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サー・ケルヴィン・フォン・レッカードルフの爆誕 そして彼は己達の家を建てる

 そうして、俺は意識を失い、俺が意識を失っている間に『ミュンドゥングの明暗を大きく分けた戦いの一つ』と後に語られる事になる夜戦は終了した。


 激戦だった。


 ソルヴィオドゥルム家は一〇〇名を超す戦死者を出し、壊滅的な損害をこうむった。


 しかし、マナン・ディリスの側の死者も闇夜の混乱の中で同士討ちが発生した事もあり四〇〇人を超える多大なものだったらしい。


 攻囲陣の西側部隊はほぼ壊滅し、西の応援へとやってきた北の隊も少なくない損害をうけた。そのあたりの細かい事は、後で聞かされたことだけどな。


 サー・アゼルヴァリスは半数以下の兵数となったが、それでも残存をまとめて機動戦を続けた。


 一晩寝たら全快とはさすがにいかなかったが、輜重隊のところで二日寝てたら、また精気ジンが使えるくらいには回復したので、俺も偵察騎兵としてサー・アゼルヴァリスの機動戦に復帰した。

 片目は見えず片腕もまだろくに動かなかったけどな。寝ている訳にはいかなかった。


 攻囲陣の西が壊滅したことを受けて、マナン・ディリス軍は他方面から西側へと兵を回して補った。

 だがその結果、全方面での圧力の低下を招いた。


 市の城壁を支える守兵達がなんとか持ちこたえ必死に防戦し続ける中、やがて、南州の他領主達が率いる隊がミュンドゥング周辺へと続々と馳せ参じてきた。


 ミュンドゥング伯を帝国南州の諸領主達は見捨てはしなかったらしい。


 その中にスカイウッド男爵という人がいて、彼は後続としては一番に援軍にきてくれたのだが、彼が有していた実力と人柄もミュンドゥングの明暗を分けた要因の大きな一つだった。


 彼より先にミュンドゥング近辺へと到着し、攻囲隊と激しく戦い、寡兵ながら多大な戦果を叩き出していたソルヴィオドゥルムの一党を、スカイウッド男爵は尊重してくれた。


 サー・アゼルヴァリスの爵位は騎士であり、豊かとはいえ一村の代官に過ぎない。

 南州の序列でいえば、実は低めの位置にあった。

 だが、スカイウッド男爵はそれには拘らずサー・アゼルヴァリスの献策を積極的に取り入れた。


 うちのご主君、上位者に対しても多少は言葉遣いが丁寧にはなっても、まったくいつもの調子だったから、スカイウッド男爵は貴族にしては鷹揚な人物だったと言って良い。


 ロード・スカイウッドは戦術家としては凡庸だったけれど、人をまとめるのが上手かった。


 戦術家としては鋭いけれど、人をまとめるのにちょっと雑なところがあるうちのご主君とは対照的な人だった。


 スカイウッド男爵は続々と到着する南州の他領主をまとめあげて、サー・アゼルヴァリスが今まで用いてきた機動戦を採用し、そしてよくサー・アゼルヴァリスと相談してその献策をとりいれた。


 とにかく機動戦を重視した。

 ミュンドゥングを援護しつつ、無理な当たり方は裂け、諸領主の部隊に大きな損害を出させなかった。

 無理押しせずじわじわと攻囲隊を消耗させ、ミュンドゥング市の守兵の戦いを支援した。

 そしてやがて集結してきた南州諸領主連合軍の総数が二千に迫った時、スカイウッド男爵は一大攻勢をマナン・ディリス軍に対して仕掛けた。


 激しい戦い――にはならなかった。


 マナン・ディリスの陸上部隊は、連日の機動戦と攻城戦により大きな損害を出し、士気を大幅に低下させていたのだ。

 彼等は、終結したメリディア帝国側の反撃を前にして、脱兎の如くに後退した。陸から離れ、大湖ドゥンケルブラウゼに浮かんでいる艦上へと逃げ込んだのだ。


 マナン・ディリスの虎の子、水上の艦隊戦力はいまだ健在ではあったが、陸側の攻囲兵を追い払った南州諸領主の連合部隊は、城郭都市ミュンドゥングへと入城した。


 その時、俺達は、ミュンドゥングの市民と兵達から、割れんばかりの大歓声で迎え入れられた。


 当初は本当に、ミュンドゥングにとって、圧倒的に絶望的な状況であったらしい。

 

 そんな中、レッカー村のソルヴィオドゥルム勢の奮戦は、暗黒の中に燦然と輝く巨大な希望の光だったとか。


 後にロード・ミュンドゥングは全軍及び全市民へとそのような事を述べて、ソルヴィオドゥルムの当主を讃えた。


 赤兜の竜の騎士アゼルヴァリスは言った。


「ソルヴィオドゥルムの活躍は若輩非才な当主を支えてくれた優秀なる兵と臣下達の献身の成果であります」


 と。


「中でもケルヴィン・レッカーという勇士、そして、彼の義妹であり第一の臣下である、今回の勝利の原動力となった機動戦を提唱し、剣を振るい弓を取っても無双の活躍をした、リーゼ・レッカーという名の知勇兼備の英雄の献身がなければ、これほどの戦果はもたらせなかったでしょう」


 と。


 うん。

 うちのご主君、そんなような事を堂々と言ってくれちゃったんだ。


 良い主なんだろうな。

 けれど、そのおかげさまで、俺とリーゼの名はたちまちのうちにミュンドゥングだけでなく南州全土、そして帝国全体にまで駆け巡る事となってしまった。


 噂じゃリーゼ・レッカーっていう救国の女英雄は、美の女神像も顔負けの長身ナイスバディな絶世の美女であるらしい。


 いや、実際も、うちの妹はとても美少女だけどね? でも噂だと俺より背が高くなってるってどういう事よ。

 実物は俺の胸くらいまでしかないミニマムさだよ。まぁマナン・ディリス兵をばったばったと斬り倒した女英雄がそんなちっちゃな童女なんてほうが世間様にとってはとても信じられないんだろうけどさ。


 色々と有名になってしまったせいで、諸々問題も起ったのだけれど、まぁ今はそのあたりは省く。


 時系列は少し前後するけれど、俺たちがミュンドゥングに入城した少し後、マナン・ディリス共和国軍の陸上部隊五千も到着し、再びミュンドゥング市は攻撃を受けるかと緊張が走っていたんだ。


 けれど、城壁を挟んで三日ばかりを遠巻きに睨みあっていると、やがて彼等の中で進退の結論が出たのか、マナン・ディリス共和国軍は水上の大艦隊も含め、陸上部隊五千ともども、元きた南の方角へと去っていった。


「博打に出るのを嫌ったのだろう」


 というのが帝国側の戦略家達の意見であり、サー・アゼルヴァリスの曰くも、おそらくその見立てで間違いはないだろう、との事だった。

 漁夫の利とかが好きなディリス人達のことだったから、北方を見やれば騎馬民族達の十万の大大軍勢が暴れ回っている状況であった為、そちらの戦局の推移を待って、帝国が消耗し再度好機が訪れたら、その時にこそ再び侵攻してくるつもりだろうと。


 そういう訳で今回のマナン・ディリス軍の侵攻はミュンドゥング市での攻防により押しとどめられ、彼等は湊町ウェコードと国境要衝の水砦ジューデンフルトを得た事で、ひとまずの満足を見せ、以降しばらくその確保・維持に専念するような動きを見せ始めた。


 帝国側は帝国側で、北から騎馬民族の圧迫を受け、南州一州でしかマナン・ディリスにあたれない状況であった為、反撃する余裕などなく、自然、大規模な戦闘は発生しなくなっていった。


 かくて、帝国側と共和国側の双方の事情により、戦いは一時中断され、小康状態になった。だが、停戦や講和の条約は結ばれず、緊張を孕んだ状態は続いていた。


 そんな中、騎士アゼルヴァリスは今回の功績を認められ、レッカー村と湊町ウェコードの領有権をミュンドゥング伯爵及び法皇様と皇帝陛下の名において与えられ、男爵へと陞爵された。


 あの、ウェコードってマナン・ディリス共和国に寝返った旧ウェコード男爵がまだ普通に支配してますよね?


 と俺は疑問に思ったのだが、奪還しだい、サー・アゼルヴァリスに実質的にも与えられる事になるのだそうだ。それに先行して爵位だけはとりあえず与え、身分は既に男爵であると。

 サー・アゼルヴァリスは戦闘能力は今回のことで随分と偉いさん達に買われたみたいだから、南州諸領主が集まった際の指揮権とかを持たせる為なんだろうな。

 騎士なら諸侯へと指図は難しいが男爵ならナンボかやりやすいって事なんだろう。


 おっと、だから、もうサー・アゼルヴァリスじゃなくてロード・ウェコードと呼ぶ事になるんだったな。


 ああ、そうだ、あと、それから、俺もアゼル様から騎士に叙任され、ダイラス老達と共に州都に留まり前線を睨むご主君に代わってレッカー村を統治する代官にも併せて任命されたよ。


 サー・ケルヴィン・フォン・レッカードルフの爆誕である。


 従士副長でも身に余ってたのに騎士様代官様になっちまったい。


 まぁ代官としては、寄騎としてソルヴィオドゥルム家の家宰であるエドマンドさんがつけられていて、村を統治する実務はほとんど彼がこなすのだけれどね。エドマンドさんは代官の代官って感じで、彼こそが実質的な代官だ。

 で、代官である俺はお飾りみたいなもんだ。

 まぁ実務もお前がやれとか、ついこの前まで農民やってた十六歳の小僧に対して言われたら、非常に困るなんてもんじゃないので、不満なんてある訳ない。

 代官時代のアゼル様は執務机について四六時中仕事してたイメージがあったが、ニュー代官な俺は従士副長の時よりも暇になった。

 ほぼ、喰っちゃ寝である。


 ちょっと肩身が狭いがロード・ウェコード曰く、有事の際には前線に呼び出すから、今はリーゼともどもレッカー村で療養していろとの事。


 正直、ちょっと無理しすぎたせいで俺も身体にガタがきていたので、それを思いやってくれての差配らしい。リーゼさんと俺に対する活躍の報酬でもあるそうだ。


「帝国を滅亡から救ったにしては些少な恩賞で悪いが、戦時中故許せ」


 とロード・ウェコードはおっしゃっていた。

 少ないのかな? あんまりよくわからなかったが、少ないなら少ないでも、お気持ちだけでありがたく、って奴であるし、それ言ったらアゼル様に対する帝国からの報酬こそがそうじゃねーかなぁっていう。

 うぅむ、そのあたりはなんか色々複雑そうだ。

 まぁ落ち着いて、運がよければ、俺もご主君も、追加で報酬が貰える事もあるのかもしれない。期待して待っておこう。

 そういうのは、期待しないほうが良さそうな気もするけどな。


 ああ、それと――意識不明で治療を受けていたリーゼさんだけれど、そうこうしているうちに無事に目覚めてくれたよ。

 精気ジンは、使えなくなってたけれど、療養すればそのうちまた使える可能性はあるとの事で、そもそも命が助かってくれただけで、俺はほっと一安心したよ。


 ただ、目覚めたリーゼさんは俺が隻眼になった事に酷いショックを受けていた。とても落ち込んでいた。

 自分が倒れたせいで、俺に片目を失わせてしまったのだと。


 けど、俺は違うと思ったね。


 リーゼさんが生命力を磨耗し過ぎて倒れるなんてなるくらいまで頑張ってくれたからこそ、俺は片目を失うだけで済んだんだよ。

 だから、俺はそう述べて、気にするなと言った。

 それでもリーゼは気にしていたけれど――そのうち気にしなくなってくれると良いな。


「ほら、隻眼で眼帯かけてるとなんとなく疾風かぜを感じない?」


 とかの冗談も言ってみたのだけれど、妹からは涙目で睨まれた。


 う、ウケなかった。

 おにーちゃん反省。

 ただ、セルシウスは笑いながら、


「エターナル疼くわね」


 と同意してくれた。

 ちょっと前まで「男ってバカね」とかひねくれてたくせに素直になったものである。うん、昔からなんとなくあいつも疾風好きだと思ってはいたのだよ。

 一方でグリエルモは俺の冗談に対し「バカ言ってんじゃねぇよ」と素で呆れ顔だった。まったくの素だった。

 なんだろう、十六歳になった友人は、すっかり大人になってしまったような気がする。

 なんかえらく真面目になって、毎日毎日竜兵としての仕事をこなすほかにも自己鍛錬に励んでいる。

 一連の戦役の経験は辺境の一般村人少年だった彼に何か大きな変化を与えたらしい。


 ああ、そうそう、変化といえば、サーディックさんなんだけれど、彼は性格とかは相変わらずだったけれど立場が変わって、寄騎として俺の補佐にあたってくれる事になった。そして、ノーラさんに代わって彼がレッカー村の衛兵隊長に任命されていた。

 衛兵隊長サーディックである。

 ノーラさんのやるときゃやるけど普段はどこかふわんふわんしたのんびりした統率ではなくて、いかにも帝国軍人なピリッとした指揮になって衛兵隊の兵士達は悲鳴をあげていた。


 そんな調子で真面目に村の守備に尽くしてくれているサーディックさんだったけれど、彼個人の思いとしては、前線に近い州都にいきたがっている様子だった。

 一方のノーラさんが、個人的思いとしては故郷であるレッカー村にいて村を守っていたいと言っていたのとは対照的である。

 ノーラさんはアゼル様と共に前線に行った。

 逆にすりゃ良かったのに、と思わないでもないけれど、個人的にもノーラさんにはレッカー村にいて欲しかったんだけど、ロード・ウェコードがそういう配置にしたのだから仕方が無い。


 まぁ、俺もリーゼさんも後方のレッカー村にいる今、またマナン・ディリスが急襲してきてイルバール・マナンバルカみたいな豪傑が攻めてきたら、一対一で対抗できそうなの、ノーラさんくらいしかいないから、仕方ないんだろうな。

 戦争状態が継続しているにも関わらず、リーゼさんの能力が失われてしまった今、再びソルヴィオドゥルム家の最強戦力となったノーラさんが前線を睨んでいないと不味いのだろう。

 レッカー村の守護神であった戦乙女は、今は新しく引かれ直された国境線の守護神をやっている。


 大体は、そんな具合だった。

 ジューデンザイデ戦役と呼ばれるようになった一連の戦いの後の、俺達の状況はそんな具合だった。


 あとはまぁ、これは俺の個人的な事になるんだが、代官として任命される際、それに付随して、ソルヴィオドゥルムの館の権利を、俺はロード・ウェコードからいただいていた。


 だから、館は仕事用に使うとして、私的に使う小さな別館も敷地内で建造を現在進めさせている。


 つまり、この時、俺とリーゼさんは、念願の自分達の家を手に入れようとしていたんだ。

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