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リーゼのいない戦い 闇と炎と雷光と・前編

 かつて、


「――気というのは正式には精気ジンという名なのですが、これは万物の根源、命そのものであります。精気が通っているからこそ、人は肉体を維持し続けられるのです。ですが、消耗しすぎて精気ジンが身体を維持する分すらも足りなくなると、細胞の一つ一つが崩れ、壊死してゆきます。すると、全身から血を吹き出して死にます」


 リーゼは俺にそう言った。


「――そういう訳で、リーゼは問題は解決した気になっているみたいだけれど、私としては、成長期途中のリーゼにその力を使い続けさせるのは、あまりお勧めしないね。身体への負担が重過ぎる。身体が伸びきるまで、余裕を見るなら五年。せめて、あと三年は本格的な霊技の使用は控えさせたほうが良いと思うよ」


 ノーラは俺にそう言った。

 今、


「霊技の使い過ぎだ。生命力を消耗し過ぎたんだ」


 黄金色の光差す夕暮れの中、荒野に横たえられ、閉じられた瞳から涙を流すように赤黒い血を流し、意識を失っているリーゼの容態を、緊急で診たノーラが俺に言う。


「リーゼは死ぬのか?」


 俺は精気ジンと良く似た技である霊技ルーアッハ・アーツの使い手である女衛兵隊長を見据えて問いかけた。


「……わからない」


 そうか。


「脆い部分から壊れやすい。疲労が激しい部分から壊れやすい。だから目から血が出たのだろう。そして他の部分からはまだ出血していない。だからまだ初期状態だ。けれど、そもそも、細胞が壊死し始めたという事は、身体への負荷が深刻であるという事だ。だから、少なくとも、きちんと身体を休められるところで、療養しないと……」


 俺は騎士アゼルヴァリスを見た。


「今は一兵でも減らす訳にはいかん。戦力が必要だ」


 でしょうね。

 だから捕虜の護送も行わなかった。


「……しかし、お前は俺の臣下だが、お前の臣下は俺の臣下ではない。あくまでお前の臣下だ。お前を今、この戦場以外の地へと向かわせる事は俺は許可できないが、お前の臣下の行動までは、俺に強制権は無い」


 俺は乱暴で雑でぶっきらだが誠実な騎士である主君へと頭を下げた。

 セルシウスとグリエルモの名を呼んだ。


「レッカー村まで、リーゼを送り届けて、医者に見せてやってくれ」


 セルシウスは涙目で頷いた。

 グリエルモは眉間に皺を刻みつつ、


「ケルヴィン、俺が残っても役には立たないか」

「そんな事は言っていない。お前は良くやってくれているし、これからも良くやってくれただろう、もしもここに残ったなら。けれど、今は道中は危険だから、一人でなく二人で頼む。本当なら二人だけでも不安なくらいだ。どうかリーゼを助けてやってくれないか」


 俺が言うと、黒髪の少年は眉間に皺を刻んだまま瞳を閉じて息を吐いた。

 複雑な光を宿した黒瞳が再び開かれた。

 彼は、顔を歪めながらも無理矢理に笑みを浮かべて見せた。


「……そう言われちまったら、頷かない訳にゃいかねーよな。わかったよ。任せろ」


 俺はグリエルモとセルシウスに倒れた妹を託した。


「必ず無事に、レッカー村まで送り届けてみせるわ」


 竜の鞍上、意識を失ったリーゼを抱きながら手綱を取り、馬尾の髪の少女セルシウスが決意を滲ませたブラウンの瞳を俺に向けた。

 俺はその瞳を真っ直ぐに見据え返して、


「頼む」


 短く頼んだ。

 発せられた声には、我知らず力が籠もっていた。


「死なせないから、お前も死ぬなよ」


 グリエルが言った。


「努力はする」

「……バカッ」


 セルシウスに罵られた。


「お前らしいよ」


 幼馴染の少年は笑った。


「じゃあ、またな」

「ああ」


 二騎は夕陽が差す中、レッカー村の方角へと去っていった。

 騎士アゼルヴァリスが騎乗する馬竜を俺に寄せてきた。


「これから夜襲に対する策を敷くが、ケルヴィン、お前は、いけるか?」

「いけます」


 リーゼは無理はしないという俺との約束を破った。

 平気だ余裕だ、まだまだ元気、そんな事を言ってたが、まったく大丈夫ではなかった。


 あいつ、強がるからな。


 疲労がここまで深刻だったとはまるで気づかなかった――訳が無い。

 知っていた筈だ。

 俺は兄貴だからな。

 もしかしたら、無理しているんじゃないかと、薄々感じていた筈だ。


 だが、問い詰めなかった。

 恐ろしかったのだ。


 俺達は、ソルヴィオドゥルム家の兵達は、間違いなくリーゼの活躍に支えられていた。

 だから常に、凄まじい頭数の差がある戦いばかりだったのに、たったこれだけの被害で大勝してきた。

 人死には少なかった。

 こちらの損害に対して敵に与えた損害の比率が十倍以上だなんて尋常ではない結果を残す事ができていた。


 けれど。


 それでも、見知った顔達は死んでいった。

 リーゼがこれだけ頑張ってくれているのに、それでも死んでいっていた。

 リーゼの力が振るわれなくなったら、一体、どれだけの数の味方が死ぬのだ?


 どれだけの顔が、消えてゆく?


 それが恐ろしかったから、問い詰めなかった。

 もしかしたら、前世の無双の猛将の記憶を持つリーゼなら、本当に大丈夫なんじゃないか、そんな甘い期待を抱いてた。


 きっとリーゼもわかってた。

 だから気丈に笑って、なんでもないふりをして、平気なふりをして頑張っていた。


 まったく大丈夫ではなかったのだ。

 俺は兄貴失格だ。

 だが、そんな自虐は、リーゼは望んじゃいまい。


「痩せ我慢は聞いていない。客観的に見て、いけそうか?」


 これから、どれだけ味方が死んでゆくのだろう。

 けれど、本来、それが普通だ。

 それが当たり前だ。

 本来、戦いとは、そういうものだ。

 戦えば人は死ぬ。

 それを、味方の死を、限りなく抑えていたのが、リーゼだった。

 アゼル様やノーラさんやダイラス老やサーディックさんや他の皆の懸命な働きも当然あっただろうけど、けれど、リーゼの力は間違いなく大きかった。


 リーゼはいなくなった。


 リーゼは何を望んでいるだろう。

 あいつはなんだかんだ、味方が死ぬのをとても嫌う。


――俺は、化け物に、なれるだろうか?


「例え無理でも通さなきゃならんでしょう。リーゼがいなくなったのなら、なおさら」


 俺はご主君のドラゴンみたいな黄金の瞳を見据えた。


「やらせてください。俺達がここでマナン・ディリス軍にやられたら、レッカー村が戦火に呑まれます。妹がレッカー村で療養するなら、兄貴の俺はここで敵の侵攻を遮断しなけりゃならんのです」


 ちょっとばかし、心にきたが、参っている暇なんぞない。

 リーゼが倒れてしまったのなら、だからこそ、なおさら。

 心が痛むなら凍てつかせる。

 悲しんだり憤ったり不安に苛まれたり思い悩むのは後でやれば良い。

 今はやるべき事をやるだけだ。


「……見えているのだな。ならば、お前にも一翼を担ってもらう」

「はっ、有り難き幸せ」


 アゼルヴァリスは頷き、俺は軽く頭を下げつつ胸の前で握った拳を逆の手で包み合わせ、彼へと礼の仕草を取った。

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