囚われ聖女と魔王様。
『聖女様! クソ、魔王! 貴様はどこまで愚劣なのだ! その汚れた手を彼女から離せ!!』
『聖女様はわたし達の希望なのよ!? 彼女を浚うというのならわたしになさい!』
『愚かな人間共よ。聖女を返して欲しくば魔王城へと来るのだな。しかし脆弱な貴様等など我ら魔界の者が必ず屠ってくれるわ! ハハハハハ!!!』
『勇者様!みんなーーー!』
『聖女様!』
『聖女様あぁぁぁ!!!』
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……と、ここまでが物語のハイライトだった。
現在魔王城に聖女は十五泊目。
「ふん、聖女よ。いつになったら貴様の言う味方とやらは助けに来るのだろうな?」
「お黙りなさい魔王! 彼等を愚弄するのは許しません!」
「――威勢のいい娘だ。精々無駄な希望を持つのだな。勇者共はまだ地下六十層辺りをうろついているところだがな?」
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現在魔王城に聖女は三十二泊目。
「また飯を残したと聞く。奴等が来る前に死なれては敵わん」
「誰が――あなた方の用意した物など――」
「ふん、強情な娘だ。勇者共はまだ地下四十層辺りをうろついているぞ?」
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現在魔王城に聖女は八十一泊目。
「最近夜中に耳障りな祈りをしなくなったが、諦めたのか?」
「……お黙りなさい」
「――愚かな娘よ。勇者共はまだ地下二十層辺りをうろついていたぞ?」
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現在魔王城に聖女は百二十泊目。
「昨日の果物が気に入ったようだな」
「べ、別にそういうわけではありません!」
「まぁ良い。コボルト共が喜び勇んで森に探しに行っている。勇者共はようやく地下四層辺りに到達したようだがな」
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現在魔王城に聖女は百五十七泊目。
「先日コボルトの手当てに力を使ったそうだがどういうつもりだ?」
「どうって……。いつも新鮮な果物を下さるお礼です。それにあんなに可愛らしい小犬――ゴホン、とにかくあんな黒目で見つめられては気にするなと言う方が無理ですわ!」
「――おい、それでいくと貴様はオーク達が傷を負っても手当てをせんのか?」
「はい?そんなことあるわけありませんよ?」
「――――聖女はみなお前のようなのか?」
「さぁ……私は自分以外の癒やし手を知りませんから」
「ふん、まぁ良い。勇者共はまだ地上三層辺りに到達したところだ」
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現在魔王城に聖女は二百四泊目。
「……おい、聖女よ」
「何ですか? 魔王さん」
「貴様は虜囚の身でありながら魔王の部下達とカードゲームに勤しんでいる現状をどう考えているのだ?」
「どうって――普通に楽しいですけれど?」
「…………」
「おかしいですか? いくら聖女だ何だと言われたって、私だってこうして遊んでみたい気持ちくらいあるんですよ」
「そうか――、勇者共はまだ地上五層をうろついていたぞ」
「いつもご報告ありがとうございます」
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現在魔王城に聖女は三百五十泊目。
「――――おい」
「何ですか魔王さん?」
「お前を捕らえてもうすぐ一年になるわけだが……」
「ここは良いところですね、魔王さん」
「――どうしてそう思う?」
「だってここには異端審問官が来ませんから」
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現在魔王城に聖女は四百七泊目。
「聖女よ。心して聞くが良い」
「はい、どうしました?」
「……勇者共はもう来ない」
「でしょうね」
「でしょうね、とは、お前――。お前は勇者と恋仲だったのだろう?」
「魔王さんは魔王をやってるのに純粋ですね」
「……どういう意味だ?」
「もし結婚して子供が出来たとき、異端審問にあうような子供が産まれたらどうしますか ?」
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現在魔王城に聖女は五百泊目。
「お前に言わねばならないことがある」
「あら、それは丁度良かったです。私も言わなければならないことを思いつきました」
「――お前から」
「いえいえ、魔王さんから」
「こういうのは客人からだろう」
「それを仰るなら目上の方からですよ」
「目上か、ふむ。では言おう。勇者は探索を諦めて女戦士と結婚したぞ」
「あぁ、彼女はお転婆でしたけどあの国の末姫様でしたものね」
「――怒らんのか?」
「どうしてですか?結婚、結構なことじゃないですか」
「お前を捨てて、仲間を裏切ったのだぞ」
「そうそうそのことで誤解があるようですね。実は私は――」
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現在魔王城に聖女は五百六泊目。
「……もう用意がすんだのか」
「ええ、バッチリです! 皆さんにもお世話になりました!」
「そうか」
「あとは国王が私の身柄を奪還するなんていう言いがかりをつけて襲ってこないうちに、ここを離れないといけません」
「そうか」
「はい。ここでの生活は思ってたよりもずっと素敵でした。私の人生のハイライトに上書きしておきますね」
「そうか」
「――魔王さん、さっきからそうかしか仰って下さいませんね?」
「そう、だな」
「あぁ、良かった。聞こえていたんですね。それでは、そろそろ行きますね」
「――駄目だ」
「そこはそうか、でいいんですよ」
「いま戻ればお前は殺されるぞ。長くこの地にいた聖女など奴等が生かしておくものか」
「ですね。でも、だから帰るんですよ」
「何故だ?」
「貴方が私を生かして下さったように、私も貴方達に生きていて欲しいですから。聖女失格ですね」
「――――……」
「そんな顔……って、骸骨みたいなお顔ですから分かりませんけど。きっと憐れんで下さっているんでしょう?」
「――――――……」
「ありがとうございます、魔王さん。それでは、堕落した元聖女はもう行きますね」
「……行くな」
「え?」
「お前さえこの醜い姿を厭わないなら、わたしの妻にならないか」
「え??」
「ならないかと聞いているんだ。どうなんだ?」
「え、え、えぇ!? 私もしかして魔王さんにプロポーズされてるんですか!?」
「どうなんだ!?」
「ああぁ……えっと、ふ、ふつつかものですが!」
「――馬鹿が、その位もう知っている」
「……魔王さん、アノデスネ……」
「うん?」
「元聖女にあるまじき発言なんですが――」
「あぁ、どうした?」
「――いま私……とっても、とっても、幸せです」
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現在魔王城に元聖女はお嫁入り。
並みいる国王軍を殲滅して、真っ赤なバージンロードで結婚式。
残った人間共に宣戦布告――もといこんなお願いをして回りました。
【今後魔王とその配下、何より妃に手を出す者はみんなまとめて始末する。それが嫌なら金輪際、こちらの世界を放っておけ】
この盟約はその後ずっと守られて、世界は平和になりました。