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赤い風が鳴いている(前編)

 深く濃い青だ。

 振り仰いだ空は、瑠璃ラピス・ラ・ズリの輝きに似ていた。

 真っ青に深く澄んだ空の高い所を、夏の風にのって、大きな白い雲が軽やかに雄大に流れてゆく。


「……あちぃ」


 汗がだっらだらと全身にすんげぇ噴き出していた。

 ギラギラと白く燃えてる太陽の熱線が強烈だ。降り注ぐ光が、俺の肌を焼いてゆく。


 こめかみを伝い、顎先まで大粒の汗が流れ落ちてくる。

 大鎌の柄から右手を離し、手の甲で拭った。

 着ている袖なしのシャツがぐっしょりと濡れて胸に張りついてきて、気持ちが悪い。


 空から地上へと視線を移すと、周囲では薄緑色の草達がひょろりと伸びて、ボウボウに生えまくっていた。

 一つ息を吐く。

 大鎌の柄を両手で握りしめる。

 薄緑色の草の根元へと刃先を入れて、引き切るように振るう。

 草を刈って、刈って、刈ってゆく。


 しかし、今日は暑い。

 季節はまだ夏になったばかりで、初夏のはずなんだけれど、もう真夏になってしまったかのような猛暑だ。

 噂じゃこれでも大陸全体で見れば寒冷化が急速に進んでいる、って事らしいんだけど、そんな事をこの南辺境で言われてもちっとも信じらんねぇ。

 レッカー村の夏は、今年も相変わらず熱い。


「にーちゃん、そろそろお昼にするー?」


 枯れ草の色が見えた。

 麦わらで作られた帽子だ。

 輝く海色の瞳を持つ女の子が頭部にかぶってた。

 帽子の脇から腰まで伸びるサラサラとした長い金髪が流れ出ていて、吹き抜ける涼やかな風を浴びて揺れている。


 本日のリーゼさんは麦わら帽子をかぶり、白いワンピースドレスに小柄な肢体を通し、その上から亜麻色のエプロンをつけていた。


 かたわらで作業していたリーゼさんも随分と汗をかいているようだった。白い肌が陽光に光っている。テカテカだ。

 ワンピースの上に重ねられた亜麻色のエプロンには、あちこちに土や草の液がついて汚れていて、細い両腕には薄緑色の草の束が抱えられていた。


「そーだな、もうちょっとだけ作ったら、飯にするかー」

「はーい!」


 青々とした草の束を抱えたリーゼさんが笑顔を見せ、元気良く俺に返事した。

 ちっちゃな彼女は抱えている草束を、そばにおかれている大桶の中にぎゅうぎゅうと詰め込んでゆく。

 こうして大桶を満杯にしてからひっくり返して取り出すと、桶の形に固められた草の巨塊が出来上がるのだ。

 周辺にはそうやって作られた草の塊がいくつも転がっていた。


 ちなみに前世に目覚めたリーゼさんは例の肉体強化の法で大鎌をぶんぶん振り回す事が既に可能だったのだが、いきなりそれやると人に見られた場合変に思われる、ということから俺は自重するように言っていて、だから、彼女はこれまで通りに俺の補助作業をしてくれていた。


 俺が大鎌で草を刈り、リーゼさんが詰め、草の巨塊を作ってゆく。俺もある程度刈ったら、詰め込み作業に移った。


 ああ、そうそう、肉体強化の法といえば俺も随分と楽になったよ。

 いや、これ農作業にマジ良いわ。戦闘に使うより畑耕したり草刈ったりする事に使ったほうが有効活用なんじゃね? とすら思う。

 あんまり使いすぎると全身から血を噴出して死ぬけどな。

 怖い。


 とはいえ、ここ三日間、鍛錬も兼ねた実用に励んだ結果、自分なりのコツというものは掴んできていた。

 楽ができるとあっちゃあ、手を抜くわけにはいかねーな! というヤツである。


 結果、精気ジンを消耗し過ぎて、普段よりも疲れているような気もしたが……それは気のせいだろう、うん……多分……いいんだ、後々には絶対に楽になる筈だから……


 リーゼさんは長時間肉体強化の法使っても涼しい顔してるが、俺がそれやると文字通り死ぬ。

 それは精気ジンの総量自体に差があるのではなく、効率よく使う為の技術的な差であるらしい。

 俺もはやくそこまでの境地に至りたいものだ。そうなれば楽ができる。現状だとえらくくたびれる。


 二人である程度の数の草の巨塊を作り終えると、一つ一つを順次運んでゆき、日当たりの良い道端へと並べていった。


 天日で乾かすのだ。

 最初の頃に作った薄緑色の草の塊は既にこの日差しによって水気が抜けて、枯れ草のような白っぽさに変色してきている。


 すべての草の巨塊を並べ終え、作業が一段落した所で、俺達は道端に座り込んだ。

 皮製の水袋の栓をあけて口をつけ、ごくごくと水を飲み、一息つく。


 あー、水が美味い。生き返る。ちとなまぬるくなってるのが玉に瑕だがね。


「こんだけ日差しが強けりゃ良い干し草ができそうだな」

「だねー」


 リーゼさんも水袋に口をつけながら頷く。

 草刈ってる時は暑いのは勘弁だが、乾かすには日差しがカラッと強いほうが良い。


 喉の渇きを潤すと、次に俺達は布の包みを取り出した。

 中身はアリシアさんが作ってくれた、黒パンのサンドイッチだ。レッカー牛のミルクから作られたチーズやハム、干した果物、旬の野菜等が挟まれている。


「あ、にーちゃん、今日はリーゼもおべんと作るのお手伝いしたんだよ。にーちゃんの分も幾つかはリーゼがお手伝いしたやつなの!」


 雷鳴が聞こえた。

 この晴天の下、俺は確かに雷鳴を聞いたのだ。


「お、おぉ……な、何をしたんだ?」


 お手伝い、という事は……

 この童女さんがパン焼いたり……

 ハムを切り出したり……

 調味料ふったり塗ったり……

 してしまったのだろうか?


「挟んだの!」

「はっはっはー! リーゼは偉いなー! うん、ほんとだ、うまいぞー!」

「よかったー!」


 今日のチーズレタスサンドイッチはいつもより美味しく感じられた。きっと愛情分だな。

 とてもありがとうございますアリシアさん、リーゼが触るのをそれだけに抑えさせてくれて。


 いや、でもトラヒメの記憶で、料理が上手くなってる可能性もワンチャン……?

 どうなんだ、戦国お姫様、貴女は、貴女様は、料理の腕前はマトモだったのか?


 うん、リーゼさんはまだ12歳だから仕方ないんだ、トラヒメは30歳まで生きたらしいからな、そこまで歳を重ねていれば料理の一つや二つ……いやでもリーゼだし……リーゼの前世だし……


「……あれ、どーしたのにーちゃん? ……おいしくなかった?」

「いや、そんな事はないぞ! 美味い美味い! ちょっと気の修練について考え込んでただけだよ」

「わー、さすがにーちゃん、天下取りに向けて熱心でリーゼ嬉しー!」

「いやだから、にーちゃんは天下を狙いになんて絶対にいかないからね? 狙いにいくとしたら出来る農家だからね?」


 隙あらば天下取りを勧めてくるマイシスター……

 これさえなければ、前世に目覚めたのもそこまで悪い事だとは思わないんだけどなぁ。

 まるで本能のように天下天下言い出す。

 センゴク武将ってそういうイキモノなの?


「ふむ、出来る農家……土地……大地主……豪農……豪族……国人……そうですな、いきなり天下というのも息切れをおこしてしまうやもしれませぬしまずは一城、そこでさらに敢えて慎重を期し地元村から切り取ってゆく、その為にまずは豪農となる、良いかもしれませぬな、さすがは兄上様」


 いや違うからね?

 なんで「出来る農家になる」って言葉すらも天下への道に繋げるの?

 そもそも「良いかもしれませぬな」とか簡単に言うけれど、それってなるのとても大変なことだからね?


 このあたりリーゼの12歳児のお子様思考なのか、それともトラヒメのハイパーな武将感覚で物を言ってるのか、イマイチわからん。


 そんなやりとりをしつつ、昼食をたいらげ、水を飲みながら人心地つき、さてそろそろ作業を再開するか……と思っていた時だった。


 カァンカァンカァンカァン……と金属と金属が強くぶつかり合う音が、激しく、連続して、響き始めた。

 夏の風に乗って、禍々しい音色が流れてくる。


 俺はこの音に良い思い出がねぇ。


 村の鉦台の方角からだった。


「……リーゼ! 家に戻るぞ!」


 俺は慌てて大鎌を掴んで立ち上がった。


「はい」


 妹君は静かに立ち上がった。落ち着いた様子で桶を拾い上げて胸に抱える。


「おぉぉーい! ケルヴィン!」


 近くで作業をしていた村人達が声をあげて、緑地から道へと上がってきた。


「固まっていこう」

「わかりました」


 緑地で作業していた村人達は、俺とリーゼも含めて十名ばかりの集団となって、急ぎ足に村の中心部へと向かった。

 レッカー村において住居となる家々は、水濠や塀で囲まれてもっとも防御が硬い中心区画に密集している。皆、帰る家はそこであり、逃げ込む場所もそこである。


 まぁ村の中心区画にまで辿り着けそうになかったら、点在している避難所へと駆け込むんだけどな。


 ただ、最も防御が硬いのは中心区画だが、その外に広がっている畑や緑地も、一応それを囲むように堀や土塁、逆茂木で防御されていたから、ちょっとやそっとの魔物ならおいそれとは侵入してこれない筈なんだが。

 アニャングェラみたいに空から来られでもしない限り。


「……また、飛行型の魔物がやってきたのかな?」


 同行している村の少女が歩きながら周囲を見回し、不安そうに呟いた。俺と同じ15歳の子だ。栗色の髪をポニーテールにしていて、動きに合わせてその先端が弾み揺れている。昔はよく一緒に遊んだりもした。親父がくたばってからは、俺のほうが忙しくなったので、そういう機会もめっきり減ったけどな。


「最近、多いな」


 忌々しそうに、やはり俺と同じ年頃の黒髪の少年が答えた。こいつとも昔はよく一緒に以下同上。


「北の方から魔物の大移動が起こっているらしい」


 俺は以前見舞いにきた衛兵隊長から聞いた話を述べた。


「あー、なんか、聞いた事があるな。寒冷化が原因なんだっけか?」

「そう、寒くなったから、北の果てのほうで、餓えた奴等が南下を開始して、玉突き式に、南へと次々に移動してきてるんだってよ」

「それ、ほんとなら、すごく迷惑な話ね。というか、そもそもの疑問なんだけど、本当に北ってそんなことが起こるほど寒くなってるの? こんなにも太陽は輝いてるのに」

「それな」

「マジあちー」


 友人達が口々に言葉を発する。

 不安を紛らわす為か、いつもよりも皆、心持ち早口で多弁な気がする。


「ちょっと餓鬼ども、静かにおし!」


 同行者の一人である村のオバサンがこちらを振り返ってイライラしたように声を発した。

 俺達は「すんません」と答えて声量を落とし、少し距離をあける。


「うっは、ババア、ピリピリしてやがる。嫌だねー」

「前はあの人もああじゃなかったんだけどな……」

「やっぱり、旦那さん亡くしてしまったのが堪えてるんだよ」


 彼女はこの前、アニャングェラに喰われたオッサンの奥さんだった。


「つかよケルヴィン、お前、あの話ホントだっていうなら、途中ででくわしちまったら、マジ頼むぜ」

「ああ」

「えー、あの話って、ケルヴィンがアニャングェラ倒したっていう話? それ、冗談じゃないの?」

「さぁ、無我夢中だったから、自分でもよく覚えてないんだよな」

「おいおい、頼りねぇなぁ。やっぱ法螺だったんかぁ? んんーっ?」

「良いよ。良いからねケルヴィン。変な見栄はらずにアンタも逃げたほうが良いよ。あんたの左手は永遠に(エターナル)疼かないの。ホンット男ってアレなんだから……ねー、リーゼちゃん、男ってバカよねー」


 栗色の髪の少女はずっと無表情無言で歩いているリーゼへと微笑みかけた。

 それは、この緊迫した状況下での、彼女なりの年少者への気遣いだったのかもしれなかったが、しかし、


「いえ、兄上様は肉体派ですが読書家でもあり、知識も豊富で、知勇兼備の賢いかたです」


 きりっとした顔でセンゴク武者の記憶を持つちっちゃな女の子は反論してくださった。

 ……うん、にいちゃんを庇ってくれるのは嬉しいんだけど、嬉しいんだけど……おバカー!

 あんたほんとに12歳+30歳なの?!

 おかしいって思われるよーなことしちゃ駄目でしぉおおおおおお?!


「……えっ?」


 案の定びっくりしたように目を見開く幼馴染。

 俺は表面上は平静を装いつつも慌てて、


「ハハハ、うちの妹、今、古い騎士道物語にはまってるんだよ。ちょうど話に出てくる爺さん騎士がそんな口調でさ。こら、駄目だぞリーゼ、外でそんな言葉遣いしちゃ」

「む、これは申し訳ございませぬ」

「そ、そぉー…………そうなの……そうね、リーゼちゃん家も大変だもんね……」


 何か別の疑惑を持たれたような気もするが、まぁいい。とりあえず一応誤魔化す事はできた。


「ねぇケルヴィン、偶にはまた皆でどこか遊びにいかない? あたしは何もしてあげれないけど、愚痴くらいなら聞けるよ」

「有難う。感謝する。お前って優しいよな。だが大きなお世話だ」

「……まったく!」


 幼馴染の少女は大仰に嘆息して処置なし、とでもいったように首を振った。


「ハハハハ! さすがケルヴィン!」


 一方、幼馴染の少年はバシバシと俺の肩や背中を叩き始めた。何かがツボに入ったらしい。こいつ、鍛冶屋の三男坊で家の仕事手伝わされてるせいか腕力があるので、叩かれた箇所がけっこういてぇ。


「ほんっと変わらないね」

「悪いね。自分の面倒くらい、自分で見れるさ。そいつは欲しがってる他の誰かにくれてやりな」

「あっそ、このカッコつけ、シスコン」

「……何故、そうなる?!」


 ポニテの少女は言葉ではこたえず「べーっ」と俺に向かって舌を突き出してみせた。

 前をゆくオバサンが勢い良く猛然と振り向いた。


「うるさいっていってんだよ餓鬼どもッ!!!!」

「「「はい、すいません」」」」


 俺達は異口同音に発して平謝りしたのだった。

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