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国境水砦を陥落せしマナン・ディリスの大艦隊、大河ザイデの分流をくだって北上を開始し、ソルヴィオドゥルム家の騎士アゼルヴァリス、レッカーの兵二百余を率いて出陣す

 俺達が森で飛蝗人の討伐を終え、村に帰還すると、伯爵からの指令を携えた従士長が待っていた。

 どうやら、入れ違い的に到着したらしい。


「我等メリディア帝国への宣戦布告がマナン・ディリス共和国より届きました。そしてマナン・ディリス国軍は既に国境のジューデンフルト水砦を陥落させ、大河ザイデの分流、キンデルザイデ川をくだり、川沿いを随行する陸上部隊と共に北上してきております」


 やはり、というべきか敵は国境の水砦を奇襲で陥落させただけでは留まらず、さらに侵攻してきているらしい。


「敵艦隊の編成はマナナーン・ガレー級帆櫂船二十隻及びマナナーン・ガレアス級帆櫂船十隻。陸水併せ総兵およそ一万、大軍です」


 帝国に劣るとはいえ列強たるが全力で兵を動員すれば、まぁ一万こえてくるよなァ。

 ああ、やっぱり南州が保有する兵力に数倍する大軍だ。


「総指揮官は元帥スケルピオ・クレオディリスと目され副総官にアブドゥルメルガリス・マナンバルカ将軍がついているとの事」


 スケルピオというのは知らないが、アブドゥルメルガリスって将軍の名はちょっと聞いた事がある。二十年前の大戦でマナン・ディリス側で最も手強かったという将軍だ。味方が連戦連敗して崩れてゆくなか、極めて劣勢な状況ながらも帝国の部隊を逆に撃破してみせたらしい。無条件降伏とならず、最終的に講和で決着したのは、帝国側の譲歩もあったが、彼の獅子奮迅の活躍があったからだ。サーガにも謳われている。つまり、生ける伝説だ。


「両将を筆頭にマナン・ディリス諸将が率いる大軍が、キンデルザイデ川に接するみなと町ウェコードへと迫ってきています。彼等はウェコードを抜きその後、南州州都ミュンドゥング市を目指すものと目されています」


 ウェコードは国境の水砦とミュンドゥング市の間にある湊町だ。

 だから普段は中継交易で栄えてるんだが、こういう時は、立地が仇になる。路上の小石を邪魔だと蹴り飛ばさんばかりに狙われる。


「マナン・ディリス国軍の動きに対し南州太守ミュンドゥング伯は抗戦すると表明なされました。伯爵は周辺の帝国領主達に対し、共にマナン・ディリスと戦おうと呼びかけておられます。南州諸領主はミュンドゥング市に集結せよと」


 おまけに味方からも最初から見捨てられる。

 まぁウェコードを守ろうとしたって、位置関係的に南州諸領主が動ける速度を考えるとこっちの集結が、敵がウェコードに到達するより前に間に合う訳がないから、守れる道理がないんだけどな。

 だったら、最初からミュンドゥング市に集結するのが、最も迎撃するに効果的なのだろう。


「我等レッカー村のソルヴィオドゥルム家も至急馳せ参じ戦列に加われとの事」


 やはりマナン・ディリス軍は万の位に届く兵力を動員してきた。

 南州は諸領主すべての兵力を結集させても三千そこそこだろう。

 南州への他州からの援軍は無い。北の魔王(ここ数日で異民族の大王は古の伝説になぞらえて魔王と呼ばれるようになっていた)が率いる十万の侵攻軍を相手取るのに皇帝陛下や法皇様は手一杯で、他の帝国諸侯も同様だからだ。

 だから、三倍以上の兵力差がある。

 それでも俺達はマナン・ディリス国軍を撃退し、南州を、ミュンドゥング市を守りきらなければならない。


 ミュンドゥング市がやられたら、次はレッカー村だからな。


 故郷が戦火に蹂躙される事を防ぐ為には、ミュンドゥング市で絶対にマナン・ディリス国軍の侵攻を喰い止め、撃退しなければならない。


 だがだ。

 勝ち目が薄そうなこの戦に、どれくらいの兵が、ミュンドゥング伯爵のもとへと集まるものか……

 マナン・ディリスの支配のもと、搾取され奴隷的な生活に落とされてゆくだろうといっても、命あっての物種と、降伏を選ぶやつらもいるかもしれない。


 だから、実際は、三千すらも南州は兵力を集められないのかもしれなかった。


「……わかった。ダイラス、報告御苦労。荷駄の準備を急がせろ」


 サー・アゼルヴァリスは頷き、白髭の老人へと命を発した。

 ダイラス老はピシリと礼の姿勢を取ると、


「申し訳ございません。僭越ですが、我が君が森へとゆかれている間、こちらでさらに急がせておきました。故、既に準備は完了しております」


 わお、越権行為。いや、助かるけど。

 色々大丈夫なんだろうか。独断専行だ。

 俺は少し心配になったのだが、


「よくやったと褒めてやろうダイラス! 今回は許す。だが、許さぬ時は許さぬ、覚えておけ!」

「はっ! 有り難き幸せ!」


 そういう規則は、そこまでガチガチなもんでもないらしい。

 うちのご主君がそういうのに融通が効くだけなのかもしれないけれど。

 規則は規則って場合も多いという噂を聞くしな。帝国の騎士や貴族階級の世界は。


 ともかく、俺達は森から帰ってきたばかりだったが、即座にミュンドゥング市へと向かう事になった。

 うへぇ、マジで休む間もねぇなこりゃ。

 まぁ、ちんたら休んでて、駆けつけた時には既にミュンドゥング市は陥落してました、なんて事になっちまったら、目もあてられないから、仕方ないんだが。


 かくて、本当に最低限の数の正規兵達と臨時の雇われ兵達を村の守りに残し、ソルヴィオドゥルム家のほぼ全戦力がレッカー村から出陣した。

 出兵したソルヴィオドゥルム勢のその数、およそ230名。

 大半は普段村の守りについている衛兵隊員の男女達で、230名のうち30名ばかりは戦闘兵ではなく輜重の輸送を担当する後備兵――後方支援の兵達だった。


 今回は衛兵隊の隊長であるノーラさんも当然のように出陣組となった。そして俺の寄騎としてではなく、サー・アゼルヴァリスの直臣として、衛兵隊を中心とした歩兵達をまとめる歩兵隊の隊長としての従軍だった。

 ご主君曰く「ノーラを村の守りに残していく余裕はない」との事だ。ノーラさん、レッカー村の人間の中じゃリーゼの次に強いからな。

 

 レッカー村の守護神とも渾名される桃髪のおねーさんは、村から出撃してゆく際、竜の鞍上より村の方を何度も何度も振り返っていた。


「ノーラさん、心配?」


 俺は見かねて声をかけた。


「あ、ああ、ケルヴィン…………」


 ノーラさんは『心配だ』とは言葉では明言しなかったが、あからさまに物憂げな表情だった。


「残る人達の、故郷を守ってみせるという情熱を、信用してない訳じゃないんだけれど……」


 村に残ったのは、衛兵隊の中でも加齢により戦う力が衰えた老人達だったり、いわゆる文官達だったり、元々戦闘が得意でなかったりするメンバーだった。ハッキリ言うならズバリ弱い。弱兵というカテゴリーだ。

 弱兵な上に、おまけに頭数さえも少なかった。

 臨時の雇われ兵もいるけれど、金で雇われたいわゆる傭兵である。帝国が劣勢なこの状況下、いざという時、どこまで村の為に戦ってくれるのか。


「万全の態勢でだって、強力な魔物が襲撃してきたら被害がでるのに、私達が出払っている間に、またアニャングェラみたいなのが飛来したらと思うと……あと、賊とか……」


 もし、それらがきたら、村には大きな被害がでてしまう恐れがあった。

 特に賊は厄介だ。

 万一守備隊が賊に敗北して村を占拠などされてしまったら、村の皆はどんな目に合わされるか。


「正直、主命に逆らってでも村に残りたい。ああ、わかっちゃいるんだ。ミュンドゥングで負けてしまったら、結局レッカー村は駄目になってしまうから、今は私はミュンドゥングへと行くべきなんだって」


 ノーラさんの気持ちは俺には痛い程よくわかった。

 俺も、この出兵の間にもしも万一アリシアさんが魔物に喰われてしまったらとか、賊に襲われてしまったらとか、嫌な想像が頭から離れない。

 レッカー村とそこに住む大切な人達を守る為にミュンドゥングで戦うのに、出払っている間にレッカー村が滅んでしまったら、何のためにミュンドゥングで戦うのか。

 

 ただ、プラス方面の要素もある。

 サー・アゼルヴァリスは村に戦時態勢を発令していた。

 村の中でも外周部に近い、守りの薄い場所へは村人達は作業にでないように、厳命していたのだ。既に畑から主作物である麦の収穫を終えた時期だったから、可能な命令だった。

 だから、かなり守りやすい状態にはなっている。

 守りやすい態勢になっているから、常より劣る戦力であっても、よほどの事がないかぎり、魔物や賊達に空き巣されて多大な犠牲者がでるとか、そういう事にはならない筈だった。

 魔物は交易民隊パブリック・キャラバンの出発前まで続けていた村周辺への哨戒任務で結構な数を狩っていたし、森にあった飛蝗人の巣も狩人が見つけてくれたので、先日に潰せたしな。

 賊の方もでかい集団はこの前、幸か不幸かキャラバンに手を出してきたから既に討伐ができている。

 だから、残してゆく守りで大丈夫だというサー・アゼルヴァリスの判断に間違いはない筈だった。

 それに、


「……万一があっても、きっと、エドマンドさんが上手くやってくれますよ」


 せめて指揮官くらいは優秀なのを、という事で、家宰のエドマンドさんは村の守りに残る事になっていた。彼は従士長と並んで長年ソルヴィオドゥルム家に仕えている熟練の士だ。今は家宰という役職についている為、前線に出る事は少なかったが、昔取った杵柄で弓や刀槍の腕前はかなりのものだし、人を指揮するのにも長けている。

 本人はミュンドゥングへといきたがってたんだけどね。


「…………そうだな。既に決まった事を今更ジタバタしても仕様が無い。先達を信じよう」


 ノーラさんの顔色は相変わらず良くなかったが、それでも彼女は切り替えたのか、きりっとした面持ちになって頷いてくださった。


 俺達230の兵は故郷の村を後にし、戦場へと向かって道を急いだ。

 村の方を振り返っているのは、ノーラさんだけでなくて、セルシウスやグリエルモ、他にも多くの兵がそうだった。

 俺もノーラさんへはああ言ったものの、やはり、不安だった。

 守る為には前へと進まなきゃならないのに、後ろに残す守るべきものの安全に不安が残っているというのは、ああ、嫌なもんだな。


 俺は、故郷を守りたかった。

 俺は、以前に、己の家を建てて錦を飾れるようになれるまでは帰らないと誓った。

 だが、逆を言うなら、いつか、必ず、そうなって、帰るのだ。

 そうなれたら、いつか、帰るのだ。

 いつになるかは今はまだ解らないけれど、いつか、アリシアさんに――


 きっと、俺に理由が色々あるように、今回戦いにいく村の皆も、それぞれ、戦う理由を持っているのだろう。

 進む馬竜の鞍上より背後を振り返る。

 半ばを過ぎた夏の空は青く、太陽が眩く輝き、風が強く吹いていた。

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