カメラから君を覗いて、僕は言葉を込めた
私がこの作品を書こうと思ったのはある絵を見たからなんですよね。
肉眼で見る景色は記憶に残る。それは自分だけの記録として残るが、親しい者との共有はしにくい。
だけどカメラならその一部を切り取って残してくれる。思い出を自分だけの物にせず、一緒に共有できる。
だから僕はカメラを持ち歩いている。君との思い出を切り取りたいから。君と共有したいから。
――だから今日もシャッターを押す。
◇◇ ◇◇◇
「ごめんね、華ちゃん。待った?」
「うぅーん。全然、大丈夫だよ」
息を切らして、待ち合わせの場所に行く。当然彼女はそこにいて、僕、沢口透の問いにそう返した。
息を切らしていた理由はなんてことはない。待ち合わせに遅刻してしまったから。
だから彼女、黒澤華とお揃いで買ったマフラーを忘れて来てしまった。
「透くん、寒くない?」
「……いや、寒くないよ。それよりも早く行こう。僕が遅れちゃったせいで時間が無くなるのは嫌だから」
「うん、そうだね。……あっ、ねぇ透くん。ちょっとしゃがんで」
何かなと思ったけど彼女の言う通りしゃがむ。彼女とは頭一つ分の身長差がある。手が届かない程じゃないけど背伸びしないと届かない。
「はいっ、どう?これで暖かいでしょ」
彼女が自分のしていたマフラーを巻いてくれた。その時、彼女がしていた眼鏡がずれてしまって鼻にかかってしまったのを間近に見れたのは可愛かった。カメラに納めたかったが彼女はすぐに直してしまったので残念だった。
「うん、暖かいよ。ありがとう華ちゃん。……じゃあ、お返しに。はい」
そう言って僕は着けていた手袋を彼女にはめてあげた。
「うわぁ、暖かい暖かい。ありがとう透くん」
嬉しそうにしてくれる彼女を少し眺めてから、行こうと言って手を差し出した。彼女はその手を握って歩き出す。
彼女の歩幅に合わせながら思う。握った手のひらがとても暖かいこと。
――参ったな、華ちゃんにはもらってばっかりだ。
◇◇ ◇◇◇
それから時間の許す限り二人で行けるところに行った。
水族館に行ってマンタやペンギン等を見ている華ちゃんを、喫茶店でコーヒーを飲む華ちゃんを、一緒に選んで買った眼鏡を嬉しそうに着ける華ちゃんを僕は写真に収めた。どれもこれも笑顔の写真が多く、僕が無意識にその時ばかり撮ってしまっているんじゃないかと思うほどだ。
でも確かに思い返してみれば、撮りたいと思った写真は華ちゃんが笑顔の時か何でもない時だったりする。
それから別れの時間まで公園のベンチで華ちゃんとお喋りしていた。会話は至って普通だ。このテレビが面白かった。あの服が可愛かったけどどう思うなど、何の取り留めもない話だ。
そうして辺りが夕日で照らされる刻。その時間までが僕と華ちゃんが一緒にいられる時間だ。でも、もうすぐお仕舞いなのでマフラーを華ちゃんに巻き直す。
名残惜しげに、バイバイとまたねと言い合って彼女は振り向き歩き出した。僕は夕日に照らされる彼女の姿を写真に収めようとカメラを覗いた。そしたら彼女が振り返って僕に問うてきた。
「……透くんはさ、私のこと好き?」
いきなりのことに反応出来ないでいると、彼女はそのまま言葉を続けた。
「私は好きだよ、透くんのこと。大好き」
自分の顔が赤くなっているのがわかった。カメラ越しに見つめた君は真剣で、僕の言葉を待っているようだった。そんな彼女の表情は初めて見た。すると途端に恥ずかしくなって、カメラから顔を離せなくなった。
――だから、君に好きというかわりに僕は誤魔化すようにシャッターを押した。