言ってるんだか。そんなんじゃ無いけど。マコちゃんも一緒だったの?一緒にどう?」

カオリさんが相席を促す。


自分は、流石に相席とは…と思ってたが。


「じゃ遠慮なく、一緒に食べますか!」

ユウさんが…座っちゃうんですか?えっ〜。


ユウさんが先生の隣、自分は…カオリさんの隣。何だろ、この気まずい感じ!自分だけ?そう感じてるのは。


「マコちゃん最近付き合い悪くない?そんなに仕事忙しいの?」

「えー、まぁ忙しいです。」


「カオリが先生と仲良いから、気を遣ってるんじゃない?」

ユウさんが言っちゃった。言っちゃうの?


「何なの貴方達!勘違いしないでよ〜。私には、アキさんがいるのに。」

ちょっと、イラっとするカオリさん。


それ以上は何も言えない感じになり、ユウさんがサラッと話題を変えた。

流石に、そういう雰囲気を変える事が上手いユウさん。心の中では何か煮え切らない感じだったが、それを抑え普通に振舞った。

美味しそうなハンバーグのランチだったが味が分からないランチになった。


カオリさんも自分の態度が気になったのか、夜に電話をくれた。


「なんかヘン!マコちゃん。私のせい?」


「そんなんじゃ無いっすよ。ただ…」


「ただ?…アレっ?もしかしてマサユキ?

マサユキと居たから? ん〜? ジェラシー?」


「少し違うけど。最近のカオリさん…らしくないなぁーと思って。」


「らしいって?別にマサユキは小さい頃の友達だし。変な想像してる?」


「でも、彼はどう思ってるかは…。それに周りから見れば…仲良すぎって感じだし。」


「周りって。どうでも良くない?つまんない事言わないで!」

自分の歯切れの悪い内容と言い方で、少し怒りだすカオリさん。


「わかりました。もういいです。ただ自分は、アキさんに真っ直ぐなカオリさんが…好…き…というか。ごめんなさい変な事、言って。じゃ。」

勝手に自分から電話を切った。


その電話以降、暫くカオリさんと会う事は無かった。


こんな小さな街なのに…。



第8章 終


forming 第1章


紅葉が散りはじめ、寂しさを感じさせる季節。冷たい空気が漂い始める秋。紅葉の色鮮やかさに見惚れていたのも束の間、物悲しい気持ちになる晩秋。


季節だけが寂しさを醸し出す訳では無く。

自分の気持ちが、ただ寂しいだけなのかもしれない。

ついこの間までは、あんなに楽しく時間を過ごせていたのに。

自分の勝手な思い過ごしだけなんだろうか?自分が抱いている気持ちを抑えきれないだけなんだろうか?


この小さな街に来て初めて、切なさと淋しさを味わった気がする。

何もわからない、誰も知らないこの街に来て素敵な人達に出会い、この街の良さを知りこの街に慣れ、落ち着いてきたのに。

慣れ親しんできたからこそ、寂しさを感じる様になったのだろうか。

そして もっと楽しく、もっと仲良く、という欲が出てきたせいだろうか?


正直、アキさんユウさんの本音が知りたい。

カオリさんともあれ以来会っていない。段々と会うきっかけを見失っている。普通に会えば何て事ないだろうに。

先生(マサユキ)に嫉妬なんだろうか、駄目だな自分は…器が小さくて。カオリさんの事 好きなのに、それすら表現できずに…。


大人になればなるほど、素直に表現できない。見栄や安いプライドが、気持ちを抑制してしまう。ある意味経験上からくる自己防衛なのだろうが…。


ただ黙々と仕事をこなす日々。

一時の忙しさからは、解放され仕事も落ち着いた感じ。段々と冬に向けての準備を始める仕事先の人達。人も畑も賑やかさを失っていき始めた。


そんな落ち着きが出始めた時。


訃報が…


仕事先の大事な顧客であり、自分に釣りを教えてくれ、公私共に仲良くさせて貰ってた農家の三代目。

その三代目のお父さんが、事故に遭い亡くなってしまった。

三代目は自分と歳は、あまり変わらない。

その父親が亡くなると言う事は、自分の父親を亡くす事の様なもの。自分の父親もそれなりに歳は取ってはいるが、いざ失うまでは想像できない。

まだまだ元気で、三代目に仕事を教えながら現役でバリバリ働いていたのに。


三代目、大丈夫かな?


早速、会社から手伝いに行く様に言われ急いで三代目の所へ。

お通夜や告別式は、まだ後になる様なので急ぎの手伝いは無かった。

意外に三代目は、落ち着いていた。


「わるいね、マコちゃんまで手伝いに来てくれて。」


「この度は、何て言ったらいいか… 突然で。三代目も…」


三代目のお父さんにも、良くしてもらってたので…いざここに来ると何も言えなくなった。


「しょうがないよ…事故じゃねー。今年は、夏に水害があったりして忙しかったけど、やっと落ち着いてきた矢先…。」


流石に話を始めたら、辛そうな三代目だった。


「親父さん一人で車、乗ってたんですか?」


「そう。仕事落ち着いたから一人で病院行った帰り。まさかね、事故に巻き込まれるなんてね。」


賑やかな三代目の家族一家だったのに、静かでひっそりとしていた。元気な子供達も。


近所の農家さんや親交のある人達も沢山来たおかげで、自分達がお手伝いする事は余り無かった。

それだけ三代目のお父さんが、周りの人達に信用され親しまれていた証。


三代目は、集まってくれた人達に一人ずつ丁寧に頭を下げていた。お通夜も明日になったので、気を遣わせないよう自分達は会社に戻った。

帰り際、三代目の広大な畑を見て、これからは三代目が一人でこの畑をやっていかなければいけない…。

そう思うと、より一生懸命仕事やらねばと自分に言い聞かせた。


ツラい夜だった。

もし自分がそういう状況になった時、三代目の様にしっかり対応出来るのだろうか?誰にでもいつかは起こり得る状況。


家族では無いが、アキさんはその状況と変わらない事を二度も経験している。

それも愛した人を…

自分には計り知れない辛さが、あって当たり前。体を壊しても、しょうがない。

早々、忘れられない、引きずっていて当然。


でも今は、一生懸命生きてる。


みんな凄いな。


久々に実家に電話を掛けた。


次の日。夕方からお通夜に出る為早めに会社を出る。

沢山の人達が来ている為、会社の方で少し手伝いをする事になり、駐車係のお手伝いを。

小さな街のお寺が、車でビッシリ囲まれていた。

そんな中、ユウさんが来た。

「ご苦労さん、マコちゃん。参ったね、突然で。」


ユウさんも三代目の事は、良く知っていたのでショックを受けていた。


お通夜も告別式も滞りなく…。

三代目は、常に気丈に喪主として対応していた。


ただでさえ寂しい気持ちの自分だったのに悲しい出来事があり、より寂しく。


夜、アキさんの店に行った。


アキさんは、一人で革にミシンを掛けていた。

ミシンの音が響いていたが、アキさんはとても静かに作業をしていた。


「お葬式行って来たの?大丈夫?マコちゃん。」


自分を気遣ってくれるアキさん。

自分がアキさんの店に来た理由を察して、気遣ってくれている。


「アキさんは…つよいですよね。」

思わず、アキさんの辛かった過去が過ぎり言ってしまった。


「ん?何が?強くは無いけど。」


「あ、いえ。すいません。何か色々ツラくて…つい。」


「強い人なんていないよ。みんな同じ。もしオレが強い人間なら、こんな生き方してないよ。」

やはり自分の気持ちを察してくれてるアキさん。


「自分は、あんなにしっかりしていられるのだろうか。自信無いな〜。」


「しっかりする必要は、ないんじゃ無い? 自分の経験から言えば、大事な人になればなる程その場は、意外と普通な感じだった。」

「勿論、その後はすごく悲しいし、辛いけど。」


説得力があった。

ユウさんから聞いた話で余計に…


こんなに穏やかな感じに見えるのに、心の奥ではツラい日々を送っているアキさん。


自分は小さな事に拘り、つまらないやら寂しいやら愚痴ってばかり。


情けない。


「アキさん!自分、カオリさんの事…好きです。でもアキさんとカオリさんにも上手くいって欲しいんです。矛盾してるけど…。アキさんは、カオリさんでは駄目なんすか?」


言ってしまった。何を言っているんだ自分は…


「おー、やっと言ってくれたか。じゃ、これからはライバルって事で宜しく!」


アキさんが手を止めて言った。

…ん?やっと言って?って。

そんなに自分、バレバレでしたかね?


「マコちゃん!ライバルは多そうだよ!あの幼馴染の先生やら役場の人やら」


先生か〜。えっ、役場の人?知らなかった。

流石、女王!男を惑わしますな〜。


でもアキさん。

どうみてもアキさんに勝てる自信が…

ないっす。せめて少しハンデを…。


第1章 終


forming 第2章


ツラい時間、悲しい時間、寂しい時間。

ここ最近は、そんな時間ばかり過ごして来た感じだったがアキさんの所へ行き、アキさんに声を掛けて貰い、何故か勢い余ってカオリさんに対する気持ちまでアキさんにさらけ出してしまった自分。


自分で言っておきながら凄く後悔している。

ただ何と無く、気が楽になった感じがした。やっぱりアキさんの店に行って良かった。


なんだろ…何故かアキさんの店[After-eve ]は、心を落ち着かせてくれる。

逆にユウさんの店[Pig pen]は、ワクワクというか心踊らせてくれる。


あの二人は、絶妙なバランスというか互いに補い合ってるというか…。


そこにまたタイプの違う、カオリさん。


改めて良い関係だなと思った。

そこに自分が居られるだけでも有難いのに、生意気にも人の事アレコレ言うなんて。


よし!一度カオリさんと、じっくり話そう!アキさんにカオリさんへの気持ち言ってしまった事だし…


無論!カオリさんに告白する気は毛頭無し。ヘタレの根性無しですから…。


数日後、仕事帰りコンビニに寄った。

ふと、すれ違った男性。ん?あー、幼馴染の先生だ!

何と無くやり過ごそうとしたら、向こうから話しかけて来た。


「あれっ、カオリの友達の方ですよね?」


カオリですか…まぁ幼馴染なら呼び捨てですよね普通。


「あーども、先生でしたっけ?」

ワザとらしく訊く自分。あ〜やっぱり器が小さい男だ、自分は。先生である事も小学校勤務である事も幼馴染である事も初恋?相手である事も全て知っておきながら…


「カオリが、心配してましたよ!最近、元気無いって。今度三人で、ご飯でも行きましょうよ。カオリ喜ぶと思うし。」


三人ですか、むぅ。

ん〜幼馴染とは言え、カオリ、カオリと 気になる。

と言うか本音は、気に触る!

でもしょうがない関係性なので、グッと堪え…アキさんユウさん!自分大人の対応してるでしょ。やれば出来る子なんです。


と、自画自賛してた矢先。


「先生は、カオリさんの事どう思ってるんすか〜?」


駄目でした。

まだまだヒヨッコです。

気持ち的には抑えていたつもりが、勝手に口が言ってしまった。


「唐突ですね。カオリの事、好きなんですか?自分は、好きですよ ずーっと。」


唐突と言った割には、さらっと好きですよ。と言う先生。むぅ、やはりそうか。


「好きと言うか、嫌いじゃないけどカオリさんが好きな人と上手くいってほしいなと…」

みなさん、何も言わないで下さい。

わかってますよ、ヘタレなんです!自分は。


「あーあのパン屋さんの人?でも向こうはその気無いんでしょ!」


むぅ!パン屋さん⁈と呼びますか。それに何か気になる言い方。少なくてもカオリさんは、そんな風には言わない筈。


駄目です、アキさんユウさん!自分大人になりきれないみたいっす。この先生、苦手です。好きになれません。


苦笑いを浮かべながら

「じゃまたー」とだけ言ってそそくさとコンビニを出た。

情けないな〜自分は…。

ずっと情けない"ヘタレマコ"のままなんだろうか?


何も買わずにコンビニを出た為、晩御飯…どーしよ。


ユウさ〜ん 何か食わせて下さい!


その足で、ユウさんの店[ピッグペン]へ向かった。


最近来てなかったなぁと思いながら店のドアを開けた。

カウンターに座るなり

「腹減ってるんで、何か食わせて下さい。何でも良いんで。とにかく何か食いたいというか、食らいつきたい気分なんです。」鼻息荒めの自分。


「なんだ?威勢が良いなー今日は。」

ユウさんが、腕まくりしながら自分の気持ちに応えてくれるが如く、作り始めてくれた。


と、後ろから肩を叩かれる。


ん?と振り返ると…


カオリさん!


「えー、いつの間に?びっくりした〜」

思わず声がでて、体も仰け反ってしまった。


「なんでそんなにビックリすんの?何?会いたくないの私に!」


「ち、違いますよ。突然なのでビックリしただけですよ〜。居たんですか?」


「居たよ〜居て悪い?トイレに行ってただけなのに。」

そう言いながら隣に座るカオリさん。


「一人っすか?あれっ、さっきコンビニで先生に会いましたよ?」


「ふ〜ん、そっ。今日は一人だけど。」


「最近、カオリ一人で来るんだよ。多分マコちゃん待ってたんじゃ?」

調理をしながらユウさんが言った。


「マコちゃん待ってる訳無いじゃん!

ただ一人で飲みたかっただけ!ヤメて変な事言うの。」


な〜んとな〜く、微妙〜な気持ちになった自分。ちょっとニヤケそ〜。


「ちょっと!何、変な顔してんの!

キモッ!」席を1つ離れるカオリさん。


えー、自分でも気をつけてたのに。ニヤケ顔を堪えたから変な顔になったのか〜?

でも相変わらずキツいっすね!カオリさん。ただ何か、懐かしというか嬉しいというか。


「マサユキの事、気になる?」

カオリさんが自分の顔を真っ直ぐに見ながら…。


「…少し。カオリさんは、先生の事は本当に、その…す…好きと言うか、そう言う気持ちは無いんですよね?」


「無いよ!あったり前でしょ?わかってると思ってたのに…マコちゃんは。」


「…でも…先生が、そうじゃ無かったら?」


「変わらない!何も変わらない!マサユキが告ってきたら、ふるだけ!ただそれだけ。」


真っ直ぐ目を見ながらカオリさんが言い放った。初めてカオリさんの真っ直ぐな目と目を合わした気がする。


ドキっとした。


「マサユキとそういう風に見える?ん〜、見えるから少しマコちゃんに拒否られてたのか〜」


「拒否ってないっすよ!ちょっとカオリさんと先生の間に入りづらかっただけっすよ〜」


「そっ、ごめんね。ならいいや。」


とだけ言い、お酒を飲むカオ…リ…ん?お酒じゃ無い!ジュ、ジュース⁈

嘘だろ!

あっ、カクテルかな?一応訊いてみる。


「それ何飲んでるんすか?カクテル?」


「ただのジュース。」


一瞬、時が止まった感じがしてその後、椅子から落ちそうになった。


「明日、雨っすかね?ユウさん。」


「おっマコちゃん言うようになったね〜でも…いいのかな?知らんぞ俺は。」


「へっ?」チラッと横目でカオリさんを見る…。うっウソっ!ヤバい。


静かにカオリさんがこちらに近づいていた。


手にはガラスの灰皿を握りしめて…



第2章 終


forming 第3章


幾つになっても人付き合いは、難しい。

大人になっても、小さな街であっても。

体裁、見栄、欲、と本音のせめぎ合い。

どんなに仲が良く信じ合える間柄であっても、多少の本音と建前は生じる。

問題は色んな事があった時、上手く切り替えが出来、大人の対応が出来るかどうか…

まだまだ未熟な自分は、些細な事に拘り自分の気持ちを表現できず、ただ悩む。

他から見れば、大したことでは無い様な事に…。


実際、今回も素直な気持ちでアキさんの店に行き、食欲を満たす為の本能的行動でユウさんの店に行った。

その結果、会い辛さがあったカオリさんとバッタリ会った。

初めから素直になってれば、もっと早くこの些細な悩みも解決出来、楽しい生活が送れていたのに…。


やはり思っていた通り、カオリさんとは直ぐに普通に話せる事が出来た。


ホッとした表情とカオリさんやユウさんと楽しく会話出来てる自分の様子を見て、ユウさんが言った。


「こんな事、言ったらアレだけど…大浦さんのオヤジさんに感謝だな、マコちゃん。」


大浦さんは、三代目の名前。


確かに三代目の親父さんが、亡くなって色々考えさせられたし、寂しさと悲しさからアキさんの所に行った訳だし。


「大浦のオヤジさんは、人付き合い良いし面倒見も良かったからなー。見習わないとな!マコちゃん。」

ユウさんが、少し俯きながら…


ふと気付くと、色んな料理が並べられていた。作り過ぎですよ、ユウさん。


ユウさんも久々に、自分とカオリさんが居たせいか張り切ったみたいだった。

もうちょっとしたパーティー気分。

アキさんも居たらな〜と思う自分。


「アキさん仕事終わったかな?」

同じ事を考えていたカオリさん。


「店は閉めただろうけど 最近何か、一生懸命作ってるからなー、革製品。来ないだろ。」ユウさんが言った。


「あ〜ん。アキさん、私の事 嫌いになっちゃったかな〜?ふしだらな女に見られてるかな〜困ったな〜。マコっ!ちゃんとアキさんに説明してよ!」


「いやいや自分で言って下さいよ。貴方の事でしょ〜。あっ、それから役場の人からもアプローチあるんすか?」


「無いよ!ヤメて!あり得ない。何で知ってるの?」詰め寄るカオリさん。


「アキさん…が、」カオリさんに詰め寄られポロっと言っちゃう自分。


「あちゃー、最悪!どうしよ、ねぇどうしたらいい?」流石に動揺するカオリさん。


「いいんじゃねぇ!カオリがしっかりしてれば。ま、先生の事はちょっとアレだけど。『私、モテ期きちゃったかも』とか言えば?ぷぷぷ。」


冷やかすユウさん。

絶句状態のカオリさんを見て自分も冷やかしてみる。


「ふしだらな女でごめんなさい!とか言ってみたら?ふふふ。」


また…ガラスの灰皿を手にするカオリさん。

何で〜!冗談に決まってるでしょ?

ユウさんに乗っかっただけでしょ〜?


カオリさんは、そっとガラスの灰皿を置き…

「おぃ!ジジイ!お、さ、け!

早く出してよっお酒!いつまでもこんなジュース飲ませやがって、全く!」


怒りをぶつける所が違うと思いますが?

ジュースは貴方が頼んだんでしょ!

ジジイって!アキさんと同い年ですよ!

分かってます?カオリさん!


そう思いながらも自分とユウさんで、慌ててお酒を作りお出しする。

二人とも少し、はにかんだ笑顔で。


くぅ〜と、お酒を飲み、


「大体さぁ〜、パン屋も少し悪くない〜?」

あー、アキさんをパン屋と言い出すと厄介なパターンです。


「いい加減さぁ受け入れても良いでしょ?ダメなの?私じゃ。マコはどう?

わ、た、しは?」


「えっ、わたしは?と言われても何がですか?」

うわー聞かないで下さいよ!今は。

あたふたするじゃないすか…。


「だって前にさぁ〜マコ、私の事好きだけど…って言わなかったっけ?」


ぶーー!何、いきなり。あっーあれだ!


「あれは、そうじゃなくて…アキさん

一途なカオリさんが…って事っすよ!」


自分も忘れてた事、記憶力良いんだよな〜どうでも良い事の記憶が…。


「まぁどっちでもいいけど。なんだろな〜、あっ実は男に目覚めたとか?何かマコに対して優しいじゃん」


カオリさん…くだらないです。

というか、どっちでもいいって事の方が気になるんですけど?


「もういっその事、押し倒すか?既成事実作るしかないでしょ。ちょっとアッチの方は、自信あるし…テヘっ!」

舌を少し出し、片目を瞑りながら…


エロエロ女王 降臨!ですか?


「カオリさん前、自分は恋愛は真面目で純情だって言ったじゃないすか〜。そんなんじゃアキさんドン引きっすよ〜!」


「しょうがないじゃん。打つ手無いんだから。でもな〜色仕掛けは、効果無いか〜?マコとは違って!」


むぅ!悔しいが…その通りなので言い返せない。


ユウさんの電話が鳴る。

「アキが来るって!丁度、マコちゃんとカオリに用があるって。」


「え〜ホント?ヤバい、用ってあれかな?ん〜とうとう今夜、結ばれる?って事だよね。マコちゃん!」

カオリさんが…違う世界に行っちゃってます。


「違うと思いま〜す!自分にも用があるって言ってるんだから。妄想から戻って来てください!カオリさん!」


「ノリわる〜相変わらず。つまんないな〜マコは。って言うか、マコ帰ったら?邪魔!」


キツイっす、カオリさん。


「今晩はー。」


アキさんが来た。何やら荷物を抱えて。


「アキさ〜ん。私はアキさんだけだからね!わかってね。」

今迄とは、別人の様な声のカオリさん。


「ん?あー、はいはい。これ、二人にプレゼント。気にいるかどうかわからないけど。」

そうアキさんが言いながら、自分とカオリさんに大きな袋を手渡す。


「何?見ていいの?」

カオリさんが袋を覗き込みながら…


「どーぞ!」


アキさんのその言葉を聞き、早速取り出す。

白い布に包まれた物は、鞄だった。


濃い赤茶色の革で作られたビジネスバック。

カオリさんは、薄い茶色の革で作られたトートバッグだった。

思わず、二人揃って

「うわ〜スゴい!」


「いいんですか?何か高そうですよ。」

突然のプレゼントに興奮気味な自分。


「私に?い〜の?ホントに?ありがと、うれし〜。」

アキさんに対して興奮気味なカオリさん。


「何かさー、二人ギクシャクしてたから気分良くなるかな?って思って。でも必要無かったかな?仲良くなってるし。」


「アキさ〜ん、マコとは仲悪いままなの。でもアキさんの為に我慢して仲良くする!」


…まぁ、よくそんな言葉がでますね〜。

そんなにバッグが嬉しいのかな?


押し倒す!とか言ってましたよ。

気をつけてください、アキさん!



第3章 終


forming 第4章


久しぶりに、ユウさんの店[Pig pen]に四人揃った。

カオリさんはアキさんを真ん中に座らせ、改めて乾杯した。

ユウさんが料理を沢山作ってしまってたが結果的に丁度良かった。

いつ以来だろう…四人揃って笑顔で楽しく出来るのは。温泉旅行以来?


他にお客さんも来なく、貸切り状態。

全く誰も来ないのも珍しく、思わず


「誰もお客さん来ないっすね?やっぱりアキさんがいるからっすか〜?」


「そうよ!だから言ったでしょ、アキが来る時だけ何故か客来ないんだって!」

ユウさんが首を傾げながら。


「ちょっと〜!アキさんのせいにしないでよね!元々来ないの!この店に客なんて!」

カオリさんが、アキさんを守る為に凄い事を言っちゃう。

アキさんに一途なカオリさんが、復活したみたいだった。その感じが何故か、心地良かった。変な自分…カオリさん好きなのに。アキさんにも自分の気持ちを言っちゃたのに。


「アキさ〜ん。マサユキの事、なんでも無いからね〜。ホントだよ!アキさんが嫌ならもう会わないし。」


「嫌じゃないよ!と言うか仲良くしてあげなよ。幼馴染でしょ?彼だって、ここに戻って来たの久しぶりでしょ?知ってる人が仲良くしてあげないと寂しいでしょ?」


アキさん…凄いっす!言えません、自分は…。苦手だ!と思ってた位ですから。


でも、アキさんの言う通りだなぁ〜。

自分だって、この街に来た時は不安あったし。アキさんやユウさんに良くして貰ったお陰だしな〜。カオリさんが惚れるのも良く分かる!くぅ〜アキさんと入れ替わりて〜!


「ねぇねぇアキさん?このバッグの飾りっていうか、彫刻?みたいのな〜に?」


飾り?彫刻?ん、何だ?と思い自分も貰った鞄を見てみる。

鞄の角隅に、彫ってあった。カービングだ。前は、革のキーホルダーにフクロウが彫られていた。


今回は…花⁈


小さな可憐な花が、控えめに彫られていた。

カオリさんのバッグを見てみると同じ花が彫られていた。


「私をイメージして彫ってくれたの?

キャ〜うれしい!」

そんな事を言ってる、浮かれたカオリさんに…会心の一撃を。


「カオリさん?残念だけど自分にも同じ花が彫られてあるんすよ〜!ぷぷっ。

大体、カオリさんイメージしたらもっとゴツい花じゃないっすかね〜。」


言いました、自分。言っちゃいました。

刺し違える覚悟っすよ!勿論!



「クスッ…ク…うっ…」


…え〜!もしかして…泣いちゃったの?

演技?嘘泣き?…だよね。


カオリさんは、顔を手で覆いながらアキさんの胸に…。

「カオリさん、冗談ですよね?嘘泣きやめてくださいよ〜。そんなキツい事、言って無いでしょ?」


アキさんとユウさんはちょっと困惑した顔。どっちなんすか?二人とも。

何か言ってくださいよ!お二人さん。

段々、ヤバい感じの…空気が漂う。


えっホントなの?何で?そんなヤバい事だった?


鼻をすする音だけ。


マジか〜、とりあえず、

「ごめんなさい。カオリさん言い過ぎました。ホントにごめんなさい」


普通ならここで♫ティッティティ〜

とか言いながら『騙された?』とかの展開なのに…何も無い。


ジットリ額に汗が滲んだ。


ユウさんが口を開いた。

「別にマコちゃんの言った事が悪い訳じゃ無いよ多分!カオリもずっと辛かったんだよ。だから毎日のように一人でここ来てマコちゃん待ってたし。」


「気にしてたんだよ、ずっと…。自分責めたりして。こういう性格だからね、マコちゃんには素直に言えないんだよ。」

カオリさんの頭を手で支えてあげながら、アキさんが言った。


「ちがうよっ!そんなんじゃ…ない。

マコが酷い事…言っ…たから だよ。」

かすれ気味の小さな声でカオリさんが…


「ハイハイ。素直になろうね。またこうやって仲良く出来たんだから。」

アキさんがカオリさんの顔を持ち上げ、

涙を拭いてあげながら。


呆然としたままの自分。


今までの経験から、まるでこんな展開は予想してなかった。

自分の勝手な思い込みのせいで、カオリさんにこんなに気を遣わせていたなんて…


どうしよう!どうしたらいいんだろ。


「とりあえず!土下座だな!」


ユウさんが指を上下に動かし、土下座をしろ!という様な仕草をしながら言った。


席を立ち、カオリさんに近づき土下座しようと片膝を少し曲げたところで、

「冗談だよ!マコちゃん。」

ユウさん。


「そうだよ!土下座しなくていいの!

何、言うのユウちゃん。本気にするでしょ!」アキさん。


「あは、ごめんごめん。ごめんマコちゃん、ついね。流れ的にね!」


「流れはいらないの!マコちゃん真面目なんだから」アキさんがユウさんにビシっと言った。


「ダメ!…しなさいよ!」


へっ?カオリさん?ん〜やっぱりするか〜、自分が悪いんだし。


「もう、カオリちゃん?いいでしょ、もう。土下座させたらカオリちゃんの事、許さないよ!」厳しいアキさん。


「…わかった。じゃ土下座はしなくていいからビンタはいい?」


なんか、レベル上がってません?


「ダメ!」


アキさん〜ありがとです。味方は、アキさんだけです。


「わかった…じゃ…グーパンチで!」


だから…レベルが上がってます。カオリさん。許してください、土下座しますから〜。


「うーん、じゃ一発だけだよ!」


ぶーー!何言ってるんすか?アキさん!


グーパンチなら土下座にして欲しいんですけど…


「目、瞑って!歯、食いしばって!」

カオリさんがそう言いながら自分の目の前に。

ダメだ。覚悟を決めよう!カオリさんに気を遣わせたんだし。男を魅せろ!

マコ!


"ガシャッ"


「きゃはは!ウケる。」


ウケる?ガシャって?

目を開けるとスマホをこちらに向けたカオリさん。

写真撮られた?何それ!


「みてみて〜!ヘタレマコのビビリまくってる顔!ウケる…!きゃハハハ。」


「もう、かわいそうで…ぷっ…しょ。」


アキさん…笑ってますよね?

ユウさん、遠慮なく笑ってますね!

カオリさん、結構泣いてたと思ったけど余り痕跡ないっすね。


はぁ〜やはりカオリさんは敵に回してはいけない人だと、つくづく思った。


アキさんが自分の耳元で…


「感情出したり、キツい事しちゃうのは

マコちゃんが大事だし、気になってるからだよ!ライバルとして一歩リードしたんじゃない?」


ん〜、どうみてもそうは思えない様な…


「マコ!これからは何でも言う事聞く事!じゃないとこの写真バラまく!」


ね!アキさん、こんな事 言わないでしょ?気になる相手には…。

大体、今迄も言う事聞いてきたと思うんですけど…。

あれですよ、アレっ!


ただの主従関係ですよ!


第4章 終


forming 第5章


バッグに彫られた小さな花。

その花のお陰で、色々あったが以前の様な仲良い四人の関係に戻った。


カオリさんが、自分の事を気にしてくれて、ユウさんの店で夜な夜な自分を待って居てくれた事。それが本当かどうかは、よく分からないが涙を流したカオリさんを見て、申し訳ない気持ちになった。それが嘘泣きだったとしても…。


以前貰った、フクロウが彫られたキーホルダーとプレッツェル。

今回は、小さな可憐な花が彫られたバッグ。バッグの種類はカオリさんとは違うのに、同じ花が彫られていた。

何か、意味があるのだろうか?

プレッツェルにしても普段アキさんの店には売ってないパンだし…


考えても分からないので、シンプルにプレゼントして貰った事を喜ぶだけに。

カオリさんと同じ花のデザインというのも少し嬉しい気分。


久々の四人の楽しい時間だったが、平日という事もあり早めにお開きに。

名残惜しかったが、何よりカオリさんとまた普通に接する事が出来ただけで、ホッとした。


結果的に、アキさんユウさんのお陰。


まぁ、あの二人に言わせれば、『別に、なんもしてないぞ!』と言いそうだが…。

やっぱりアキさんユウさんは、大人です。カオリさんもある意味では、凄い大人ですけど…(人を操る能力⁈)(お酒を飲むと怖いもの無し)(アキさんをパン屋、ユウさんをジジイと言える。)


やっと仕事も落ち着き、一時に比べたらかなりゆったり仕事が出来る。

今年は、天候が不安定だったので農家の方々は大変だったが、自分の会社は売り上げも良く上司の方々も満足気だった。

秋も終わりに近づき、この夏と秋の忙しさの慰労と言う名目でお食事会が行われた。久々に会社の皆さんで。

丁度、ユウさんの店[ピッグペン]の向かいにある炉端焼きの店で。

ほぼ自分の会社の人達で、いっぱいになり気兼ねなく楽しいお食事会に。


金曜の夜という事もあり、その後は何組かに分かれ二次会に。上司に捕まりスナックに連れていかれる。


スナック[蜃気楼]

上司のお気に入りの店。ユウさんの奥さんの親戚の娘が働いている店。久々だなスナックは。

早速、その娘が付いてくれた。

ん〜、信金さん事件を思い出す。


「ユウイチの友達だよね」

まぁ、言葉使いが雑なのは知っていたがユウさんをユウイチと呼んでるとは…。

でもユウさんの友達という事で、楽しく話してくれた。ほぼ、ユウさんの悪口⁈

で盛り上がってしまったが…。

自分が思ってた以上に奥さんとは、ヤバかったらしい。奥さんの親戚の娘なので、やはりユウさんが叩かれる。

その話の中で、ユウさんが珍しい形のパンを持って奥さんを迎えに行ったらしい。


パン…。アキさんか…。どんなパンをユウさんに渡したのだろうか?

そのパンの珍しい形と美味しさなのかは、わからないが奥さんはユウさんの元に戻ったらしい。


むぅ!食べてみたい、そのパン。

というか、アキさんは何者なのか?

人の心を動かすパンを作るなんて、やはり只者ではないな!妖しい粉とか…入れてる?いやいや、それは無い!そんな事思っただけで、カオリさんにボコボコにされてしまう。


上司が早々と酔っ払ってしまったので、さっさと帰らせて上司のカラオケ地獄から解放。


外の冷たい風で酔いを少し覚ます。


ふと、道路の反対側を見ると…先生。

カオリさんの幼馴染の先生が居た。

前までは、あまり関わりたく無かったがこの前、四人で会ってから嫌な感じは少し無くなっていた。カオリさんと仲直り出来た事と、あの時のアキさんの言葉がそう思わせたのかもしれない。


ペコリと会釈したら先生が近寄って来た。

「最近、カオリと何かありました?」

いきなり先生が訊いてきた。


「何かって?別に…どうしてですか?」


「いやぁ、最近カオリ付き合い悪くて。名前、マコトさんでしたっけ?マコトさんと何かあったかなって。」


「自分とは、普通ですけど。」

それしか言えなかった。取立て何かあったわけでも無いし。


「そうですか。てっきりカオリは、あなたの事を気になってるのかと思ったけど。」


何を言いだすんだろう。先生は…。

アキさんの事、知ってる筈なのに。


「マコトさん、カオリ好きでしょ?」


また、立て続けに何を言うんだろう。

酔っているのかな?


「カオリさんは、アキさんだけです。」

ビシっと言った自分。


「知ってるけど、何か違う気がするんだよね〜あの人とは。むしろマコトさんの方がね…何となくそんな感じというか」


そういう風に考える人も居るんだと、意外に冷静な自分だった。


「で?マコトさんの本音は?」


え〜、まだ聞く?しつこいなぁ先生!


「俺は前にも言った通り、好きだけど。

いいんですよね?遠慮しませんよ!」

酔っては、いない感じで先生が言った。


本音をぶつけられた事と、自分がまだ酔いが残っていたせいで、つい…むきに…なってしまった。

「好きっすよ!自分、カオリさんが!

駄目っすか?勿論、それが報われない事も承知の上ですよ!でもいいんです、それで…」


うわ、酔ってるな自分。ヤバいな、どうみても言い過ぎた。

ん?先生のリアクションが無い。

何、呆然としてるんすか?先生が訊いてきたから答えたのに。


「カ…オリ…」


へっ?大丈夫?目の焦点合って無いっすよ!何処…見て…る…んす…か?

先生の視線の方を振り返って見る、かなりヤバい感じ満載を予感しつつ…。


静かに両腕を組み、佇む…カオリさん。


固まった。体も心も。どうしていいのか、何を話せばいいのかもわからない。

完璧に自分の思考が、止まった。


そしてその後、思った事は『どうか、自分の言った事を聞いていない様に…』

それだけだった。


「マサユキ!ちょっとマコと話あるから外して!」


先生は何も言わず、行ってしまった。

まだ口を開けず、身動きも取れない自分。


「マコ…今、言った事…本気?」


「な…ん、の事で…しょう…か。」

必死に絞り出した言葉だった。


「はぁ。男でしょ!情け無い。自分の気持ちを言うのは自由なんだから」


「はい、すいません。」


「謝るな!ヘタレマコ!言った事に自信持て!」


「でも〜ちょっと…」


「でもじゃない!根性無し!」


「すいません…す…き…です。」


「良し!えとえと…ごめんなさい。で、いいかな?可哀想だからチューでも しとく?」


えええっ〜。ん?でも、ごめんなさいって言われたよな?夢かな?思わずニヤける自分。


「キモ!する訳無いだろ!エロマコ!

さっさと行くよ!ユウさんとこ。いい酒のアテができたし!ぷっ」


最悪、最悪だ〜。おまけにそれをネタにお酒を飲むって〜⁈ ひどい…。


初めて この小さな街から、出て行きたくなった。


第5章 終


forming 第6章


何でかな〜。

空回りしてるというか、タイミングが悪いというか。

たま〜に強気になったり、ムキになったりした時に限って…思ってもいない展開になってしまう。


夜のスナックの前で、酔いとその場の勢いで本音をさらけ出したら、まさかのカオリさん。いくら小さな街でも、偶然すぎる。

おまけに何で自分の言った事、聞いてしまうかな〜?

自分と先生が一緒に居たのを見つけたら、まず声を掛けるでしょ!いつものカオリさんなら…。


恥ずかしい…本当に恥ずかしかった。


この前、カオリさんに『私の事どう?』

って訊かれ、適当に誤魔化した矢先。


アキさんさんにも言ってしまい、一番知られたく無かったカオリさんに聞かれ、おまけにユウさんの店で、それをネタにお酒を飲むって。

結局、みんなにバレるって事か〜。

ある意味、スッキリする?いやいや、しない。今後どういう風に接すればいいのだろう。ん〜やっぱり恥ずかしい…。


今迄で、一番足取りが重いユウさんの店への道。

こんなに[ピッグペン]の入り口のドアが、重いなんて…。


俯きながら、トボトボと歩きカウンターの端に座った。


「マコちゃん!」カオリさん。


ドキっ!やっぱり言っちゃうのね。


「今日は、何?会社の飲み会?」


ふ〜、焦らしますな〜。

「そ、そうです。」


「会社の飲み会か〜、何処でやったの?」ユウさんが訊いてきた。


「向かいの炉端焼きで…そのあと上司に連れられ[蜃気楼]へ」


「そうだったの?マユミ居た?」

マユミは、ユウさんの奥さんの親戚。


「あっ、はい。付いてくれました。自分の事わかってくれてたので、ずっと付いてくれました。」


「あー 前にマコちゃんの事、話したからな。ん?何か元気ない?飲み過ぎた?」


うっ、元気無いというか…とっても今は気まずいというか、つらいんですよ。


「カオリは?」


「私も、職場の飲み会。観楓会的な?」


「そういう時期だからな。ウチもさっきまで団体入ってて、忙しかったよ。」


なかなかカオリさんが、トドメを刺してくれない。焦らして楽しんでるのかな。


「いやぁ〜ユウさん。良い時期だね〜静かで、何かロマンチックな時期だね〜」


ぶーー!ここで、きますか!


「そーか?もう秋、終わるぞ。ロマンチックな感じしねーだろ!アキと良い事あったのか?ニヤニヤして。」

その通りですユウさん。全然ロマンチックな時期じゃ無いです。


ん〜。そろそろですか。覚悟するか〜。

どぞっ、カオリさん!一思いに言っちゃって下さい。そして思いっきり笑い者にしてお酒のアテにして下さい。


「ねぇねぇ、アキさんがくれたバッグの花の飾りさ〜何の花だろうね?」

まだ、焦らすカオリさん。


「わかんないっす。」


「アキは、意味のある事しかしないから特別な何かがあるだろうね。前、アキから変な形のパン貰ったけど、まだ意味聞いてないなー」


「えっ、何、何?聞いてないよ〜どんなパン?いいなぁ〜ユウさんだけ。」

まだまだ、焦らすカオリさん。


「んと、モンキーブレッド⁈だったかな?小さな丸いパンが、繋がってるパン。」


「へぇ〜。美味しいの?美味しいか、アキさんのパンだもんね!」


「甘くて、美味かったぞ!奥さん大喜び。」


「あっ、ちょっとさー 料理の出前入ったから届けてくるから、店番頼む。」


「了解!何?出前で稼いでるの?客来ないから?ぷっ。」


「カオリ〜。この野郎、馬鹿にしやがって。今日は団体入ったって言ったろ?」


バタン。ユウさんが、出て行った。


「カオリさん。どーか、焦らさないでグサっと一思いに…。」


「ん〜?なんの事かな〜?わからな〜い。なんだろ?何?」


むぅ! 最悪です。色んな意味で最悪です。なんでこんな人、好きになったんだろ…好きになっては、いけない人なんだ。色んな意味で…。


「楽しく飲もうよ!余計な事考えないでさ?…ねっ!エロマコ!」


だからーやっぱり楽しんでるでしょ!

くそ〜、もうヤケになるしか。

飲んで飲んで、べろべろになって忘れてやる!今日の事は…。

グビっと、飲んだ…その後の記憶が無かった。


何となく、気がついたら歩いて帰る途中だった。ただ、歩きづらい。酔ってるから?ふと、右肩を見ると…カオリさん。


「えっ何?なんで?」酔いが覚めていなかったが、流石に驚いた。


「こらっ!酔っ払いが!重いんだよ!自分で歩けよ。クソマコがっ!」


カオリさんが自分を支えながら、一緒に送ってくれた。何か嬉しさと安堵感で、またその後の記憶が無くなっていた。


翌朝。二日酔い地獄の真っ最中に、断片的に思い出す記憶が、夢か現実か区別がつかなかった。カオリさんに支えられた事は、なんとなく温もりとして残っていた様な…。


昼過ぎユウさんからメールが来た。


(大丈夫か?無茶な飲み方は、体壊すぞ!いくらカオリに振られたからと言っても。)


現実に引き戻された。


アキさんからメールが来た。


(やるねぇーマコちゃん。ちゃんと告白したんだって?カオリちゃんに直接。

男だね〜。また一歩リードしたね!)


うわっ、アキさんにまで話がいってる。


なんでだ?あの後カオリさんが言っちゃったのか?自分が酔っぱらって自ら言ったのか? サ 、イ 、ア 、クだ〜。


カオリさんから…電話⁈


「ど〜よ!酔っ払い。」


「なんとか…あの、昨日は…」


「何?あっ、言っとくけど私は何も言ってないからね!自分で勝手に地雷踏んで自爆したんだからね!覚えてないだろうから言っとくけど。私に迷惑まで掛けて。今度、奢ってよ!」


それだけ言って切られた。


自爆ですか。なんでそういう時だけ男らしいというか、お馬鹿というか…。


ユウさんからまたメール。


(別に、気にすることないよ!とっくにマコちゃんがカオリ好きな事、みんな知ってたし。そのうち女、紹介してやるから落ち込むな!カオリじゃ無くて良かったって、いずれわかるだろうし。笑)


みんな…みんなですか?知ってましたか。アキさんもですか。ユウさんも。


えー、もしかしてカオリさんも?


拝啓。親父、おかん。私、何故か この小さな街に来て転職しました。


とんだ…ピエロに…。


ちなみにこの街にサーカスなんて来た事ないです。


第6章 終


forming 第7章



"恋すてふ 我が名はまだき 立ちにけり人しれずこそ 思ひそめしか"


百人一首の和歌の一句。

密かな恋心。しかし、すでに周りには とっくに知られていた恋心。


まさに、今の自分の気持ちそのもの。


夕方になっても、昨晩の後悔が残っていた。正直、カオリさんが好きな事はどうしようも無い事だが、アキさんと幼馴染の先生相手に無謀に戦いを挑み、結果 惨敗!せめて直接カオリさんに告白したかったが…ある意味、直接告白した事になるのかな?


バレたのは、しょうがない!くよくよ悩んでたら、今迄通りの『ヘタレマコ』のままだ。自分を変える良いチャンスと思い開き直るか⁈


ただ、何となく気まずさが…

そんな時は…


[After-eve ]に行った。

こういう時はアキさんに会うのが一番!アキさんの店は、心を落ち着かせてくれるし。


アキさんの店は、まだお客さんが居て楽しそうにパンを選び、幸せそうな顔でパンを買っていた。

アキさんが、無言のまま自分に店の奥の革製品を作る作業場の椅子に座る様、合図をした。


子供を連れた親子やカップルが次々にパンを買い、あっという間に残っていたパンが無くなってしまった。


アキさんが、『close』と書かれたボードをドアに掲げる。


「ふぅ〜、終了!」

やや疲れた感じでアキさんが言った。


「すいません、お客さん居て忙しい時に来ちゃって。」


「全然!マコちゃんが、お客さん連れて来てくれたから全部売れたよ!お陰で」


「自分が連れて来た訳じゃ無いっすよ。このパンの魅力に取り憑かれた人が多いだけっすよ!」


「取り憑かれたって、何か怪しい物売ってるみたい。ふふふ」


「あっそうだ!ユウさんにあげたパンって、どんな物なんすか?皆んな気になってますよ!」


「皆んなって、カオリちゃん?」


「…まぁ。でもユウさんも気になってましたよ!」やっぱりカオリさんの名前が出るだけで、気まずい感じになってしまう自分。


「んーと、あれはね、モンキーブレッドって言う甘いパン。小さなパンが沢山くっついている変な形のパンだね。色々、いわれはあるけど。お猿さんが好きなバオバブの実に似てるとか。」


「その実が何か意味あるんすか?ユウさんに。」


「うーん、ユウさんちょっと奥さんと仲良くなかったんだよねー、実は。ヤバいかな?言っちゃったら。」

言うのを躊躇うアキさん。


「あ、[蜃気楼]の娘に聞いたんで大丈夫かと。」


「あっそうなの?マユミちゃんだっけ?

じゃ、いいか。これはね自分の勝手な解釈なんだけどモンキーブレッドってね、モンキーパズルブレッドとも言われる事もあってね。モンキーパズルツリーという猿も登るのに苦労する木に似てる所からきてるらしいんだけど。」


モンキーパズル?猿も登るのに苦労ってどんな木?自分の単純な脳細胞では、想像する事も出来なかった。


「ここからは、俺の勝手な想いだけなんだけど。猿も登るのに苦労する木。なのに甘くて、小さなパンを一つずつ取り分けて食べる。なんかさー夫婦の色んな事に重なるなーって。ホントに勝手な、後付けなんだけどね。」


「なるほど〜。ユウさんの奥さんは、何か感じたんですかね!」


「ぷっ。な訳無いと思うなー。甘いのが好きなだけじゃない?でもね、それでいいんだよ!余計な講釈は、食べる人にとっては必要ないからね。美味けりゃ、良し!」


アキさんのパンが美味しい理由が、少しわかった気がした。アキさんは色んな想いを持ってパンを作っているが、食べる人にその想いを押し付けない。ただ、美味しく食べて貰えればいい。


「ちなみにあのバッグの花は、どんな想いなんすか?」


「…な…い…しょ!」


内緒?って、余計気になるじゃないすか?

相変わらず、一筋縄では いかないな。

アキさんは。


「でもね、前にあげたキーホルダー。フクロウの意味はマコちゃんの言った通りだよ。『不苦労』から幸せを運ぶ。

ちなみにカオリちゃんは、『わぁトトロだぁ〜』って。いや、羽生えてるから…笑」


ぷぷっ。やっぱり天然なのは、カオリさんか!どうりであの時、アキさんの口をチカラずくで塞いだのか。


「プレッツェルも愛情で合ってましたか?」


「ごめんね、いくらマコちゃんでも男同士の愛情ってのは…キモいかな?あれはそのまま、祈り。幸せになる様、祈ってます!かな?」


アキさん!素直にそこは、愛情だよ!でいいっすよ!キモいっすか?自分。


「アキさん…皆んな知ってたんですよね?カオリさんの事…」思い切って訊いてみる。


「うーん、そだね。でも俺はね、マコちゃんだけでなくカオリちゃんもマコちゃんの事、少し気になってるかな?って思ってる。今でも。」


「でもそれは、愛情じゃない様な。アキさんが思ってる以上にカオリさん、アキさんの事、好きなんすよ〜。自分が言うのは、生意気ですけど。」


「難しいね。恋愛って。どんなに好きでも結ばれるとは限らないし。ただね、マコちゃん!出来れば、ずっとカオリちゃんの事、見ててやってくれる?」


何を言ってるんだろう、アキさん。そんな言葉、アキさんから聞きたく無い。

それに…まるで…アキさんがカオリさんの事、見続けられない様な…言い方。


「駄目なんすか?アキさんは…。」


そうアキさんに訊いた。以前、カオリさんが見せた切ない表情を思い出しながら。


「俺が、カオリちゃんを受け入れるには、まだやらないといけない事があるし。今はまだ、カオリちゃんと向き合う資格すらないんだよ。失礼だよねー、

カオリちゃんにもマコちゃんにも。でもこれは俺が決めた事だし、俺自身の事だから…」


言いたい事は、沢山あった。


ただ、アキさんがここまで話してくれて、何より真剣なアキさんの表情が…。

色んな事、色んな想いを抱えているアキさん。そんなアキさんに、これ以上何も言えなかった。


お店の窓に、小さな雨粒がつきだしていた。


「雨か…。そろそろ…最後の雨になるかな?」

アキさんが窓を見ながら。


「なんか、思い出します。雨の日に此処で、カオリさんにいきなり『マコちゃん』って呼ばれた事を…」


「そうだったね。なんか今年は、雨に つきまとわれた感じだね。キャンプも雨降ったし。」


「ですね。温泉旅行は天気良かったですけど。」


『close』のボードが、掛かっている筈なのにお店のドアが、ゆっくり開いた。


ドアが半分開き、ドアに体を寄り掛かりながら俯いたまま…無言の…


無言の…まま…佇む、


アキさんの事を愛しく想い


自分が愛しく想う人が…。


冷たい雨と同じ様に、淋しそうで切なそうにしか見えない姿の…。


いつからそこにいたんですか?

何故、そんな静かなんですか?

話…聞いていたのですか?


全て…?


第7章 終


forming 第8章



秋の終わりの冷たい雨。まさに時雨。


少しだけ雨に濡れた髪。


俯いたままの顔。


その姿だけで、わかってしまった。

お客さんが帰った後すぐに、アキさんはBGMを止めていた。静かに流れるジャズの音を…。

小雨が降り出し、外も静かだった。

よりによってアキさんとは、店の入り口近くで話をしていたのでドアを開けなくても、会話が聞こえていたかも…。

いや、聞こえていたんだろう。聞こえて、しまったんだろう。


やはり アキさんの言った言葉が、カオリさんには特に響いてしまったんだろうか?自分でさえ、聞きたく無かった言葉だったから。


アキさんがタオルを持って来て、何も言わずカオリさんの頭に掛けた…が、カオリさんはタオルを手に取り濡れた髪のまま、俯き佇んでいた。


自分は、この場を離れようと。

自分がいると、カオリさんが言いたい事言えないだろうし。それにカオリさんの姿を見ているだけで、自分自身が居た堪れない気持ちになったから。


入り口に佇んでいるカオリさんの背中を軽く押し中へ入れてやり、そっとドアを閉めた。


雨は、小雨程度だったが空は暗い雲に覆われていて雨脚が強くなりそうだった。


店の外には、車が無かった。

自分は、車を使わずに此処に来た訳だが

カオリさんの車も無い。

歩いて来たんだろうか?

雨が降りだしたのは、つい今しがたであるし。


仕方なく小雨の中、帰る事にした。

小雨といえども、雨粒が顔に滴る。

下を向きながら歩く。

切なそうなカオリさん、二度目だ。でも前とは状況も気持ちも全然違う。


『どうか、アキさん。優しい言葉で…

お願いします。』


自分には、そうアキさんに願うしかなかった。

家に近づくにつれ、雨が強くなってきた。


店の入り口のドアには『close』。

しかし入り口の上にある銀色のアルミで作られた袖看板は灯されたままで、時雨舞う薄暗い中で青白く…[After-eve]と。


「やっぱり…私じゃ、ダメなの?」


「聞いてたの?ドア閉めていても聞こえるのか〜。耳いいんだね、カオリちゃん。」


「茶化さないで!真面目に聞いてるんだから…」


「…聞こえていた通り。」


「どういう事?ダメって事?ハッキリ言って!」

やっと、俯いていた顔を上げ真っ直ぐ見ながらカオリが問う。

真っ直ぐ見返しながら、


「駄目って事。」


あまりにもアキがハッキリ答えたので、カオリの体が硬直した。口も少し開いたまま…声どころか息さえも出ない。


なのに…


涙だけが、流れていた。


悲しいと思う間も無かったのに…

無意識に流れ出していた。


「ど、どう…し…て?」


必死に絞り出したカオリ。


「まだ今は、カオリちゃんより大切な人が居るから… だからカオリちゃんの気持ちには応えられない。」


「誰? …あの人?だって、だっ…て、もう、居ないのに…。 忘れられない?

今も…」


カオリを見つめながら、頷くアキ。


「いいよ! アキさんそのままで。ただ、そばに いちゃだめ?」


「カオリちゃんだから…駄目。」


「そんなに嫌?わたし」


「いい女だから駄目!揺らいじゃう。」


「わかんない。わかんないよ、好きとか嫌いだけじゃ駄目なの?」


「カオリちゃんはそれで良いんだよ!自分の気持ちに正直で居れば。俺もね、自分に正直でいようと思ったから、自分の決めた事をやり通しているだけ。そしてその決めた事に…カオリちゃんは、居ない!ごめんね、どう頑張っても亡くなった人には、勝てないよね?」


「ず…るい、ズルいよ〜。私だって正直に…アキさん好きなのに。いつまで、居なくなった…ひ…との、事…

ごめんなさい、言い過ぎた。」


無言のままの時間が過ぎた。


外は、小雨が雨にすっかり変わっていた。


パンが並べられていたダイニングテーブルを拭きながら、

「俺はね、知ってるかもしれないけど

二人好きな人を亡くしてるんだよね。

一人目は病気で、二人目は事故で。医者じゃないから病気は、しょうがないんだけど。二人目は、俺の責任でもあるんだよ。事故の後になって防げていたかも知れないって都合良く思ったけど。」


手を止め、話を続ける。

「年が明ければ、2年になるか…。2年も経つのに何も変わらない。それが一番の理由かな。」


「アキさんが…もし、何か変わる日が来たとして…それまで待っていたら…ダメなの?」

いい返事が返ってこない事を、何処と無く感じながらカオリが訊く。


「ダメ!こう言ったらアレだけど、カオリちゃん若くは、ないんだよ?笑)俺よりは若いけど。あっという間だよ、歳取るのは。だから駄目!」


「待つ。これは私が決める事!私は待つから…」


「うーん。気が重いからやめてくれる?」 キツくアキが言う。


何か言いたかったカオリだが、今迄見た事ないアキの厳しい態度に声を失った。


家にいたマコ。暗くなり強めになった雨を見ながら、考えていた。

大丈夫だろうか…いつもならアキさんが上手くやってくれると思うのに、何故か今日のアキさんは…。


アキさんが言った事が、気になっていた。

『見続けて欲しい』って…

アキさんが、カオリさんの気持ちに応えれば済む事なのに。自分に気を遣っている?違いますよね?自分に、気を遣うなんて許しませんよ!


雨は止みそうもない。

アキさん送るよな?カオリさんの事。

でも、何か…。じっとしていられない気持ちを抑えきれなくなっていた。


…傘 、だけ置いてこようかな?


使わなければ、それはそれで良い事だし。適当な言い訳を自分に言いながら。

車でアキさんの店へ。駐車場では無く離れた所に停め、店のドアの横に傘を立て掛けた。

そっと…静かに、気配を消して…。


店の灯りは、ついたまま。静かだった。


そっと後ずさりしながら車に戻ろうとした時、

〈ガシャーン〉

足が止まった。何の音?

ふとよぎったのは、アキさんに何かあったのでは?以前、店の中で倒れていた事がフラッシュバックした。


ドアを開けた。


床にはパンを取り分けるトレーとトングが散乱していた。

慌ててアキさんを見ると…カオリさんがアキさんの胸にしがみつきながら肩口を叩いていた。声を出して泣きながら…


「いやだ!イヤっ!イヤだ〜!」

泣きながら必死に…。


「マコちゃん、悪い。送ってやって?」


「…いや、でも…」


「もう、話、終わったし」


その言葉を聞いた途端、カオリさんが店を飛び出した。

自分も、思わず店をでた。アキさんの存在を忘れる位、無我夢中で…。


雨が降りしきる中、濡れながら行こうとするカオリさんを追いかけ、腕を掴む。何度も…何度も、腕を振りきられても必死に掴み直し、強引に車に連れて行った。声にならない程、泣き続けるカオリさんを助手席に乗せた。

カオリさんの家の近く迄行った時、カオリさんが右手を自分の方に出した。

思わず、車を止めた。

家まで、あと少しの所で降りた。

雨が降りしきる中、静かに歩いて行った。自分は、その後ろ姿をただ見ているだけ…ただ、黙って運転席からガラス越しに見るだけしか…。


秋が…終わった。


この雨が…今年最後の、雨だった。


第8章 終


bake 第1章


冷たい風が、あたり前の様に吹く日々。

その風と共に、白い物が辺りに舞っていた。フワフワと白い物が、しかし雪では無い。


〈トドノネオオワタムシ〉


いわゆる、雪虫と言われる虫。

小さなアブラムシだが、背中にフワフワとした白い綿毛があり雪が舞っている様に見える。この時期、この虫は引っ越しの為、一斉に舞い出す。風物詩ではあるが所詮、虫なので嫌がられる事が多い。


そして…この雪虫が舞い出して二週間前後に雪が降る。

冬の訪れを知らせる雪虫。

木々の葉も既に枯れ落ち、寂しさを感じさせる風景。

寂し気な冬が、近づいていた。


自分の些細な嫉妬で、気まずかった時があったが、また仲良く楽しい日々が戻って来た矢先。

ツラい思いが、拭いきれない。勿論、自分だけでは無い。


もっとツラい思いをしているカオリさん。そのカオリにツラい思いをさせてしまった、アキさんもツラい筈。

そんな三人を、余計な事はせず静観しているユウさんでさえ同じ気持ちかと…。


あの時…雨に濡れながら歩いていたカオリさん。自分は、ただ見ているだけしか出来なかったが…果たして自分のあの時の対応はアレで良かったのだろうか?

とても声を掛けられる状態では、無かったが…何か出来る事があったのでは?と自問自答の繰り返し。


大丈夫なんだろうか…


アキさんの所にも行きにくい。アキさん自体、何も悪くないしカオリさんにあの様な態度をしたのも考えた上での事だろうし。しかし結果的に皆んなが、ツラい思いした事がアキさんとの会い辛さに、繋がってしまっていた。


自分が意図しない形にせよ、カオリさんに告白してしまった事が、この様な結果になったのではないのか。自分のせいで周りが変化をせざるを得ない状況になってしまったのか…。


アキさんも何故か、いきなりキツイ対応をカオリさんに…。

自分に気を遣っていないですよね?

アキさんが自ら身を引く、とかでは無いですよね。アキさんに限って…。


考えれば考える程、何をどうしていいのかわからず…。

少しでも今の状況を変えたい思いで、

ユウさんの所に行った。


ユウさんは、アキさんとカオリさんの事は知らなかった。勿論、自分も詳しくは分からないが、あの時の状況、あの時のカオリさんを見て想像は出来た。

知らなかった筈のユウさんだったが、あまり驚きもせず、静かに溜め息をつくだけだった。


「こればっかりは、しょうがない事。カオリは辛いだろうが、うん…どうしようもないだろう。だから、せめてマコちゃんがカオリを見守ってやってよ。」


ユウ…さん⁈


何かが変だった。ユウさんまでも自分にカオリさんを見守ってって。

アキさんも自分にカオリさんを見続けて欲しいと言い。

そう言われたって、カオリさんにはアキさんしか見えてないだろうし。自分は、振られちゃったのに。何故に、自分にカオリさんの事を託そうとするのか、分からなかった。


ユウさんもそれ以上の事は、多くを語らなかった。あの雨の日の事を知らなかったユウさんなのに、全て見透かしている様な感じで。

結局、ユウさんの所に行っても何も変わらず、ただなんとも言えない違和感の様な物だけが残った。


カオリさんを見る事も無く、心配な気持ちだけが日に日に増していった。


その気持ちを我慢出来なくなり、平日のお昼休みを使って役場に行ってみた。


カオリさんは居た。

めずらしく髪の毛を後ろに縛り静かに少しやつれた感じで、仕事をしていた。

声を掛けようか躊躇っていたら、カオリさんがこちらに気付きじっと表情を変えず見ていた。

自分が軽く手を挙げ、声を出すこと無く挨拶した。一歩だけ踏み出した所で、カオリさんが席を立ち奥に消えてしまった。カオリさんは戻って来る様子も無く、自分も役場を後にした。


まだ、早かったか…それに自分には会いたくないのだろう。あんな姿を見てしまった自分には…。


静かな街が、より静かに。


寂しい季節が、より寂しく。


それぞれが静かに、寂し気に過ごしている日々が続いた。

自分自身も、どこか暗い感じで居たせいか会社の人から心配される程。

ただ、内情を打ち明ける事も出来ないので一人で居る事が、多くなった。

会社のお昼ご飯でさえ同僚とは行かず、一人で食べる毎日だった。


その日も一人でお蕎麦屋に行き、昼ご飯を済ませるつもりだったのだが。


混んでいた。


諦めて店を出ようとした時、


「ここ、どうぞ。相席だけど遠慮なく」


そう声を掛けてきたのは、信金さんだった。

気がのらなかったので断わろうとしたが、強引に信金さんが席に誘導し相席する事に。

サッサと食べて出ようと思い、恐縮しながら席に着いた。


「何か元気ないね?仕事の悩み?プライベートの悩み?」

そう訊いてきた信金さん。


「別に…大丈夫です。」

軽くかわす。


「すいませんね…人の事、あれこれ詮索して。色々ありますよね?職業病かな?ついね、顔色とか雰囲気で気になってしまうんですよ。」


色んな意味で軽い信金さんだが、仕事柄色んな人を見てきている故に鋭いところもあるんだなっと思った。


「やっぱり金融関係の仕事だと、人間関係とかも大変ですか?」

信金さんに自分の心境を見抜かれたせいか、思わず質問してしまった。


「人間関係は、どんな仕事していても変わらないかと。大変な時は大変だし、上手くいく時は上手くいくから。ただ私らの仕事は、相手の気持ちを察する事も必要なのでね。」


信金さんが、真面目に答えてくれた。


前に、具合の悪そうなお婆ちゃんを病院まで担いで運んだり、今もこんな自分に真面目に答えてくれたり、根は凄く良い人なんだ…。


「そういえば飲みに行きましょ、って約束してましたよね?おねーちゃん沢山居る店で、パァーっとしたら悩みも吹き飛びますよ?どうです?」


はぁ〜、どうして信金さんの事、褒めるとそういう事言うのかな。

信金さんの株価、乱高下激しいですよ!


でも何故か、そんな事思ってたら少し楽しく感じてきた。

信金さんマジック!なのか?


お婆ちゃんを病院に運んだ時に、水を信金さんに買ってあげた御礼と言って蕎麦屋のお会計は、信金さんが奢ってくれた。

「まだまだ若いんだから、前を向いていれば何事も上手く行きますよ。今度こそは、飲みにでも行きましょうね。」


最後まで信金さんは、信金さんらしかった。


信金さんが言った言葉…


『相手の気持ちを察する』


その言葉が、何故か自分に響いた。

そして、少しだけ気持ちが楽になった。


雪虫が舞い始め12日後、初雪が舞った。

いつもの年より早い初雪だった。


季節が冬に変わった。



第1章 終


bake 第2章


アキこと、秋本(あきもと) (あゆむ)45歳。独身。


この街には、高校まで住んでいた。

高校卒業後は、この街を離れ滅多に帰って来る事も無かった。若い頃は、いい加減な生き方をしていて高校卒業したあとに行った専門学校も早々と中退。

その後も、やる事全てが中途半端。


ただ、その頃付き合っていた彼女はずっと自分のそばに居てくれた。

いい加減な自分だったが、浮気はしなかったので彼女とは割と長く付き合いが続いた。

しかし突然、彼女が病気に…。

初めは、そんな大変な病気と思わなかっ

たが、体調が回復しなく検査の日々。

そして告げられた結果が、急性白血病。


ドラマや映画の中でしか聞かないのに、まさかこの若さで…。

ただ、治療さえすれば良くなるものだと思い、彼女に付いて行った。

治療も辛く、見ていて可哀想になるくらい。勿論、彼女の家族も出来る事全てやり尽くした。

良くなる迄は、ならなかったが時折、安定するぐらいの状態の時もあり期待はしていた。


ただ…駄目だった。


結果的に治療していた期間の殆どが、彼女にとって辛い日々だった。

自分もずっとそばに居たので、彼女の辛さ、無念さがわかっていた。

だからこそ彼女が亡くなった後も、その想いを引きずり自分を見失っていた。


長い事、辛さから抜け出せなかったが歳を重ねるに連れ少しずつ立ち直った。

昔は、いい加減ゆえ軽い自分だったが、静かに生きる人間になり昔の自分を知る人達には驚かれた。


パン作りやレザークラフトもその頃に始めた。人付き合いが苦手になった事もあり、一人で出来る事に没頭できた。


そして彼女が出来た。


無論それまで、女性と接していない訳では無かったが、付き合う事に凄く神経質になっていて病気で亡くした以来の彼女だった。

自分の過去まで全て受け入れてくれた彼女。それまで静かに生きてきた自分にとってやっと訪れた幸せと楽しいと思える時間だった。


花と珈琲が、好きな彼女だった。


彼女が淹れてくれた珈琲と自分が焼いたパン。いっ時は自分を見失い自暴自棄になっていた自分が、生きていて良かったと思わせてくれた時間だった。

彼女とも長く付き合いが続いた。

年齢も年齢だけに結婚も考え始めた。


ただ、些細な事からすれ違ってしまった。お互いの勘違いの様な物。どちらが悪いとかでは無く。余りにもお互いが依存していた為、逆に一つズレただけで元通りになる事が難しかった。


自分も彼女もその時は、そこまで考えずまたすぐに仲良くなれると高を括っていた。お互い好きなのは変わらなかったし。


その余裕が最悪の結果をもたらした。


2年前の1月15日。


気持ちがズレている時に彼女と自分の気持ちが、ぶつかってしまった。

そして自分は、きちんと向き合わずその場から逃げてしまった。


2年前の1月16日。


彼女は車を運転中、多重衝突事故に巻き込まれ…。


彼女は、自分の所に来る途中だった。

冬の雪が降る中、自分の所へ。


自分を責めた。昔の病気で亡くした彼女の事も急に蘇り、より一層自分を責めた。

自分が愛する人を失うのは、自分のせいなのでは…と。


あの時… もし。


後悔しかなかった。


ずっと後悔だけ…


病気で亡くした彼女を失った時から、精神的に不安定で、鬱とパニック症の症状が出ていると医師に言われ薬を飲んでいた時期もあった。それも解消されていたがまた事故で彼女を亡くし、より酷く症状が出る様になった。

激しい動悸、嘔吐、過呼吸、過呼吸による貧血状態、意識混濁。

鬱も酷く、死にたいと思う日々。

しかし食事も殆ど出来ない状態の為、死にたいと思っても体すら動かせない程、体力が落ちていた。

家族の勧めで入院。その後は長い期間、薬での治療。その頃は、死にたいとは思う事は無く、亡くなった彼女の為に必死に生きることを選んだ。彼女への謝罪と自分が抱えている後悔を忘れない為に。


毎月16日は、彼女の元へ。

毎月15日は、自分の愚かさを悔む日になった。


そんな過去を引きずり、愛する人を2人も亡くし、自分だけ…



カオリちゃんは、素敵な女性。

わがままの様で、相手を気遣い。

強引な様に見えて、優しく真っ直ぐ見てくれる。

おまけに綺麗だし、年齢の割には若く見える。

だからこそ、幸せになって欲しい。

こんな過去に縛られている男では無く。


男運が悪いと思っているけれど、それはカオリちゃんが優しいということ。

こんな酷い男に、振られたのだからもう男運は、悪くない筈。

別にマコちゃんを強引に、くっつけようとは思ってないのでカオリちゃんらしく、後悔しない恋をして欲しい。


まだ自分は、ケリがついていない。


もうすぐ今年も終わる。

年が明ければ、自分にとって辛く悲しく後悔が襲って来る日が…。



この街に戻って来て、ユウちゃん、カオリちゃん、マコちゃん…楽しい年だった。その反面、辛かった。楽しい日々を過ごす事が。


まだ自分自身のケリがつくまでは、楽しくても辛く思ってしまう。


せめて…全てが、落ち着くまでは…



after everything



第2章 終


bake 第3章


霜月。まさに字の如く霜が降り寒空に月が浮かび寒さが本格的に始まる時期。

そんな霜月も足早に過ぎ、次期師走を迎える。今年もあと1ヶ月ちょっと。

月日が経つのが本当に早く感じる。


まだ雪残る春の初めに、この小さな街にやって来て夏、秋、そして冬と迎える事になった。


複雑な思いが交錯する中、自分マコトには、どうしても確かめなければいけない事があった。

確かめないと落ち着かない、不安が増すばかり。

もしかしたら大した事では、ないのかもしれないが、ちょっとした違和感が残っていた。


でも、どうしたらいいのだろう。誰に聞けばいいのだろう、いや誰から聞けばいいのだろう。

とは言っても、カオリさんに聞くべき事では無いし。それ以上に、自分と話さえしてくれないだろうし。


やはりあの二人に直接訊いてみるしかない。


ユウさんには、この間会ったばかり。


アキさんには…凄く会いづらい。

でも、合わなければいけない様な気がする。それで自分が感じている違和感が解消される筈。


思い切ってアキさんに逢いに行った。

店では無く、夜 自宅の方に。


連絡もせず突然の訪問。

しかしアキさんは、あまり驚いた表情はせず普通に招き入れてくれた。


「すいません、突然。」


「大丈夫。…どちらかが、来そうな気がしてたし。」


どちらか…。自分かカオリさんの事だろう。アキさんは、わかっていたのか覚悟をしていたのか…。


「カオリちゃんにアレから会った?」

普通に、いつものアキさん通りの感じで訊いてきた。


「一度役場に行ってみたんだけど、顔見た途端、避けられました。」


「そっか〜。」

「で、今日は怒りに来た?カオリちゃんをあんな目にあわせてって。」


「いえ!カオリさんとアキさんの事に口を出す気は…無いです。ただ…」


「ん?ただ?」


「アキさんもユウさんも何か変です!

違和感を感じるんです。」


……


「自分は、カオリさんに振られた訳だしカオリさんだって自分だって、いい歳した大人なのに…アキさんにしろユウさんにしろ自分にカオリさんを見続けてとか、見守ってとか。まるで二人が居なくなるみたいに…。」


「そうだね。余計なお世話って奴だったね。マコちゃんだって色んな想いあるのにね。ごめんね!」

アキさんが自分に頭を下げながら言った。


「正直、アキさんが自分に遠慮しているのでは?っと思いもしました。アキさんが、カオリさん見続ければ済む事だし今までの様に。なのに…」


「俺が、本当にマコちゃんに気を遣ってカオリちゃんの事、あの様になったと思ってる?」


「無いと…アキさんはそんな人では、ないと…。でも何か気になって、自分がカオリさんに告白してから…こんな事になったから。」


「うーん。マコちゃんは、そこは気にしなくていいと思う。ただ意外と、何かが動くと周りも動く事は、よくある。それが意図的だったり偶然だったり。改めて言うけど、マコちゃんに遠慮してカオリちゃんの想いを断った訳じゃ無いよ。」


「はい。そうだと思うし、そう願いたいです。ただ…もう四人で楽しくは、無理なんですかね?」


「そんな事ないと思うけど。俺が、言える立場じゃないけど。さっきマコちゃんが言った様に、みんないい歳をした大人だから色々あっても良い付き合いは、出来なくも無いと思う。それぞれの思い方次第だけど。」


「アキさんは、どうしても駄目なんすか?カオリさんの事。カオリさん…凄くアキさん好きなんです。やっぱり…過去が…まだ引きずってるんすか?自分は、カオリさん好きなので幸せになって欲しいし、笑っていて欲しいんです。カオリさんには…」


アキさんは、無言のままだった。


言い過ぎたかなと思った自分だったが、色んな不安感を拭い去る為にも言っておきたかった。


「マコちゃんがカオリちゃんの事、想う

様に 俺も想う事がある。でもそれはカオリちゃんの事ではない。前にも言った様に、好きだけど上手くいくかどうかは別の話。」


アキさんが、ハッキリ言った。『カオリちゃんの事ではない』と。


ショックだった。


アキさんから聞きたく無い言葉だった。

同時にカオリさんの寂し気な表情が、頭に浮かんだ。


「カオリさんが…可哀想…です。自分じゃどうにもしてあげられないし…。

やっぱり、アキさん…が…。」


「あれ?俺とカオリちゃんの事には、口を出す気は無いんじゃなかった?」


わかってます。わかってますよ。そのつもりだったのに…。余りにも、カオリさんが…。


「マコちゃんは何故、自分じゃどうにもしてあげられないと思うの?好きなのに。何か言葉を掛け無くても、何か行動しなくても、その人の事を想うだけで

十分、力になってるかもしれないのに。

自信持ちなよ!マコちゃんはいい男なんだから。」


アキさんの言葉が痛かった。


振られたからと言って、早々と諦めてしまっていた自分を見透かされた様で。

自分は、結果を求め過ぎていたのでは?


アキさんやユウさんが言った見続ける事、見守る事は、そう言う事なのか…。


アキさんが、自分を呼んだ。


アキさんの寝室に。


前に見た、小さな仏壇。花が飾られ綺麗にされていた。

「この人がね、2年前に事故で失った人。大好きだった人。自分のせいで、事故に遭って…。だから簡単には忘れられない、というか忘れては…いけないと思ってる。」


花の横に置かれていた写真。綺麗な女性。

その写真を愛おしく、少し切なそうに見るアキさん。


何故か、アキさんを想うカオリさんの表情と重なった。

辛い過去、辛い生き方をしているアキさんを思うと…


あまり過去を語らないアキさんが、わざわざ話してくれて申し訳なく思った。


自分は、ただ自分自身の不安感を拭い去る事だけを考えていて…

信金さんの言った言葉。

『相手の気持ちを察する。』

まさに今の自分に足りない物だと思った。


話をしてくれて ありがとうございます、アキさん。

そしてアキさんの気持ちを察する事が出来なくて…ごめんなさい。


霜月の最後の満月が、冷たい空に浮かんでいた。


第3章 終


bake 第4章


アキさんに会いに行って…結果的に良かったのだろうか。自分が感じていた違和感の様なものは多少解消されたが、アキさんのハッキリとした想いを聞かされると辛いものがあった。


ふと、秋に行った温泉旅行を思い出し楽しかったあの時が、懐かしく恨めしく。

もうあの様な時間は、皆んなで過ごせないのだろうか。

カオリさんのキツいツッコミが、無い日々はつまらなく、寂しい。

カオリさんと恋愛関係にならなくても、また楽しくお酒を飲みたい。

アキさんとアキさんを見続けるカオリさんと、語り合いたい。

ユウさんとユウさんを慕う三人で、美味しい物を食べ、賑やかに過ごしたい。


自分が動けば、そんな状況をつくりだせるのだろうか。でもカオリさんには、避けられたし。

いや!避けられても、強引にカオリさんに会わねば!

アキさんにだって、会い辛い思いがあったのに強引に押しかけた自分なのに。


カオリさんに”グーパンチ”を食らう覚悟で。


…やめとこうかな、マジにパンチしそうだし。それも腰が入った重いパンチ。

痛そうだ…泣くかもしれない。


うーむ。一旦ユウさんに相談だな!


こんな状況でも、『ヘタレマコ発動』だなんて…情けない。


とりあえず、グーパンチを食らう事が無い電話で。 …でない。


まぁそうだろうな。じゃメールで。


(カオリさんらしくないっすよ!失恋パーティーやってあげるんで、飲みにでも行きません?)


ちょっと今のカオリさんには、キツい文章かな?でも殴られる事は無いし。


ええぃ!送ってやれ!

ポチッと…


……


返事ないですか。

メールでも避けられますか!


むぅ!強引に会いに行ってのグーパンチは、避けたい…。

なので、少し様子を見る事にしよう。

出来ればメールの返信、お願いします。


来ない。


寝るか…また明日メールしよっ!


あ〜、眠れない。


くそっ!もう破れかぶれだ!

殴られる気、満々で会いにいこう!

どうぞカオリ様、思いっきりやっちゃって下さい。そのかわり自分は、言いたい事 言いますからね!

カオリさんも覚悟して下さいよ!ふふっ


いや待てよ、もの凄いパンチ食らったらヤバイだろ!痛すぎて泣いちゃったら、その後カオリさんに言いたい事 言えなくなるかも。歯が折れたら、どうしよう。あー、口の中血だらけで…嫌だ〜!


寒さなのか、恐怖なのかブルブル震えてしまった。『恐怖ですけど。』


と、携帯が鳴る。


おもわず、「ひぃ〜!」と声が出る。


ん?メールの返信だ。

良かった〜。色んな意味で良かった〜。

自分の頬をさすりながら、返信を見る。


(マコのくせに!)


ん?それだけ?

もう、それだけじゃ怒ってるのか落ち込んでいるのかも、わからないんですけど…!


(その通りです。その自分が慰めてあげると言ってあげてるのです。どうです?悔しいでしょ?悔しかったら明日ユウさんの店、来たらどうです?)


開き直りと、らしくないカオリさんに対して強気にメールした。


……


結局その後、返信が来る事は無かった。


『ふふっ、カオリさん。自分の強気な姿勢にビビりましたね。』


とは思いつつ、しばらく眠れなかった。


恐怖と後悔で…。


完全に寝不足。まだ今日は、金曜日。

あくびをしながら仕事。

周りには、二日酔いだと思われ、上司にも嫌味と喝を入れられ。


夕方になるにつれ、ドキドキしだした。

大体、カオリさんは来るのかな?

返信も無かったし。

来たら来たで、ちょっと怖い。

どう話を切り出せばいいのだろうか。

そんな事を考えてたら…ユウさんの店に行きたくなくなった。

いやいや、行かねば!

カオリさんが来なくても、自分は行ってドンと構えて…。来るならこい!


ん?話が変わってきたか…呼んだのは自分だし、言いたい事あるのも自分だし。


仕事が終わりに近づくにつれ、手に汗を掻き出した。気のせいか手や足が震える。

『武者震いですな!』そう言い聞かす。


恐怖とアッサリ無視された場合の虚しさが重なり、体が色んな反応を…。


仕事が終わった。終わってしまった。


むぅ、行くか!行くしかないか。行かないといけないか。行き…たく…な、ダメダメ!行くと決めたんだから。


いざ、戦場へ!


そ〜っと[ピッグペン]のドアを開ける。ほっ!誰もいない。


「おー、早いな!」ユウさん。


「あ、はい。実は…カオリさんに今日ここで待ってると、メールして。来るかどうかは、分からないですけど。」


「ほぅー。」微妙な笑顔を見せるユウさん。


「あっそうだ!ユウさんの店[Pig Pen]って、どんな意味なんすか?」


気を紛らわせる感じで、訊いてみた。


「意味は無い。スヌーピー知ってる?あれに出てるキャラ。あまり出ないから知らないと思うけど。埃を吸い寄せるキャラらしい。何となくその名前が、引っかかっただけ。」


意外とあっさりとした答えだった。

ただ、ユウさんの口から『スヌーピー』が出てきたのは意外…。

ちょっとニヤけてしまった。


その時、ドアが開いた。


ニヤけていた顔が、一瞬で引きつった。


入り口近くで、仁王立ちの…カオリさん。自分も席を立ち、カオリさんの方を向く。


カオリさんが一歩踏み出したと思ったら、いきなり自分の襟元を掴む。

カオリさんは、表情一つ変えず…


ボコッ!


あまりにも急で、何が起こったかわからなかった。ただ自分は、床に這いつくばっていた。


ん?痛い…。


カオリさんの不意打ち。

見事な、グーパンチ!


拳が、見えませんでしたよ!

自分の想像を遥かに超えた、恐ろしい…

“グーパンチ”


痛かった、徐々に痛みが増してきた。

ただ、不意打ちだったせいか自分が想像していたより大丈夫だった。


「マコのくせに!」


メールで返信してきた言葉を今度は直接、声に出して言ってきた。


「カオリさん!今度は自分の番です。今夜は、トコトン付き合って貰います。言いたい事、言わして貰います。覚悟して下さいよ!いつまでもヘタレマコだと思ってた…ら…」


バコッ! 「痛〜っ!」


自分がまだ話してる最中、それもいい感じで。

なのに今度は頭をグーで、ど突く!


「うるさい!マコのくせに!」


また、それですか!

というか暴力は、やめましょ!

グーパンチを一度なら覚悟してましたが、それ以上は想定外です。勘弁して下さい。


「カオリ!もう、いいだろ?座れよ、とりあえず。マコちゃんも。冷たいタオル持って来るから」

ありがとうです、ユウさん。

ボコボコにされる前に、止めてくれて。


「ほらっ!言いたい事あるんでしょ!言いなさいよ!」


椅子に座り、そう強めの口調で言ったカオリさんだが…その目は、今にも…


泣き出しそうな…

悲しげな目をしていた。



第4章 終


bake 第5章


この小さな街に来て、初めて意識した女性。その人と仲良くなり楽しい思い出も出来た。そして時を共にするにつれ自分の中では、より意識する様になった人。


その自分にとって、より思い入れのある女性が悲しい姿で自分の隣に座っている。

何となく本来の姿を見たいが為に、勢いだけで呼び出したものの…。


久しぶりに声を交わし、ユウさんの店[Pig Pen]で会えたのに。

そんな悲しげな目をされると、何も言えなくなってしまう。言いたい事は、沢山あるのに…。


ユウさんは、気を遣ったのか奥の厨房に行ってしまった。

自分とカオリさんにウイスキーの水割りを出した後に…。


MACALLAN [マッカラン]の12年。


アキさんが、ボトルで置いていたウイスキー。

アキさんの好きなウイスキーを…あえて出したユウさん。


カウンターで、カオリさんと二人きりで暫く無言の時間が過ぎた。

カオリさんは、ウイスキーの入ったグラスを見つめ。

その様子を見たのを最後に、その日はカオリさんの顔を見る事は無かった。

自分もカオリさんの悲しげな目を見るのが辛かったし、顔を見ない方が お互い話易いだろうと思ったから…。


この店の主が居ないカウンターの棚を見ながら話をきり出した。


「やっぱり、つらいですか?」


「別に… マコは私にフラれた時、ツラかった?」


「…正直言うと、自分は告白するつもりなかったんで…つらいより恥ずかしいというか。」


「ふんっ!告白するつもり無いって言った割には、マサユキには言えるんだ!」


う〜む、痛い所 突かれた。

ただ、思ったよりカオリさんが話してくれて、少し嬉しかった。


「諦めてしまうんですか?アキさんの事。」


「やっぱ、馬鹿だね〜マコは…。諦められないから…ツラいのに。」


「やっぱり、ツラいんですね!」

カオリさんに突っ込んでみた。


「腹立つ!帰るよ!からかうなら。」


「駄目です!帰ったら。まだ終わってないし、グーパンチしたんだからもう少し居て下さい。」

じんわり痛みが出てきた左頰を、冷たいタオルで冷やしながら強気で言ってみた。


カオリさんは返事をしなかったが、水割りを一口飲んだ様なのでホッとした。

今、帰られると意味がない気がして。


「はぁ〜、なんでこのウイスキーだすかな〜。あのジジィ!嫌味だよね?」


はやくもユウさんをジジイと…。

厄介だ、早目に話を進めないと。

でも、何て話を続ければいいのか…。


「亡くなった人には、勝てないか〜。」


ボソっとカオリさんが、言った。


「まだ、2年位みたいだからアキさんにとっては、簡単にはいかないのでは?」


「なんかさ〜、月日とか関係ない気がする。多分、アキさんはずっと変わらない気がする。実はさ〜…私もさ〜何かアキさんと上手くいく自信は、なかった気がしてたんだ〜。結構前から。いつも違うとこ見てた気がしてたし、私が踏み込めないアキさんの世界があったのも、実感してたし…」


「あの、生意気かも知れないけど自分の考え、言っていいっすか?」


「ダメ!マコは既に生意気だし!」


あぅ!

そこは突っ込む所じゃないでしょ!

言わせてくださいよ〜。


「で?何?」


ぶっ、『ダメ』って言っておきながら。

言っていいのですね?言いますよ!


「自分が思うに、アキさんツラいんだと思いますよ。亡くした事もそうだけど、自分が愛した人がそういう運命になってしまった事に…。また、そういう事になるんじゃないのでは?的な。だから敢えてカオリさんにキツく言ったのだと…。」


「ふんっ。私がそんなヤワに見える?

私は、簡単には死なない。見る目ないんじゃないあのパン屋は。」


「ですね、全くヤワには…。でもアキさん自分に言った事があって、人生何があるか わからないって。それにカオリさんの事、ちゃんと見てましたよ!いいオンナだって言ってたし。ただのパン屋では無いですよ!」


「パン屋って言うなよ!アキ…さ…んの…こと…。」


声をつまらせながら…


自分がパン屋と言った事に…強く…涙ながらに反論した。


カオリさんがアキさんの事、『パン屋』と呼ぶのは愛情表現。


自分は、それでも真っ直ぐ前を見ていたが…カオリさんは、泣いて…泣き崩れたのを横目で感じていた。


ユウさんが、やっと出てきてカオリさんの前にティッシュの箱を置いた。

何も言わないユウさん。

静かに自分のグラスにウイスキーを入れ

ロックグラスにもウイスキーを注ぎ自分のグラスに軽く当て、ユウさんがそのロックグラスに入ったウイスキーをストレートで飲み干した。


自分が、グラスに入った水割りを飲み干したぐらいに、


「マコ…帰るから、送って?」

意外にもカオリさんが、そう言った。


「はい」とだけ言ってユウさんの店を出た。


何も話す事無く、カオリさんの2、3歩、後ろを歩き…。


今、自分にとって一番大事な女性の背中を見ながら…どうか幸せになってください。


そう思った時、ふと思い出した。

以前、アキさんがくれた革のキーホルダーとプレッツェル。


キーホルダーに彫られた

『幸せを運ぶフクロウ』

独特の形のパン

『祈りの姿のプレッツェル』


まさに今その気持ち、そのまま。


無言のまま、カオリさんを家まで送った。

カオリさんは、自分に軽く右手を上げ…


右手を上げてくれただけで、安心した。

会って良かったんだよなと、思いながら。


ユウさんは、何故アキさんのウイスキーを敢えて出したんだろう。何も語らなかったユウさんも気になった。次から次へと考えれば考える程、色んな事が気になった。

雪が降りそうで降らない、師走の初めの寒空の様に懐疑だった。



第5章 終


bake 第6章


12月。師走…何故かこの月は、過ぎるのが早い。走るという漢字がこれ以上ない程、あてはまる月。ただでさえ年末で慌ただしいのに、クリスマスやら冬休みで浮かれる時期。

自分もいつもとは少し違う会社の仕事で、年の終わりの月を実感する。

今年、お世話になった方への挨拶回りや来年の年明けに向けての準備など。

それに加えて、忘年会。

12月に入ってから既にクリスマスムードになり、動き回っているうち 知らぬ間にクリスマスを迎えようとしていた。


少しは、カオリさんと仲良くなれた気がするが、流石に四人で楽しいクリスマスを過ごす事は難しそうだった。


一度ユウさんと話をしたが、今年のクリスマスは店を休み、奥さんと出掛けるらしい。色々あったユウさん夫婦。大学生になった息子さんが、仲良くいて欲しいとの思いで一泊旅行をプレゼントしたそうだ。

クリスマスは、それぞれが色んな想いで過ごす事になりそうだった。


静かなクリスマスイブ。


自分がクリスマスイブに何も予定がない事を知っていた、会社の同僚が飲みに誘って来た。あまり気乗りしなかったが、その同僚は年明け1月いっぱいで会社を辞める。前からわかっていた事だが、自分がこの街に来てから一緒に仕事をやってきた同僚。実家が酪農をやっていて牛やら馬やら飼っている。その実家を継ぐ事になった。実家は隣町。会えない事は無いが農家、特に生き物を飼っている農家は大変な事も知っていたので、付き合う事にした。

クリスマスイブに独り者同志、楽しむ事にした。クリスマスという事で焼き鳥屋で一杯やり、意外と空いていたスナックのハシゴ。まぁ、いい気晴らしには なった。


冷たい風が吹く中、一人歩いて帰る。


たまたま帰り道にアキさんの店[After -eve ]が近くにあった。道路を一本挟んだ所だった…が、その位置からでも見覚えのある赤い車が見えた。

ライトを点けたままで。

目立たない様、そっと近づく。


お店の入り口で、アキさんとカオリさんが何やら…立ち話をしていた。


あまり近づかなかったので、流石に二人の表情や声は、わからなかった。

ただ前の様な感じには見えなかった。

カオリさんが泣いてる感じも無く、割と普通に会話してる雰囲気。


もう夜も大分更けてきて気温も下がりお酒を飲んだ自分でさえ、身震いするほど寒かったが二人は何事も無い感じで話をしていた。

と…。


アキさんがカオリさんを抱きしめた。


驚いた自分。

別に嫉妬した訳じゃない。

アキさんの感じからカオリさんを受け入れる事は、なさそうだったのに…

アキさんの方からカオリさんを抱きしめた事に驚いた。


カオリさんに頼まれたのかな?


でもカオリさんの仕草から、そうは見えなかった。

カオリさんとアキさんが抱き合ったまま…。


自分は、そっとその場を後にした。


抱き合ったまま、動かない二人を見ていると正直…嫉妬する自分も…

色んな想いがある自分の胸の内だが、その時は何も考える事は、やめた。



クリスマスイブの夜。カオリは、迷っていた。吹っ切るはずが…マコと話をしたせいで…

もう一度だけアキさんに気持ちを伝えたい。それでもダメなら忘れようと。

クリスマスイブの日に、言うべき事?

でも正直今年のクリスマスは、何も無い普通の日と同じ。散々、迷った挙句アキさんに会いに行った。

もう、あと一時間位でイブも終わる時間に…。


こんな時間なのに店の中に明かりが、少し付いていた。窓越しにアキさんが、忙しなく動いていた。車のライトを点けたままだったので、その灯りにアキさんが気付き外に出て来た。


「ごめんなさい。こんな夜に。」


「大丈夫だよ。色々やる事あったから」


「時間とらせないから…やっぱり私じゃダメ?これが最後、だから…。」


一度だけ、頷いたアキさん。


「待っていたい…これは私の意思。アキさんには関係ない」


「うーん。そう言われると何も言えない」

困った顔のアキさん。


「マコがね…、私の事…アレなんだけど、私は断った。でもマコは私の事、見続けて気に掛けてくれてる。だから私もアキさんの事、見続ける。私はワガママで自分勝手だから…アキさんが何と言おうと…。」


「まだクリスマスイブだよね?過ぎたかな?まっいいか。メリークリスマス」


そうアキさんが言って…


私を抱きしめた。


声が出なかった。私の方から抱きつく事は、今迄あったけどアキさんからは初めてだった。

涙が…出てきた。嬉しいのに。

私も思いっきり抱きしめた。コートを着ているのにアキさんの鼓動を感じる程、強く強く抱きしめた。


何故、アキさんが突然抱きしめたのかは関係ない。私の気持ちに応えた訳じゃ…それでもよかった。一瞬だけでも、あんなに遠く感じてたアキさんに近づけた。


たとえこれが最初で最後でも…

私は、自分の想いを全て伝え 後は、もう私がするべき事は一つだけ…


『待ってます。アキさん。』


雪も降らないクリスマスイブ。

冷たい風が吹いているクリスマスイブ。

でも、おかげで澄んだ夜空に星が輝いて…そして…


イブが終わりクリスマスを迎えた。


第6章 終


bake 第7章


12月25日を過ぎると流石に、この小さな街もそわそわ感が出てくる。

いつもより買い物に出て来る人も多いし、家の周りを綺麗に掃除したり。

最後の一週間は、落ち着きがまるで無い様子。こんな小さな街でも。


色んな事があった一年。楽しい事も苦しい事も。新たな職場で多くを経験し、沢山勉強させてもらった。

どちらかというと、楽しい事が多かった一年だったが…


最後の最後、クリスマスイブの夜は…。


嫌な思いでは無い。悲しい訳でも無い。

ただ…少し微妙な、気持ち。


やっぱり自分は、カオリさんが好きなんだと実感させられた気がした。

クリスマスも皆んなで会う事が出来ず、このまま年を終える寂しさも重なり。


30日から実家に帰省するので、年越しも皆んなに会う事も無いし。せめて今年最後くらいは、皆んなに会いたかった。


そんな時、珍しくアキさんからメール。


(マコちゃん帰省するんでしょ、正月。じゃあ、帰る前に皆んなで会わない?)


皆んな⁈


カオリさんもかな?と、言うことは…


ん?もしかしてアキさんと上手くいったのかな?とりあえず返信する。


(皆んなって、皆んなですかね?勿論、自分は大丈夫ですけど。)


(皆んな。ちょっと面倒なお嬢様が、いるけど俺が何とか引っ張ってくるから)


面倒…。また微妙な言い回しを。

でもアキさんとカオリさんは、何とか上手くいきそうって事ですかね。


29日、昨日で今年の仕事も終わり今日は朝から部屋の片づけ。実家にお土産も買い帰省の準備を終わらす。

よし!今日は、思いっきり飲んで久々に四人で楽しむぞ!

夜、ユウさんの店[ピッグペン]へ。


[本日、貸切!]


入り口のドアに紙が貼られていた。

ユウさん頑張ったなぁ〜。まだ今日ぐらいは稼ぎ時だろうに。

店に入る。誰も居ない。

奥からユウさんの声が。

「ご馳走作ってるから、ちょい待っててね。アキたちもそろそろ来ると思うし」


既にテーブルには、料理があるのに。気合い入ってるなユウさんも。

ユウさんも席に着き、少し話ながらアキさんたちを待つ。

カオリさん来るのかな?と思ってたら

ユウさんが、

「ん〜遅いな。カオリ渋ってるのかな?」


「どうなんすかね?あの二人。」


特にその言葉に、何かを言う訳ではなく首を少し傾げるだけのユウさんだった。


カラ〜ン と音がしてアキさんが入ってきた。アキさんだけ?と思ったらその後からカオリさんも入って来た。恥ずかしそうというか照れくさそうという表情をしながら。

店の真ん中に置いたテーブルに、四人が席に着いた。

久しぶりだ。ただ素直に嬉しかった。

ユウさんが、冷蔵庫からシャンパンを出してきて音を出しながら栓を開けた。


「クリスマス過ぎたけど、折角だからさっ!」と言いながらシャンパンを注ぐ。


シャンパングラスでも無くワイングラスでも無く、ロックグラスに。


「シャンパングラス無いの?せめてワイングラス出してよ〜。気分出ない。」

カオリさんの初めての声が、グラスに対する愚痴。


「クリスマス終わったんだから気分なんて関係ないだろ。ワイングラスは洗うの面倒だから。飲めればいいんだよ!」

ユウさん…飲み屋のマスターが言うことでは無いと思いますが…。


いつ以来だろう、四人での乾杯。

自分の今年の色んな思い出には、必ず四人での乾杯があった。またこうやって乾杯出来るなんて。


「今年、一年お疲れ様でした。マコちゃん!この街に来てくれて俺達に付き合ってくれてありがとう。カオリちゃんも、まっ、色々あったけど仲良くしてくれてありがとっ!ユウちゃんも、ん〜ん〜まぁいいや。ありがと。じゃ乾杯!」


珍しくアキさんが乾杯の音頭を。


「かんぱ〜い!」皆んなの声が店内に響いた。

アキさんが、改めて『ありがとう』なんて言ったので、自分も思わず、

「こちらこそありがとうございました。

こんな、よそ者の自分を温かく相手して貰って。おかげで楽しい一年でした。来年も宜しくお願います。」


「なんか、キモっ!マコが真面目に話すとキモいんですけど〜!」


久しぶりにカオリさんのキツいツッコミを食らったが、ちょっと嬉しかった。


ユウさんの美味しい料理を食べ、四人で飲む楽しいお酒を飲み最高だった。

アキさんが持ってきた物を出す。

パン。アキさんのパン。

少し捻れた形のパンだった。

「なんか綺麗な形。花っぽい。何て言うパンなの?」

カオリさんが訊いた。


「クノーテンと言うパン。バターと砂糖が少し多い甘めのパン」


「何か、意味あるんすか?このパンには。」意味の無い物を作らないアキさんなので訊いてみた。


「クノーテンの意味が『結ぶ』。だから生地を結んで作るパン、それだけ。」


アキさんが答えてる最中に自分とカオリさんは、既にパンにかぶりついていた。


「うまっ!少し甘くて、んっ細かいアーモンドみたいなのが入ってます?」


「うん。シナモンとか入れるのもあるんだけど、今回のはアーモンドパウダーと細かくしたアーモンドをアクセントにして入れてみた。」


「美味しいっす。」


「マコさ〜、今年一年アキさんのパン、食べて来たのにさ〜。美味しいに決まってるでしょ!当たり前の事、言わないでよ!」


その通りです。アキさんのパンを食べる度に感動した一年でもあった。


楽しい時間は、あっという間。名残惜しさしか無かった。

アキさんが、

「マコちゃんさー、カオリちゃん送ってくれる?」


へっ?自分が…ですかね。


「アキさんが、送って〜」カオリさん。


「ごめん、ちょっとユウちゃんに用事あるから」


「え〜、じゃ〜用事済む迄待ってる。」


「ごめんねー。大事な用事なんで。そういう事なんで、マコちゃん頼むよー」


そう言われたら…カオリさんも渋々帰る事に。

帰り際、アキさんが自分に、


「気をつけてね。カオリちゃんの事、頼むよ!」と、肩をポンと叩かれた。


帰り道

「何か、今日のアキさんいつもと違ったような…何かありました?カオリさん」


「あった!…って言いたいけど。ない。久しぶりに皆んなで会ったからアキさんも嬉しかったんじゃ?」


「アキさんとは…少し距離、縮まりました?」

「わからない。でも信じるしかないかな?上手くいくって。」

「頑張って下さい、カオリさんらしく」

「何?マコは、もう私の事 諦めたの?ん〜それはそれで何か悔しい。」

「悔しいって。じゃもう少し粘りますかね?」

「ストーカーだ!助けてください〜」


結局、からかわれるのがオチなんですよね。


「明日帰るの?気をつけてね。…ありがとねっ、今年一年。良いお年を。」

らしくない言葉を残し、カオリさんは家に帰った。


翌日。

来年も宜しくと、この小さな街に言い残し自分もこの街を出た。


平穏に実家でお正月を過ごし、また今年もお世話になるこの小さな街に戻って来た…。


雪が…ぼたぼたと降り、やがて雪が雨に変わった。冬なのに…雨って。


自分にとって…雨は…。


何日か前まで居た所なのに…何故か初めて来た街の様に、なにかが…変わった様な…。


第7章 終


bake 第8章


景色は、すっかり雪景色。なのに季節外れの雨。道路は雨のせいでシャーベット状の雪になっていた。年明け早々、気まぐれな天気に悩まされる。


早速、新年の挨拶とお土産をと思いアキさんの家に行った。

しかしアキさんの車が無かった。店の前は、車の跡も足跡さえも無く薄っすら積もった白い雪を雨が溶かしていた。


お正月から何処かへ行ったのか…と思いユウさんの所へ。

夕方に差し掛かる時間だったが、ユウさんは店に居て掃除をしていた。

ユウさんに新年の挨拶を、

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」


「おめでとう、こちらこそ宜しく。」


「今日から店、開けるんすか?」

ユウさんにお土産を渡しながら。


「おっ、わざわざありがと。店は、明日から。掃除しないとね。」


「アキさんは、何処か出かけてるんすか?」


「ん〜、みたいだね。暫くは…居ないかな?」少し、歯切れの悪そうな言い方でユウさんが言った。


しばらく…か〜。


「用事あった?アキに。」

「いや、お土産を…」

「そっか」

「ちなみにカオリさんの分もあるんだけど…うーん。」

「なに?連絡すればいいじゃん。居ると思うよ、カオリは。」


何と無く年明け早々、カオリさんに連絡する事に、戸惑っていた自分。

やはりクリスマスイブの夜から、何処か遠慮気味になっていた。


「カオリ?あっおめでとう。今、何してるの?店にマコちゃん来てカオリにお土産持って来たらしいぞ!ん?あ〜わかった。」

ユウさんが勝手にカオリさんに電話した。

「来るって!貰えるものは貰うとさ」


意外と早くカオリさんが来た。

「うぃっす!おめでと。今年は、『へタレマコ』卒業しなさいよっ!お土産は?」


「そんな事言う人には、お土産は渡しません!」


「あっそぅ!別にいいけど。新年早々、マコと会うのが最後になりそうだね」


「あぅ。また、すぐにそう捻くれるんだから〜。はいどうぞ、今年もよろしくお願いします。」


「ありがと!こちらこそよろしくお願いします。」


「ねぇ、ユウさん?アキさんいつ帰って来るの?」

「さぁー暫くは、ゆっくりするらしいし」

「何処行ったの?」

「姉夫婦の所って言ってたかな〜」


「あ〜ぁ、初詣、一緒に行きたかったなぁ〜。さっ!貰う物貰ったから帰るかな!」


「もう帰るんすか?」


「帰る。さすがに正月は、お酒飲み過ぎたから今日ぐらいは、ゆっくりするかな。アキさん帰って来たら遊んであげるわよっ!」


「うわ〜、すげ〜上からですね。」


「そりゃそうでしょ。コクってきたへタレと同等にしないでっ!」


「あぅ!新年早々キツいなぁ〜」 笑)


この街に帰って来た時に感じた変な違和感は、勘違いだった様にユウさんとカオリさんと楽しく話せた。


冬に雪ではなく雨が降ったのに、何も無かった。

去年は、何かあるたび雨が降っていたのに…。


正月休みも終わり、今年の仕事が始まった。


ただ、まだアキさんは帰って来なかった。


年明けの仕事。それはそれで何かと忙しかった。

そんな中、メールが…


(ねぇ、アキさんまだ帰って来た気配ないんだけど…大丈夫かな?)


カオリさんが心配になって自分に。


確かに、年が明けてもう一週間以上経っている。でも、何かあればユウさんには連絡行くだろうし。

もう少し様子を見るしか出来なかった。


ただ変わらない日々が続いた。


もう15日。


15日と16日は、アキさんにとって大事な日。おそらく亡くなった彼女の所へ毎月、毎月行っているのだろうと勝手に思っていた。明日が過ぎれば…多分アキさんは、戻ってくる。


1月17日。


カオリさんが電話してきた。半分泣きながら…。

「何で?なんで、帰ってこないの?ねぇ、マコ?」


自分にそう言われても…でも気持ちは、わかったというか自分も同じ気持ちだった。

アキさんの店へ。

お店の駐車場が、雪ですっかり埋もれていた。何か…嫌な感じがして、その場で茫然と…。


「マコちゃん…」


カオリさんが来た。

やっぱり二人とも気になってしまい、ユウさんの店へ。

勿論、まだ店が開く時間では無い。

ドアも閉まっていた。カオリさんが電話してユウさんに開けてもらった。

暗い店に入ると同時にカオリさんが、


「ねぇ!変だよ。何か知ってるの?アキさん何処なの?ねぇユウさん!」


ユウさんは…


静かにテーブルに積まれていた椅子を下ろし…自分らに座らせた。


「アキは、…もう帰って来ない。」


えっ、何を言ってるんすか?ユウさん!

カオリさんも突然の事で、声がでない。


「実は前から、アキには言われていた。まだアキは、ツラいって。もう少し一人で、色々整理したいって。年明け早々、マコちゃんとカオリに言うのは悪いから、少し後で言ってくれって。」


「でも…帰ってくるんでしょ。そのうち帰ってくるんだよね?」


カオリさんがユウさんに詰め寄りながら。


「わからん!それは、アキ次第!」


カオリさんは、それ以上ユウさんを責めずに店を飛び出した。

自分は、ユウさんに詳しく話を聞きたかったけど

「マコちゃん。カオリ…頼む。アキも、そう言ってた。」

ユウさんも凄く辛そうだった。


とりあえず、自分も店を出た。

カオリさんは、とっくに居なかったが

行き先は…


[After-eve ]


膝下まで積もってる雪を進み、店のドアと自宅用のドアを開けようとするカオリさん。開かないドアを目の前に、茫然としていた。

何かを…つぶやきながら。


自分は、店の窓を覗いた。


キレイに並べられていた、革製品もパンが並べられていた大きめなダイニングテーブルも…何もかも、無かった。


あまりの光景に、自分もカオリさんさえも…感情が出ない程。ただ立ち尽くすだけだった。


『何故?なぜ何も言わずに…アキさん。

…ひどいですよ、アキさん。』


壁際の雪の中から、ボードが見えた。

おもむろに取り上げた。


「本日のパン 売り切れました。」


と、書かれたボード。

とても見覚えのあるボード。

このボードで、何度アキさんのパンを食べ損なった事か…。


ボードの裏に、何か描かれた痕が。

掠れた文字を目を凝らして…。


「何、見てるの?」カオリさんが感情を無くしたままで訊いてきた。


「何か、書いてありますよね?A.f.t.e…rかな?」


「After-eve でしょ!」


「いや、でも何か長いんですよね?After e.v.e…ん?y.t…hin…g?かな?」


「何?もう一回言って!」

カオリさんが、白く積もった雪に書き出した。

「eve ything?かな。変だな、ちょっと調べます。」

スマホで似た単語を調べようと…。


『everything』


「『After-everything』ですかね?えっと直訳すると…『すべての後』かな?」


「えっ、これが本当の店の名前とかですかね?」


「第2候補じゃない?私には「イブの後』って意味って言った様な…」


「え〜!自分には、アフタヌーンからイブニングの営業時間だって…」


お互い目を合わし…


「やられましたね。二人とも。」


「く〜っ!最後の最後まで騙しやがって。あのパン屋め〜!」


「やっぱりただのパン屋じゃないって事で…」


「コラっ!マコのくせに、パン屋って言うなよ!アキさんの事。」


……


カオリさんは、一人で歩き出した。

すぐに振り返り、

「行かないの?」と訊くカオリさん。


「何処?」


「ユウさんとこに決まってるでしょ!

パン屋の悪口、言いながら飲むの!行かないの?別にいいけど。」


「…行きます。お供します。とことん」


[After-everything]の店の前には、自分とカオリさんだけの足跡だけが残っていた。いつまでも…。


第8章 終


Bread was baked



この街に来て初めて仲良くさせて貰い、間違いなく自分の人生に影響を与えてくれた…秋本 アキさん。

去年の終わりから既にアキさんは、街を出ていた。

自分がこの街に戻って来たあの日。

雪が雨に変わった日の朝早くにアキさんは一度戻り、ユウさんに最後会い そして…。

やっぱりあの雨は…。


人が居なくなった建物は、すぐに傷みだす。小洒落たアキさんの店も、あっという間に只の空き家になっていた。

自分は勿論、カオリさんも暫くは…辛く寂しく、悲しい日々だった。

今になって考えてみると、秋の終わり頃からアキさんの態度が違ってたかもしれない。急に冷たく厳しい態度で、カオリさんに向かい合っていたし。

妙に自分にカオリさんの事、見続けて欲しいだとか。

最後の年末に会った時も、帰り際『カオリさんの事、頼むよ!』とか。


勝手です!アキさんは。


あの時が、最後だったと思うと…もっと。色々、話したかった。

カオリさんを悲しませて…イブの夜は、何だったんですか?

最後の思い出?可哀想です、カオリさんが…


「ねぇ?マコっぺ。もしかして私が可哀想とか思ってないでしょうね!」


えっ。声に出ちゃった?いや、心を読まれた?


「単純だから、へタレマコが何考えてるのか、すぐわかるの!」


「ショックは無いですか?意外と何か…大丈夫そうみたいだけど。…実はイブの夜、見ちゃったんですけど」


「さいて〜!やっぱり覗き魔だったか。キャンプの時も覗いてたしね!」


「てっきり、アキさんと上手くいくものだと…」


「そんな簡単に行く訳ないでしょ!

大体、アキさんがいきなりハグするなんて普通じゃないでしょ?エロマコとは違うのだよ!」


「じゃ予感は、あったんすか?」


「ん〜、暫く時間が掛かるのは、覚悟したけど…。まさかね〜逃げ出すとは。」


「逃げ出した訳じゃないでしょ?アキさんの優しさじゃないすか?」


「逃げたの!パン屋は、私から逃げたの!あー勿論、根性無しのアンタからも逃げたの!」


「残念だなぁ。会えないのも寂しいけど、アキさんのパンが食べられない事が。」


「ねぇ、最後のパン。名前覚えてる?」


「えー、えーっと。忘れました。確か『結び目』と言う意味だった様な…」


「はぁ〜使えないね〜相変わらず」


「調べます。結び目のパン。これだ!

えーと、[クノーテン]」


「結び目かぁ〜。友情を結ぶとか?キモいなぁ〜。あのパン屋が考えそうな事だわ。」


「カオリさん!言い過ぎですよ!良いじゃないすか。好きですよ、自分はそういうの。愛を結ぶ意味かもしれませんよ?」


「…もぅ。素直じゃないんだよね!パン屋は、そうならそうと言えばね〜。

あー!もうっ! 一回くらい…夜を共にしたかったなぁ〜。

そしたら…もぅ虜よっ!」


「ぶっ!あの言っちゃいますけど、そういうとこですよ!カオリさんのダメな所。」


「うるさい!マコ、鼻血でてるよ!」


「マジっ!いや、出てないっすよ」


最近は、こんな感じでユウさんの店で過ごす。やっぱり寂しいですけど。


2月も半ばになり、寒さがより一層厳しい時期。仕事が終わり家にいると。

いきなりカオリさんが来た。

「はい!義理!義理チョコ。あくまでも義理です。勘違いしないでね。アキさんに渡せない辛さをマコで誤魔化す。」


「何ですか?誤魔化すって。ありがとうです。有り難く頂きます。」

「どうせ、義理チョコすら貰ってないんでしょ?」

「いやいや、意外と貰えました。仕事先とかユウさんの親戚の飲み屋の娘とか」


「ちぇっ、なんだよ〜お金、無駄遣いした。返して〜自分で食べるから。」


「イヤです。自分にとって大事なチョコですから…」


「…あ、はいはいどうぞ。じゃあね〜」


義理なのは重々承知です。

でも嬉しいんです。ありがとうです。



寒く厳しい季節が終わった。


自分もこの街に来て一年が過ぎた。

まだ一年しか居なかったのかと思う程、色んな事があり濃密な一年だった。


春になり仕事も忙しく。

ただそんな中、ユウさんから連絡が。

(今晩、店に来い!用事があっても来い)

珍しく強引なメール。


仕事終わりユウさんの店[ピッグペン]へ。

[本日、貸切!]

えっ、何だろう。

中へ入ると、

「まぁ座れ。カオリが来てからな!」


怪しげなユウさん。


「何〜?もう忙しんだけど。」


そう言いながらカオリさんが来た。


「えっへん!えー、いいかな?」

ユウさんが、何故か気合いを入れ。


「ジジイなんなのよ!離婚したの?ま、まさか子供出来たとか!」


「うるさい!黙って聞け!

手紙が…来ました。アキから。」


自分もカオリさんも思わず息を飲んだ。


「それぞれに宛てて書いてるから、自分で読んで!俺は、もう全部読んだ」


カオリさんと目が合った。お先にどうぞと手で合図し、カオリさんに先に読んで貰った。

……


カオリさんは、笑顔で一生懸命読んでいたが…ずっと涙を流していた。手で涙を拭いながら…でも笑顔で読んでいた。


そっと手紙を自分に渡した。


何故かドキドキしながら、手紙を読んだ。


“ マコちゃん こと 田辺 誠 様へ

マコちゃんが来て、俺も少し変われた。真っ直ぐで真面目だからマコちゃんは。でも、まだ俺は弱い人間だからもう少し時間が掛かると思う。許してね、逃げちゃって。そのマコちゃんの真っ直ぐで真面目な所を大事にして、楽しい人生を歩んで下さい。真っ直ぐな所は、カオリちゃんと合いそうだと思うけどなー。

もしかして、もうそうなったかな?

遠慮しないで、もう一度ぶつかってみたら?

意外と、推しに弱いかもよ?カオリちゃん。ちなみに以前プレゼントしたバッグ。花の模様を入れたの覚えてる?あの花は、“ツキミソウ”をイメージしたもの。

花言葉は、『無言の愛情』。だからカオリちゃんにも同じ花を…。ただ、もう一つ『移り気』の意味もあるので…頑張れ〜!

ありがとう。いつかまたマコちゃんとカオリちゃんの為に、パンを焼く日が来る事を信じて… 秋本 歩 ”


手紙には、一枚の写真が入ってた。


白波が打ち寄せる砂浜。その砂浜と平行に真っ直ぐな道路が一本。

他に何も無い所に一軒、道路沿いに白い建物があった。何処かで見た建物。


[After-eve ]そのまま。


アキさんは、また美味しいパンと素敵な革製品を作ってるんだと…。


写真を見ていると、

「マコト、何飲んでるの?」

「マッカランの12年。カオリは、何飲む?」

「じゃ私も、同じで…」


アキさん。カオリさんとお付き合いする事になりました。

自分が一番ビックリしてますけど。

カオリさん曰く

バレンタインの義理チョコをあげてから、何故か意識し出したそうです。

本人は、『気の迷い』と言っています。今でも…。


アキさんの店

[After-everything]探して絶対に行きますからね。最愛の女性と一緒に。

逃げないで下さいよ!




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