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一戦を終えて

 所々が赤く染まった夏草が、風に吹かれて揺れている。

 血の匂いを含んだ太陽の季節の風は、赤くはなく、涼やかでもなく、生温かった。

 自然現象は人の世の情に染まりはしない。


 もっとも、森の異教徒達が言うように、人が自然の外にあるという自認こそがおこがましい思いあがりだというのなら、人と人が争い死んでゆくのも、それも一つの自然現象という奴なのかもしれなかったが。


 大地に生きる人間達の、ブラウベルグの丘での攻防の結果、レッカー村の兵達には傷を負った者が多数発生した。

 特に重い、重傷というべき深手を負った者達も二〇名ばかりがでていた。

 だが、死亡者となると三名だけだった。


 三倍の数の敵を相手にしてこちら側の死者がたったの三名だというのは、損害は至極軽微だったと言って良いだろう。

 重傷者達にはリーゼさんが手当てにあたっている。

 アニャングェラに殺されかけた俺を治療してみせた彼女の腕前ならきっと悪い結果にはならない筈だった。


 一方のマナン・ディリス軍はおよそ六〇〇人のうち二〇〇人ばかりが屍を晒した。

 およそ一〇〇人が降伏し、残り三〇〇人が逃走した。


 逃亡率五割。

 戦況が圧倒的に傾いたからこその結果なのだろうが、簡単に崩れてくれたからこそ、こちらの死傷者は少なかったのだろう。


 総括するに、ほぼ成し得る最善を果たせたといって良い戦果だった。

 皆は当然のように大勝にはしゃぎ、大喜びした。

 俺もほっと息を吐いて、笑みを洩らし、アゼル様やリーゼさん、グリエルやセルシウス、サーディックさんら、周囲の皆と勝利を喜んだ。


 しかし、一同が大勝に歓喜している中、ノーラさんも微笑を浮かべてはいたけれど、彼女はあまり浮かれた様子はなかった。

 荒野に穴を掘って石を置き、簡素ながらに作った戦死者三名達の墓を前に、祈りを捧げていた後ろ姿が印象的だった。

 そういう兵はノーラさんの他にも何人かいた。その数は多くなかったけれど。


 マナン・ディリス軍の二〇〇あまりの死体は目ぼしい物が剥ぎ取られた後、野晒しにされた。

 略奪品と三名の戦死者の形見の品は後方から追いついてきた輜重隊へと預けられた。


 なるほど、と俺は略奪品の山を見て思った。戦争っていうのは、儲かりそうだ。被害少なく勝てればな。

 きっと戦争の理想は狩猟なのだろう。

 だから基本的には弱小国や窮地にある国が狙われる。

 さらに理想を言うなら、そもそも戦わずに奪えるのが、もっとも良い。

 戦えば、死ぬ危険があるからな。


 日没後、空に星が輝き始めた頃、俺達はサー・アゼルヴァリスに呼ばれ、焚かれた火のかたわらに置かれた床机に腰を降ろし、陣中の簡素な食事ながらもこれを共にしていた。


「この度は大勝利でしたな!」


 炎光に照らされながらサーディックさんが上座へと笑顔を向ける。


「ああ……そうだな、奇跡的なまでの大勝と言って良い。皆、よくやった」


 ご主君は珍しく微かに微笑して頷いた。


「今回の作戦が上手くいったのはお前達の奮戦のおかげだろう。恩賞は良いものを考えておいてやるから、それを受け取る為にも、生き残って最後まで従軍するようにな」


 生き残って最後まで――ああ、そうか。

 まだまだ、戦いは続くもんな。

 せっかく手柄を立てても、恩賞を受け取る前に討ち死にしてしまったら、あの世で受け取る事はできない。

 しかし、きっと、そうなる可能性は低くはないのだろうな。家族などがいて死後の受取人に指定されていれば、その人へと届けられる事もあるのだろうけど。

 恩賞を出してくれるソルヴィオドゥルム家自体が一ヶ月後には消滅している可能性すら低くない。


 ああ、出来る事なら、もう危ない橋は渡りたくないし、渡らせたくない。

 さきほど負傷者達の手当てへと向かうリーゼさんに疲れていないかを聞いたら「あたしはまだまだ余裕だよっ」と笑顔を見せてはくれたけれども、はたして本当に余裕なのか疑問が残る。


 大勝はしたが、危ない橋は今回だけでも何度も渡った。

 生きているうちに帰りたい。

 今、無事に生きているのは、運が良かったと言って良い筈だ。

 幸運は永遠に続くとは思わない。

 だから、もう、命を的にして功名を得るような真似は十分だった。


 けれど、今もミュンドゥング市が攻囲を受け続けている事を考えると、そういう訳にゃ、いかんのだろうなぁ……


 今回、破った敵別働隊六〇〇のうち三〇〇は逃走した。

 連中が逃げ帰って攻囲陣のマナン・ディリス軍と合流すれば四七〇〇。

 ミュンドゥング市を守る兵達との交戦でいくらか減っているだろうが、それはミュンドゥング側だって同じだろう。

 戦力比が厳しい事には依然として変わりは無い。


 そう、今回俺達は勝利したが、それは規模の小さな勝利に過ぎず、厳しい状況である事に、まだまだ変わりはないのだ。


 南州は未だ危機的状況の渦中にあり、何も事態は解決しちゃいない。

 だから俺は言った。


「貰うものは貰っておかないと、死んでも死に切れませんもんね。勝って勝って勝ち続けて、最後までお供いたしますよ」


 で、なければ、戦に出てきた意味が無い。


 俺は今、レッカー村での生活が結構、気に入っているんだ。

 マナン・ディリス共和国に南州が制圧された時、ソルヴィオドゥルム家が、レッカー村の人々の生活が、そのまま存続する事はないだろう。


 だからロード・ミュンドゥングを助けにいかなきゃならない。

 だから、この一勝では足りない。

 勝ち続けなければならない。

 そうでなければ、南州は、レッカー村は、俺の周囲も、救われないから。


 それらが救われなかったら、きっと俺自身も救われないのだ。

 たとえ命だけは保持し生き長らえたとしても、きっと苦痛に満ちた生になるだろう。


 サー・アゼルヴァリスは酒盃を傾けながら金色の瞳を細めて俺を見て、


「……その意気だケルヴィン。だが、あまり気負いは過ぎぬようにな」


 とおっしゃった。

 それにサーディックさんが既に軽く酔っているのか陽気に言った。この人、酒入ると明るくなるのな。


「まぁまぁ! 折角の大勝の後です、そう暗い顔をせずに。この調子でゆければ、最後まで勝ち続ける事も、できそうな気がしますよ……どうですかね?」


 ご主君はすぐには答えず、杯に口をつけた。

 少しの間をおいても、言葉が発せられる事はなかった。

 言葉を選んでいるのだろうか。

 やがて、


「楽観はしない方が良いな」


 ご主君は率直なところであろう己の考えを述べてくださった。


「今回の戦い、皆が死力を尽くし奮闘した成果であるのは間違いが無い。我々が日々訓練し、磨き鍛え培ってきた能力が、敵に勝っていた結果であるのは間違いがない――」


 多少、俺には耳が痛い言葉だ。

 俺はリーゼさんの力で精気行使の能力を引き出してもらったから、下駄履かせて貰ってる半ば反則みたいなもんだからな。まったく謙遜でもなんでもなく事実として俺だけの力じゃねぇ。

 他の皆は、まったくその努力の結果だけれど。


 まぁ反則だろうが使えるもんは使うけどな。不名誉だろうが無様だろうが勝てれば良い。殺し合いは負ければ終わりだ。

 俺の考え方はきっと騎士アゼルヴァリスとは違うのだろう。俺は元農民だ。長い間日々魔物に一方的に命を脅かされてきた。だからこそ何においても生き延びる為の事が染み付いている。

 騎士アゼルヴァリスは人々を率いる当主として彼に従った人々の、生者の、死者の、誉を守らなければならない。

 命を賭け散らす者達の、せめて名誉くらいはと考えそれを守る為の騎士道というものを、愚かだとは俺は思わない。

 そうでなければ生きて死んだ意味さえも失われてしまうから。


 ただ、俺はそうではない。例えそれでも守るべきものがある。


「――だが、半ばは天佑だ。敵の中央隊が間抜けに過ぎた」


 天佑……運が良かったってことか。

 ああ、確かにそうかもな。

 なんでも、降伏した捕虜たちから聞いた話によると、元々は初め、俺達を迎撃する為の別働隊は、敵の軍議において、フラメンとは別のイルバール・マナンバルカという名の大隊長が率いる部隊を差し向ける事が発案されていたらしい。


 しかし実際は、リーゼさんが討ち取った例のフラメン何某が六〇〇のマナン・ディリス兵の部隊を率いて迎撃に出てきた。

 これは、フラメン何某が手柄欲しさに強引に派閥の力を使って割り込んできたからなのだそうだ。


 彼はマナンハダシュト家という、さる豪商の一族の子息であり、マナンハダシュト家にはそれを成すだけの権勢があると。

 弱冠二十歳のお坊ちゃま相手ではなく、熟練の軍人イルバールが相手だったら、こんな簡単にはいかなかっただろうという話だったから、それが事実であるのなら今回、確かに俺達はついていた。


「幸運だった。だからこそ、今後も同じような調子で勝てるとは、思わんほうが良いだろうな」


 こちら側の弱冠二十歳の御当主は、さきの戦で突撃かました時のバーサーカーっぷりが嘘みたいな慎重冷静なご見解をのたまってくださった。


「捕虜達からの話が確かならば、マナン・ディリスの遠征軍の副総官はアブドゥルメルガリス将軍で確定だ。総指揮官だというスケルピオ・クレオディリス元帥は魔術めいた手法で莫大な富を築き上げた大商人であり、ここ数年で一気に国政の中枢に喰いこんだ気鋭の政治家だと聞いている。彼の軍人としての手腕について特筆すべきものを聞いた覚えはないが、しかし副総についている海の雷光(マナンバルカ)家の海神の下僕(アブドゥルメルガリス)といえば二十年前の大戦でも活躍した歴戦の名将だ。遠征軍全体を見ても要所には蒼々たる面々が名を連ねている。容易い相手ではない」


 そう説明されると、楽観できないというのは、当たり前のことのように思えた。

 さきほどまで大勝利に浮かれていた場の空気がシン、と静まりかえった。

 それを取り繕うに、という訳ではないのだろうが、サー・アゼルヴァリスは一つ咳払いしてから「だがまぁ」と淡々と続けた。


「それでも勝つのは俺達だがな」


 うん、うちのご主君ならそう言ってくれると俺は思ってたよ。

 だから、


「はい、勝ちましょう」


 俺は頷いた。

 勝たねばならぬ。


 海神の下僕だか二十年前の名将だか生ける伝説だか知らないが、何が相手だろうが、勝たなければ何もかもが始まらないし、何もかもが失われてしまう。

 だから勝つ。

 何が相手だろうが。

 絶対にだ。



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