ミュンドゥングの戦い~南州州都救援戦~ 西方攻囲陣との激突・中編
「騎兵隊、前進だ! 二列縦隊、続けっ!!」
ドラゴンが咆吼をあげ速歩で前進を開始する。
俺は弓と手綱を手に赤兜の騎士の背を追った。
景色がゆっくりと動いてゆく。
振り返ると、味方の歩兵隊はこちらも敵と同様二列横隊に展開していた。前列が膝をついて構え、後列は立って待ち構える形だった。
味方も戦列を縦に薄く横に広く伸ばしている。だが味方の弓兵は僅かに一〇〇で、正確には九十八名で、歩兵はそれがすべてだ。四十九名の重装歩兵は後方に伏せさせている為、ここにはいない。敵の七〇〇の戦列と比較すると、あまりにも短い。
……改めて、サー・アゼルヴァリスこの兵力差で敵の中央に突撃かまそうと思ったとか、イカレてんな。
いや、前の戦いの手応えからすると、ソルヴィオドゥルムの兵の質とマナン・ディリス軍の歩兵の質の差を考えるに、こっちにゃリーゼさんもいるし、何かの罠がなけりゃ、突撃すりゃ実際突破できんだろうけどさぁ。
でも騎兵隊の四〇入れても一四〇で七〇〇ってのは五倍だぜ。イカレてる。これを壊走まで追いやるとか、五倍相手に勝つ気満々とか、どう考えてもイカレてる。蛮勇だ。
「突撃準備――ッ!!」
蛮勇を誇る辺境村の代官様が吼え、竜が速歩から駈歩へと移った。
敵の戦列へと速度をあげて近づいてゆく。
敵は、敵左翼側面を取ろうとする竜騎兵隊の動きに対して即座に反応した。
一本の棒のようであった敵戦列の、その左翼の三分の一あたりのところから切れて、回転するように機動する。
一本の短い独立した横列と化し――およそ二〇〇名程度か――回り込もうとしている俺達騎兵の方へと、その正面を向けてくる。
大旋回だ。
側面を取らせないつもりらしい。
機敏な指揮だ。全体が俺達に向き直るのではなく、中央と右翼は歩兵へと対したまま、左翼だけが向き直る。
味な真似をする!
「惑うな! 連射しながら駆け抜ける! 決して足を止めるなよ! 襲歩!!」
サー・アゼルヴァリスが吼え、俺達騎兵隊はさらに加速した。
矢は敵の方から先に飛んだ。
一〇〇の太矢が一斉に空へと放たれる。曲射だ。
同時、
「左旋回!」
サー・アゼルヴァリスが叫び、竜を駆けさせる軌道を変化させた。
俺はサー・アゼルヴァリスの背を追って曲がり、後続も同様に俺の背を追って曲がった筈で、きっと俺達竜弓騎兵隊は蛇がうねるように曲がっていた。
煌く雨が大地へと降り注ぎ、しかし、軌道を直前で変化させた俺達は、矢が降り注ぐその場所を駆けてはいなかった。
曲がらなかったら、あの鋼の雨の中に飛び込んでいたかもしれない。
アゼル様、敵の射撃タイミングを読んだんだろうか、良い勘している。
「右旋回! 弓構えーーーっ!!」
竜の頭を右へと回し、右手で矢筒から矢を引き抜き、左手に握っている短弓へと矢を番え、引き絞る。
激しく駆ける竜の鞍上より身を捻り左へと視線を移せば、敵の戦列が見えた。
敵の二列横隊は横の間隔が長く空いている。広く散開している。槍兵と弩兵の比率は一対一程度か。
今、俺達は、敵の横隊に平行するように駆けていた。
つまり、敵の正面を、こちらの竜の左腹を晒しながら横切っている。
距離は、既にかなり近い。
曲射ではなく、直接狙撃が届く位置だ。
「――テェッ!!」
サー・アゼルヴァリスが矢を解き放ち、俺も深く湾曲した短弓より矢を解き放った。
疾走する竜達の鞍上、竜の骨腱等より作られた合成弓に矢を番え、四〇の竜弓騎兵達が次々に矢を撃ち放ってゆく。
矢音が鳴り響き唸りをあげて、凶悪な殺傷力を持ち鋼の煌きが敵の横隊へと一斉に襲い掛かった。
光る鏃が、居並ぶマナン・ディリス兵の身に突き刺さり、そのチェインメイルやレザーアーマーをぶち抜いて深く食い込むのが見えた。
矢を受けた兵達がよろめき、次々に倒れてゆく。
流石は精鋭のソルヴィオドゥルム兵の中でも最精鋭の竜騎兵達。よく中てる。命中精度だけでなく、威力も極めて高い。ソルヴィオドゥルムの合成弓は鉄板すらも距離と角度によっては容易くぶち抜くから、生半な装甲では防げない。
回転しながら吹っ飛んだ奴さえ一人いたが、あれはきっとリーゼさんの矢を受けたのだろう。人体を吹き飛ばす威力は流石にソルヴィオドゥルムの中でも特別だ。
俺の矢?
外れましたよ、チクショー!
しかしだ、この後は、サー・アゼルヴァリス、横腹さらしてますけど、どうすんだっ?
左旋回したら、敵の横隊に突っ込む形になるし、右旋回したら、背中を見せる事になる。
左旋回し直角に突っ込めば、隊形が縦隊であるため隊として被弾面積は減るが、誘いの可能性が考えられる状況で、敵中に飛び込むのは危険だし、かといって、右旋回して背中を見せるのは縦隊とはいえ、やはり怖い。
この距離で、敵の正面で、どうすんだ?!
「各員、速射ァッ! 撃って撃って撃ちまくれ!!」
まさかのノーガード全力攻撃、右にも左にも旋回無し。
いや、まさかでもないか、心のどこかできっとこの人ならそういう命令出すと思ってた!
一方は縦隊で前進しつつ馬竜の左横腹を敵の正面へと晒し、鞍上では人が左を向いて射撃している弓騎兵隊と、一方は横隊に展開し正面を向けている敵歩兵隊。
互いに最大火力を発揮し、最大の被弾面積を晒す隊形での全力射撃戦が始まった。
俺は歯を喰いしばって恐怖を抑えつつ、ご命令通りに竜を全速で駆けさせながら矢継ぎ早の速射を開始した。
当然、敵の弩兵達も撃ち返してくる。
夥しい数の矢が互いに飛び交った。
「アーハハハハハハアッ!!」
前方でサー・アゼルヴァリスが笑い声をあげ、斜め後ろのリーゼさんは無言で猛連射を繰り出している。
撃ってるとこ見えないのになんでわかるかって?
凄い勢いで敵戦列の歩兵達が回転しながら吹き飛んでいっているのが見えてるからだよ。あんな真似、うちの妹以外にできるわきゃねぇ。
俺の矢も中ればすっとばせるんだけど、俺のはまず中らんからな。
ビッと唸りをあげて、太矢が俺の頬を掠めて抜けていった。
頬に痛みはなかった。
ただ、熱かった。
どてっぱらに矢がぶち当たった。
……相変わらず、めっちゃ、いてぇ。
俺のドラゴンが悲鳴をあげるように咆吼をあげている。
多分、矢が中ってんだろうな。
先頭集団にいるせいか、夥しい数の矢がとんできている。集中して狙われている。敵はこっちの指揮官を潰す腹か。
ガキン、ギュインと鎧が悲鳴をがなりたてながら激しい火花を巻き起こしてゆく。
矢が激突する度に、精気で強化されている鉄鱗鎧は弾いてくれたが、それでも衝撃は突き抜けてくる。ガタイの良い男に連続して拳を叩き込まれているような痛み。
ちくしょーいてぇえええええええ!!
だが、こちらの先頭集団に敵の射撃は集中しているおかげか、後方を振り向いても、まだ味方の弓騎兵に脱落者は出ていないようだった。
ソルヴィオドゥルム弓騎兵隊と敵の歩兵隊の弩兵に、頭数以外に大きな差があるとするなら、それは、一方は重装甲な上に高速で動いていて、一方は皮装備の軽装甲な上に止まっている事だった。
この距離、間合いにおいて、敵の弩兵は高速で疾走する騎兵達へとなかなか矢を中てる事ができていなかった。
それでも数の力で、絶対数としては、かなりの本数を中ててはきていた。
しかし、この距離では竜弓騎兵達の重装甲は、簡単には貫けないようだった。
こちらにはまだ損害が出ていない。
少なくとも騎兵隊に脱落者は俺の目では確認できていない。かわすか装甲で弾くかしているのだろう。まだ皆、生きている。
矢が激しく飛び交う中、一方の敵側にはかなりの損害が出始めていた。
リーゼさんが化け物じみた騎射能力を発揮しているせいでもあるが、他の弓騎兵達も良く中てている。ソルヴィオドゥルムの竜弓騎兵達は精鋭だ。この距離なら騎射でもかなりの命中率で中てている。
そう、一見では蛮勇的な撃ち合いに見えるが、この距離は、敵の弩兵達に対して、こちらの竜弓騎兵達が圧倒的に有利を占めていられる間合いなのだと気づいた。
離れすぎても近すぎても、駄目だ。
いずれの場合でも、ここまでの有利は取れない。
サー・アゼルヴァリスは、自分達が有利になる間合いを見切っていた。
撃ち合いながら駆け続け、やがて俺達は敵横隊の端から端までを駆け抜け、そのまま抜けた。
時間にしてそう長い間ではなかった。リーゼさんはともかく、普通の弓騎兵なら矢を二、三本撃つ程度の時間。
そこからまた駆けて、ようやく我が君は再び隊を右回りに大きく旋回させた。ぐるりと百八十度向きを変える大旋回だ。
そうして今度は右手側に敵の横隊を見る形となったが、長く広く距離を開けていた。
どうやら、サー・アゼルヴァリスは帰り道までは、撃ち合うつもりは無いらしい。
まぁ右利きの場合、鞍上から弓って、左には撃ちやすいんだが、右には撃ちにくいからな。この向きで撃ち合うのは不利だ。
だから今は撃ち合わないのだろう。当然の道理ではあった。
隊を見回す。
負傷者は多いようだが、やはり脱落者はいなかった。
ただ、馬竜が若干おかしな駆け方をしている騎兵が数騎いる。何騎か、鱗を貫かれたな。
さすがに完全無傷という訳でもないらしい。
視線を前方右手側にやると、彼方で味方の歩兵隊が敵の中央と右翼の歩兵隊と曲射で撃ちあっているのが見えた。
敵は撃つたびに前進し、味方は撃つたびに後退している。
敵はかなりの被害がでているようだった。味方も被害がでていたが、こちらはごくごく軽微だ。敵の隊の中で弩兵が占める割合が半数としても、それでも二倍半以上の敵を相手に歩兵隊もよく撃ち合う。
やはり日々魔物相手に死闘を繰り広げている精鋭は違う、というのもあるのだろうけど、そもそもに遠距離での撃ち合いは、相手の弩よりこっちの合成弓のほうが強いみたいだな。
射撃戦は総合してソルヴィオドゥルム側がかなり優位に進んでいっている様子だった。
ただ、戦果ではこちらの方が圧倒的に勝っていたけれど、敵は総数で五倍以上いて、こちらが一人倒れる間に五人、六人倒してようやく互角になる計算だった。
そうして互いに消耗しあって全員が消滅しても、敵はこの西側部隊の他にも同等以上の規模の北、東、南側のミュンドゥング市の城壁を攻めている部隊がある事が、気になった。




