捕虜達の処遇
翌朝。
戦場の熱の余韻が落ち着くと、やはり身体には疲れが感じられた。
まぁ、そういうもんだろう。ぐるりと首を回しながらだるさを殺す。
グリエルと一緒に天幕内で身支度をしていると、竜兵の一人から声をかけられ呼び出しを受けた。話し合いを行うのでサー・アゼルヴァリスの天幕前に集まるようにとの事だ。
かくて昨晩に続き、俺は再びサー・アゼルヴァリスのもとへと向かった。
天幕の前に辿り着くと、多くの床机が並べられていた。
最初はダイラス老とサーディックさんとノーラさん他数名しかいなかったが、すぐに大勢の従士や竜兵達が集まってきた。
サー・アゼルヴァリスの主だった直臣達だけでなく、陪臣の、それも大活躍したリーゼさんだけでなく、グリエルやセルシウス等も呼ばれていた。
幼馴染の黒髪少年は眠そうなだけだったが、ガーネット色の髪のポニテ娘には顔に疲れの色が見え、彼女は目の下に隈を作っていた。
隈ができていたのは、そのセルシウスに手を引かれてやってきたリーゼさんもで、
「おはようリーゼ、大丈夫か?」
「兄上様、おはようございまするー」
妹はへらっと笑い、
「リーゼは大丈夫で……すぴー」
と立ったまま瞳を閉じた。
やっぱ駄目じゃねーかよオイ。
「寝てろよ、もう」
俺はうつらうつらしている童女の様に、己の額を片手で覆って、息を吐いた。
そんな俺達へと、天幕の中から出てきた鋭い面差しの青年が声をかけてきた。
「お前の妹の意見も聞いておきたかったのだが……まぁ、その娘は疲労回復の方が優先だ。起こさんで良い。ケルヴィン、支えておいてやれ」
ご主君はシャキっとしていた。顔に疲労の色等は無い。ノーラさんもサーディックさんもケロッとした顔をしている。
大人達は耐久力があるな。
さすがに高齢のダイラス老は疲れを滲ませた顔色をしていたが。
「は? はぁ……了解いたしました」
許可を取って寝かしつけにリーゼ達の天幕まで背負っていこうかと思ったのだが、この場で支えておけと命じられてしまった。
どうやらもう時間らしい。
なんとも格好がつかないが、俺はリーゼを膝の上に乗せ抱きかかえて床机に座った。
ああ、なんて事だ、小さな妹を抱えて座りながら軍議に臨む事になってしまった。
サーディックさんを初め従士や竜兵達の何名かは呆れ顔で、ダイラス老とノーラさんは憂うように眉をひそめ、セルシウスやグリエル他、何名かが微笑ましいものでも見るかのように笑っている。
とほほ。
「さて、貴様等、朝早くに集まって貰った訳だが、その理由は、貴様等の考えを聞いておきたいからだ」
若きご主君は一同の顔を見渡すと、やっぱり日頃と同じように単刀直入に話し合いを開始した。
「降伏した百名の捕虜の処遇についてだ。
我々はこれからつかずはなれずの機動戦をミュンドゥング市を攻囲しているマナン・ディリス軍に対し仕掛けんとしている。
機動戦では機動力が大事だ。
百名もの捕虜を抱えていると機動力は落ちる。
故に、この百名の捕虜を抱えながら戦いに臨む事はできぬ、ここまでは良いか」
まぁ、移動の際に邪魔すぎるもんな。そりゃ百人も捕虜抱えてたら機動力なんて激減するに決まってる。
敵に掴まえられたらおしまいの機動力命の作戦で、機動力減らしながら挑める訳がない。
そりゃそーだ。
「捕虜達は連れてはゆけない。そうなると取りうる手段は主に三つだ。
一つ、最寄りの帝国側の拠点へと護送する。
二つ、皆殺しにする。
三つ、武装解除の上で解放する」
皆殺しにする、という言葉のところでグリエルとセルシウスが呻いた。
……すげー事を、当たり前の事のように言うね。うちのご主君。
「いずれの選択肢もそれぞれに利益と不利益を抱えている。我々ソルヴィオドゥルム家が取るべき選択肢はいずれだと思うか、お前達の考えを聞きたい」
すると、早速サーディックさんが恐れながら、と申し出た。
「この状況ですと、普通に考えるならば、二では?」
普通に皆殺しにしろときた。
「私もサーディック殿のご意見に同意いたします」
何名かの従士や竜兵達もそうだそうだとそれに頷く。
「降兵を皆殺しか……」
ノーラさんが物憂げに呟き、ダイラス老が首を振った。
「お主ら、それは辺境の兵の普通であって、天下の普通ではないぞ」
「……そうなのですか?」
サーディックさんら従士達がサー・アゼルヴァリスへと視線をやり、ご主君は彼らに対し「そうだな。少なくとも騎士道を重んじる中央では普通ではない」と頷いた。
「さらに言うなら、村人達の感覚でも普通ではないらしい」
赤兜のお代官様は俺とグリエルとセルシウスの顔を見回した。
あ、俺達、サー・アゼルヴァリスの中だとまだ村人枠なのね。
「今のお前達は紛れも無くソルヴィオドゥルムの戦士だ。だが、感覚というのは急に変わるものでもあるまい。徐々に変わってゆくものだから、既に村人ではないが、まだその感覚を多く残しているだろう」
ええ、まぁ、そうですね。
そりゃそうだ。
うん、まぁ普通は……その三つの選択肢の中から選ぶなら一なんじゃあないだろうか? 降伏した人達なんだからさ。
ああ、でも……よく考えると、護送するにも人員を割かなきゃならないのか。
一兵でも多くの兵力が必要な状況なのに、兵力が減る……?
護送には、何人必要なんだ?
武装解除して縄で手を縛って移動させるにしても、百人だ。魔物やら賊やらの脅威もあるし、一人二人で出来る仕事じゃない。五人でだって無理だろう。
十人?
二十人?
三十人?
それくらい、人数が必要になるんじゃないだろうか。
うちは二百人しかいない。敵は四千をこえる大軍。一兵でも多く味方が必要な時なのに、自ら減らすのは、不味くないか。
ああ、だからサーディックさんは『この状況なら』二番の皆殺しなのか。
殺してしまえば、護送に兵を割く必要はなくなる。後顧の憂い無く最大戦力でミュンドゥングの救援へと向かえる。
いや、しかし、でも、皆殺して。
降伏した兵を?
一端、降伏を認めておきながら、やっぱり不利なので殺しますって殺すのか?
俺が唸り返答に窮していると黒髪の元村人少年が言った。
「ええ、アゼルヴァリス様、殺すってのは、ないっすよ。だって、降伏した人達ですし」
「そうだな。情で考えるならば、その通りだな少年。だが、我々はレッカーの村人達に対して義務がある」
「義務?」
「外敵の脅威を退け、彼等の日々の生活を守るという義務だ。普段、高い税を取っているのだから、有事の際は働け兵隊どもと、そう思うのが村人達なのではないかな?」
「は、はは」
グリエルは笑顔を浮かべて頭を掻いた。
「恐れながら……そーッスね。村人の考えというのは、そういうもんです」
周囲の従士達からの視線がグリエルに突き刺さる。
サー・アゼルヴァリスは笑って頷いた。
「だろう? 村人達と我々はそういう契約がなされている。建前上はな、という奴もいる。
だが建前だろうがなんだろうが契約は契約だ。
普段、偉そうに踏ん反り返っているのだから、ここでやらずして何が兵だ、何が騎士だ、何が領主だ代官だ。
ここでやらねば我々はただの詐欺師だ。
偉そうに支配者面する資格が無い。
最善は尽くさねばならぬ。
命と引き換えにしてもな。
例え、武運拙く敗れ去り失敗に終わろうともだ。
でなければ、生きる事の沽券に関わる」
「はぁ……生きる事の、沽券、ですか」
「馴染みは薄いかもしれんが、騎士というのはそういうものだ」
「いえ、わかります。わかりますとも。聞いた事はあります……ただ、本当に、そういう生き方をしているのですね」
「それ以外をしてきたつもりはない、が、そうは見えんか?」
「……アゼルヴァリス様は、そう見えます」
「なら良い」
ドラゴンみたいな黄金の瞳の若き青年当主は頷いた。
「レッカー村を守る為には、マナン・ディリス軍の侵攻をミュンドゥングで撃退する必要がある。
そして、マナン・ディリス軍を撃退する為には戦力が必要だ。
だが、護送する場合、護送の為の兵を割かねばならない。
賊や魔物のことを考えるに、安全面を重んずるなら三十人は必要だろう。
限界まできりつめて無理をさせても十人は最低限必要だ。
最低限の十人であっても減るのは、この状況では痛い。
なんせ我等の状況は厳しい。
兵少なく、疲労は溜まり、頼みの戦神様も御覧の有様だ」
とサー・アゼルヴァリスは俺を――というより、俺が抱えているリーゼさんを見た。
一同の視線が俺とリーゼさんに集まる。
それでもリーゼさんは「くかー」と疲労が刻まれた幼い寝顔をさらしていた。
「我々に余裕はない。
だからこそ、成し遂げる為には、総員が奮起し、力を尽くさねばならず、一兵でも多くの戦力が必要だ――」
ああ、もしかして、リーゼさんが疲れるって事を、彼女にも限界があって、特に今は疲れていて、それが迫ってきているという事を、皆に示したかったから、寝てるリーゼさんを退席させなかったのかな、うちのご主君。
「――護送の為に割いた十人が、勝敗の明暗を分ける事になるやもしれぬ。
そうなった時、我々は果たして最善を尽くしたといえるか?
もしも十人を護送の為に割きさえしなければ、勝てていたのなら」
「……なるほど」
グリエルは得心がいったように頷いた。
戦力の低下をさける為に、降兵を皆殺しにするという意見の道理に納得したらしい。
セルシウスも頷いたが、彼女はそれでも悲しそうな顔をしていた。
「それに、護送するならば距離的にもレッカー村になるが、弱兵しか守りに残っていない中、百人もの敵国の兵を送り抱えおかせて、村に危険はないのか?
という心配もある。
ミュンドゥングで首尾良くマナン・ディリス軍の撃退に成功したとしても、村に帰ったら捕虜達が何かの拍子に拘束を抜け出して村を乗っ取っていた、もしくは暴れ回り略奪して去っていた、などとなってしまったら意味がない。
そういった面でも護送するのは、後ろに不安を残す事になってしまう」
「……では、だから、今抱えている降参したマナン・ディリス軍の人達は、皆殺しにすべきだと代官様はおっしゃるのですか?」
セルシウスの声は抑えられていたが、悲しみと非難の色があった。
「我々の常識としては、そうなる。そうすれば、後顧の憂いは消える。兵力も減らさずにミュンドゥングへと向かえる。最善に思える。
だが、セルシウスといったか、お前は殺す事に不満があるようだが、確かに、この選択にも問題がない訳ではない」
サー・アゼルヴァリスは言った。
「降兵を虐殺するというのは、騎士道に反する」
「お言葉ですが我が君、攻めてきたのは奴等です」
サーディックさんが口を挟んだ。
「おまけに奇襲でした。
宣戦布告は今はなされましたが、水砦は商船に偽装されて不意打ちされて落とされたそうではないですか。
水砦で殺された御味方の無念はいかばかりか。
そんな所業を成して侵攻してきておきながら、我等と一戦し、それで不利になったら白旗を掲げて武器を捨てて見せれば命ばかりは助かる、ふざけるなとは思われませんか、そんなのは虫が良いというのではないのですか」
壮年の従士の言葉には激しい憤りが籠められていた。
御当主は頷いた。
「そうだな。最高指揮官はそうだろう。だが、下級指揮官や兵というのは全員が全員進んで戦いに出る訳ではない。上の決定にやむをえず従わざるをえない場合もある。そして、我等は彼等の降伏を受け入れた」
「我々が降伏を促した訳ではありません、あちらの方から勝手に降伏を申し出てきたのです。そんなのは武装解除させる為の兵法だったと考えればよろしい」
「一理ある」
あるんだ。
「俺達にはそれで通る。俺達、辺境の兵達にはな。納得できる。だが、村人達の反応は俺達とは異なるだろう。初め、ケルヴィン達は俺達とは異なった反応をした。これが、おそらく、民意というものではないだろうか? と俺は思うのだ」
「民意? 民意ですと? 民意とやらに媚びへつらって戦うのは、兵ではありません!」
「……その通りだ。サーディック、よくぞ言った!」
サー・アゼルヴァリスは快活に頷いた。
「では」
「だが、俺は辺境の戦士だが、騎士にして御領主の代行である代官でもあるのだ」
「アゼル様っ!」
サーディックさんは憤然を瞳にあらわした。
「許せ。お前をからかっている訳ではない。民意に対し媚びへつらう訳でもない。が、民意を蔑ろにしてそれで良き統治者といえるのか?」
「この場合の民意は蔑ろにして良い民意です」
「一理ある」
あるんだ。
「レッカー村の十年の計を考えれば、名をこそ取るべきだが、十年先がそもそも存在できているかどうかが今は怪しい。まず今回の戦いに勝たねばならん。まずは何においてもそれからだ」
サー・アゼルヴァリスの言葉に従士や竜兵達は少しほっとした表情をする。
かわってセルシウスがまた不安そうな表情になった。
ノーラさんは無表情だ。ああ、この顔、なんか彼女的には複雑な心境そうだな。先にぽつりと「皆殺しか……」と呟いた時の響きから察するに彼女も皆殺しには心情的には反対なんだろうけれど、レッカー村を守ることが第一の人でもあるから、葛藤があるのだろう。
グリエルも表情を変えなかったが、こいつのこれは考える事をもう放棄している面だな。
「だがな……降兵を虐殺するというのは、やはり厄介だ。秘密というのは洩れるものだ。降伏しても殺されると知られれば、敵は絶体絶命の状態となっても降伏せず、死に物狂いで抗戦する死兵となろう」
死兵、という言葉にダイラス老やサーディックさんの表情が強張った。
歴戦の士ほど、死兵という言葉に反応している。
「死兵というのは、状況にもよるが、恐ろしく強い。そうしてしまったら、勝てるのか? 捕虜を殺すは不利を抱えない為にこそだが、殺した場合、目には見えないだけで、それ以上の巨大な不利を、我々は抱える事になりはしないか?」
サーディックさんがううむと唸った。
「――目に見えない巨大な不利、ですか」
「そうだ」
青年当主は淡々と頷いた。
「長々と問答したが、要するに俺は、最も、それをこそ、恐れている」
だからこそ、どの選択肢を選ぶべきなのか迷っている、と彼は言った。
「……では三番目の選択肢については、御館様はどのようにお考えなのですか?」
ノーラさんが問いかけた。
三番目、捕虜たちを解放するという選択肢。
すると、
「馬鹿な!」
「命を賭けて戦い、その果てに捕らえた敵兵をむざむざ逃がす?!」
「ありえない!」
「生かしておくならせめて後方に護送し、身代金なり奴隷なりに変えるべきだ!」
従士や竜兵達は激烈に反応した。
まあ捕虜ったら立派な戦利品でもあるもんな。
換金価値がある。
この部隊全体の、つまり俺達と彼等が勝ち取った財産だ。
自分達の戦いに悪影響を及ぼさない為に殺すというならまだ納得はできるが、むざむざ逃がしてやるとなると納得し難いといったところか。
サーディックさんがざわめいている一同の代表のように勢い盛んにアゼル様へと訴えた。
「そもそも、百といったら、我々二百と比べて半数ですぞ? 少なくない数です。解放すれば奴等は再び、武器を手に我等に襲い掛かってきます。一度やられたからこそ今度こそはと、汚名を雪ぎ雪辱を晴らす為にもより激烈な敵となって襲い掛かってくるでしょう。しかもこちらの戦い方も肌で知っている相手です。むざむざ、減らした敵の戦力を、再び増やすような真似は、これこそ愚かというものです!」
「ああ、その通りだな。お前の言う事はいちいちもっともだ。俺もそこを心配している」
ご主君、一理ある、とか、その通りだ、とかって言葉多分に本心なんでしょうけれど、口癖みたいになってますね。
そんだけ問題が難しくて迷ってるって事なんだろうけどさぁ。
まぁぽんと適当にろくすっぽ考えず放りだされるように決められるほうが、その決定に従わなけりゃならない俺達からしたら厄介か。
当主自ら、知恵を絞って考えてくれてる事だけは、確かだろう。
そんな中、
「――最善は何かというのは、要は、三つの中で比較して、どれが得で、どれが損か、そういう事ですよな」
不意に腕の中からあどけなさを残した女声が響いた。
「リーゼ? 起きていたのか?」
俺は驚いた。
「いえ……眠気にどうしても抗えず……申し訳ございません。ですが、夢の中で話は聞いておりました」
えっ、できんのそんな事?
しかし、ありえないと言いきれないのがこのセンゴク童女さんだ。
寝込みを襲われても殺気とかに反応して反撃しそうだけれど……夢の中で聞いてたって、マジで?
てことはリーゼさんが寝てても、その側では迂闊な話はできないって事?
「おう、我等が戦神、多少は回復したか?」
「大殿のご配慮には深く感謝を。既に私の心はこの夏の空のように澄み冴え渡っております」
御当主に対し、俺の腕のなかでちっちゃな女の子がなんか言ってる。
兄貴の俺は、妹の言葉に思わず笑い出しそうになっちまったんだが、周囲の皆は至極真面目な顔をしていた。
えぇ……この世界の中じゃ俺が異分子なのね……
「では貴様の考えを述べよ」
「はっ。それがしが思いまするに、捕虜達は解放すべきです」
場が大いにざわめいた。
「むざむざ捕らえた百の敵を再び野に解き放てと?」
「はい。三つの選択肢のうち、いずれであっても、損がでないというのものはありません。必ず何かしらの損失が発生します。
ですから、選ぶべき基準は、損の出ないものを選ぼうとするのではなく、どの損が一番マシかという事です。
護送するなら、御味方の兵を護送の為に減らし後顧の憂いを抱える。
殺すならば、民意や騎士道に反し名を損ない、敵を不利になっても降伏せずに死に物狂いで戦う死兵と化させる恐れがある。
それらの不利益を抱える事に比較するなら、武装解除された百の兵が再び敵の戦列に加わる方が明確にマシです」
リーゼさんは言いきった。
「一千の兵なら考えますが、たかだか百です。失われるものに見合った数ではない。彼等が再び我等と干戈を交えようというなら、再び戦って蹴散らしてやればよろしいのです」
場は静まり返った。
やや経ってからサー・アゼルヴァリス、
「百の兵を、たかだかというか」
ぽつりと洩らした。
「敵はソルヴィオドゥルムのような精兵ではありません。やはり、マナン・ディリスの兵は弱い。今回の戦で、我等は何名で何名の敵と戦い、その結果、こちらが死んだのは何名です? たかだかでありましょう」
「……一理ある、と言えるのだろうな」
赤兜の騎士は小さな戦国童女の剛言に対し、笑った。
「俺は己を傲慢で向こう見ずの気がある男だと思っていたが、リーゼ、貴様には負けるわ。これでも都では麒麟児だ天才だと囃し立てられた時代もあったものだが、やはり、真に天下に無双たる戦士が言う事は違うな」
いや真に天下に無双たる戦士て、その子、うちの妹なんですが、義理の親父になんか馬鹿げた事いわれて夜にベッドの中で泣きべそかいてたくらいには十二歳の女の子ではありますよご主君。
しかし、実際はやわらかメンタルの癖に外面だけは剛毅なうちの妹はそんな素振りはまったく見せずに「きりっ」とした表情と、小鳥が囀るようなソプラノながら武張った口調で、
「お褒めに預かり恐悦至極。まぁ、そのまま百の兵を放つというのは、工夫の余地があるものですから、条件はつけましょう」
「条件?」
「はい、まずは……今回の戦いの非はマナン・ディリス側にあると降兵達にハッキリと告げるのです。奇襲して開戦してきたのですから事実です。サーディック様のお怒りやおっしゃっている事は、ごもっともなのです。
ですから、それを突きつける。
その上で我々の窮状を正直に述べ、そして、こういう状況であるから、本来ならば貴様等は殺されて当然の存在なのだと理解させる。
しかし、その上で、我等がサー・アゼルヴァリス様は誇り高い騎士であらせられるから、騎士道にのっとり、貴様等の命に慈悲をお示しになられたと伝える。
よって、二度と我等に危害を加えようとしないと誓える者のみを助命し、武装解除の上で解放し、誓えないものは、こういう状況であるから、処刑すると伝えるのです。
この条件を呑んで生きるか、拒んで死ぬか、いずれかを選べと、問うのです」
御当主はしばし考えるように沈黙してから、
「……助命の道を示しつつ選ばせる、こちらの窮状を理解させた上で、助命の選択肢を拒んだ者を処刑するなら、大衆は納得しやすく敵の死兵化も防げるやもしれぬという訳か。
だが、それは詭弁ではないのか」
「それで納得する者達もおりますし、そうそう詭弁という訳でもありません」
「……それで、誓った上で生きる道を選ぶなら、解放されても俺達の敵にはならないのだから、敵の戦力は増えないと」
「はい」
「理屈ではあるな。
だがリーゼ、人は嘘をつく生き物だ。
連中が俺達の前で二度と俺達に危害は加えないと誓って見せたとて、その真偽を見抜けるか?」
「いいえ。ですが、誇り高く正直な者もいますから、やらぬよりはやった方がマシです。
そして、指揮官として手強い相手というなら話は変わりますが、兵として手強い相手は、往々にして計算高い利己的な者よりもそういう義理堅く融通の効かない一本気質な手合いです。
少なくとも、それがしの記憶の中にある、どんな時でも命を賭けて懸命に戦い抜く兵達というのは、皆、そういう兵達でした。
ですから、数は少なくとも手強い相手であるなら、除いておいて損は無い」
「なるほど、よく解った」
サー・アゼルヴァリスは笑った。
「お前、本当は何歳なのだ?」
彼は黄金の瞳をリーゼへと向けていた。
ご主君、鋭い、というかホントはとっくに怪しんでたんだろうね。
「十二歳です」
俺の腕の中の童女はしゃあしゃあと答えた。
嘘ではないわな。
「抜かせ。だが、良い、貴様は神霊憑きのようなものだろう……我等には戦の神霊の加護ぞある!」
ご主君は叫んだ。
「サン・マリオン・ヴァシリオス!
古の竜王は魔神とて従えた!
ソルヴィオドゥルムは人とドラゴンの末裔!
俺達はドラゴンだ!
故に俺は、リーゼ、貴様の意見に同意し、貴様とケルヴィンを守護しよう!
だからリーゼ、ソルヴィオドゥルムの為に戦え!
百の降兵には宣誓を行わせ、解き放つ!
この決定に異存がある者はいるか!!」
ドラゴンの家の当主は一同に問いかけたが、反対意見を述べる者はいなかった。




