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ミュンドゥングの戦い~南州州都救援戦~ 西方攻囲陣との激突・前編

 巨大な湖が夏の陽の光を浴びて青く青く煌いている。

 大湖ドゥンケルブラウゼは美しい湖だったが、今はその煌く水面に、数十隻もの巨大な軍船が無粋にも浮かんでいた。

 遠くからでも確認できる。マナン・ディリスが誇る伝統ある古強者艦マナナーン・ガレー級帆櫂船、及び、主力艦たる最新鋭巨大戦艦マナナーン・ガレアス級帆櫂船だ。

 マナン・ディリスの国威そのものといって良い水軍戦力はさすがの威圧感があった。

 一方陸上には、城郭の周囲に多くの人の影が群がっている。

 船に部品を載せて運んできて組み立てたのだろう、投石機カタパルト平衡錘投石機トレビュシェット三角屋根衝角車ラムなどの攻城兵器の姿も見える。


 さすがのマナン・ディリスというべきか、きっちりと攻城兵器を揃えてきていた。

 北方騎馬民族達よりも戦闘能力は劣るという評価だったが、攻城能力という一点においては、彼等よりもマナン・ディリスのほうが勝っている。

 技術力があり、それを支える資金と物資があるからな。

 その技術大国たるマナン・ディリスの軍により、湖のほとりに建つ城郭都市ミュンドゥングは水上と陸上の両面から包囲され猛攻撃を受けていた。


 この前、交易民隊と共にやってきた時は、湖の面したこの都市は、華やかで優美な印象さえ受ける外観だったのに、今は、鉄と火と血の匂いしかしねぇ。

 城門の上では人を生きたまま焼き焦がす油が煮られ、忙しなくぶちまけられている。

 弩や弓を手にしたミュンドゥング市の守兵達が、城牆を盾に矢を放ち、攻め手側と比較して絶望的なまでに小数ながら、必死の防戦を行っていた。


 俺達は攻囲軍のうち、西側の城壁に取り付いている敵部隊の後背へと急ぎ迫った。

 すると敵側も俺達の接近を黙って許すつもりはないらしく、西側の攻囲隊は、こちらへと向かってきた。

 驚くべき事に、城壁への攻撃が中断されていた。

 一方面だけとはいえ、敵戦力のすべてが俺達へと向かってきた。西方面攻囲隊の敵指揮官は戦力分散を嫌ったのかもしれない。


「え、えーと……およそ七〇〇といったところですかね?」


 俺は馬竜の鞍上で手綱を引きつつ、瞳に精気ジンを集中させ迫り来る敵勢について報告をした。

 ミュンドゥング市の城壁との攻防や先の六〇〇の別働隊へと兵力を抽出したせいだろう、一〇〇〇よりは減っていたが、それでも七〇〇名もの敵勢が横に長く隊列を広げながら迫り来る様はかなりの迫力があった。威圧感がある。

 なんせこっちの一四〇の五倍だ。

 俺達は後方に輜重隊と重装歩兵を残し、十騎ほどの騎兵を周囲への偵察へと飛ばしていたから、現在の総数はおよそ一四〇人足らずであり、西方面だけの敵と比べても五分の一以下の小勢でしかない。


「そのようだな。俺にもそう見える」


 隣に並んでいる竜の鞍上、俺達の主君たる赤の竜騎士ドラゴンナイトは落ち着き払った様子で頷く。


「城壁への攻撃を全面放棄してまで俺達の迎撃にくるとはな」


 彼は思案するように呟いた。

 リーゼの献策では基本的に敵のミュンドゥング攻囲隊が城壁を攻めている間にその背中を撃つ、もしくは、一部が俺達へと向き直ってきたらこれを討つ、という寸法だったから、俺達のほうに全部隊が向かってくるのは、少し想定と違う。


「敵は我々を軽く見てはいないという事でしょうな」


 張りつめた空気が一同の間を支配する中、のんびりとした声音で老人が述べた。

 ソルヴィオドゥルム家の三代に渡って仕える歴戦の宿将ダイラス老だ。


「たかだか一四〇をか?」

「先日、六〇〇の部隊を破ってみせましたからのぅ。それに、このたかだか一四〇がミュンドゥング市の陥落を阻止いたしますゆえ、敵の対応はもっともでしょう。まだ北東南の兵を動かさぬ分だけ、少ないくらいです」

「言うなじい


 ダイラス老の剛毅な言葉にサー・アゼルヴァリスは笑った。

 叫んだり怒鳴ったりせず、言葉づかいが落ち着いていて、穏やかな印象があるが、言ってる言葉のその内容まで考えると、臣下達の中では、実はこの爺さんが一番果敢な性格しているような気がしないでもない。

 さすがはサー・アゼルヴァリスの師匠なだけある。


 しかし、笑いながらも、赤髪の青年は迫る敵影達から視線を外そうとしなかった。


「では、敵がまだこちらの力を見誤っているうちに、付け込みたい所だが…………連中、横に長いな。中央に隙が見える」


 敵の戦列は横には長かったが、縦の厚みは薄かった。二列横隊だ。極めて薄い。 

 

「これだけ横に長く縦が薄いなら、突撃が効果的だろう。敵の戦列を引きつけてから騎兵で突撃して中央を破り、敵戦列の背面に展開して挟撃にもってゆけば、一方面まるまる壊走にまで追いやれるのではないか?」


 景気の良い台詞が騎士の口から吐き出される。

 確かに、竜弓騎兵達ならば騎射からの抜刀突撃で一気に中央を突き破る事は、不可能ではなさそうに見えた。

 しかし、


「欲張って勝負を急ぐべきではありません」


 次の瞬間、それに冷水をぶっかけるかのように、硬く鋭い女声が差し込まれた。

 リーゼさんだった。

 相変わらずの無表情だが、その声には緊張を孕んでいる。


「いかんか?」

「いかんです。今は欲張らなくても良い筈です」


 鉄帽子をかぶった童女は幼さを残した声質ながら強く鋭く主張した。


「敵は先の六〇〇で我々を排除する計算だったと思われます。野戦で三倍をあてれば普通は勝ちますから、最悪でも足止めくらいはできると考えていた筈です。となれば敵は、敵からすれば、今、我々がここにいて、対応を強いられているのは想定外。あるいは想定はしていても、最悪の部類の筈です。敵の事情を鑑みれば、敵方としても、余裕がある状況ではありえない為です。余裕があったら艦隊を使い陸上部隊を置き去りに全軍を二つに割ってまでミュンドゥングへと速攻戦を仕掛けてくるような博打はうたない」


 リーゼは振り返らないサー・アゼルヴァリスの横顔をじっと見つめている。

 なんか、焦ってそうだな。それだけ、今突撃してしまうとヤバイのだろうか。


「ですから、西側方面の敵を完全に引きつけているこの状況なら、ミュンドゥング市はかなり楽になった筈です。南州諸侯が到着するまでは陥落は免れられると、そのように期待できます」

「……期待か」


 敵を見つめていた赤兜の青年は、そこで初めて、その黄金の瞳を白金色の髪の少女へと移した。


「期待という事は、その予想は確定ではないな?」

「……はい、賭けです。ヤマを張ります」


 鞍上のリーゼは頷いた。


「しかし、思うところはあります。一方面すべてを差し向けてくるのは、我々の排除を敵は急いでいる為ではないかと。すぐに我々を排除して、攻囲に対応部隊を戻らせなければならないのなら、それはそうまでしなければ南州諸領主の援軍が到着する前までに、ミュンドゥングを落としきれない可能性がでてきているからではないでしょうか。ですから、この状態を長引かせるのは、メリディア側にとって悪くはない筈。逆に、敵が我々の排除に本腰を入れ始めている、こういう時に、欲張って我々の側から勝負を急ぐのは危険です。何故なら、敵は七〇〇だけでなく、その気になれば北東南の他方面からも応援を繰り出せます。包囲挟撃など思わぬ罠にひっかけられかねません」

「……お前の懸念はよくわかった」


 赤兜の騎士は淡々と、


「俺も嫌な予感はしているのだ。勘の部類だがな」


 皆が見つめる中、彼は言った。


「隙のありかたがあまりにもあからさま過ぎる」


 彼は忌々しそうに敵の戦列を睨みつけ、フンと鼻を鳴らす。


「気にいらん。敵は弱兵だ。だから隙がある。ありえない話ではない。ありえない話ではないが、だからこそ気にいらん」

「こちらの突撃を、誘っていると?」

「ここで破れば、苦境のミュンドゥングを救い、この状況を一気に好転させられる。開戦までの流れを考えるなら奴等、小賢しい真似には長けているようだからな。こちらが、六〇〇相手に大勝し、マナン・ディリス軍を弱いと侮り希望を見出したところに餌を撒く、ありえそうだとは思わんか?」


 では目の前に見えているこれは、罠か。

 サーディックさんが問いかける。


「相手は本当に無能で、考えすぎの可能性は? あるいは裏の裏、敵は今、突撃されたくないからこそ、敢えてあからさまな隙を見せ付けている。その場合、今突撃しないのは、勝利を決定づけるをみすみす逃すことになりますぞ」

「だから突撃すべきかを聞いた。そしてリーゼは迂闊に勝負を急ぐなと言った。ならば、ここは様子見だ。こちらも横に散開しつつ、射撃戦を行う。深入りはしない。敵が迫ってきている、決定だ。ダイラス、ノーラ、歩兵隊は出来る限り最大射程を維持せよ。敵が最大よりさらに詰めて来るなら後退だ。例のリーゼの作戦でゆく」

『ハッ!!』


 ダイラス老とノーラさんは頷いた。


「騎兵隊は横を取るぞ! 敵の左翼側面に回って射撃だ! 各員、矢の補充は忘れていないな?!」


 サー・アゼルヴァリスは声をあげつつ敵の戦列を見据え、一本の街道が貫く原野より彼等が迫り来るのを睨んでいたが、やがて彼の中で何らかの線を敵が踏み越えたのか、前進命令を発した。


「騎兵隊、前進だ! 二列縦隊、続けっ!!」


 ドラゴンが咆吼をあげ速歩トロットで前進を開始する。

 俺は弓と手綱を手に赤兜の騎士の背を追った。

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