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After-eve   作者: 本宮 秋
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Bread making

mixing 第1章


山に囲まれた小さな田舎街。

これといって名物も観光名所もない、静かな街。


住宅の立ち並ぶ道路の角に、真っ白な漆喰風の壁の建物がひっそりと佇んでいる。

入り口のドアの上に、ひときわ目立つアルミで作られた看板が、青白い光をはなっている。

「After eve」

それだけ、描かれた看板。

シンプル⁈というか、素っ気ないだけのお店。


ただ… 何故か素っ気ない店に反して、いい香りが…。

パン?

パン屋さん?ケーキ屋さん?

地方のスナックに、ありそうな黒っぽい地味な扉を開けてみる。


匂いとは関係ない物が、まず目に飛び込んだ。

…革の鞄。

ん? 戸惑ったの一瞬だけだった。

何気なく並べられた、革のバッグ。革の財布。革の小物。その先に、やはり香ばしい匂いの物が並んでた。

いい色に焼きあがっているパンがアンティーク調のダイニングテーブルに、並んでる。

何故、パン屋さんなのに革製品が入り口近くにあるのか…

んんっ?

1番奥に何やら道具やら機械らしきもの。

パン屋さんだけでは、ないのか?

革製品も作ってる店なのか?

何故に、革工房とパン屋さんを一緒にやってるのだろう。そんな事を考えながらパンが並んでるところに。近くに寄るとパリパリとパンの表面から聞こえる。焼き上がったばかりのパンだと誰もがわかるほど熱さが感じられるパン。

少し暗めの店内だけどパンには、しっかり明かりが照らされてより美味しそうな感じがする。


奥からカツカツと足音が聞こえて、全身黒っぽい格好の男性がバケットを運んできた。

「いらっしゃいませ」

忙しそうにバケットを並べながら…。


何故か、少し恐縮してしまい

「あっ、どうも。」

「パン屋さんだったんですね。」と、きりだしてみた。

「ええ。まぁそうです。色々ですけど。」

店主らしき人が応えてくれた。


色々⁈ あ〜そうか。革の鞄!


「革製品も売ってるんですか?」


「まぁ、趣味程度の物ですけどね。」

少し笑顔で、そう応えてくれた。


「すいません、はじめ何の店だかわからずに。

店の名前からも想像できなくて…でもなんかパンの様な匂いしたんで 入ってみました。」


「すいませんでした。あまり店の事わかる物、外に置いてないので。よく言われるんですけど」 店主らしき人。


「ちなみにお店の名前。なんか意味あるんですか?」 少し舞い上がってついつい聞いてみた。


「あ〜それもよくきかれるんですけど。大した意味では… [アフターイブ] 午後(アフタヌーン)から(イブニング)までの営業って事で。」

「パン屋なのに午後から夜ってやっぱり変ですかね。」店主らしき人。



少し変わった人?というか変わったパン屋さんだな。と思いながら焼きたてのパンの香りに、やられてしまいそうになっていた。


第1章 終


mixing 第2章


数日後「after - eve 」のパンの美味しさに、すっかり虜になってしまった自分。

他のパン屋さんの様に沢山の種類がある訳でもなく、シンプルなパンばかりではあるけれど1度食べてしまったらまさにやみつき。

フワフワ、しっとりの食パン。カリっとして顎をガシガシ動かしつつ、止まらない美味しさのバケット。シンプルだからこそパン其の物の味が、わかる感じ。最近、こんな感じをあまり感じる事無くパンを食べてたな〜と思う。1つ残念なのは、カレーパン好きの私にとってカレーパンがない事。

確かにカレーパンは、あまりあの店には合わない感じなので仕方ないか…。

改めて思うと、パンだけでなく革製品も今頃になって気になってきた。

パンに夢中で素通りだったけど、のどかな田舎の街に革製品を売ってるのも、珍しいので余計に気になる。値段くらいチェックしとけば良かったかな?やっぱりいい値段するのかな?手作りだし。

まぁ、今度見るだけ見てみようと思う。


次の日。

仕事が早く終わり、「after-eve」に足を向けた。仕事が早く終わったといえ、もう夕方。日も暮れてきた頃。今迄は休みの日に来てたので、パンを買う事が出来たけど。流石にこの時間では、もうパンは売り切れてるかな?沢山焼いてる訳では無さそうだし、あの美味しさなので街の人もわかってるはず。お店の前に車がズラリと並んでる時も見かけた事あるし。

パンが売り切れていても革製品でもチェックでもしようと思い、いざ「after- eve」へ。

ドアの入り口に何かある。


[本日のパンは、売り切れました]


と、書かれたボードが置かれてた。

「あちゃ〜」

まぁ やっぱりか…仕方ない。

せっかくなので顔だけ出して、革の製品みてこよ。

「今晩は〜」

まだ2回しか来てないのに、常連気分で挨拶しながら入ってみた。

ん?

革製品があるので革の匂い、微かにパンの香り、それと…コーヒー⁈の匂い?


「いらっしゃい」と言った店主の手には銀色のケトル。誰もお客がいない中で、ゆっくりとペーパードリップで、コーヒーを落としていた。

「パン売り切れちゃったけど…」店主。


「あは。そうみたいですね、残念。」

「せっかくなので革の製品見ていいすか?

見るだけですけど。」


「どうぞ、大した物じゃないけどね。

あっ…コーヒー飲みます?」


まさかのコーヒーのお誘い。なんか嬉しくて即

「いーすか。飲みたいです。」

つい、言ってしまったけど図々しかったかなと反省。

コーヒーを頂く。うは、いい香り。

「いい香りですね。コーヒーも詳しいのですか?」


「いえ、たいして。好きなだけです。たまたま高い豆を貰ったので。高い豆は香りがいいですよね。」店主。

仕事終わりに、高級豆のコーヒー。

…しみます。

誰もいないせいか、少し色んな話をしつつ

ゆったりとした時間が過ぎた。

突然、店主が

「お酒は飲みます?」


「飲みます。何でも。」

その言葉に少し笑みを浮かべながら、

「まだ、この街詳しくないでしょ?友達が飲み屋やってるんで軽く一杯いきません?

飲み屋とかは、なかなか1人だといきづらいでしょ。」


うは〜有難い。確かに田舎の店だからこそ、敷居が高いというか入りにくい所があったし。

「嬉しいです。…えと、ここのお店何時に閉めるんでしたっけ?」


「もう売るパン無いし。すぐ閉めますよ」


何故か、店主の顔が嬉しそうな感じ。

お酒好きなのかな?


第2章 終


mixing 第3章


トコトコと歩き、日もすっかり落ち飲食店が並んでる中心部へ。

昼間は解らなかったが、夜になると意外に飲食店がある事に気付く。小さなスナックの看板が結構あちこちで明かりがついていた。

炉端焼きっぽい居酒屋の向かいに、友人がやってるという店があった。

[Pig pen]ピッグ ペンというお店。

入ってみると結構広く、中央にスペースがあって贅沢な空間の使い方をしてるお店。

居酒屋には、見えずパブの様なお店。

パン屋さんの店主とは、また雰囲気の違うちょっと無骨な感じ。

「お〜。いらっしゃい。」

「人連れて来るなんて珍しい」マスター。


「いや、うちに来てくれるお客さんなんだけど。転勤で来て詳しくないって言うから、ここのお客にしてあげようかと。(笑)」パン屋さんの店主。


「何も無いけど、ゆっくりしてって。」

と、忙しそうに下拵えをしているマスター。

「ここ、只の飲み屋に見えるけど彼、元々料理人だから何でも食べる物作ってくれるよ。」パン屋さんの店主。

「ふざけんな。何でもは作らない。客来ないのに、色々作ってたらやってけない。」

マスターの口調から、親しい関係がわかった。

パン屋さんの店主。

「同級生なんだよ、彼。ユウちゃん。ユウイチで、ユウちゃん。」

「もう田舎に戻って来て結構経つから、色々この街の事詳しいし、情報通だし交友関係広いし。」


「情報通って。噂話が好きなんだよ、この街の人は。ていうか、アキが友達いないだけだろ。店やってるくせに。」マスター。


(アキ…)

「アキさんて言うんですか?名前。」


「うん。秋本だからアキ」「宜しく」

パン屋さんの店主(アキ)


「あっ、俺は…田辺 (マコト)です。宜しくです。」なぜか慌てふためきながらの自己紹介だった。

色々話を始めると2人とも自分より、ひと回りも上の年齢で少し驚きながらも意外にリラックスでき、普通にお話し出来ていた。


「(パン屋)アキさんは、前から此処に居たわけじゃないんすか?」ビールをグビグビ飲んだせいかズケズケと人の事を聞き始めた。


「まぁ〜ね」ぼそりとアキさん。


あれ。何かマズったかな。


すかさずマスター(ユウさん)

「あはは、まーねー。帰って来たのは割と最近だね。色々あってねー、帰って来る時と帰って来た後も。(笑)」


アキさんの苦笑いを見て、あまり触れない方がいいのかなと。少し酔いも醒めた気がした。


ていうか。お客さん来ないんだけど。


広い店内を見渡してたら、

「お客来ないでしょ、この店。」

「でも、何だかんだやっていけてるんだよねー不思議。」と、アキさん。


「アキが来る時だけ、たまたまこないだけなんだよ」と、美味しそうな骨付きの地鶏の唐揚げを出してくれた。

熱々揚げたての唐揚げを、ほうばりながら

ふと思った。

この街は…美味しいものあるし、何か…楽しい感じがしそうな… 予感。


第3章 終



mixing 第4章


パン屋さんの店主、アキさんに連れられアキさんの同級生(ユウさん)がやっているお(ピッグペン)で、お酒と美味しい料理をご馳走になったあの晩。この街の事など、色々教えて貰い有難かった。何より、アキさんとユウさんが親切で優しくてこの街に知り合いがいない自分にとって、頼りになりそうな感じで嬉しかった。


ただ…


少しお話し出来る仲になれたからこそ、アキさんの過去が少し気になっていた。

流石に、そこの部分は聞く勇気は無かったが色んな人生を歩んで来た人なんだろうと勝手に納得しようとしていた。


一言で言えば、少し影のある人。


お店(after-eve)の雰囲気も他とは違う感じだし、無口では無いけど余計な事は話さないクールなアキさん。

自分が軽い感じの人間だけに同じ男としても、ちょっと憧れの様な想い。そんな印象をアキさんには持っていた。


自分は、とある機械部品の会社で働いていた。まぁ普通に日々を過ごして来た。彼女も居た。結構長く付き合っていたが、突然別れを告げられる。今更⁈何でって感じ。33歳。結婚も多少は意識してたのに、女は分からん。訳が解らず困惑したまま何日過ぎた頃、携帯に写メが。文章から察するに間違えて送って来た模様。写メには、彼女(元彼女)と男のツーショット。


ええーっ。


オマケにどう見ても若い感じの男。歳下の男かよ。彼女(元彼女)は、自分と同い年。


間違えて送るかー 普通。ワザとだろ!


男が出来たからフラれたのね。

二股かけられてた?マジで?最悪。

一気にやる気が無くなり、彼女(元彼女)と同じ場所に居たく無い。環境変えたい。

その思いだけで、違う部署で募集をかけてた地方勤務に名乗りを上げた。

違う部署は、主に農作業に使われる機械の販売。

必然的に第一次産業中心の地方(田舎)での勤務。その時は何も考えずただこの地を出たい一心だった。


そんな少し、いい加減な理由でこの地に赴任。こちらの会社でも転勤でやって来る人は結構いるのだけど、殆どが役職のある方。こちらの会社を任す感じの偉い人ばかり。自分の様な役職も無く、違う部署から手を挙げて来る人は珍しく意外と会社では良くしてもらっている。殆どの人が地元採用の方ばかりなので可愛がってもらってる。

ある意味自分も色々あり、まさに心機一転のつもり。


アキさんも似たような境遇かな?


独身ということは聞いたけど。見た感じも年齢より若く見えるし、女性にモテそうな見た目だし。センスも良さそうだし。

自分の中では結構 …謎 です。アキさんの事は。

ユウさん(ピッグペンのマスター)は、結婚してるみたいだけど、色々あるみたい。


みんなそれぞれ色々あるんだな〜と改めて思う。もしかしたら自分の事なんて大したことないのかも。


なんて色々、人のこと詮索してみたり悲劇のヒロインぶった感じで自分自身を慰めてみたり。

男はやっぱり女々しいのかな?と感じつつ、静かで真っ暗な夜空に降って来そうな位の大きくて綺麗な星々を見上げながら田舎のこの街に居る事を実感していた。


第4章 終


mixing 第5章


1ヶ月半が過ぎ、徐々にこの地に慣れてきた。仕事もドンドン忙しくなってきた。暖かくなり農作業が活発な時期に入り、ウチの会社はまさにかき入れ時。

時には山奥の農家に出向いたり会社の中で事務作業に追われたりと仕事中心の生活。

しかし嫌な感じは全くなく、むしろ色んな経験、色んな人達との出会いがあり、楽しい毎日を送れていた。


季節が進んだせいか、この小さな街も少し活気づいている感じ。

とはいえ、小さな街(田舎)なので娯楽が少ない。車で1時間走れば何でも揃う街に行くことが出来るが仕事も忙しいので、なかなか遠出は出来なかった。

夜、1人居てもつまらないのですっかりユウさんの(ピッグペン)に通い詰める日が増えた。男1人なのでコンビニ弁当ばかり、たまに自炊するが仕事が忙しく今は、ユウさん頼み。

なんだかんだ色んな料理を出してくれて夕食代わりに、させて貰ってた。

ユウさんの店でも顔見知りの客ができ、1人でユウさんの店に行くことに抵抗は、無くなっていた。

アキさんの(アフター イブ)も忙しいみたいだ。地元だけでなく周りの街からも噂を聞きつけ、すっかりここらでは有名なパン屋さん的存在になりつつあった。

おかげで自分は、なかなかパンにありつけない日々だったが…。


いつもの様に夕食ついでにユウさんの店に行ったら団体客が宴会していた。


「ごめん。団体さん入って相手出来ないから勝手に飲んでて。」と、ユウさん。


8人位の団体さんだが、ユウさん1人で料理を作って出していた。おもわず、

「1人で大丈夫ですか?グラスでも洗いましょうか?」と、カウンターに並んだ飲み終えたビールジョッキを見て言ってみた。

「大丈夫よ。うちに来るお客は、オレが1人でやってるのわかってるから料理が出来るのが遅くなっても文句言わないし。

オレもそういうスタンスでやってるから、気使わなくても全然OK!」


何か如何にも田舎の店らしい感じがしたけど、それがまたフランクというか良い所だなっと思った。

と、団体客の1人の女性が飲み干したビールジョッキを持って来てカウンターに置き、ユウさんにビールのおかわりを注文。そして、おもむろに自分の顔を覗き込む様に見て、

「もしかして転勤で来た方?」

自分が飲んでたウィスキーの水割りで、一瞬むせそうになる。同時に急に女性に話し掛けられたので少し緊張しながら

「へ⁈ あっ、…俺すか?まぁ、はい。あっ、そうです。」

あたふたした返事にも、程がある言い方で返した。


女性、

「 [After-eve] 知ってるでしょ?」

「アキさん とこ。」

「アキさんから少し聞いたんだよね〜。1度あの店でチラッと見かけた事あるし。」


「えっ、俺の事すか〜?」と女性の顔をチラッと見る。おっ、キレイ⁈カワイイ感じ!

この街にもこんな女の人がいるんだなあと少し驚いたと同時に嬉しい気持ちになった。


「アキさんから同じ位の歳じゃないかな?って聞いてさ〜。」女性。


「俺、33ですけど。」

「あ〜同じだ。タメだね。よろ〜」

酔ってるのか、軽めというか気さく⁈というか…でもカワイイのでトキめいた。


会社には若い女性がいなく、おばちゃんしかいない。普段この街で見かけるのは、お年を召してる方か、子供を連れた母親ばかりの気がして…そりゃ普通の女性もいるよな、と少し納得していた。

と、考えているうちに女性は自分の席に戻ってしまった。

キョトンとしてる自分にユウさんが、

「役場の集まり。役場の人だから結構、平気に声掛けてくるよ。それも仕事みたいなもんだから。(笑)」


ユウさんの言葉に少しガッカリというか、それが当たり前かと落ちつかせる様にグビグビと飲み干す。

珍しく他にもお客さんチョコチョコやって来て、賑やかな店になっていた。

流石にユウさんが忙しそうなので早めに切り上げ帰ろうとした時、さっきの女性がユウさんに「おしぼり もらいま〜す。」と、カウンターの端にある、おしぼり器から取り出していた。その姿をチラッと見てると、

「あ。私、役場に勤めているので困った事有れば何でも聞いてください。役場に居るんで。」おしぼり片手に女性。


「あ、はい。」と返事をするかしないかのタイミングで

「アキさんと、ここで飲んだ事あるんでしょ。今度アキさんと3人で飲もうよ」と、意外なお誘い。社交辞令かなと思いつつ、ユウさんの店を後にした。


帰り道

ん⁈

アキさんの彼女では、ないよな?

アキさんと仲の良い関係?

久々に女性に話し掛けられ勝手に色んな事を想像しながら、正直 うらやましさとドキドキとワクワクが入り混じった中学生のような幼い…33歳 独身、彼女なし


第5章 終



mixing 第6章


彼女(元彼女)に突然別れを告げられ、二股だったのか解らないが、サッサと若い男の方に行ってしまった経緯から女性不信になってた自分。女なんてと意気がってはいたが、昨日の夜に会った役場の女性のせいか朝から身だしなみに一生懸命になってる自分が居た。

やっぱり此処は良いとこじゃん!

単純で中身の軽い男丸出し。


今日は休みの日だか、会社が忙しいので駆り出されていた。山の麓、驚く程広い広い畑。牛や馬も遠くで放牧されている。規模の大きさ、山々を背景に素晴らしい景色。写真か映画のシーンの様。

今の仕事してるからこそ頻繁にこの様な景色の所へ普通に来れる。何度来ても飽きる事なく、つい脇見運転してしまうほど。こっちに来て写真を撮る機会が増えた。殆どが景色。自然の良さがわかってきたのか、自分も歳をとってきたのか。


休日出勤の為、午後3時位で終わった。


微妙な時間。何するかな?

会社を出た途端、ポツポツ。雨?晴れてたのに…ピチャピチャ。ザーザー。

あっという間に大雨。ゲリラ豪雨?

車に乗り込む。うーむ。余計にこの後、どうしようかと悩む。

アキさんの店行ってみようかな?


以外に止まない雨。雷も鳴り光ってる。

アキさんの店(After-eve)。お客さんの車が無かった。流石にこの土砂降りで、サッサと帰ったかな?雨宿りさせてもらうか…ん? 車を停めるスペースではない所に赤い小さな車。アキさんの車を塞ぐ様に止まってる。少し気になりながらも土砂降りの雨を駆け抜けて店に逃げ込んだ。


「いらっしゃ〜い」女性の声。


雨粒を振り落しながら見てみると、見た顔。先日、ユウさんの店で話かけられた役場の女性。

「あーー!」と自分。

「あ〜〜!」と女性。

互いにビックリした感じ。


女性が、

「えとえと…マコちゃん?だっけ?」


「……えっ? マコ?ちゃん?」何だか訳が分からない自分。


「アレっ?違った?マコトって名前じゃなかった?」女性。


「あのさー幾ら何でも、いきなりマコちゃんて呼ぶのはどーよ。いい大人なんだからお互い。」奥からアキさんがそう言って出てきた。

「でも、マコトならマコちゃんでしょ」

可愛いらしい笑顔で女性が言った。


そのやり取りをただ呆然と見てた自分にアキさんが

「ごめんね この娘、馴れ馴れしくて。

こういう娘だから軽くスルーで。」(笑


「スルーって!じゃ私も自己紹介しときますよ!大人ですから!」

「ヤマザキ カオリです。」


「あっ、タナベ マコトです。えーマコちゃんで良いっすよ、呼び方は…」

少しカオリさんがニヤッとしながら

「じゃ〜マコちゃんで決定!」


その日からみんなからマコちゃんと呼ばれることになった。


ただ…やっぱりカオリさんとアキさんの仲が良さげに見え、どういう関係なんだろうと考えていた。アキさん的には割と普通に接してる感じ。カオリさんがアキさんの事好きな感じかな? いわゆる、オーラ出しまくり的な。


土砂降りが長く続いたせいで珍しく他にお客さんが来なかった。

アキさんが入れてくれたコーヒーを3人で飲みながら雨が打ちつける音が気にならない位、3人で楽しく会話が進んだ。

もっぱらカオリさんが俺の事を聞いてきて、ついつい彼女に捨てられた事とか、余計なことまで話してしまった。


休日出勤。土砂降りの雨。あまり良い響きではないけど、おかげで自分にとっては思いもよらない想い出の日に…なる⁈


第6章 終


mixing 第7章


あの雨の日。カオリさんに[マコちゃん]と、呼ばれてから何か少し変わった。

何が変わったかは、分からないが周りの人達の対応なのか自分自身の対応なのか。確かに[マコちゃん]と呼ばれる事が増え、少しこの街に受け入れて貰った感じがした。


ある日少し残業になり、帰りにコンビニに行きお弁当を物色していたら、

「何を食べるのかな?マコちゃんは。」

振り返る事無く、そんな言い方で声を掛けてきたのはあの人だけだとすぐ分かった。

「今晩は〜」と互いに挨拶。

「仕事、大変そうね〜こんな時間まで」

カオリさんが、初めて⁈気を使った言い方。

「大変じゃないけど、カオリさんは役場だから9時〜5時ですか?」

「実際は9時〜5時じゃ無いけど、大体ね。 ていうかタメだから敬語やめようよ。」カオリさん。

「あっ、うん。じゃ遠慮なく。」なんか嬉しい自分。

「この時間に1人で買い物?」


「この時間て、まだ9時前(笑)。…実はね、アキさんとこ行ってたんだけど仕事の片づけで相手して貰えなかった…。」

目をそらしながらカオリさん。


「アキさんとは…えーと。」また余計な事を、アホな自分。


「結構、グイグイいってると思ってるんだけどね〜相手にしてもらえない?みたいな? 只のストーカーかな? やっぱり。」照れ笑いしながらカオリさん。


「そうなんだ…。アキさんて、よくわからないけど誰かいるのかな?女性。いても不思議じゃないけどあまりそんな影、感じないから。」微妙な気持ちの自分。


「いないみたいよ。今は。でも何か訳ありっぽいけど。こっちに戻って来た事も関係あるかもね。」

「[ピッグペン]のマスターは、その辺知ってるみたいだけど教えてくれないし。」 「う〜ん。謎、だよね。」と、口元に指を押し当てながらカオリさん。


その後少しモヤモヤした感じのままお互い家に帰る。


そういえば、なんか過去にあったみたいな事ユウさん言ってたしな〜。

ユウさんにも、無論アキさんにもきける訳無いし。自分が口出す事じゃない!

人には色んな事がある!と強気の姿勢。

でも、やっぱりカオリさんアキさんの事好きなのね〜。

強気の姿勢が直ぐに崩れた。


歳が同じ事もあり、カオリさんとは結構仲良くさせて貰っていた。まぁカオリさんはアキさんの事がアレなので自分の事は男というよりタメの友達的な存在。

自分は、あわよくば的ではあったがなるべく意識はしない様に振舞った。


カオリさんという同い年の友達。アキさんとユウさん。会社の同僚。など、すっかり良い人達に囲まれ楽しい日々を過ごせていた。


…ある日、15日の夜。会社の人達とご飯を食べ、その後1人でユウさんの店[ピッグペン]へ。

カウンターの端にアキさんが1人で飲んでた。何故かユウさんと会話を交わす事無く、静かにウィスキーをロックで飲んでた。いつもは水割りかハイボールで飲んでたのに、何かいつもと違った。

アキさんとユウさんの雰囲気も違う気が…。その雰囲気にのまれ、アキさんと少し席を離れて座った。

アキさんはいつもウィスキー。それに憧れて自分もウィスキーを飲む事が増えた。ユウさんが水割りを作ってくれながら、たわいもない話で自分に付き合ってくれた。まるでアキさんをそっとしてあげて。と、言わんばかりに。


チラッとアキさんを見ると結構お酒が進んでる。何か嫌な事が、あったのだろうか?そんなに飲んで明日、お店大丈夫なんだろうか?何気なく小声でユウさんに聞いてみた。

「大丈夫ですかね?アキさん。明日お店あるだろうに。」


「大丈夫。店は明日は休みだろうし」

ユウさんがボソリと答える。


「明日、土曜なのに休みなんすか?」

そう自分が訊いたが、ユウさんは静かにうなずくだけだった。

今の自分に出来る事は、そっとこの場から帰る事。と思い席を立つ。


初めて見るアキさんの姿。気になる。

カオリさんは、どう想うんだろう。でもこの事はカオリさんには内緒だろう。

自分が言う事じゃないし。

たった1杯の水割りしか飲まなかったが、いつまでもウィスキーの味が残っていた。


第7章 終



mixing 第8章


次の日。

会社は休みだったが、いつもと同じ時間に起きた。やはり昨晩のアキさんの様子が気に掛かっていた。


アキさんの店[After-eve]は、月曜日と隔週の日曜日が定休日。その他に不定休もあり、パン屋さんの割には休みが多い店。

明日の日曜日も隔週の休みの日だから、今日も休みだと3日続けて定休日になる。本当に今日 店、休みにするのだろうか。店を休みにするほどアキさんに何かあったのだろうか。


ユウさんの感じだと何か知ってる様だったけど。


朝からソワソワしてしまい、それを紛らわす為に部屋の掃除を始めた。掃除、それから洗濯もして一息ついた時、携帯が鳴った。


カオリさんからメールだった。


(今日アキさんの店、休みみたいだけど何か知ってる?車も無いみたいだけど…)


そのメールに何て返事したらいいのか、戸惑ってしまった。別に何か知ってる訳ではないし、昨日の夜の様子を言うべきかどうか…。とりあえず、(よくわからない)と返信した。


昼過ぎ、ぷらっとアキさんの店の前を通ってみた。

やはり閉まってる。車も無い。昨日結構飲んでたのに出掛けたみたいだ。

気には、なったがアキさん自身の事。と思い、そっとしてあげようと思った。

自分みたいな大分、年下が生意気だろ!と思いながら。


2時間後、カオリさんから電話が。

「マコちゃんの家、行っていい?今から。」


びっくりしたが何となく家に来る理由が、わかったのでOKした。

なんとなくいつもより元気がない感じのカオリさん。アキさんの事、別に話題にする事なくたわいも無い話が続いた。


カオリさんから話づらいのかな?と思い、自分からきりだしてみた。

「アキさん…何かあったのかな〜?」


カオリさんは、静かに首を傾けて視線は、遠くを見てた。

「なんかね〜たま〜に居なくなるだよね。すぐ戻って来るけど。何処行ってたとか何してたとか全く教えてくれないし。」

「知らない事ばかり……ツライな〜」

初めて見る、切ない姿のカオリさんが溜息と共に出た言葉だった。


「ユウさんは何か知ってるんだよね、でも教えてくれなさそうだしね。」励ます言葉も出ず、とりあえずそう口にした。


「一度ね、チラッとユウさん話した事あったけど。詳しくは…。そっとしてやれよ。だけ言われた。」

「昔の女かな?どう?同じ男としてそういうのあるかな?」と、振ってきた。


「アキさんは、そんないい加減じゃなさそうだし。ぶっちゃけカオリさんの気持ちもわかってるだろうから違うと思うよ。」言ってて、少し虚しい気持ちの自分。


「もう!なんか改めてそう言われると恥ずかしいんだけど。」少し睨む様な目でカオリさん。


その後カオリさんと話をしてわかった事だが、カオリさんも今まで色々あったそうだ。男絡みで。本人いわく、男運が悪いらしい。婚約までした人に裏切られたり、ツライ恋愛が多かったみたいだ。

そのせいか3年程前に地元に帰ってきたらしい。


アキさんはどんな人生送ってきたのだろう。どんな恋愛してきたのだろう。

まぁ自分よりは色々経験してるのは間違いないだろうけど。

何よりアキさんが元気で、また美味しいパンを焼いてくれる事を信じて…


第8章 終


Kneading第1章


初夏を思わせる暑い日が来たと思ったら、季節が戻った様な冷たい風が吹く日もあったりと天候さえも人を惑わす微妙な時が過ぎていた。

小さな街。小さなコミュニティ。此処の住人は互いの事は何でも知ってるアットホームな関係かと思いきや、実際はそうでもなかった。やはりそれぞれ人には色んな事情、生活、悩み、が有る事を改めて実感していた。

この街に来て、何故か店の雰囲気に惹かれそのドアを

開け、出逢った[After-eve]のアキさん。そこから[Pig pen]のユウさん、役場勤めのカオリさん。この3人に

出逢ってから、何かが凄く変わった様な変わらない様な

不思議な感覚。

自分自身の考え方なのか、他の人に影響されたのか、

一回り大きな男になったのか、変わらないのか。

そんなことをシミジミと日曜日の昼間から考えていた。

昨日の土曜日。

臨時休業にして何処かへ行ったアキさん。

今日は帰って来たのだろうか?

アキさんの事も気になるけれど、今はカオリさんの方が気になってしまう。昨日、目の前であんな切なそうなカオリさんの姿を見てしまったから当然といえば当然。

いつもは明るく気軽に声をかけてくれる人なのに…


そんなモヤモヤしてる気分を晴らすため出掛けようと外に出る。

昨日は少し暑い位の気温だったのに今日は、冷たい風が吹いていて気分も落ち込みそうな曇り空だった。

車に乗りドライブがてら、アキさんの店の前を通ってみたがやはりアキさんの車は無く、心なしか街自体もとても静かに思えた。


山に囲まれた一本道。何処に行き着くかも分からずただ走ってみる。小高い小さな峠に止まり今住んでいる小さな街を見下ろした。大きな建物も無く寂しい感じがする風景。

今の心境と今日の天候がより寂しい雰囲気を醸し出していた。

余りの寒さと寂しい雰囲気から逃げる様に街へ戻った。そんな時でも腹は減る。

街で唯一の蕎麦屋でもと思い駐車場に車を止める。

同時に車が隣に止まった。


「おっ!そば食べるの?」ユウさんだった。

「ユウさんも蕎麦ですか?」

「うん。何か今日は、寒いからね~」と、ゴツい体を丸めてユウさんが言った。

「ユウさん1人なんすか?」


「奥さんと子供は、買い物に出かけてね。1人さ~」

余り寂しそうな感じはユウさんの顔からはしなかった。


「じゃ、一緒に食べようよ」

「あ、はい」


暖かい蕎麦をすすり何度かアキさんの事を聞こうかと、ためらっていた。


「カオリ、迷惑かけてない?」いきなりユウさん。

びっくりしてちゃんと返事が出来なかった。

「あの娘、結構真っ直ぐだからね~」


「それだけアキさんの事が好きなんじゃないんすか?」と、自分。

「だね、でもよりによって相手がアキだとね~」

含みを持たすユウさん。

「えっ、なんかダメなんすかね?」思いきって聞いてみる。


「…詳しい事はね、俺の口からは…ね。 ただ あいつは

ちょっとね、ツライ事あって恋愛だとかそういうのは、まだね。」


「そうなんすか…」これ以上何も聞けなかった。


「昨日が16日だから、そろそろ帰って来て何食わぬ顔で、またパン焼いてると思うよ。」


「16日…何か大事な日なんすかね。あっ別にいいですけど。」一言多い自分。


「ふふっ、まぁそういうこった!」

「カオリには15日と16日は、そっとしてやれって言ったと思ったんだけどな~」

「面倒なら、ほっといていいよ。カオリの事は。」


「全然面倒ではないっす!」言い切った。自分。


「ぷっ。ちょっと好き?カオリの事?」ニヤケながらユウさん

「いやいや、やめて下さいよ~」


「いーじゃんカオリ綺麗だし年齢より若く見えるし。

みんな、すぐ惚れるよ。」


「確かにそうですけど…でもアレです。」アレって、

相変わらずアホな自分。


「アレか~ぷぷっ。 カオリは人当たりいいけど恋愛となるとシビアって言うか、かなり固いぞ。みんなフラれてる。」

「3年位経つかな帰って来て。…唯一アキだけには本気らしい」


何も言え無くなった。



お会計はユウさんが全部払ってくれ店を出た。


車に乗る時、ユウさんが

「アキは、まだ帰って来て1年経ってないからまだ色々引きずってる事あるんだよ。そういう奴と思ってそっとしてあげて。色々あるでしょ、長い事生きてりゃ。」


ただ、うなずくだけしか出来なかった。


アキさんは普段は優しいし良い人だし凄く大人なので、過去を引きずってると聞き、意外ではあったが自分がアキさんに対して何処か影のある人と思ったのはそういう事かなと少し納得していた。


家に帰る途中。

ユウさんとアキさんの関係が改めて羨ましく思い、

またカオリさんの真っ直ぐな想いをより実感しながら

やはり、この3人に出会えて良かったと冷たい風が吹いている事を忘れる位、暖かい気持ちになった。


元彼女は、若い男にサッサと乗り換えた事を思い出し

真っ直ぐなカオリさん やっぱり好きだな~

叶わぬ恋だけど。 あう~。



第1章 終



Kneading第2章


休みが終わり仕事が始まる。

月曜日の朝イチから忙しい状態。あちこち飛んで回ったり、まさにドタバタしてる月曜日だった。

おかげで余計な考え事をしなくて済んだが、やはり何処かでアキさんは帰って来たのかなと気になっていた。

昨日ユウさんに言われた事もあり、なるべくそっとしておこうと思ってはいたのだが…

日中は忙しかったが夕方には落ち着いていた。まぁこっちに来て実感したのだが、やはり田舎は朝が早い。特に農作業してる人達を相手にする会社なのでより実感する。その分、夕方には落ち着く日が多い。朝型のサイクルでみんな過ごしてる感じ。

おかげで残業することなく会社を出る。


帰って来てるのかどうか確認する為だけに、わざわざアキさんの店を回って家に帰る。


車は……あった!


よかった。帰って来てた。


途端にお腹が減り、ホッとした事も重なりヘナ~とカラダ中の力が抜けてしまった。



家に帰り久々に張り切って自炊。

大した物は作れないが凄く満足し美味しく感じた夕食だった。


風呂に入り一息ついた頃、電話が鳴った。


カオリさんだった。

「仕事終わりに行って来て、今帰って来たとこ。」


「アキさんとこ?」分かってはいたが一応訊いてみた。


「うん。ちょっと色々言ってやろうと思ったけど言えなかったよ。意外と乙女でしょ(笑)」


「アキさんはどう?大丈夫そうだった?」


「それがさ~普通。何も無かった様に普通。」

「こっちが勝手に騒いでるみたいで…もう最悪!」

いつものカオリさんというか凄い嬉しそうなカオリさん。


「まぁ、良かった。うん、良かった。」何かこっちまでカオリさんの嬉しそうな感じが乗り移った感じだった。


電話の最後にカオリさんが

「何か、ごめんね。…マコちゃん話易いからついね。」


と、電話を切ったのだが、自分は正直その言葉がたまらなく嬉しいというかドキドキしたと言うか。



普通の日常になり忙しい日々。

なかなかユウさんの店[ピッグペン]にも行けず、無論アキさんの店[アフターイブ]にも行けなかった。


休みの日

日々の疲れが出たのかぐっすり寝ていた。

が、突然ドーンと花火の音。

何だ何だと思って飛び起きてみたが、周りは変わり無し。イベント事かな?

しばらくして少し遠くから何か聞こえてきた。

マイクで何か喋ってる。ん?祭りっぽい。

思わず身仕度を整えた。


なぜか昔から祭り好き。積極的に参加するタイプではないけど観るのが好き。その場の雰囲気が好き。

賑やか音のする方へ行ってみた。


街の1番大きな建物(町民センター)の駐車場で祭りが行われていた。こんなにこの街に人いたっけ?という位、賑やかな感じで思わずテンション上がりまくり。

ぷらぷらしてると会社の人達に声を掛けられ昼間からいきなりビールジョッキを渡された。ビアガーデンには、まだ季節は早いのにこの街の人は結構お酒好き。

田舎の祭りにありがちなカラオケ大会やら早食いイベントやらが行われていて、それがまた意外と楽しかった。

昼間に飲むビールで酔いが早くご機嫌になった時、後ろから肩をポンポンと叩かれた。



アキさんだった。


久しぶりではあったが、それ以上に長い事会ってなかった気がして思わず抱きしめたくなった。

ほろ酔いの赤ら顔の自分に対して横からツッコミが入る。

「マコちゃん、いい感じで楽しんでるじゃん!」

そうツッコミを入れたのはアキさんの隣にいたカオリさんだった。

酔っていたせいもあり

「うは~カオリさんも良かったじゃないすか~いい感じですよ~」皮肉っぽく、ちょっと意地悪っぽく言ってみた。


「うわ~性格わる~マコちゃん大分飲んでるの?」

そう言いながら少し嬉しそうなカオリさんだった。


アキさんは自分の隣にスッと座りビールを頼みジョッキを自分のジョッキにコツンと当て

「何か久々の感じだね。乾杯!」


カオリさんも割り込む様に

「私も、乾杯~!」


「おっ!いたいた!これ食え」

ユウさんが自慢の鳥の唐揚げを持ってやって来た。


昼下がり。

賑やかな祭り。

久々に4人揃って飲むお酒。

たまらなく美味しく、とんでもなく酔った。

でも 今まで味わった事ないくらい心地良すぎる酔いだった。


「おぃ!マコ!まだまだこれからだぞ!」


お酒が入ったカオリさんは、かなりタチが悪そうだ。


第2章 終



Kneading第3章


仕事の忙しさにも慣れてきた頃、突然の有給休暇を頂く。仕事が忙しいので恐縮してしまいそうだが、この、ご時世きちんと有給を取らせないと会社としても大変らしく有り難く休ませて貰う。

折角なので通常の休みにくっつけて3連休にした。別に大した予定も無く、持て余しそうだったが忙しかった分、ゆっくりしようと思っていた。


とりあえず車で1時間の割と大きな街で夏物の服を買い、髪を切り、ある程度やるべき事を済ませた。


ちょうど夕方。夕方と言っても日も長くなってきたのでまだ明るい。

アキさんの店[After-eve ]へ行ってみた。少しお客さんがいたが、丁度お会計をして帰るとこだったのでゆっくり出来そうな感じだった。


「3連休?いいね〜何かする事ある

の?」アキさん。


「別に何も決めてないっす。結構突然有給取れ!って言われたし。」


「最近忙しそうだったから、ゆっくりすれば良いんじゃない?」

殆ど売り切れたパンを片付けながら自分の事を気にかけてくれるアキさん。


「土、日曜日が休みならカオリちゃんでも誘ってデートでもして来たら?(笑)土、日なら彼女も休みだし。」

躊躇いなく言うアキさん。


「またそんな冗談を…カオリさんはアキさんの誘いしか興味無いでしょ。」


「うーん。年齢からすれば俺なんかよりマコちゃんの方が良いとおもうけどなー」


「年齢は関係無いっすよ。アキさん若いし。」


「あら。すっかりお世辞も上手くなって…ふふっ」

と、パンのレシピが書かれたノートを広げ明日のパンを選ぶアキさん。

何気なくノートを見たらビッシリと色んなパンのレシピが描かれていた。


「凄いっすね!全部作れるんすよね。」


「パンはね。意外と難しく無いんだよ。

難しく思われがちだけど基本のパンが作れれば結構なんでも作れるのよ。」

レシピをパラパラ見ながらサラッと言うアキさん。


「何か美味しく作るコツあるんすか?」


「別にないよ。どこのパン屋さんも基本同じよ。ただ色々ね、原価とか効率とかを考えると多少変わるよね。当たり前だけど。」

「そうだねー、ウチはあまりそういう事

考えてないから良い小麦粉良いバターを使って、自分で作れる分しか作らないから贅沢というか美味しくなきゃいけないよね。」

「だから儲けは無いようなもんだよ。」


「やっぱり小麦粉は大事なんすか?」

素人の自分が生意気にも訊いてみる。


「んー確かにね 高い粉は良いんだけど、

要は、その粉に合った作り方その粉に合ったパンを作る事が大事かな?」

「その粉の成分や特性に合わせて、捏ねる(Kneading)事がパン作りの基本だから。」


流石です。何かやっぱり格好いいです。

同時にパンが好きなんだなと感じた。


「革製品を作る事はパン作りと共通する事があるんすか?」何か哲学的な答えが出てくるかと期待する自分。


「…無い。」


「うっ。またやっちまった。」やっぱりアホな自分。


「ぷふふ、マコちゃんらしいよ。革、レザークラフトはね、何か楽しそうだから始めただけ。パン作りも同じだけど。」

「俺さー、何も無かったんだよ。得意な事とかやりたい事。で、とりあえず手当たり次第色んな事挑戦して、この2つが面白いかなって感じただけなんだよ」

アキさんがアキさん自身の事、話すの始めてかなと思いつつ。


「何か意外っすね。アキさん何でも出来そうなのに。」


「ん?またお世辞?何か奢らないといけないなー。」

「そうだ!マコちゃんカレーパン好きなんだっけ?じゃ今度、特別に作ってあげるよ。好みに合うか分からんけど。」


「マジっすか!うれちいです〜」

やっぱりいい人だ、カレーパン好きなのも覚えていてくれた。


サイコーですアキさん。


「うれちいって…いい大人が…気持ち悪っ!カオリちゃんに教えたろ。」アキさん。


サイテーですアキさん。


第3章 終



kneading 第4章


突然の連休を案の定、持て余し始め趣味も無い自分をつまらない人間だなと感じてた。

折角、この自然豊かな場所に居るのに何をして良いのかもわからない。

このままボーっと休みが終わってしまうのかなと、思ってた矢先電話が鳴った。


「カオリですよ〜。マコちゃん何か今日、用事ある?」


「無いっす。どうしたんすか?」


「出掛けるよ〜デートよ〜!デート!」


まさかのカオリさんからデートのお誘い。ただ、素直に喜びはしない。


何か、ある! 何か企んでる!


そうでなければ、アキさんひと筋のカオリさんがデートのお誘いなんて有り得ない。

「カオリさん何、企んですか?怪しいっす。」


「うわ〜ノリわる〜。デートというのは言い過ぎとしても折角誘ってあげたのに。」

「暇してるんじゃないかと思ったのに〜

じゃ、やめときますか?」カオリさん


「すいませんカオリさん、遊んで下さい。ヒマ持て余してました。」

素直に言ってみる自分。


「よ〜し。素直でよろしい!マコちゃんの車、ガソリンある?あるなら出してくれる?」


「大丈夫っす。出します。何処行けばいいすか?」


「コンビニに居るから」


慌てて1番キレイな服に着替えコンビニに向かった。

「お待たせしました。お気遣いありがとうごぜいますだ。」照れを隠すように、トボけた感じで言ってみた。


「よしよし。じゃ、早速行くよ〜。

色々行くとこあるから。」カオリさんがそう言いながら車に乗り込んだ。


車に乗ってからはいつもの様に普通に話しながら素敵な休日が始まろうとしていた。

隣街にあるワイナリーに行き、葉っぱが付き出した葡萄畑を見て、カオリさんはワインの試飲をゴクゴクと…。

自分は、葡萄ジュースの試飲をチビチビと…

「よ〜し、次!」

「次は、海。海行くよ〜!」

ワインを飲んだせいなのか、海が好きなのか、妙にテンションが上がるカオリさんだった。


「久々だなー、海。どの位時間かかるんすか?」自分もテンションが上がる。


「ここからだと1時間ちょいかな?おなか空いたなら途中でなんか食べようか?


のんびりドライブでワインを午前中から飲んだカオリさんが少しウトウトしていた。


横目でチラッと。


ウトウトする姿がたまらなく可愛いかった。


途中で、ご飯を食べ真っ直ぐな道を南に向かった。

海ドリが舞い始めた空。窓を開けてみたらほんのり海の匂い。

と、いきなり海がドーンと現れた。

波が少し荒めの太平洋が…。


「普段、山ん中に居るからたまに海来るといいでしょ〜。」

ワインの酔いもスッキリ醒めたカオリさんが目をキラキラさせながら言った。


「山の自然も良いけどこの辺の海もめっちゃいい感じすねー。」


車を降り、やや冷たい海風に迎えられた。

砂浜と小さな漁港しか無い、海沿いの景色に思わず無言で立ち尽くした。


カオリさんも無言のまま携帯で海の写真を撮っていた。

砂浜に打ち上げられた大きな流木に座りカオリさんに聞いてみた。


「もしかしてアキさんに言われたから今日つき合ってくれた?」


「う〜ん バレた?でもさ〜別に嫌々じゃ無いよ!前にさ〜少し迷惑かけたって言うか気を使ってもらったしね。」海風になびく髪を掻き上げながらカオリさん。


「アキさんはホント酷い人だー。

…でも気使ってもらってるんだよなー」

微妙な気持ちだが嬉しい気持ちがまさる自分。


「だよ…。それに酷いとか言わないで!ちゃんと私も見返りあるんだから(笑)」


「見返り⁈」


「アキさんとデート!ちゃんとしたデート!」

今日イチの笑顔です、カオリさん。


「でもさ〜楽しいでしょ今日?楽しくない?私は、かなり楽しいけど。」


少し食い気味で

「楽しいっす。当たり前じゃないすか。海まで来れて。良かったっす。」


「マコちゃんさ〜。…出来ればずっと、あの街にいてよ? 何か…いい人だからさ〜。」


ヤバい。ゾクってなった。アキさんの事が無ければ、告白してしまいそうだった。


「あっ、言って置くけど…男としてじゃ無いよ!アキさんよりイイ男になったら少し考えるけど…無いな!マコは。」


わかってますよ!とうとうマコ呼ばわり。


第4章 終



kneading 第5章


カオリこと、山崎 (カオリ) 33歳。


3年前程に中学までいた、この街に戻って来た。

高校は一応、進学校。その為、高校生からこの街を離れていた。

大学、就職とこの街とは全く違う大きな街で日々過ごしていた。


前職は大手ゼネコンのOL。

別にキャリアウーマンに憧れている訳でも無かったが、見事な男運の悪さで結婚する事なく30歳を迎えていた。急に色んなことに疲れて田舎へ帰る。実家暮らしになり、楽に生活している。


役場の仕事もすぐ決まり、もう3年も経つ。正直、この街の暮らしに少し飽きて来てつまらなさを感じた頃、アキさんに出逢った。


初めて会ったのはアキさんがこの街に戻り、この地に転入届け等の手続きをしに役場に来た時。

暗い感じ。静かで淡々と手続きをしていた印象。


田舎は、この地から出て行く人は多いが入って来る人はとても少ない。

最近は山奥で、新規就農者(新しく農業を始める人)の移住者が、たまに入って来る位。


私自身も大きな街から戻って来たのでわかるのだが、はじめは浮いてるというか目立ってしまう。

静かで暗い印象のアキさんだったが、記憶には残っていた。


ただ、それから2ヶ月程は見かける事すら無かった。


ある日、役場に見覚えのある顔が…アキさんだった。初めて見た時よりも少し明るい感じがした。

お店を始めるという事で手続き的な用事で来たらしい。


アキさんのお店[After-eve]は元々、スナックをやっていた空き店舗。建物自体古くなっていたけれど自分でリフォームして小洒落た店になった。

お店のリフォームを始めた頃、[Pig pen]のマスター、ユウさんがアキさんと共にお店を作っているのを見かけ話掛けてみた。

その時、ユウさんとアキさんが同級生だった事。昔、ユウさんがこの街に戻って来る迄は、アキさんと仲の良い友達だった事を聞かされた。

それから私も一緒に、お店作りの手伝いを始めた。

それがキッカケで、一気にアキさんに夢中になった。


ただ、今だに一方通行の恋。よくアキさんがわからないという事が、余計私の気持ちを煽っていた。


私自身、今迄恋愛に対していい思いは、ない。それなりに恋愛してお付き合いもして来たけど裏切られる事が多かった。男を見る目が無いと言えばそうかもしれない。

そんな、恋愛に対し少し消極的になっていた自分なのにアキさんに対しては思いもよらず積極的に。


ただ… ただ… 好きな気持ちと裏腹に 、どこか…なんとなく……悲観的な…。



マコちゃん。えと…田辺 (マコト)? だっけ?

マコちゃんと出会って仲良く⁈なって、確かに少し楽しい日々になっていた。


マコちゃんがユウさん、アキさん、そして(カオリ)を上手く繋いでくれてる感じ。

全く知らない土地にやって来た新参者なのに(笑)。

マコちゃんの存在がそれぞれに刺激というか影響を与えている⁈

それはやはり言い過ぎだが、マコちゃん自身の人の良さに、みんな気付いているのだろうと思う。


マコちゃんの暇つぶし?に付き合い、海へ行った翌週。約束通りアキさんとデートをする事になった。

当然、気合いを入れ田舎のこの街では、大して気にしてなかったオシャレ感も倍増。以前、アキさんが化粧が濃いのは苦手と言っていたのでナチュラルメイクで、いざ出陣!


(ちゃんとしたデートがしたい!)と言ってたのでアキさんも普段よりもビシッとした格好だった。


車で1時間半。全く長くは感じなかった。


静かな小さな湖の湖畔に建つホテル&レストラン。いわゆるオーベルジュ。


水面が揺れる事無く鏡の様な湖を窓越しに見ながら、銀のカトラリーが並べてあるテーブルに着く。

ゆっくりゆっくり時間を掛け贅沢なランチを味わった。


「なんか、優雅で美味しくてずっと居たい気分〜。」素直に言ってみた私。


「ここホテルもやってるから泊まっていく?」笑いながらアキさん。


「泊まる!絶対泊まるよ〜!」


強引な気持ち丸出し私。

今の私とアキさんでは絶対に有り得ない事は、わかっていながら…。


アキさんは、いつも以上に優しく楽しく、ちゃんとしたデート気分を味わせてくれた。


その優しさと楽しさの裏には、私には言えない何かを背負っているのに…。


いつか、半分…いや ひとかけらでも一緒に背負ってあげたい…。


第5章 終



kneading 第6章


カオリさんも無事、見返りを頂いたらしくご機嫌な雰囲気。


自分(マコト)も平穏な日々が過ぎ、仕事も遊びも充実。

すっかりこの街にも馴染み馴染まれ、この小さな街に思い切って飛び込んで良かったと実感する毎日。


と、思い切って飛び込んで来た人物がもう1人。

見かけも話し方も全てが軽そう〜な人物が会社にやってきた。


信用金庫の人。


この小さな街ではウチの会社は割と有名。新しく転勤で、こちらの信用金庫の

支店にやって来たと言う人物が、挨拶がてら会社を回っていた。


「銀行の人っぽくない奴が、来たな〜」

同僚がボソッと。


確かに信用金庫のイメージに結びつかない人。調子いい人という言葉がぴったりの人だった。何だか難しい名前をしていて覚えられなかったので、(信金さん)と呼ぶことにした。あまり関わりたくないタイプだが、フットワークが良すぎる信金さん。ちょこちょこ関わるハメになる。まぁ歳上なのは分かるがアキさんやユウさんよりも歳上の人だった事には、驚いた。


その晩。会社の同僚とユウさんの店[ピッグペン]に行った。


が、何か変?


ユウさんが明らかに元気が無いというか、いつもとは違った。

「どうしたんすか?体調でも悪いんすか?」

「んー、大丈夫。」ユウさんにしては、言葉少な。

気になった。


会社の人と一緒なので奥のテーブル席に座り静かに飲む事にした。

カウンターには若い女性が1人。

見覚えのある娘。

「あれ、蜃気楼の子だねー。休みか?蜃気楼?」同僚が言った。

[蜃気楼]は、スナックの名前。会社の飲み会で何度か行った事がある上司のお気に入りの店。

この街では珍しい若い娘。20代前半。

年季の入ったスナックのママや女性が多い中、若い娘はある意味人気者だった。


その娘がカウンターに1人、んっ?ユウさんと何か関係あるのか?と、一瞬よぎったがその娘は携帯をずっと操作してるだけだし、ユウさんもその娘とは関係無さそうな感じで仕事をしていた。


割と静かな感じの店の中だったが、店の扉が開いたと同時に賑やかな連中が、なだれ込んで来た。


フットワークが軽い、見た目も軽い、話し方も軽い信金さん達だった。

信金さんの歓迎会なのか、賑やかだった。無論、1番賑やかなのは歓迎会の主賓の信金さんだった。


少し経ち、信金さんがカウンターへ。

何やら怪しい動き。

カウンターに座ってた[蜃気楼]の娘に、何やら絡んでる。

[蜃気楼]の娘も若いせいか、口が悪い。


やっぱり信金さんは軽い人なのねーと同僚と、ほくそ笑みながらその様子を見ていた。


「ウザイって、オッサン!」


いきなりその娘が声をあげた。

突然の罵倒に信金さんもキレ出した。


「うわ!やばくないっすか?」

ヘタレの自分がビビりながらも同僚に言った。

「うわー 信金さん、酒癖わるいのか?」

同僚が呆れ顔で言った。

信金さんと来た人達も慌てて、なだめだす。

酔って更に口が軽くなってる信金さんが、止まらない。グダグタ言い続けた時、ユウさんが一喝!


「帰れよ!ウチの店で…全く!他に客いるのに迷惑だろ!」


自分は初めて見るユウさんの凄味。


その言葉に焦った様子で信金さん御一行は店を出て行った。


ユウさんがカウンターの娘に

「悪かったな。大丈夫か?」と声を掛けていた。

それから直ぐに自分達の所へ来て

「悪りーね。気分悪くしちゃったね。今日のお代はいらないから。ごめんね」


「いや、大丈夫っすよ。」

元気が無かったユウさんだけに余計心配になった。


「あの子さー蜃気楼で働いてる子だけどさー。俺の奥さんの親戚なんだよ。だからちょっとイラっとしちゃった。マスターとして失格だねー。帰れって!」


ユウさんが元気無かったのは奥さんと大揉めしたせいらしい。[蜃気楼]の娘が来てたのは2人の事(ユウさんと奥さん)が心配になって来たらしい。


夫婦って…大変なんだな…。

ヘタレなマコちゃん 33歳 結婚の現実を垣間見る。同時に重みある男を目指す。


第6章 終


kneading 第7章


いわゆる[信金さん、イキナリ羽目外しちゃったよ!]事件から、数日。

のどかでいつもの日々が過ぎていた。


仕事の顧客である、山奥の農家さんへ向かった。広く真っ平らなジャガイモ畑を見て、季節が確実に進んでいる事を実感する。

ここの農家さんは三代続いている。三代目は自分より1つか2つ年齢が上の、いわゆる若手。今だに二代目のご主人もバリバリ畑仕事をこなし、とても元気。

農家は定年が無い。70歳80歳代でも、やっている方もいる。

三代目は35ぐらい。若手と言わざるを得ない。

歳が近い事も有り、話しも合い、良い付き合いをさせて貰ってる。若かりし頃はヤンチャしてたらしいが、今では真面目で3人の子供の良きパパ。


いきなり、トラクター等が置いてある大きすぎる倉庫?の前に呼ばれ大きな鍋に入った牛乳を指差し。

「飲む? 近くの酪農やってる人から貰った牛乳。絞りたて!」三代目。


「頂きますよ、遠慮なく。」いつも色んな物をご馳走してくれる。


「マコちゃんさー、釣りとかしないの?」


「釣り…は 、しないと言うか…した事ないっす。」


「やってみない?道具はあるからさー」

三代目が、牛乳を鍋からすくうオタマを釣竿に見立て振りながら言った。


「釣りって、川っすか?海っすか?」


「川。渓流釣り。俺は、海釣りもやるけどね。近くの川、結構デカイのいるんだよ、虹鱒。」三代目が両手で50センチ程のサイズをとる。


折角この大自然の中にいて釣りのひとつも、やらないなんて勿体無いと思い、

「やってみたいけど、出来ますかね?」


「出来るよ。初めてなら餌釣りよりルアーの方がいいかな?餌とか触れないだろ?」


餌って。やっぱりミミズとか…かな?

「ルアーで。お願いします!」即答、ヘタレ マコちゃん。


と言う事で近々やらせて貰う事になった。勿論今日伺ったのは、仕事の用事なのでキチンと仕事の話も三代目と済ませ、釣りの予定も決め帰る事に。


無趣味な自分が釣りをする事自体、今迄考えられなかったが、この自然豊かな地がアクティブにさせるのか…。

色んな楽しみ方をしているこの地の人達に憧れているのか…。

何にせよ、ワクワクと不安が駆け巡ってていた。


早速、休みの前の日に三代目の家へ伺った。朝早くに釣りをするので前日の夜、仕事終わり後に行き泊まらせて貰う。

申し訳無い感じはしたが、この街では遠慮する事が逆に失礼。お言葉に甘える。

「今日は、少し暑い位だから外で肉でも焼いて食おう!」三代目が大きなバーベキューセットを出しながら。


3人の子供も明るく迎えてくれ、何よりバーベキューをする事に興奮気味。

まだ日が完全に沈んでおらず夕陽が少し残った空の下、大家族プラス自分での賑やかで豪勢なバーベキュー祭が始まった。採れたて野菜や奥さんの手料理。外でワイワイやりながらの食事。


マズイ訳ない!

元気な子供達に負けない位、ご馳走になった。


久々に他人の家にお泊りでドキドキしながらも、朝早く起きないといけないので

早めに寝る事に。起きれるか不安だったが要らぬ心配だった。


早速準備をして軽トラックに乗って、道では無い所をガンガン進む。近くの川って言っていたが、何せ畑がデカイ。畑を横切るだけでも結構な距離。

要は、私有地の中を軽トラで移動。

スケールが違います。


大きな木が生い茂る澄んだ川。簡単なレクチャーを受け、早速やってみる。

初めは木に引っ掛けたり、川の中の石に引っ掛けたりと苦戦したが少しずつ要領を得ていった。三代目は少し離れた所で、既に何匹か釣っていた。

やっぱり難しいのか?ビギナーズラックは釣りには無いのか?


竿に、ドクドクっと感触。

思わず竿を少し持ち上げた瞬間、水面に魚が跳ねたっ!

焦りながらもリールを巻く。三代目も気付いてくれたみたいで

「焦らないで、ゆっくり巻け〜!」

と、アドバイス。


綺麗な模様に朱色のライン。虹鱒。

レインボートラウトと呼ばれる魚だけにまさに虹色。釣れた喜びと魚の美しさに感動。

「まあまあいいサイズだね。」そう言って三代目が携帯で写真を撮ってくれた。

40センチは、なかったが大きさは自分にとってどうでも良かった。


その後も何匹か釣る事ができ、大満足で三代目にお礼を言い家に帰った。


家に着くなり朝早かったのと慣れない川歩き、釣りに集中し過ぎたせいか爆睡してしまった。夕方やっと起き、ちょっと自慢したくなりアキさんの店に向かった。

アキさんの店[アフター イブ]に入ると珍しくユウさんも居た。パンがとっくに売り切れた後の店でアキさんがレザークラフトをしながらユウさんと談笑していた。


「釣りに行って虹鱒釣りましたよ〜」


「釣り⁈釣り行ってたのマコちゃん?」

ユウさんが少し驚いた感じで訊き返す。


「これからはアングラーマコとお呼び下さい。」(信金さん)並みの軽さの自分。


「いや、釣りしたかったなら早く言えばねー」ユウさんが少し呆れながら言った。

「ユウさんも釣りやるんですか?」

慌てて訊く自分。


「大体やるよ!みんな。アキもやるし。」ユウさん。

「そこの裏手の川も結構釣れるしね」

アキさん。


「そうなんすか? 早く言ってくれたら

一緒に行けたじゃないすか〜」

悔しがる自分。


「あっ、そう?でもアングラーマコさんとご一緒は、恐れ多くて(笑)」

ユウさんが笑いを堪えきれずに言った。


「ボンクラ〜マコ!ってな〜に?」

急に入ってきたカオリさんがブッ込んだ。


何か、ガクッと膝から砕けそうになった。そんな中、アキさんは器用に革を手縫いで縫っていた。


笑いをこらえながら…。


第7章 終


kneading 第8章


この小さな街に来て渓流釣りという趣味が出来、よりこの地が楽しく感じてきた初夏。

ルアー釣りをする人をアングラーと呼ぶ。そのルアー釣りが楽しく、自分にとって新しい物を得た快感と、カオリさんのせいで(ボンクラ〜マコ)と呼ばれる羽目になった不快感を同時に味わう。

天然なのは、自分なのか?カオリさんなのか?


そんな愉快な日々の中、あの日が来た。


15日。

アキさんにとって大事な日なのか、ツライ日なのかは、分からないが…。


15日水曜日。夕方仕事帰り、店を閉めているのかと思ったら開いていた。

店には、カオリさんの車が止まってた。ユウさんに15、16日はそっとしてやれ!と言われたので、そのまま帰る事に。

カオリさんもユウさんの言葉は分かってる上で、アキさんに会いに行っているのだろうと思う。でも大丈夫かな…?


16日。

お昼を食べに外に出た時、アキさんの店の前を通ってみた。

[臨時休業]の看板が、入り口に置かれていた。やはり今日は居ないか…。明日は…? 大丈夫!だと思う!


その日の会社帰り。

カオリさんから電話。

「ご飯付き合わない?」


ご飯のお誘い…今日という日だからこそのお誘い。

何か言いたい事があるのか、

1人で居たくないのか、

心配なのか。


ご飯のお誘いを受け、小さなお寿司屋さんに行った。


意外にもカオリさんは普通だった。


「昨日、アキさんとこ行ってたの?」

自分から訊いた。


「うん。知ってたの?」


「車があったから…」


「やめとこうかと思ったけど。昨日は、店開けてたから…いいかなって。」

照れくさそうにカオリさんが言った。


「アキさん、どう?大丈夫そうだったの?」恐る恐る訊く自分。


「大丈夫。なんかさ〜『 ごめんね 』

って言われちゃった。アキさんに。」

「私の方が、ごめんね なのに。」


カオリさんが割と普通だったのは、少しだけアキさんが秘密を話してくれたからだった。とは言え秘密の本筋は語ってないそうだ。ただ今日、16日に行く場所だけ教えてくれたらしい。

それだけでもカオリさんにとっては、嬉しい事で安心する事が出来る重要な秘密の一欠片だった。


「今日さ〜 マコちゃん誘った理由はさ〜マコちゃんも気になってたでしょ?今日という日のアキさん。」


「うん。正直言って昨日から気になってた。」先月のアキさんを知ってる自分が答えた。


「私もね、実際まだ何も分かってないけど…多分ね、…たぶん、大丈夫な気がする。昨日アキさんの顔見て、そう感じた。」やや下の方を見つめながらカオリさん。


「ふふっ さぁ〜て パン屋の話は、おわりおわり〜 今日は私がおごるから食べましょ、食べましょ。」アキさんをパン屋と言っちゃうカオリさん。


「カオリさんが奢ってくれる事はもう無いかも知れないから遠慮なくゴチになります。」男のクセに図々しく奢ってもらう自分。


「何か最近のマコちゃんさ〜遠慮って言う言葉、頭から消えてない? 一応さ〜大人同士なら、やり取りの1つや2つあるでしょ〜よ!ん〜このボンクラ〜マコ!」


「はいはい私はボンクラですよ!えっと

イクラとウニお願いします。」


翌日


[After-eve]無事開店!


お店のパンのメニューに

[特製カレーパン]が加わる。




土地勘も無く、知り合いもいない、この小さな街に来て自分がどう変わり、どう成長するのか期待する…田辺 (マコ)


恋の難しさ、ツラさ、楽しさを

改めて実感する…山崎 (カオリ)


夫婦の理想と現実、父親としての役割、責任の重さに悩む…竹山 雄一(ユウ)


過去の悲哀、後悔、孤独に縛られ先を見出せずに迷い続ける…秋本 (アキ)


第8章 終


ferment 第1章


青空に白い雲がゆっくり流れる夏の景色。緑の山々に挟まれた真っ直ぐな高速道路を走っていた。いくつものトンネルを抜け、次第に長閑な風景から町並みが続く風景に変わっていった。

車で4時間、遠い道のり。

改めて自分が今、遠い地に住んでいるのだと実感した。

つい何ヶ月前迄は、ここで暮らしていたのにその時の事が遠い昔に感じられハンドルを握る手が、少し緊張していた。


今、住んでいる所とは比較にならないくらいの大きな街。

久々に高い建物やビル、大きな商業施設を見て圧倒される。ここで育って長年住んでいた自分なのに…。

地方勤務が決まってから初めて実家に戻ってきた。とはいえ明日には戻る。実家に帰って来たのは法事の為。とても可愛がってるくれた祖母だったので帰って来る事に煩わしさは、全くなかった。


少し街を歩いてみた。色んなお店、沢山の飲食店。何でもある所だが今の自分には、あの小さな街での生活に優るような高揚感は無かった。すっかり田舎の暮らしに馴染んだのか、あの街にいる人たちに心を奪われてしまったのか。(笑)

奪われたと言うより自分が憧れているだけ。楽しい時間をずっと続けたいだけだった。


無事 法事も済み、久々に家族と団欒。親は歳をとったせいか、自分の今の環境、生活に興味があり自然に囲まれた生活を羨ましがっていた。


お土産を買い4時間かけ、あの小さな街へ戻った。


帰って来た頃には、もう夜になっていた。

流石に長距離の運転に疲れ、早々と休む事にした。


いつもの静かで長閑な朝。


遮る高い建物が無いので朝日を眩しい位、浴びこの小さな街に戻って来た事を感じる。いつもの様に会社に行き、あちこち飛び回り、行く先々で気軽に声をかけて貰いこの地の人達の優しさを感じる。


「こんちわ〜お疲れサマです〜調子はどうですか〜?」

暑い中スーツをガッチリ着た、信金さん。


うわっ!戻って来て早々、信金さんに会うとは…。

「あっ、どうもですー。」

無難に返しとく。


信金さんも、いきなりやっちゃってから、割と静かになったような?


うーむ。

戻って来てもっと会いたい人がいるのに、

何で信金さんかなー?ついてない?

苦手な信金さんを厄病神扱い。


自分も色んな人達に接してきたせいか、苦手な人も上手く対応出来る様になっていた。


休み開けの仕事で、色々あったけれど何とか終わらし出掛ける。

まずはアキさんの店[After-eve]へ。

今日は休みの日だからお店の入り口じゃ無く自宅の方の入り口へ。


あれっ!そういえばアキさんの自宅入った事、無い!いつも店の方でアキさんに会ってる。お店の二階が自宅らしいが…入れてくれるかな?とりあえず電話してみるか。

玄関前で電話しようとしたらブ〜ンと車が迫って来た。赤い車…あうっ!カオリさんだ!

実家に帰る前カオリさんに

「おみや、よろしく〜。お寿司おごってあげたんだから〜」

と、言われてた。

1番初めにカオリさんの所に行けば良かったかな?

何か嫌味を言われそうで、覚悟した。


「ん?今から行くとこ?帰るとこ〜?」

カオリさんが訊いてきた。


意外だ。


「行くとこっす。でもアキさんの自宅初めてだから電話してからにしようかと…」


「ぷっ。家の玄関前で訊くなよ〜今更。ピンポン押せばイイじゃん。ホレ押して!」

気楽なカオリさん。


「だから…初めてだから…気を遣って…大人ですから私は…カオリさん、アッ!」

人の指を強引に掴みピンポンを押す!


カオリさんが自分の指で押せばイイものを…

やっぱりお土産を最初に持って行かなかった怨みかー?


アキさんが出て来て

「あらあら、お二人揃って。」


「マコちゃんがアキさんの家の前でストーキングしてたよ!」


カオリさん!あなたが言うなよ!あなた自分で『私ストーカーだよね』って前、言ってたよね!やっぱり初めにお土産渡さなかったの怨んでる?


「マコちゃん、どうだった?里帰りは。」


アキさ〜ん、やっぱり大人で優しいっす。


「お土産⁈お土産持って来たんじゃ無いの?」


カオリさん…今、自分は感動してるんだから邪魔しないで下さい。やっぱりお土産、気にしてたかー。


「とりあえずさーどうぞ。」

アキさんが自宅に招いてくれた。


「お邪魔しまーす。初めて入った。」

ちょっと緊張する自分。


階段を上がりお部屋に。


うぉー。凄くキレイにしている。家の中の物すべてカッコいい!というか高そうな物ばかり。ソファー、ダイニングテーブル、チェスト。

お店の感じと似たコンセプトでシックでアンティークっぽく…アキさんだから似合うんだろうなーと羨ましかった。


カオリさんは慣れた感じで、革の深めのソファーに座り両手を出しお土産の催促する仕草。


その仕草を見て見ぬふりしながらアキさんの家を見回す。


「こっちに来てから初めて帰ったんでしょ? どう? 久々にあっちに行ったら、もう田舎に戻るの嫌になったんじゃ?」

アキさんがそう言って、冷たいお茶を出してくれた。


「それは無いっす。むしろ早く帰りたい位。なんか違和感みたいな、もうこの街の人間になったんすかね?(笑)」

自分がそう言った後、殺気に近い冷たい[氣]を感じた…


「マコちゃ〜ん⁈ この街の人があなたを認めてもね〜私は、ねぇ〜」

カオリさんが…ソッポを向きながら…


やべっ!


「これつまらないものですが…良かったらどうぞ。カオリ様。」


「え〜つまらないもの〜?つまらないのか〜。」完全にヘソを曲げたカオリさん。


アキさんが、そっとカオリさんの背後に立ち、こめかみを拳でグリグリ。両手でグリグリ。

「俺は、そんな性格悪い娘は嫌いだなぁ」

と言い、また両手でグリグリ。


「うう〜ごめんなさい、ゴメンナサイ!」


「俺じゃなく、マコちゃんにでしょ?」


「あうっ ごめんなさい。マコ様許して〜」


やっぱりカオリさんはアキさんには、まるで敵わない。


カオリさんに『マコ様』と言わせたことに大満足し、改めてアキさんとカオリさんにお土産を渡した。

(カオリさんの分も一応持ち歩いて良かった)と心の底から、そう思った。


勿論その後3人で、ユウさんの店[Pig pen]へ行き、いつもの感じで楽しい時間を過ごした。


ただ…アキさんの家から出る時、トイレを借りようとしたら寝室っぽい部屋のドアが少し開いていた。意味も無く興味本位で少しだけ覗いた。ドアが少ししか開いてなかったので部屋の一部しか見えなかった。


その、一部分…自分が見てはいけない物が…あった気がする。


小さな…

仏壇の様なもの。

お花と女性の写真が…置かれていた。


…ような気がした。


(なんか…ごめんなさい。アキさん。)


第1章 終



ferment 第2章


竹山たけやま 雄一ゆういち。46歳、既婚、息子が1人。

ユウさんと呼ばれてる。目上の人や同級生からは、ユウとかタケちゃんとか言われる事もある。何故か、アキだけは昔からユウちゃんと呼ぶ。


アキとは高校生の時からの付き合いだが当時は、そんなに親しく無かった。仲が悪い訳では無く、互いに家が溜まり場だったので意外に一緒に遊ぶ事は少なかった。


高校を出て、この地を飛び出し大きな街へ出て料理人の世界に飛び込む。

周りの友達は大学やら専門学校へ。

料理人の世界は休みが平日だったので、段々と友達とは疎遠に。

そんな中、早々と専門学校を中退した

アキ。当時のアキは、明るくて軽くて少しチャラかった。

ただ、おかげで急にアキと遊ぶ機会が増え仲が凄く良くなった。


二十歳ハタチ過ぎ、アキは飲み屋で働いていた。俺もその店に通いアキにとって俺はいい客だった。

まさか、その十何年後には逆の立場になってるなんて。

意外にも当時は、長い年数遊んでた訳じゃ無かったが若い頃の時間は、とても濃密で楽しく無茶な遊び方をしていたので印象に残ってる。


ただアキが突然、別の地に移ってしまい、疎遠どころか連絡すら取れない間柄に。


丁度、俺も家族の事情で故郷のこの地に戻って来る事に。地元の居酒屋で働きながら、30過ぎに自分の店を出す事ができた。

元々は料理人志望だったが、地元の居酒屋で働いていたせいか飲み屋をやる事にした。


アキとは全く逢う事は無かった。一度、居酒屋で働いていた時、噂でアキの話を聞いた。

丁度、アキが別の地に行った後の事だが

当時の彼女絡みだったそうだ。何となく当時のアキの彼女は覚えていた。可愛いくてお嬢さんっぽい。

その彼女を見る事が少なくなりアキも彼女の話をしなくなった途端、アキは何処かへ行ってしまった。噂によると彼女が重い病気になり、専門の病院が有る所へ移った。

それにアキが一緒について行ったらしい。

ただ彼女はその後、人生を全うする事なくまだ若い年齢で逝ってしまったらしい。


それでアキが、体力的にも精神的にも窶れてしまい大変みたいという話だった。


俺の知ってるアキは、元気で前向きな奴なので大丈夫だろう。俺が故郷で店をやってれば、そのうち逢えるだろうと…。


自分の店をやり始めた頃、いまの奥さんに出逢った。それまでは余り 女っ気が無いと言うかモテなかっただけだが、奥さんとは割とスムーズにいった。


三十半ばで結婚した。


結婚となるとスムーズでは無かった。

奥さんは一つ年上、バツ1 だった。

今、いる息子も奥さんの連れ子。

自分がいきなり奥さんと子供の責任がもてるのか?まだまだお店の経営も不安定だし。不安もあり悩んだが、思い切って籍を入れた。奥さんも別の仕事を持ち家計を安定させてくれたので何とかやって来れた。


子供とは、上手くやっていけてる。

奥さんが結婚前に病気で子供はもう無理そうという事に。自分の子は仕方ないが、その分息子を自分なりに一生懸命育てたつもり。すっかり大きくなり自分が何かしてあげる事すら無くなった。


この中年と呼ばれる歳になり、平穏にやっていけるかなと思っていたが甘かった。

子供がまだ少し手のかかる時は、子供の事で揉め今はお互いの事で揉める時が多い。


何処の家庭も同じだよ!とよく言われるが、やっぱり揉め事は辛い。自分が悪いと分かっていても歳のせいか、認めたくないし頑固になる。夫婦はお互い様の所もあるのでそれぞれ分かっているのに。


そんな時、開店前の店のドアを開けようとした音がした。カギが掛かっていたので慌ててカギを開ける。


アキが立っていた。


かれこれ15年いや、もっと経つか。

そんな長い時間が過ぎていた筈なのに、アキは変わっていなかった。

余りの急な訪問に


「おーい。どうした!びっくりするなー」

と言ってしまった。


「ゴメン。いきなり来て…」

見た目は変わってなかったアキだか、その一言を聞いた時、何か変だった。


昔のイメージがまるで無い。元気が無く、とても静か。歳をとり変わったのか?


とりあえず店に招き、話を聞いた。


別に故郷に戻ってきた訳じゃ無く、一時的に帰って来ただけだった。

色々聞いたが、昔の彼女の事以外もかなり大変な経験をして来たらしい。それなりに楽しい時期も過ごせてきたらしいが、最近またとても辛い思いをしたらしい。


アキは

「逢えるときに逢っておこうと思って、思い切ってここに来てみた。」


その、あまりの憔悴ぶりからアキの言葉が何か意味ありげに聞こえ思わず、


「コッチに帰ってこい!何も考えないで帰って来い!なんとかなるから…。」

と、言ってみた。


アキは少し、うつむきながら…軽くうなずいた。その日を機にアキと連絡取る様にして、なるべく気に掛けた。


アキがここに戻るまでは、それから暫く経った後だったが、無事この街の住人になって安心した。戻って来た直後は、まだまだやつれていたけど店をやるって言ってからは、少し明るさを取り戻した。


俺は商売柄、色んな人を見てきたり噂話や相談事もあるが、やっぱり同級生は特に気になる。他人の事ばかり構ってる場合では無いけど…。

アキもそうだけど、歳を重ねると色々ある事を実感する。

夫婦なら尚更。所詮は他人同士の仲。

いろいろありながらも最終的に上手く落ち着けば良いかな。


楽観的すぎるかな…


ともあれ 今、アキとかカオリとかマコとか…昔、アキと遊んだ時の様に楽しく濃密な時間を過ごしている気がしている。


あの時と違うのは俺もアキも歳を重ね見事な中年オヤジで酒も弱くなり、朝目覚めるのが早くなり、携帯の文字も離して見る老眼と白髪の量に日々戦っている事かな。



第2章 終


ferment 第3章


夏がやって来て、より行動的な気分になる。仕事も頑張り、暑さと疲れを吹き飛ばす仕事終わりのビール。

良い季節がやって来たと思う。


と、思ってたのも束の間。

パッとしない天気が続く。寒くは無いが曇り空の日々、雨の日も多い。台風の影響?台風が直撃する訳ではないが、晴れない日々。


行動的な気持ちにさせる夏の筈が、地味な時間を過ごす事に。

ただ、それは自分だけではなかった。


カオリさんも最近は見かけない。アキさんもユウさんも割と静か。

少しつまらない気分にさせる近頃の天候を恨んだ。


それだけでは無かった。実際に良くない事も続いた。

渓流釣りを教えてもらった山奥の農家の三代目の畑が、氾濫した川の水に浸かって被害を受けた。山奥にあるので少しの雨でも急に川の水が増え大変になる事があるらしい。

また自分が、この地に来て初めて伺った農家のご主人が事故に遭い入院。

新規就農者(新たに農業を始める人)で、遠い所から移住して来た人だけに稼ぎ頭のご主人が動けない事は、その家族にとって大変な事態でもあった。


何か、街自体が天候の様に不穏な空気になっていた。


そんな気分を晴らしてくれる様な一本の電話。アキさんからだった。


「水曜日、祭日だから休みでしょ?予定ある?」と、アキさん。


「無いっすけど、何も…」


「店のオーブン壊れて修理に出したから

2、3日休みなんだよ。」


アキさんも良くない事があったのか…


「で、暇なら温泉でも行かない?天気も悪いから気分変える為に。」

珍しくアキさんが誘ってくれるなんて、

嬉しかった。


「アキさんだけですか?」


「ん?カオリちゃん誘って欲しい?でも無理かな?風邪ひいたみたいだから。」


「いや、誘って欲しいとかでは無くて大体カオリさん一緒だったから…と言うか風邪ですか?カオリさん。」

ちょっとびっくりする自分。


「ハハ、確かに意外だね。腹でも出して寝てたんじゃない?(笑)」

「この天候で男2人で温泉ってイヤ?」

意外と明るいアキさん。


「そんな事無いっす、行きましょう!モヤモヤしてたし。」

天気が悪いとはいえ夏の温泉。

汗でもかいてリフレッシュにはちょうど良いか!アキさん、いい所ついてくるな〜。


祭日の水曜日。アキさんの車でお出かけ。


相変わらずどんよりとした空。ただ久々にアキさんと遊べる喜びでワクワクしていた。

隣街の山の中へ。舗装が途切れた道路をドンドン進む。


「凄い所、行くんですね。」思わず本音が出た自分。

「折角だから山奥の秘境の温泉でもね」

アキさんが少しニヤけながら。


何もない山の中にポツンと一軒の建物。ひなびた感じ。微かな硫黄の匂い。

それだけで効きそうな温泉の感じがした。

決して小綺麗とは言えない、こじんまりとした館内。

しかし浴場は広く、茶褐色のお湯が止めどなく出続けていた。


「効きそうな色の温泉でしょ?」

アキさんが小さな窓から見える山の景色を見ながら言った。

少しぬるめのお湯に浸かる。すぐ肌がツルツルする事に気が付き、思わず

「すげっ!ツルツル!」興奮気味の自分。


「ぬるめだからゆっくり浸かれるねー

夏でも。」アキさん。


山の中腹辺りの斜面にある所なので、景色を見下ろす感じで気持ちが良い。

露天風呂がまた、良い感じと言う事なので早速行ってみた。露天風呂に繋がるドアを開けるとビックリ!木で作られた浴槽があるだけ。ちょっと崖っぽい所に浴槽があるので前には、木も無い。


「あれっ、これってあっち側から丸見えですかね?」


「だねー。でもこんな処、滅多に人来ないし。キツネとか鹿とか熊には見られてるかもしれないけど。ぷぷっ」


どんよりした曇はそのままだったが、山の中ということで少し冷たい風が時折吹き、温泉に浸かりながらには丁度良かった。


「パッとしない天気いつまで続くんですかね〜 パッとした事したいなぁ〜」

思わず最近の地味な生活の愚痴が出た。


「そろそろ天気良くなるんじゃない?そしたら何かする?ん〜キャンプとか?」


ん?キャンプか?いいなぁと思ってしまった。


「ユウちゃんがさー キャンプ道具かなり揃ってて、前にキャンプでもするか?って言ってたから意外にすぐ出来るかもよ!」


うおっ!何か現実味出てきた。

しかしこの街の人は、何でも出来るのね〜と改めて感心。

「キャンプやりて〜!天気良くなれ〜早く〜」空に向かってお願いする自分。


「じゃ、後で早速ユウちゃんとこで作戦会議だね」

アキさんも満更でもない感じ。


ゆっくりとゆったりと温泉に浸かり、風呂上がりに誰も居ないロビーの様な所で冷たい炭酸飲料を飲んだ。


アキさんが

「マコちゃん、カオリちゃん好きとか気持ちある?」


ぶーー。何を言いだすんですかアキさん!


「えっ、やめて下さいよ〜突然。」

そういいながら少し、あたふたする自分。


「でも、俺 別に何も無いしカオリちゃんとは。多分この先も無いような気が…

それに最近割とカオリちゃん、マコちゃんの話する事多いから意識してるかな?って思っただけ。」結構マジに話すアキさん。


「ダメです。そんな事言ったら!カオリさん本当にアキさん好きなんですから!」


アキさんに対して初めてビシッと言えた気がした。


「うん、それはね…わかってるけど。マコちゃんの気持ちは、どうなのかな?って思って。遠慮はしないでね。好きなら好きでいいし。カオリちゃんが決める事だし。」


その言葉をアキさんが言った後は、何故か何も言い返せなかった。


帰りの車の中。


いきなり変な事を言いだすアキさんに、オンナ心わかってないな〜と うわべでは思ったが、実際は全て分かっているしアキさんの過去が、そう言わざるしかない事を自分はアキさんの自宅に行った時に知ってしまった…から。



そんなツライ恋愛だったのですか?


ずっとこれからも1人で抱えていくのですか?


カオリさんでは、駄目なんですか?


自分が何か、力になる事は無いんですか?



第3章 終


ferment 第4章



夏の温泉に入って来た後、早速ユウさんの店[ピッグペン]にアキさんと共に行った。


まだ開店には大分早く、ユウさんは仕込みの真っ最中。忙しい時にお邪魔したので、


「何なのよ!こんな時間に、忙しいのよ!こっちは…」せわしなく動きながらユウさんが、少しイラついた感じで言った。


「いや〜ね、天気良くなったらキャンプでもしたいねーって、マコちゃんと話しててさ〜。」と、アキさんが切り出す。


と!急にユウさんの手が止まる。


ユウさんの表情が、一変した。

「おいおいおい、早くそれを言えよー。

何?何?いつやる?キャンプ?」


ユウさん!見事です!その変貌ぶり!

無類のキャンプ好きでしたか〜。


「晴れたらだけど…」アキさんの言葉途中で、ユウさんが

「あっ大丈夫。もう天気良くなるみたい」


ユウさん!天気予報では、まだ少し天気の悪い日は続くって言ってましたけど?

この人、多少天気悪くてもやりそうですよ!アキさん!


「へーそうなの? ユウちゃん、やろうと思ったらすぐ出来るの?」

アキさん!だからまだ天気は良くならないって!天気予報見てくださいよ!2人共!


「山?海?湖?何処にする?」

もう、仕込みすら辞めてしまったユウさん。

「マコちゃんの行きたいとこでいいんじゃない?」アキさんが自分にふった。


天気の悪い中。山?ヤバイだろ〜三代目の処みたいになりそう。海?ヤバイだろ〜大荒れで寒そ〜!湖?ヤバイだろ〜何がヤバイのかはわからないが…。

思わず、

「天気が完全に良くなったらですよね?」


「マコちゃん。キャンプに天気は関係ないんだよ。天気が良くても悪くてもそれを楽しむ!それがアウトドアさっ!」

ユウさんが、とうとう言い切ってしまった。

やっぱりこの人は、始めから天気なんてどうでも良かったんですね。


アキさ〜ん 、あなたなら常識人だから…


「天気悪い方が、ある意味思い出になるしね。」

ぶーー!アキさん!何言ってるんですか!


ん〜、この人達の年代は、無茶をする年代なのか?ワイルド?バブル? もう、わかりません。


「山と湖なら、釣りできるぞ。マコちゃん」ユウさんが悪魔の一言。

不覚にも釣りという言葉に揺らいでしまった。


「まあ、場所はユウちゃん大体、知ってるんでしょ?だからとりあえず日にちとメンバーだね。それによって変わってくるし」

アキさんもドンドン話を進める。


「カオリ、風邪だって?めずらしー。メンバーはどうでも良いけど多い方がオモロイし、楽だぞ。」


そんな感じで、第1回作戦会議は終了した。


家に帰り、天気予報を見る。

やっぱりまだ天気は回復しませんけど?


悪くてもやっちゃうんですよね?

思い出に残るんですよね?


寝よ…。


次の日。

朝から快晴!昨日までの天気が嘘の様に。


えっ!天気予報…どうなってるの?

近頃の天気予報は、かなり信頼度あるはずなのに。ユウさんのキャンプやりたい思い(念)が、晴れにしたのか?


まぁ久々の晴れ。スッキリした感じには、なったが…暑い!朝から暑い!

最近の天候からすっかり忘れていたが、夏だった事を思い知らされる。

会社に行っても「暑いね〜」の言葉が飛び交う。

そんな暑い中、最近の雨続きの被害状況とお見舞い がてらあちこち飛び回る。


おかげで汗だくのふらふら。


人間は贅沢な生き物だ。

天気が悪いと愚痴をこぼし、天気が良いとアツイアツイと愚痴をこぼす。


夕方になっても暑さが街に篭っていた。


こんな日は、やっぱり冷たいアレでしょ!

真っ直ぐユウさんの店に行き、

「とりあえずキンキンに冷えたのお願いします。」おしぼりで顔やら首やら拭きながら。

「なっ!だから言ったろ!天気すぐ良くなるって!」ユウさんが泡を綺麗に入れながら。

「ユウさんのキャンプやりたい執念じゃないすか?」泡のアレが 待ちきれない自分。


「ほれ、飲め。ぐ〜っと。あ、キャンプ女の子2人誘ったから…農協で働いてる臨時職員。知ってる?」


ユウさんの話は、ほぼほぼ聞かずグビグビと冷たいアレを喉に流し込む事に無中。

「生き返るな〜! えと、何でしたっけ?

農協の女の子?知らないっす。農協さんとは、ウチの会社直接交流ないので。」

冷たいアレのおかげで冷静になった自分。


「折角だからさ、色々居た方が面白いし。

どう、いいでしょ?」キラキラした目でユウさんが言った。


女の子2人と言う事で、全く断る理由も無く、

「いいっすけど、何処にするんすか?やっぱ折角だから釣りの出来る山か湖かな?」


…ドアが開く。


開口イチバン


「う〜み〜!海、行きたい!」

カオリさん久々の登場。

「キャンプと言ったら海でしょ!山は、虫いるし。湖は…何か、えーと…つまんなそうだし」

風邪をひいていた筈なのに元気でいつものカオリさんが言った。


というか、自分の要望が全否定ですカオリさん。


「風邪治ったんか?カオリ。どうせ腹でも出して寝てたんだろ。」ユウさん。


アキさんと同じ事を言ったユウさんの言葉に、思わずツボにハマり肩を揺らして笑ってしまった。


バシッ!

背中をカオリさんに平手打ちされ

「笑い過ぎ!腹は出してません!かよわいだけです!」


その一言が、自分とユウさんに更に笑いを誘った。


「アキさんと温泉行ったんだって?私を誘わずに…。」

カオリさんは前にアキさんにやられた、こめかみグリグリを自分にやりながら言った。


「う、痛いっす!カオリさん!でも風邪ひいてたから、しょうがないでしょ!

心配してたんですよ。自分もアキさんも。」


「アキさん心配してた?心配かけちゃったか〜アキさんに。」

グリグリを止めてくれたカオリさん。


「自分も心配したんですよ!自分も。」

一応、念をおして言っておく。


「キャンプいつ行くの?何処の海、行こうかね〜?」

わざとなのか、見事にキャンプの話に戻すカオリさん。


というか、カオリさん登場でキャンプは海に…ほぼ決まりですかね…。



第4章 終



ferment 第5章


何気なくキャンプいいですねっ!と言った3日後、2台の車で快晴の夏空の下を走っていた。流石に急だったので、いつもの4人と農協に勤めている女の子2人の6人で行く事に。

急とはいえ、キャンプ好きのユウさんが準備をほぼ完璧にし、決断力(我を押し通す力)が完璧なカオリさんが場所と日にちを決め思ってた以上に早く作戦が決行された。

夏なのに、愚図ついた天気が続いた何日か前に、自分が言った『パッとした事がしたい』作戦。


みなさん、行動力が凄すぎです。


アキさんユウさん2人共、この日の為に店を臨時休業。

カオリさん、何日か前まで風邪ひいていたのに迷わず参加。


まぁ自分としては、何よりも天気が良い事が一番の安心材料だった。


目的地は…言うまでもなく。


ユウさんとアキさんが車を出して、腹を出して寝たせいで風邪をひいた人の行きたい所へ向かう。

自分はユウさんの車、農協の女の子2人もコチラの車。アキさんの車にカオリさん。

4人と2人ですけど…というか向こうの車、ただのデートですよね?カオリさん!

別に良いですけど…コチラは平均年齢若いですし!

おかげで車中、ワイワイやりながら。


しかし、ユウさん一人で来て大丈夫なのかな?奥さんとまだ揉めてるのかな?

店、休みにしてキャンプって揉める原因になるんじゃ?でも訊けません。夫婦の事は。


楽しい車中のお陰で、あっと言う間に目的地到着。

キラキラとした海を見渡せるオートキャンプ場。ワイルドなユウさんなので、浜辺にテントでも張るのかと思いきや、キレイに整備されたキャンプ場とは…。


ユウさん曰く、

「男だけなら、何処でも良いんだけど女の子いるからねー。テントで寝かせるの可哀想でしょ!」


ワイルドユウさんらしからぬ、女子を気遣うお言葉。やっぱり既婚者は違う!きちんと考えてる、見習わねば!と思う自分。

まぁ農協の女の子の事を気遣っているのだと思う。カオリさんだけなら多分、話は別

かと…。


海好きのカオリさんが、車を飛び出し海を見渡し両手を広げ、気持ち良さげに海風を

感じてた。


男チームは早速ユウさん指導の下、テントの設営など下準備。

一応小さな、貸しロッジ?(バンガローより上でコテージより下の建物)を事前に予約して借りたので、作業は少なく楽に下準備が終わった。


ユウさんとアキさんは、アウトドア用の椅子に腰掛け いきなりビール缶を開ける。


「えっ、いきなり飲んじゃうんですか?」


「やる事ないし、準備終わったし、飲むだろ!それが楽しみなんだし。」

ユウさん!アウトドア、語ってた割に何もしないんすか?


「ちょっと一服というか喉潤すだけよ!」

アキさん!思い出になるって言ってたのに、何もしないんすか?


「わたしも、飲んじゃお〜」

カオリさん!あなたが海行きたい!って言ったのに、何もしないんすか?


結局、飲む事が本命なんすね?やっぱり酒好きなんだなぁ。


「マコちゃん、海連れて行ってあげなよ!

両手に花!羨ましいな〜」

ちっとも羨ましくない言い方でユウさんが言った。


すっかり車中で仲良くなった農協の女の子二人と海辺に散歩。さすが20代、テンション高めで楽しんでる。思わず自分もつられ楽しんだ。


海辺を結構歩いて行き、振り返ると遠くの方にユウさん達三人も海辺を歩いていた。

ちょっとその光景が羨ましかったけど、コチラも話が弾んでいたので楽しいというか鼻の下が伸びていた。と思う。


その後、ユウさんとアキさんが夕食の準備を始め自分達もお手伝いし、楽しい宴が始まろうとしていた。


夕陽が綺麗に見えていた筈だった。

妖しげな風が突然、サッーと這うように吹いたと思ったら綺麗な夕陽を隠すように厚い雲が覆ってきた。

海辺の天気は変わりやすい事は知っていたが、ここまであっと言う間に変わるとは。

ポツポツと、あまり気にはならない位の雨も降り出した。


ん〜、ここにきての天候悪化ですか!


ただ、ユウさんアキさんは余り気にしてなかった。流石、経験豊富な お二人。動じない。

「やっぱり降ってきたか。」

ユウさん。

「不安定な天気って予報通りだね。」

アキさん。


あの〜お二人さん?天気予報みてたのね!しっかりと…

その上で決行ですか…そりゃ気にしない筈ですよね?動じない筈ですよね?


ユウさんのテント一式は、タープ(日差し、雨よけ)もあるので多少の雨は気にせず続行。天気の悪さの為、早めに宴が始まった。


やっぱり楽しい。普段と違うシチュエーション。若めの女の子2人加わったメンバー。

まさにワイワイ、ガヤガヤ。暗くなってきて海も見えずただ波音だけの景色だったが、それだけで充分だった。


何とか雨は上がり、女子チームはロッジへ男チームはテントへ。

夜になり風が冷たくなってきた事と、みなさん結構お酒が進んだ為、早めに寝床へ。

とはいえ寝るには早いので、男同士の語り合い。

女子チームも明かりが点いてたのでガールズトークって奴ですか?


朝、まだ日が上がって間もなかったが寒さで目が覚める。やっぱり海の朝は冷える。


ふと見るとユウさんは寝袋にくるまってイビキ。

アキさんは…いない。トイレかな?

テントを少し開け外を見る。朝日が眩しいなか、アキさんが見えた。海を見ながら座りコーヒーを飲んでた。その横にはアキさんにピタっとくっつく様に、カオリさんも座ってコーヒーのカップを抱えていた。


別に会話も交わす事無く、2人で海を見ていた。その光景が素敵に見え、自分もその場で眺めてた。寒かったので温かそうなコーヒーが美味しそうで、羨ましかった。


やっぱりお似合いだな、あの二人は。


そう思い静かにテントを閉めた…はずが、

寒さで手が悴んでいたせいか音を出してしまった。

思わず固まってしまった。と、テントを外側から強引に開けようとしたので、そっと自分が開けた。強引に開けようとしたのはカオリさんだった。


カオリさんが…じーっと見つめ、

「トイレ?それとも只の覗き?」


「トイレですよ〜ただ、お邪魔かなと思って。」


「ええそうね、お邪魔です!ほら、早くトイレ行きなさいよ〜」カオリさんが鬱陶しげに言う。

そそくさとテントを出て一応トイレに行く。

戻って来るとアキさんが

「寒いでしょ?コーヒー飲んで温まる?」


「いいんすか?」遠慮気味に…うっ!カオリさんの視線を感じる。

「マコちゃんさ〜今頃、気を使わないでよ。似合わないし。こっちがラブラブじゃないのも、わかってるでしょ。」


カオリさん。何か言い方にトゲあるっす。

朝日の綺麗な海でアキさんへのアプローチ、駄目でしたか?

自分のせいでは無いですよね?

無いですよね?



第5章 終


ferment 第6章


キャンプの朝食はアキさんの焼きたてパン。その為にアキさんは、昨日から準備をし朝早く起きていた。ユウさんが持って来たダッチオーブンを使って綺麗にパンを焼き上げた。

気温は上がってきたが、まだ冷たい海風が吹く朝にアツアツでフワフワのパンをちぎって食べる。(ダッチオーブン)で作ったとは思えない柔らかさ。そのままでも少し甘みがあり美味しいのだが、アキさんがスペシャルな物をだした。高級そうな小さな瓶に入った蜂蜜。それをちぎったパンにたらりとかける。その蜂蜜は自分が知っている物とは違い、サラっとしている。

「ほれっ。」とアキさんが手渡してくれた。より甘く、柔らかなパンに染みていく。香りもいつものハチミツと違う。


「うおっ!何すか?この蜂蜜!」


自分の発したその言葉に、皆がその蜂蜜に群がる。キャンプで一夜を過ごした朝、多少の疲れがある皆さんに甘〜い蜂蜜と柔らかなパンは、ホッとさせ疲れを吹き飛ばしてくれた。

「いつの間に作ったんですか?」農協 勤めの子が訊いた。


「昨日の夜かるく準備して、朝早めに起きて。簡単に作れるパンだから大した作業はしてないよ。」サラっと言うアキさん。


「パンって発酵とかあるから大変かと思ってた。」自分の言ったことに皆が、うなずいた。

「発酵のやり方も色々あってね、温かいところで発酵させるとか、冷蔵庫で一晩とか。昨日の夜は寒い位だから丁度良かったよ。」アキさん。


「だからアレだ!パンも発酵(ferment )が大事な様に、人にもそういう我慢と言うか忍耐が必要と言う事だ!」ユウさんが何か上手い事を言ってはみたが…。


「ユウさんも発酵し過ぎて破裂しないようにね!仲良くしてよ、奥さんと。」

カオリさんの返しで笑いに変えられた。


海を見ながら美味しいパンと、のんびりと笑いがある朝食。これだけでもキャンプのいい思い出になりそう。それは自分だけでなく皆が、そう思ってた。おかげで只でさえ素敵なアキさんがより、ポイントアップ!女性陣のアキさんを見る目が更にキラキラ、星が写り込んでいる様だった。


何故か、カオリさんはその様子に誇らしげ。

いゃ…カオリさん。さっきアキさんとはラブラブじゃないって言ってたじゃないすか。まだ彼女では無いんでしょ?それでもやっぱり嬉しいもんすか?好きな人が注目されると…

アキさんが羨ましいのと多少の嫉妬で余計な事まで考える、相変わらず情けない男です自分は。


その後、みんなで海に行き写真を撮ったり、軽く遊んだり。夏の海だがこの辺りは海水が冷たいので、流石に泳げない。波打ち際でキャッキャッと、はしゃぐ程度。

はしゃぐ程度なのに何故か自分だけ下半身ずぶ濡れになった。

腹出して寝て風邪ひいた人にまんまとやられて…。


そして片付けをしてキャンプ場を出る。


海にいたので髪の毛もゴワゴワ、男性陣は髭も生え、顔もテカってたので近くの温泉に行きリフレッシュ。

皆さんサッパリして帰路に着く。


こうして一泊のキャンプだったが、楽しく何より無事に終わり一安心。

自分にとってはキャンプの楽しい思い出の他にもちょっとだけいい事もあり…まさに今回の『天候が不安定だけどキャンプやっちゃうよ(仮)』作戦は、大成功となった。


夏の遊びを満喫した後は、仕事が山積みだった。ただそれは自分だけでなく、ユウさん、アキさんにとっても同じだった。

二人共、キャンプに行く為に店を臨時休業にし、ユウさんは家族を放ったらかしにした責任、アキさんはオーブン修理でキャンプ前にも店を閉めてた責任を取り戻す様に働いていた。

仕事は忙しかったが、自分はそれを感じない位少し浮かれていた。


キャンプの楽しい思い出と同時に得た 、

いい事がそうさせていた。


キャンプに一緒に行った農協(農業協同組合)勤めの女の子の一人と、ちょっと仲良く出来て連絡先の交換ができた。


真衣(マイ)ちゃん。25歳。一人暮らし!


この小さな街で女の人の一人暮らし。

ちょっと珍しい。大体が地元の人なので実家暮らしが普通。カオリさんも実家暮らし。彼女(マイちゃん)は、この街の出身では無く、ちょっと離れた街の出身。去年まで隣街で働いていたがその後、農協の臨時職員としてこの街に住み始めたらしい。この街には、親戚も居るし知り合いも居るので抵抗無く住めているらしい。

自分からすれば25歳は、凄く若く感じる。少し後ろめたさの様なものを感じつつ、一人暮らしという言葉に胸が踊ってしまった。

(自分も所詮、欲にまみれた男だった様です。)

この街に来るまでは一人暮らしと言う言葉に、深く考える事など無かったのに。

そんな欲望剥き出しの軽い男は、勝手に

(モテ期、到来?)と信じ、ご機嫌な毎日を過ごす。


真衣(マイ)ちゃんとは、毎晩の様に連絡を取り合った。マイちゃんも気軽に接してくれて感じ良かった。やっぱり一緒にキャンプに行った事が大きかった気がした。小さな街で夜は、暇する事が多いのも逆に良かった。何となく楽しい感じで話は出来たが、いまいち男女の関係っぽくは、話が進まなかった。多少年齢の差があるのでそんな感じなのかなと、そんなに気にはしなかった。

たま〜に、ご飯を食べたりユウさんの店へ行ったりしたが二人きりでは無かった。

アレっ?警戒されてる?それとも二人きりは、恥ずかしいとか?色々考えてみて、ここはアキさん、ユウさんを見習って大人の振る舞いをしようと。落ち着いた懐のふかい感じで…。


そんな似合わない事をし、女の子に現を抜かしていたら。

やらかしてしまった。

仕事でミス!結構な失態。

今まで慣れない仕事なりに一生懸命やってミスのない様、丁寧にやって来たつもりだったのに。

この忙しい時期に農家さんに大迷惑をかけてしまった。自分の凡ミスだが、それが農家さんにとっては大損害に繋がる事もある。すぐさま出向き謝罪する。たまたまユウさんと繋がりのある方なので、

「大丈夫だよ!」と声をかけては貰ったが…辛かった。気を遣ってくれた事が。

ユウさんの店にも行き、事の経緯を伝えた。「次!次が大事。同じ事しない様に」

ユウさんからの言葉に胸が詰まった。


やっぱり自分は情けない、だらしない、何も変わってない。


お酒も飲まず、そのまま帰った。


次の日朝早く、アキさんが訪ねてきた。

「人間大事なのは、きちんと食べる事」

そう言って、焼きたてのパンを渡してくれた。

わざわざ朝早くに焼いてくれた。

ユウさんがアキさんに言ってくれた。

泣きそうになりながらパンを食べた。

メールが来た。カオリさんだった。

「ガンバレ!一生懸命が取り柄でしょ!」

も〜 朝から泣かせないで下さいよ〜。

ありがとうございます。


第6章 終


ferment 第7章


浮ついたうえ情けない自分。

そんな自分に声を掛けてくれるアキさん、ユウさん、カオリさん。

それ以外にも会社の人達や普段お世話になってる方々にまで、声を掛けて貰い気遣って貰った。改めてこの街の皆さんに支えられ、見守って貰っている事を実感した。


釣りを教えてくれた三代目の所に、仕事で行った。


「マコちゃん、やらかしたみたいだね。大丈夫だった?」と言われ、返す言葉も無くうなだれてしまった。

「ありゃ、かなり凹んでるねー。でも何とかなったんだろ?じゃ良いじゃん!」


「でも…色々、迷惑掛けちゃったし…」

ブツブツと小さな声で自分が言った。


「迷惑掛けるのは、お互い様!俺らだってわがまま言ったり迷惑掛けてるよ。

でもさー 互いに信頼があるから成り立ってんだよ。」

汗を拭いながら三代目が笑顔で続ける。

「ちょっと言うのはハズいけど。俺も含めみんなさ〜今までマコちゃんが一生懸命だった事、知ってるから気にするんだよ。もうとっくにマコちゃんは、みんなから認められて信頼されているんだよ。」


また、泣きそうになった。


「うわっ!やっぱりハズい!こんな事言わせんなって。反省する事も大事だけど、素直に受け入れる事も大事!遠慮すると付き合い難くなるぞ!田舎では、」

軽くお尻に蹴りを入れながら三代目が言ってくれた。


「三代目まで気を遣わせてしまって…すいま…せ」すいませんと自分が言う前に、


「だ〜か〜ら〜 それが余計だって!俺は何も関係ないし。お互いがんばろうや〜 コツコツやるしかないだろ!」

三代目が腕を組み、胸を張って言った。


三代目は自分と歳があまり変わらないのに、とても堂々としていて…自分と比べると如何に自分が『甘ちゃん』だった事を思い知った。


家に帰っても何もする気力も無かった。

アレからユウさん、アキさん、カオリさんは静かで、気を遣ってくれてるのかなっと

思った。そんな中、マイちゃんが連絡をくれた。あまり気がのらなかったが…。

流石、農協に勤めているだけあって農家さんの情報は知っていた。

大分、歳下の女の子にも気遣って貰い微妙な気持ちだった。

マイちゃんが今度の日曜日の予定を聞いてきた。仕事も溜まってるし、自分のミスで余計やる事が増えたので会社行くよって言った。

それでもマイちゃんは、少し息抜きしてリフレッシュした方が良いのでは?と言ってくる。どうやら一緒に行きたい所が、あるらしい。渋ってはみたが、少しだけという事でオッケーした。珍しくマイちゃんが強引だったので、押しきられた感じ。


日曜日。マイちゃんとの約束は昼なので、午前中は会社に行き一人で仕事をした。静かな会社で、たった一人。黙々と仕事をした。自分への戒めの様に。


昼になり家に戻る。待ち合わせは、自分の住んでいるアパートの前。何処でも迎えに行くのに、何故アパートの前なんだろうと思った。あまり深くは考えず、ただマイちゃんをボーっと待っていた。


「お待たせしました。すいません。早速行きましょ。」マイちゃんが明るい笑顔で言った。

「何処? 車、使わないの?」

戸惑いながら訊く。

「あっち!」と指を指すだけのマイちゃん。

ただマイちゃんに付いて行くだけだった。

中心部、ユウさんの店近く。

何やら賑やかな感じがする。

飲食店が並ぶ建物の間にある公営の駐車場で何かやっていた。

「何、やってるの?」思わずマイちゃんに訊いた。

「ビアガーデン!」マイちゃんがそう言いながら自分の背中を押し、中へ入れる。簡単なテーブルと簡単な椅子が置かれた、手作り的な会場。炭火が焚かれ肉を焼いて煙がモクモクする中、ご機嫌な人達がビール片手に楽しんでいた。


「あっ、来たな!お二人さん。ヒューヒューだぞ〜」カオリさんがいきなり冷やかす。


「さっ、座った、座った!」

ユウさんが急かす。


「ちょうど良い時来たね〜ピザ焼きたてだよ!」

アキさんが大きなピザを運びながら…


大ジョッキがテーブルの上に並べられ

「じゃ、早速!乾杯するか?」

「ん〜ビアガーデンに乾杯かな?」

ユウさんがそう言いながらジョッキを持ち上げた時、カオリさんが言った。


「マコちゃん、やらかして半ベソかいた記念に…かんぱ〜い!」


「乾杯〜!」「かんぱーい!」「カンパ〜イ!」皆が、ジョッキを打ち鳴らした。

ガクッとなった自分だか、三代目の言葉『素直に受け入れる。遠慮すると付き合い難くなる。』を思い出し、

「皆さんにも迷惑掛けてすいませんでした!乾杯〜!」と周りにも聞こえる位の声で言った。


「別にウチらは、迷惑かかって無いし。」

ユウさんが何食わぬ顔で言う。

「だね〜私達に迷惑掛けてたら、とっくにこの街から叩き出してるよ〜」

相変わらず言葉がキツいカオリさん。


「でも、色々気を遣って貰ったし。自分の事考えて、そっとしてくれてたし…」

目を見て話せない自分。


「気を使ってやりたかったけど、こっちも忙しくて、このビアガーデンの仕切り任されてたから。」


えっ?ユウさん、そうだったの?最近静かだったのは、そっとしてくれてたんじゃ?


「マコちゃ〜ん?自意識過剰じゃない?人の事、構ってる暇ないよ!みんな!特にマコの事なんて、めんどくさそうだし(笑)」

カオリさん、面倒って!キツすぎる。


「あーあのパンどうだった?朝、持って行ったやつ。新作パンを考えていてさー、徹夜しちゃったよ。」

ア、アキさん?ワザワザ朝焼いてくれたんじゃ?


「マコちゃん!急いで取り戻そうとしても駄目よ!ゆっくりやりなよ仕事!」

ユウさんがビールのジョッキを更にテーブルに並べながら。


「今日はさ〜お祭りみたいな日だからさ。お祭り好きでしょ?今日は、仕事忘れてパ〜っと」両手に大ジョッキを二つ持つ、カオリさん。二つ持ってどうするの?飲んじゃうんですか?カオリさん。


「良かったね。マコちゃん。みんな、ちゃんと見てたから信頼できるんだよマコちゃんの事。」アキさんが肩をポンとしてくれながら言ってくれた。

本当は自分の事、気にしてくれて気遣ってくれて心配してくれてたのは分かってます。

感謝です。この人達に出逢えて。


「で、マコっ!どんくらい、会社に負債出したんだ〜?」

カオリさん、ピッチ早くないすか?べろべろじゃないすか!

で!聞きます?そういうデリケートな事!



第7章 終


ferment 第8章


真夏の日曜日。ユウさんをはじめ、飲食店をやっている人達が企画したビアガーデン。しょぼくれてた自分をわざわざ誘ってくれて、ありがたい気持ちだった。

どうやら、ユウさんとカオリさんがマイちゃんに自分を誘う様に頼んだらしい。

どうりで、マイちゃんが少し強引に誘ってきた訳だった。早々と出来上がったカオリさんを見たせいなのか、まだ自分の気持ちがスッキリしないせいなのか、あまりビールはすすまなかった。それでもその場は、楽しい時間を過ごせた。


べろべろでフラフラしているカオリさんを何故か自分が送る事に。

田舎の街なので道路を走る車も少ないおかげで、まさに千鳥足状態のカオリさんも自分の足で歩いていた。


「今日は、随分飲んだしピッチも早かったすね!何かあった訳でも無いんでしょ?」

聞こえてるか分からなかったが一応訊いてみた。

「ふふっ。マコちん!わたしはね〜常に色々ある訳よ〜。悩み多きオンナなの!わかる?」

しっかり聞こえてたようです。

って、マコちん⁈まだマコの方がいいっす。


「アキさん?」カオリさんの悩みと言ったらこれかな?と思いながら。


「アキ?…アキか〜。秋本か〜。駄目かなわたしじゃ…どう思う?マコっち。」


あれ。ネガティヴ。何かあったかな?

というかマコでいいです。


「カオリさんらしく無いっすね。諦めモードですか?」

「らしくないか〜。マコっぺなら、どうする?上手くいかない仲でも追いかける?」

「うーん、自分は諦めてしまうかな?ヘタレで根性無しなので…」

マコで、お願いします。マコっぺは嫌!


「真衣ちゃん好き?ヘタレマコ。」

「まぁ、いいなぁって感じだけど歳もね、あるし何か恋愛って感じには、ならないので…どうっすかね〜?」

ヘタレは付けないで…自分でも承知してるんで…

「歳は関係ないんじゃ無い?それ言ったら、アキさんとわたし一回り違うし。でしょ?根性無し。」

とうとう、名前すら無いっす。ただの悪口になってますよ!カオリっぺ!


「わたしが言う事じゃないけどさ〜、ん〜

今は、彼女作るより仕事に集中したほうがさっ。やらかした訳だし!ぷっ」

「もう、勘弁して下さいよ〜反省してるんすから。勿論仕事は、しっかりやります。」


「ありがとねマコちゃん、送ってくれて!辛い事あったら付き合うから言ってね。」


やっと普通に呼んでくれた。

何か、最後変だったな〜。らしくない。


何とか、カオリさんを送り届けた。


うーん。やっぱりカオリさんには上手くいって欲しいな。アキさん!わかってあげて下さい、色々あると思うけど。


家に帰ってもカオリさんの言葉が気になっていた。酔ってたせいかな。


それから10日後。お盆の時期。夏休みで実家に帰る。この10日、必死に働いた。自分のミスを取り戻す為では無く、迷惑を掛けた人、気を遣ってくれた人達の為に。

おかげでより一層、日焼けした姿に親は驚いていた。

16日に戻ってきた。案の定アキさんは居なかった。

スーパーに買い物に行ったら、キャンプに一緒に行ったマイちゃんの同僚に会った。

何気なくマイちゃんの事を訊くと、歯切れの悪い感じ。詳しく訊くと8月いっぱいで仕事辞めるそうだ。辞めると言うより臨時だったので期間満了。更新も出来るらしいが、しなかったらしい。

呆気に取られてると、同僚は全部話してくれた。どうやら元カレが絡んでもいるらしい。あう〜。道理で恋愛っぽくならなかったのかと、改めて思った。二股じゃないだけマシか〜と自分を慰めた。


今になって思うと、前にカオリさんが言ってた事。うーむ、もしかしてカオリさん知っていたのかな?


カオリさんに連絡を取ってみる。

カオリさんは、へぇ〜そうなんだと軽い返し。その軽い感じで知っていたんだなと思った。何となくやりきれない感じがあり、一人でユウさんの店へ。

お盆も過ぎた事もあり店は静かだった。


「何も無かったのに、フラれた気分っす。」


「あー農協の子?やめるんだって?」ユウさんがテレビを観ながら言った。

「女の人と縁ないなぁ〜」愚痴る自分。


「そのうち出来るよ!彼女。こんな田舎でも意外と、いるぞ女の子。」こっちを見ないユウさん。

ユウさんも知ってたか〜。仕草で分かるようになった。

仕事でやらかして、彼女も出来ず。と、言うより恋愛に発展する前にフラれる。情けねー。この夏は何だったんだ〜!でも充実感は、ある夏だけど。


その2、3日後。仕事終わりにカオリさんが失恋パーティをしてあげると言い、ユウさんの店に集まる事に。

アキさんも店閉めてから来るはずなのに。

電話しても出ない。片付けが大変なのかなと思い、カオリさんと二人で行ってみた。


店の看板の明かりが点いてる。店の中も明かりが点いてる。店のドアには[close]の札。どうしたんだろ?一応店のドアを開けてみる。

開いた。ただ静かな店内。店をやってる時はジャズが流れてるけど。まるで音がしない。パンを置いているダイニングテーブルは、キレイに何も無い。自宅かな?車はあるし。自宅用の玄関に向かおうと、でも何故か自分は気になり店の奥へ。


やっぱりいないか〜


と思ったら、店の奥の隅で…


アキさんが倒れていた。


えっ!「アキ…さん…?」

声がちゃんと出せず、ただその場で固まってしまった。


「ちよ…っと…!」

カオリさんがアキさんに飛びつく。

「アキさん?…アキさん!…

何で?なんで?」

アキさんの顔を抱き抱えるカオリさん。


混乱した自分が、必死に携帯で救急車を呼ぼうと119番を。混乱と普段119番なんてかけた事ないので指が震える。声に出し119番と言いながら救急車を呼んだ。


アキさんは、息はしていて身体も動いていたが意識がハッキリしない感じ。苦しそうな表情だった。カオリさんはずっと「アキさん!」と呼び続けていた、涙をボロボロ流しながら。救急車が来る間、ユウさんに連絡した。ユウさんは意外にも

「わかった。すぐ行く」とだけ言った。

救急車が来て色々処置をし始めた頃に、ユウさんが来た。ユウさんは救急隊員に何かを伝えその後、アキさんは救急車に載せられた。

「俺がついて行くから、マコちゃん悪いけど後で迎えに来てくれる?連絡するから」

ユウさんがそう言って救急車に一緒に乗り込んだ。カオリさんも一緒に行くと言ったがユウさんに断わられ、自分に「カオリを頼む」と言い救急車は走り出した。


何が、あったのか。アキさんは大丈夫なのか。ユウさんの行動から、何か知っているのか…

ただ何も考えられない程パニックだった。


涙を流して取り乱すカオリさんを抱えながら…


アキさん、大丈夫だよね…アキさん…



第8章 終


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