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ベテラン・ソリスト・ヴァルキリーからの依頼と三人目の父

 村の中心区画へと向かうと、広場で二体のギガントアントと衛兵達が激しく戦いを繰り広げていたので、俺も加勢した。

 リーゼを戦わせる訳にはいかないが、その分、俺がやれる事は、やらないとな。


 衛兵達と一緒に頑張ったおかげか、負傷者は出たが、死者を出すことはなく、無事にすべてのギガントアントを掃討することができた。

 他の地点にもギガントアントは出ていたそうだが、そちらも衛兵の皆さんがきっちし仕留めていた。衛兵の皆さん、気が操れる訳じゃないと思うんだが、普通に強い。さすが百戦錬磨。


「いやー! 素晴らしい動きだった! 君が協力してくれて助かったよ、少年!」


 鉄弓を片手に衛兵隊長が上機嫌に笑って、俺の肩をバシバシと叩いてきた。

 隊長は桃色の長い髪のお姉さんだ。羽付きの鉄兜をかぶっていて、髪をまとめて襟首の中に入れているので、一見だとよくわからないが、確か背中くらいまで長い。

 童顔で、見た目は十七、八で通用するくらいに妙に若々しいけど、実年齢は二十代後半だって話だ。

 曲刀と弓の名手で、村を守護し続けてきた美しき戦乙女として名高い。戦い続けて盛大に嫁き遅れた人としても名高い。未だ清らかな乙女であるらしいとの噂だ。美人さんなんだけどねぇ。


「ある日突然眠っていた力に目覚めたとか、そんなことが本当にあるものなのかと正直疑っていたんだが、本当だったんだな!」


 はっはっは、はい、そんな事実はありません。衛兵隊長、その疑いは正しい。

 あ、でもリーゼさんはそうなのか?


「どうだ君、我等が衛兵隊に入らないか?! 今なら無料で名工アレイトリィ作のヴェスティール鋼製ロングブレードがついてくるぞ! 私のお古だけど!」


 いきなり勧誘を受けた。

 衛兵隊の人員が不足しているという噂は結構、本当なのかもしれない。

 タダで名工作のロングブレードが手に入る、というフレーズにはちょっと一般辺境男子としては心惹かれるところがあったのだけれど、丁重にお断りしておいた。俺はまず農家の長男として家を守らねばならぬ。


 そんな訳で衛兵隊長達とあれこれ事後処理を済ませてから、その家に俺はリーゼと一緒に帰ったんだが、


「あぁ……駄目です、駄目ですレグ……!」


 アリシアさんが村の男と愛らしきものを語り合っていたので、見なかったことにしてアリシアさんと男に気づかれないうちにまた、外へと出た。

 かーちゃん、この非常事態になにやってた。いや、非常事態だったからなのか?


「わー、三人目のお父さんだぁ!」


 道を歩きながら麦わら帽子をぶんぶんと振り回して、はしゃいだような声をあげているリーゼの頭の上に、俺はぽんと手を置いた。

 するとリーゼは俺に腕をまわしてしがみついてきた。

 空を見上げると、青く青く晴れていた。

 昼をだいぶ過ぎても太陽は相変わらず輝いていて、とても暑く、並んで歩く俺と妹をじりじりと焼いた。





 本格的に夏が近づいてきた。

 熱気を帯びた風が吹くたび、黄金の海は波をうって揺れる。

 もうすぐ収穫だ。ざっと調べたところ、今年の実りは、悪くなさそうだった。


「ケルヴィン君もリーゼちゃんもその歳でたいしたものだねぇ」

「いえいえ、まだまだですよ」

「でもこれからは私を頼ってくれても良いんだよ」

「や、悪いですよ、これは俺達の仕事ですから」


 はっはっはーと笑いながら、俺は壮年の男と共に黄金の麦畑の見回りを行ってゆく。


 壮年の彼の名はグレゴリオ、元は旅の吟遊詩人であったのだが、旅に疲れを感じていたのと、この村が気に入ったとの事で、今年の初めからレッカー村に住み着くようになっていた、外見的にはワイルドな雰囲気のあるオッサンだ。物腰は柔らかい。

 うん、良い人だよ? 詩人というと軟弱なイメージあるけど、旅人だっただけあって、腕っぷしも度胸もあるしね。

 あの状況下でアリシアさんとかたりあっちゃうくらいだからね、たいした度胸だ。


 俺はすっかり打ち解けたよ。目線は合わせらんねーけどな。


「にーちゃん。お昼しよう」


 リーゼさんは最近、不機嫌であることが多い。センゴクモードでもないのに無表情だ。

 俺がグレゴリオへと振り返ると、


「じゃ、私は一旦家に戻るよ」


 彼は爽やかに笑って答えた。


「ええ、では、また後で」


 俺の生家の方角へと向かって歩いてゆく壮年の男の背を一瞥してから、俺は麦藁帽子をかぶった人形みたいに無表情な童女と一緒に畑の脇の樹の陰で、弁当を広げた。

 二人で無言でもぐもぐと黒パンに噛り付く。


 最近、家に帰りづらい。

 良い人そうではありそうなんだけどね、グレゴリオさん。


 俺の家は、元々俺の親父が俺の本当の母ちゃんと一緒に建てた家なんだが、今はリーゼの母親であり親父の再婚相手であるアリシアさんのものである。

 アリシアさんはまだ若い。15の時にリーゼを産んだから、まだ27だ。乙女な衛兵隊長と同世代だな。アリシアさんは既に二人の夫を持った一児の母であるとは思えないほど美しい。身体は弱くて、病気がちだけどな。リーゼの実母なだけあって美人だ。ついでにナイスバディだ。

 だから彼女がまた再婚してもおかしかーないわけで、そうなると、あの家はあのグレゴリオという名のオッサンのものにも、なるのだろうなぁ……この国はそういう”ほーりつ”だ。


 あの家は、既に俺の家じゃねぇ。

 この畑も、家畜達もな。

 もし今は違うのだとしても、じきにそうなる。


 前の時は、そんな事は思わなかったんだが、何故だろう、親父がいたからだろうか?

 最初うちにきた時、リーゼさんがやたら荒れて、俺に噛みついてきてた気持ちが、今なら少し、わかるような気がする。きっと、気がするだけなんだろうけどな。


「にーちゃん」

「なんだ」

「家をとろう」


 天下ときて、村ときて、ついに家になった。


「あたし、家がほしい」


 なんでだろうな。スケール小さくなってる筈なのに、妹の望みが、前より重く感じるのは……


「そのうちな」


 今度は俺は拒否しなかった。

 硬い黒パンを食い千切る。


「でもお前、その気になれば、一人でもとれるんじゃねーの」

「……無理だよ」

「なぜ?」

「…………一人は、寂しい」


 前世に目覚めたっていっても、やっぱり魂のベースは12歳児のリーゼであるらしい。


「やーやー! どーしたどーした! 若い二人が暗い顔して!」


 唐突に明るい声が響いた。

 見やると羽兜をかぶったあの万年独り身(ベテラン・ソリスト)の衛兵隊長が道を歩いて俺達のほうへと近寄ってきていた。


「駄目だぞー! 溜息つくと幸せが逃げていくんだぞー! 笑顔でいないと駄目なんだぞー!」


 う・ざ・い。


 普段なら聞き流せたのかもしれないが、どうやらその時の俺はとことん機嫌が悪かったらしい。


「――そうやってノーラ隊長は男を逃がしてゆくんですね」


 ぶっとばされた。


 クルクルと天地がまわる。


 まさに縮地、一瞬で間合いを詰められて、一瞬で蹴り飛ばされていた。

 や、すんげぇーぶっ飛んだんだけど、あんまり痛くはなかったから、一応手加減はしてくれたのだろう。

 蹴りかたにコツとかあるのかな? すんごい技量だ。


「に、にーちゃん! 何をするの! いきなりヒドイよノーラ!!」

「いきなり斬鉄剣で斬りつけられたのは私のほうだっ!! わからないか?!」

「うっ……! ちょっと、わかるかも……!!」

「おお、わかるか! 君は若いのに見所があるな!!」


 12+30歳児とアラサー衛兵隊長がなにやら分かり合っている。


「でも蹴っちゃ駄目だよ!」

「ハハ、良い子ちゃんだなぁリーゼは、さすがアリシアの娘だな。あ、そうだ、お母さん元気してる?」


 また空気が凍った。


「あ、あれ?」

「うん、とっても元気しているよ?」


 戸惑い顔の衛兵隊長。

 妹はニコニコしている。

 見てて心臓が痛くなってきたので、俺が話そう。


「で、ノーラ隊長、今日はどうしたんですか」

「ああ、そうだ、実は君に話を一つ持ってきたんだよ」

「また衛兵隊に入れっていう?」

「いや違うぞ少年。君にはそのつもりはないようだからな。今日は別の話だ」


 この人、いろんな意味でとことん間が悪いな。何かに呪われてんのか。

 今なら誘われればほいほい衛兵隊にも入ってしまいそうな心境だったのだが。まぁいいや。別の話ってのはなんだろう。


「魔物の巣を潰すのに協力して欲しいんだ。勿論、報酬は支払う」

「……傭兵の真似事をしろと?」

「どっちかっていうと冒険者の領分だけど、まぁ似たようなものだね」


 うん、と桃色の髪の戦乙女は頷いた。


飛蝗ばった人がさ、北の森に巣を作って集まってきている、って報告が入ったんだよ」


 飛蝗ばった人というのは、その名の通り飛蝗の頭と人の身を持つ魔物だ。

 よく米や麦や家畜や人を食い荒らす。

 単体でもそれなりに脅威だが、厄介なのは大きな群れを作る習性があるという所だ――って魔物大辞典モーグル先生が言ってた。


「あいつらは一箇所に集まるとどんどん加速度的に増えてゆくからな。大集団になったら、いなごの群れと同じだよ。大移動を開始して、次々に村を喰らい尽くし滅ぼしてゆく。そうなる前に、まだ群れが小さいうちに、叩いて潰して散らしておきたいんだ」


 ちょうど収穫の時期だし、この村を連中は狙ってる気もするから、と衛兵隊長は真面目な表情と低い声音で告げた。


「それ、結構、ヤバイ件なんじゃないですか?」

「うん、街の伯爵様からも至急なんとかしろって通達がきている。本当に重要な件だ。私も出るけど、代官様も直々にご出陣なされるご予定だ」


 レッカー村の領主は伯爵様だが、実際に村にいて治めているのは代官様だ。うちの今の代官様は若い騎士様だ。確か二十歳かそこらの青年だ。


「そんな重要な仕事に、俺なんかがいっても良いんでしょうか」

「重要な仕事だから、君の手も借りたいんだよ。絶対に失敗する訳にはいかない。だからこの村から出せる最大の戦力でいく。この前、君が見せてくれた動きは見事だった。熟練の衛兵五人にも匹敵する」

「ノーラ隊長には勝てそうにないですけど」

「そうかな? まぁ、私は戦闘力だけで衛兵隊長になってるような女だからね。でもたぶん、君はすぐに私を抜くよ」


 あっさりとノーラは言った。無造作な口調だったが、目は笑っていなかった。たぶん、お世辞ではない。

 戦闘能力だけで衛兵隊長になったといってる人が、気を操れる以外はほぼ素人の餓鬼に対して「君は自分をすぐに抜く」と本気で言っている。

 レッカー村の守護神の異名を取る女衛兵隊長が。


 ……この人、プライドとか、ないのかね? 無い訳がないと思うんだが、このアラサー・ヴァルキリーの感性はよくわからん。


「だって君は、最初に覚醒した時に、あのアニャングェラを倒してるんだよ。あの斬り口はちょっと尋常じゃない。今は目覚めたばかりでその力のすべてを使いこなせていないのかもしれないけれど、あれをやった力を自在に操れるようになれれば、帝国最強の戦士になる事だって夢じゃないよ。ずっとこの村で魔物達と戦い続けてきた私が言うんだから、間違いない!」


 うん、それ、俺じゃなくてリーゼさんです……

 ノーラさんの見立てと評価は、もしかしたら本当に間違っていないのかもしれないけど、根本的なところが間違えている。それ俺じゃなくてリーゼさんだから!

 いや、リーゼさんの力は隠してるんだから、当然、そんな事はいえる訳ないんだけどさぁ!


 俺が沈黙していると、ノーラさんはおほんと咳払いして、

 

「ともかく、絶対に飛蝗人達に対して勝利して、掃討して、この村の安全を確保しなければならないんだ。だから、君の手を借りたいんだよ」


 どーすっかね。


「失礼ですが、報酬というのは? 討伐って何日くらいかかりそうですか?」

「例の名工作のロングブレードをあげよう。前金で。出動したら近場だし行きと帰り含めて三日くらいだろうな。かかっても五日くらいか。それで決まる」


 そのブレード使って飛蝗人を退治しろってことか。

 装備支給して戦力アップが図れると同時に報酬もそれで済ませる、一石二鳥だな、ノーラさんの側からしたら。

 俺はちょっと粘ってみた、


「へぇ、前にはタダで貰えたものが、報酬になるわけですか?」

「だってかなりの逸品だぞ? 相場的には問題ない筈だ。それに身と心と一生を衛兵隊に捧げて貰うのと、一時参加じゃそりゃ扱いも違うさ」


 うん、そうか。

 つられてホイホイ衛兵隊に入ってたら二度と抜け出せなくなるところだったのね。

 天国のお父さん、お母さん、社会って怖いです。


 ちらりと妹を見る。リーゼは俺と目を合わせたまま頷いた。なんか「名をあげる為の好機でござるよ、兄上様!」とかその目が言ってるよーな気がする。


「でも刀は食べられないんですよ。もう一声」

「むむぅ……まぁわかった、わたしは太っ腹だからな、いや腰はくびれてるぞ、ともかく、それじゃあ二ディナールも後金でつけちゃおう。それでどうだ」


 平均的な街の職人の日当が一ディナールと三ドラクマ程度らしいから、ロングブレードくれる事も考えれば、拘束期間三日から五日でそれは悪くは無い。

 名工っていうのが嘘か本当かは知らないけど、ヴェスティール鋼製のロングブレードは買えば最低でも10ディナールはするだろうからな。中古だから半値と見ても最低5ディナールだ。悪くは無い。


 俺は少し考えてから頷き、衛兵隊長と握手した。


「それじゃ! ロングブレードはすぐ届けるよ。今日のうちには届けられると思う。近々出陣の命令がでると思うから、それまでに手に馴染ませておいてくれ!」


 こうして、俺は村を守る為の飛蝗人退治行への参陣依頼を引き受け、話をまとめた桃色の髪のおねーさんは上機嫌で去っていったのだった。

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