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ミュンドゥングの戦い~南州州都救援戦~ 西方攻囲陣との激突・後編

 異音が聞こえた。

 ヒューッという甲高い、自然界ではなかなか起らない音が鳴り響いている。

 南だ。

 振り返り彼方を仰ぎ見る。

 この音は……鏑矢か?

 精気ジンを使い目を凝らして見やれば、彼方より三騎程の竜弓騎兵がこちらへと向かって駆けてきながら、矢を次々に放っていた。


 サー・アゼルヴァリスは四方へと十騎程、偵察の為に騎兵を飛ばしていた。


 この音の鏑矢は『敵別働隊接近』の報だ。


 俺の目からはまだ敵影は見えないが、どうやら南から敵の別働隊が回り込もうとしてきているようだ。

 五十騎のうち十騎というのはかなりの割合だが、そこまで手厚くしたおかげか、偵察隊は敵の動きを早期に掴んだようだった。


 サー・アゼルヴァリスの決断は速かった。


「退くぞぉおおおッ!!」


 叫び、彼自身も弓に鏑矢を番え、味方の歩兵隊の方角へと向けて矢を撃ち放った。ヒューッと独特の高音が響き渡る。

 俺も矢筒から鏑矢を選んで引き抜くと撃ち放った。他の竜弓騎兵達も次々に鏑矢を放つ。

 甲高い異音が連続して鳴り響いた。


 この音に、味方の歩兵隊は反応した。

 射撃を停止して踵を返し、西の方向へと迅速に駆け出してゆく。

 撤退命令はどうやら正確に伝わったようだ。


「俺達は殿だッ!! 味方の歩兵隊の後背を守るぞ!!」

「ハッ!!」


 サー・アゼルヴァリスが言って駆ける方向を変化させる。

 まぁ竜弓騎兵隊は足が速いし、装甲も厚いからな。


 俺達は追ってくる敵の歩兵隊を射撃で牽制しながら、西へと向かって退却する。


 敵は深追いはしてこなかった。

 歩兵隊は六名程が帰らぬ人となっていたが、それに十倍する損害を敵に与えていた。

 弓騎兵隊は人や竜に負傷者を多数だしていたが、敵兵を五十は射抜いた筈だ。


 交換としては、悪くない。

 戦果としては上々だった。


 敵の追撃を振り切ってから、負傷の手当てをし、隠している輜重から矢の補給を済ませる。治療にはやはりリーゼが活躍した。

 そうして態勢を整えると、サー・アゼルヴァリスは再び隊を接近させて、敵の西部隊の背後を襲撃させた。


 先にやった事を再度行い、頃合を見て離脱する。

 同じように追撃を振り切る。

 再度手当てし、補給し、態勢を整え、襲撃する。


 襲撃と離脱をサー・アゼルヴァリスは執拗に繰り返した。


 一度、味方の歩兵を狙い、敵の槍兵が敵の弩兵を置き去りに、彼等のみでしゃむに突進してきた事があったが、その時は味方の弓兵は射撃を行わずに全力で後退し、俺達弓騎兵が味方を追う敵槍兵達に速度を合わせて併走しながら一方的に猛射をあびせかけ、多大な損害を与えた。

 敵の槍兵達は慌てて弩矢の支援が受けられる範囲まで後退していった。

 以降、敵の槍兵が弩兵からの支援を受けられない範囲へと突出してくる事はなくなった。

 また最初のパターンへと戻った。


 俺達は敵に損害を与え続けた。

 損害比で見れば圧倒的に優勢だった。

 けれど、俺達も確実に消耗していった。

 竜弓騎兵隊にも死亡者が出た。繰り返すうちに増えていった。一人死に、二人死に、三人が死んだ。

 リーゼさんの精気ジンによる治療のおかげで多くの人命が救われていたのに、それでも歩兵隊から消えた名前は、二十に迫った。


 だが、敵はもっと死んでいた。

 それだけが救いだった。

 そして、だから――上々の戦果だった。

 上々の戦果――それを得る為に、先日まで見えていた顔達が、消えてゆく。


 どれだけ優勢でも。

 味方の死を敵の死と交換する。

 戦というのは、畢竟、そういうものらしい。


「もう、十分です……すみません、後は、頼みます……」


 この前一緒に普請作業をして、食料品高騰の話を俺に教えてくれた痩身の男が、必死の治療をしていたリーゼさんの手を握り締めながら事切れた。


 皆、何の為に死んでゆく?


 俺には戦う理由があるけれど、死んでいった皆にもあったのだろうか。

 それは果たせたのだろうか。

 果たせなかったとしても、最後まで果たそうとする姿勢を貫けただろうか。


 太陽が沈み、月と星が夜空に輝き、そして沈んで、再び陽が昇る。


「撃てェエエエエッ!!」


 風が唸っている。

 竜達の群れが高速で大地を駆けている。

 鞍上に跨るのは短弓に矢を番え引き絞る人間達。

 俺達がソルヴィオドゥルム弓騎兵隊。俺達こそが。

 平行して戦列を組み弓矢と槍を構えているのはマナン・ディリスの歩兵隊だ。


 今日も両陣営は引き絞った弓より一斉に矢を解き放った。

 マナン・ディリスの弓兵隊より放たれた矢が嵐の如くに俺に向かって飛んでくる。

 

 外れっぱなしじゃ、胸の中の何かが静まらないので、俺は意識を努めて引き絞り鋭く集中させ、深く湾曲した短弓から矢を解き放った。


 刹那、彼方より飛来した敵の矢が俺が身に纏う鉄鱗鎧に中って弾かれ、一方の俺が撃ち放った矢は、マナン・ディリスの横隊を形成している弩兵のうちの一人の胸に突き刺さって、彼の身を独楽のように回転させながら吹き飛ばした。

 命令を待つまでもなく、次の矢を腰の矢筒から引き抜いて短弓に番える。

 恐怖に震える心を息を吸って吐いて平らに定める。

 経験も技術も足りてないなら、気迫で勝る。

 心が震えていると、手が震えて、震えて狙いが定まらないから。敵も味方もそれは同じで、だからこそ、それが勝ち筋。

 心すり潰す死の嵐の中にあって、新兵が付け焼刃で他に勝れるものがあるなら、それは気持ちだけだ。

 矢は気迫で中てるものらしいと悟る。

 高速で機動する竜の鞍上から俺は標的まとたる槍兵を睨みつけ、無言で二射目を撃ち放つ。


 気迫とは殺意だ。


 殺意が籠められた一矢は敵の槍兵の眉間に吸い込まれるように突き立ち、そしてぶち抜いた。車輪のように縦回転しながら敵兵が倒れる。


「者ども退くぞっ!!」


 頃合を見て、サー・アゼルヴァリスが撤退を命令する。


「応ッ!!」


 最早、お馴染みのパターンだった。

 今日も接近しての射撃と離脱作戦が繰り返された。


 射撃戦ばかりで接近すればのらりくらりと逃げ回る俺達を、敵はなんとか掴まえようと、あの手この手でこちらの背後に回りこみ退路を遮断せんとした。

 しかし、その悉くは偵察騎兵に早期に察知され、俺達は退路を断たれる事はなかった。


 それどころか、連日の襲撃ですっかり頭に血が登ったのか敵歩兵の一部が突出して深追いしてきたので、重装歩兵達を伏せさせている稜線の陰まで誘い込んだ。

 斜面に身を潜めていた重装歩兵達は、敵の先頭集団が稜線を登り切った所で、飛び出し襲いかかった。

 追われていた弓兵達は反転し、俺達弓騎兵隊も反転した。


「抜刀ォオオオオッ!! 突っ撃ィイイイイイッ!!!!」


 無理に追撃してきた為に延びきっていた敵の戦列へと弓騎兵隊は剣を抜き放って突っ込み、縦横無尽に駆け回って人を轢き殺し、剣を振り回して斬り殺す。


「押せ押せ押せ押せーーーっ!!」


 突如の伏兵と反転して突撃してきた竜騎兵達に、マナン・ディリスの歩兵達は肝を潰したのか、ろくに反撃もしないままに、百八十度走る向きを回転させた。


 つまり、逃げた。


 不利と見れば逃げる、それは当たり前のことなのかもしれなかったが。


「ここで逃げるくらいならば、初めから追ってなどこなければ良いものをっ!!」


 俺は叫び、ロングブレードに黄金の光を宿して駆け抜けざまに一閃した。

 敵兵の首が飛んだ。


 俺は竜を走らせながら黄金の大太刀を振り回し雄叫びをあげた。

 恐怖心を煽る行動を進んで俺は取った。


 逃げてくれた方が、こっちとしては当然、楽だからな。

 立ち向かってくる敵と刃を交えるよりも、逃げる敵の背中に斬りつける方が楽だ。


 一方的な展開となった。

 追ってきていたマナン・ディリス兵達は大量の死体を荒野に残しながら、逃げ帰っていった。


 この反撃で倒れたマナン・ディリス兵の数は一〇〇にも登り、全体からみればそれほどでもないかもしれないが、西の城壁まわりと方面を区切れば、決して少なくない数だった。

 西側の敵の歩兵隊の人数はもはや四〇〇を切っていた。


 もっとも、こちら側も重装歩兵を抜くと一二六名、入れても一七二名にまで人員が減ってしまっていたが。


 通算では、こっちが二十五人死ぬまでに三〇〇人以上を殺したという具合だった。

 殺害と被殺害の数を比べて十倍以上の差がついているのは、多分、尋常ではない。


「敵の足並みが乱れている……連中、相当焦っておりますな」


 追撃を切り上げて再び隊がまとめられた時、その尋常ではない戦果の立役者である童女騎兵は返り血を浴びて全身を真っ赤に染め上げていた。

 思案するように呟いた彼女は、目に塵でも入ったのか、しきりに手で目をこすっていた。


「フン、先にあちらが痺れを切らしてくれたのは僥倖だったな」


 ドラゴンの騎士がそれにこたえ、黄金の瞳をギラつかせながら鼻を鳴らす。


「ですね……正直、こっちも相当辛いのに、敵も無茶をする……」


 悲しそうな瞳で血塗れたロングブレードを襤褸布で拭いながらノーラさん。

 それにサーディックさんが野太くニヤリと笑って答える。


「まぁ敵からはこちらの焦りは、見えぬだろうよ。あまりに損害比が違いすぎる。一人を殺す為に十人が死に続けていて、帝国側の方が辛い、などとは思わんだろう」


 サーディックさん達、熟練の戦士達は、これだけ激戦していても、味方の損害が積み重なってきていても、普段と様子がほとんど変わらなかった。少なくとも表面上は。


 正直、すげぇなと思う。

 少し、怖くもある。


 一方の新兵達――普段は陽気だったグリエルは目を血走らせて口数を減らしているし、セルシウスは蒼い顔で表情硬く、眉間に皺を刻みっぱなしだ。

 良い状態ではないのだろうけれど、友人たちのその様子に、少しほっともした。

 こいつらは、人間だ。


 俺は人間か?

 人間だ。

 けれど、でも多分、化け物にならなきゃ、いけないんだろうな。


 そうでなければ。

 そうでなければ。

 きっと勝てはしなくて、そして負ければ、何もかもが失われてしまうのだ。

 それをサーディックさん達は知っているのだろう。


「実際、一人を殺す為に十人が死んでいては、敵は不味いのじゃろう」


 メンタル的な強さでは化け物筆頭の老人が好々爺然とした笑みを浮かべながら穏やかに述べる。


「ミュンドゥングの守備隊も奮戦しておるんじゃろうな」

「我々にも敵にも双方ともに増援の存在がありますが、南州諸領主の到着のほうが、敵の陸戦隊の到着よりも速いのでしょうよ。距離や数を考えれば、普通はそうだ。大軍は動きが鈍い、弱兵ならなおさら」


 ダイラス老へとサーディックさんが言って、ノーラさんもまた言う。


「その見立てに賛成です。敵は南州の諸領主が到着するよりも前に、ミュンドゥングを陥落させたい筈です。だからこそ焦っている」

「ありえそうではあるのう」

「奮戦した甲斐はあったか」


 騎士アゼルヴァリスはぽつりと呟き、


「と、なると……今、奴等は迂闊にも我等を深追いし、そして大きな代償を支払った。痛手を被ったからには、これに懲りて大人しくなる、もう迂闊な真似はしてこない――そういう事も、考えられるが」


 ご主君の黄金の瞳が、リーゼさんを見た。


「……逆、の可能性もありますね」


 童女が目をこすりながら答える。


「ああ。むしろ、大失敗したからこそ、この失敗を取り戻そうと、躍起になる筈だ」


 赤い騎士は頷いた。


「犠牲を重ねれば重ねるほどに後にひけなくなるものだ、もはや満足に動けなくなるまでな」


 何か実感の籠もった台詞だった。

 この怖い者知らずのように見えるアゼル様も、そんな失敗をした事が過去にはあったのだろうか。


「ふむ……で、ありましたら、今晩あたり、動いてきますかな」

「今晩?」

「まっとうに昼間のうちにやれる事は、敵はもう散々やってきました。そして、大殿はそのすべてをことごとく潰された。それは偵察騎兵の働きが大きい。つまり戦場の視界をこちらが確保している事が大きな要因だと思うのですが、違いましょうか」

「違わないな」

「対抗できる騎兵を持っていない敵軍が、見通しが効く地形で慎重迅速に行動する偵察騎兵を除くのは難しい。となれば、敵の立場からしたら、もうそもそもその視界が効かない夜のうちに動く、というくらいしか、対抗手段が残されていないのではないかと。一発逆転を狙うなら、それくらいしか彼等に出来る事はない」

「……ありえそうではあるな。なるほど、まだ新月ではないが、既に月は細く闇が深い。夜襲の警戒はしておくか」


 サー・アゼルヴァリスは深く思案するように口元に握拳をやりつつ、うむ、と頷いた。


「そうされるのが、よろしい、か……と……」


 述べる鞍上のリーゼは目元を手で抑えている。抑え続けている。

 俺は、何か違和感を覚えた。


「リーゼ?」


 竜を妹の傍へと寄せ、目を抑えている彼女の手を掴んだ。

 その細い手を簡単に顔から引き剥がすと、リーゼは目から赤い液体を流していた。


 血だ。


 血を涙のように目から流していた。


「リーゼ、お前……!」

「あ――」


 妹は自分自身が呆気に取られたかのようにか細く呟いた。

 俺の心臓が音を立てて跳ねたのが解った。視界が揺れた。

 揺れた視界の中で、小さな女の子がぐらりと身を横に傾がせてゆく、ゆっくりと、馬竜の鞍上から転がり落ちそうになってゆく。

 映像の衝撃に身を強張らせ、石像のように身を固まらせていた俺だったが、さらなる衝撃に慌てて動き出し、腕を伸ばして、間一髪でリーゼの小さな身を抱きとめ、支えた。


「リーゼっ!!」


 俺は叫んで腕の中の童女を見つめたが、病的なまでに白い肌をしている彼女は血を流す瞳を閉じたまま、黙して答えなかった。


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