異世界からの来訪者
気がつくと俺は、どこか不思議な世界に立っていた。 中世ファンタジー風の世界というのか、現代のコンクリートと違い柔らかい地面の上に俺は立ち尽くしていた。 ここがあの世なのだろうか。
辺りを見回すと妙な服装に晴れやかな髪色をした人々がこちらをじろりと見ながら往来を歩いていた。 いや、こうなると妙なのはこちらの方となるのだろう。 黒髪オールバックに学ランの男などこの世界では浮いているとしか言いようがない。
「なんで死んだ時の服装のままなんだろうか、せっかくなら俺もこういうのが良かったな」
持ち物は財布にジャックコームか、携帯は事故の時ぶちまけたみたいだな。 財布の中身は札はなく小銭で1130円……地獄の沙汰も金次第というわな。
とりあえず物価を知りたいので適当に店にかかる。 外国人風のその者達はどうやら日本語が通用するらしく面妖な果物を売ってくれるようだ。
ダメだった。 どうやら日本円は使えないらしい。 この世界ではゴールドと呼ばれる金貨を使い取引をしているらしい。
「ちっ、あの世だろうが貧乏に変わりはねぇってことか」
苛立ちを覚える。あの世ってことはこれ以上死ぬことはないだろう。 多少の無茶を前提に成り上がってやる。 そう心に誓った。
そうとなるとまずは情報収集だ。そこには木造あるいは石造りの建物ばかりだ。 あの世はよほど文化の進みが遅いようだな。 店には食物のほか書物が並んでいた。 そういえば腹がすいたな、あの世でも食事は必要らしい。
周囲の観察を終えると、聞き込みを行うことにした。 手当たり次第にここでの生活について聞こうとしたが不審がっているのか、誰も答えてくれない。
「同じ死人同士仲良くして欲しいぜ」
仕方がないから場所を変えて聞き込みを続けようか。 と、歩いているといわゆる裏路地のようなところへ着いた。 さすがにここには何もないだろうと思い引き返すが。
「ようにいちゃん、通行料置いて行ってもらおうか」
などと怪しい男が道を遮ってきた。 2人か、どうやり過ごそうか。
「悪いが金目の物は持っていないんだ。相手を変えてもらえないか?」
「そういうわけにはいかないな。それならそれで妙な形だが服を着ているじゃねえか。 置いて行ってもらおうか」
「兄貴の魔法を食らう前に大人しく従っておくことだなぁ」
魔法…そんなものがあるのか。 にわかには信じがたいがここはあの世だ。 何があっても特別驚くことはあるまい。
「それならその魔法とやらを見せてみろよ」
「兄貴、こいつ兄貴のこと舐めてますぜ。 どうしやすか?」
「この野郎め…ゆるさねぇ、こいつを食らいやがれ」
兄貴と呼ばれる男がファイアーと叫ぶと手から火球を繰り出しこちらへ飛ばしてきた。 あれ、からまずくないか?
野球ボール大の火球が俺の身体へとかなりの速さで近づいてくる。 熱いその火球の温度を感じる。それが俺の体は触れもうダメだと思ったその時、火球は跡形もなく消えてしまった。
「ハッタリかよ。大したことねえなぁ」
2人の男たちの体格は細く、あまり徒手格闘が得意には見えない。 魔法とやらが人体に通用しない以上、こいつらに俺を脅す材料はないだろう。
「で、どうするんだ?」
俺は持ち前の強面を使い、こいつらを精一杯睨みつけた。
「あっ兄貴ぃー。 やばいですよ」
「あ、あのー…お許しをー」
それは綺麗な土下座だった。 見ているだけで全てを許しそうになるくらいに。 もちろん許す気はなく、金目のものを巻き上げ情報を洗いざらい聞くくらいのことはしてやるつもりだった。
しかし、ひとつだけ厄介なことが起きた。 この現場をひとりの少女に見られてしまったことだった。
「そこの怪しい男、こんなところで2人も脅して許さないわよ」
完全に誤解されたようだ。 まぁ確かに妙な服装をした男が2人の男を土下座させている。 そんな現場を押さえてしまったら、俺が悪党に見えるのも無理もない。面倒だが誤解を説かなければ。
「いや、ちょっと待て。俺はこいつらに脅されてだな」
という弁明の言葉に割り込んで、
「問答無用よ、ブリザード!」
と、少女は右手から氷柱を出し、それをこちらへ飛ばしてきた。 流石にこれが刺さったら死ぬ。 いや死ぬのか? そんな迷いが生じワンテンポ避ける動作が遅れる。 当たってしまうその瞬間に氷柱は砕けて消えてしまう。
「おいおい、魔法ってのは人に危害を加えられるものなのか?」
単純な疑問だった。その疑問に対し少女はこう答えた。
「あなた、異世界からの来訪者ね」
どうやらこの世界は単なるあの世なんかじゃなさそうだ。