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再来の飛蝗人、マナン・ディリスの策謀

「また飛蝗人が巣を作っているだと?」


 翌日、悪い時には悪い事が重なるもので、緊急でそんな報告が入ってきた。

 村の猟師が森で発見したらしい。

 規模はまだ以前のものほどではないが、放置すればすぐにそれ以上のものになるだろうと。


「こんな時に、よりにもよって!」


 出兵準備の為の執務室へと打ち合わせにきていたサーディックさんが悲鳴をあげた。


「こんな時だからこそ、という気もするな。この前も増え方が異様だった。気に入らん」


 サー・アゼルヴァリスはフンと鼻を鳴らした。

 ふむ。

 俺はご主君の言葉に少し考え、問いかけた。


「魔物の増加を人が促す事というのは可能なのですか?」

「可能にする手段は存在する」


 あるんだ。


「邪法だがな。神の教えを弁えていれば、例えいなくても、騎士道を弁えていれば普通はやらん」


 それに壮年従士が厳しい表情を向けた。


「これまでの状況を考えまするに、マナン・ディリスは帝国内の困窮した民達を煽って賊化させ、後方の治安を乱してきものと推測されます。今も乱し続けているかもしれません。連中はそういった事をする。奴等が戦時において、利益よりも騎士道を重視するとは、思えませんな。信じる神々も違う」

「残念だが、同感だな。忌々しい」


 赤髪の青年は吐き捨てるように言って、頷く。


「放置すれば致命的な事態を引き起こす事になるだろう。確信までは持てんが、人為的であろうがなかろうが、捨て置く訳にはいかん。まず森で魔物退治だ。出るぞケルヴィン、サーディック、兵を集めろ」


 かくて、俺達はサー・アゼルヴァリスの号令のもと、再び森で飛蝗人退治を行う事になった。


「――ここ最近は異様な事態ばかりだ。ソルヴィオドゥルム家は、呪われているのではないか」


 森へと向かう行軍の途中、休憩を取っていた時の事だ。

 俺は所用でサー・アゼルヴァリスの傍を離れていたのだが、木陰で済ませて戻ろうとしていたら、そんな声が耳に入ってきた。


「都で学んだ若様は伝統ある祭祀を軽んずるからな」

「悪魔憑きどもも平気で抱え込むし、ありうる」

「ああいやだいやだ、あの人はなんでもかんでも迷信だと言って古くからの教えを退けるからな」


 なんだこいつら? と思って視線を向けると、あまり見ない顔が並んでいた。

 彼等の存在は一応は俺も知っていた。いつもは館で書類整理や物資管理などを主にしている、いわゆる『文官』と呼ばれている兵達だ。

 前回は予想よりも遥かに多くの飛蝗人が森に存在していて危機的状況に陥ったから、今回はそのような事態に備えてサー・アゼルヴァリスは二百を超えるほぼ総戦力となる人員を引き連れて来ていた。

 その為、文官である彼等も今回は戦いの場にかりだされていたのだ。


 彼等は木陰にいた俺に気づいていない様子だった。


 これ、ご主君への陰口だよな?

 流言飛語という計略があるように、内部でこういった悪評を語る者達を放置すると悪影響が発生する。

 ここは、臣下としては出て行って何か言ってやるべきか?

 しかし、下手につつくと余計に悪化もしかねない。

 事態をややこしくしない為に聞かなかったふり見ないふりをしてそっと立ち去るべきだろうか?


 むぅ。

 魔物ならぶった斬ればそれで済むが、人間相手の意思や感情の調整というのは、そうもいかない。

 正直、俺の苦手分野だ。


 どうしたもんかと俺が木陰で様子を窺いつつ悩んでいると、


「ハハハ! 古参を自称する者どもが、主君に対する陰口とはあまり褒められた行いではないな! それこそ家に呪いをかける行いぞ!」


 勢いある笑声と共に若い(といっても俺よりもずっと年上だが)男が一人、ずかずかと彼等へと近づいていって注意をした。


「ちっ、エドマンドのこせがれか」

「つまらんヤツが来た」

「お開きといこう」


 文官達はあからさまに嫌そうな顔をして口を噤むと、そそくさと離れていった。

 俺は、その流れに、慣れのような気配を感じた。

 これ、普段からソルヴィオドゥルム家の家中で、割と繰り返されている種類の光景なのかもしれないな。


 エドマンドというのは家宰のあのエドマンドさんだ。

 そのこせがれ、と呼ばれた男は、確か名はエゼルレッド。

 前にノーラさんが『文官の変り種』と形容していた。

 曰く、公平公正に仕事をきっちりやってくれる『信頼して良い正義感の強い貴重な文官』の一人らしいが、よく同僚と喧嘩騒動を起こす問題児でもあるらしい。


 あぁそうそう、新参の小僧の目から見ると、北の騎馬民族達と南の商人達の仲ほどに顕著じゃないんだろうが、それと性質が少し似ていて、ソルヴィオドゥルム家内では武官と文官の相性が基本的に悪いような気がする。

 武官は文官を『机上の空論で物を考える陰険な卑怯者達』と嫌い、文官は武官を『感情的で数字の計算もできない愚か者達』と嫌っている。

 互いに互いを馬鹿にして見下している。

 サー・アゼルヴァリスはどちらかというと武官肌な印象を周囲に持たせるから、文官達からはウケが悪い。特に中年以上の歳を喰った古参の文官達から嫌われている。


 で、あの家宰の息子さんはそんな文官達の中にあって武官みたいな性格の変り種って訳だ。


 なるほど。

 あの人、苦労してそうだな。

 文官の中にあって武官的だが、しかし武官ではありえない。

 そういう半端な立ち位置の少数派で、しかも正義感が強いとくれば、軋轢が発生する可能性が高いだろう。


――まぁ、立場的に軋轢が云々とかは、当主から大抜擢されて十五歳で従士副長になった俺こそ、とても他人の心配してられるご身分じゃないけどな。


 俺はサー・アゼルヴァリスのもとへと戻った。


「もしかして、俺とリーゼは知らない所で、我が君に骨を折っていただいているのでしょうか?」


 問いかけると、赤髪の青年はいつもの仏長面で、


「何かあったか?」

「いえ、何かというほどのものは特には」

「ならば気にするな。それよりも俺の為に働け」


 彼は相変わらずの調子だった。

 俺は頷いた。


「わかりました」


 やがて俺達は北の森の奥地まで進み、狩人が見たという魔物の巣へと迫った。

 魔物の巣へと攻撃を加えるにあたって、サー・アゼルヴァリスは一計を案じていた。

 まず彼は接近する前に、簡易的な陣地を築いた。

 森内に深さはごく浅いが範囲が広大な大きな穴を掘り、水を撒いて穴底の土を泥濘状にし、さらに樹木を伐採して並べバリケードを作った。

 それは大きく見ると逆ハ型、V型になるように並べられ、狭隘な地形を人工的に生み出した。


 そうして前準備を整えてから、飛蝗人の巣へと攻撃を開始した。

 草木を燃やし燻して煙を発生させる。その煙を飛蝗人の巣である洞穴の中へと送り込む。飛蝗人達が外へと次々に飛び出してくると、遠くから矢を射掛けさせた。

 挑発だ。

 飛蝗人が追って来る。

 後退する。

 そうして、飛蝗人達を森内へと築いた陣地内へと誘い込んだ。

 あからさまな誘導だったが、獣的な、あるいは昆虫的な知能しか持っていない飛蝗人相手ならば、それで十分だった。


 陣地内では、飛蝗人達の移動は、バリケードや底が泥濘状になっている大穴等で、制限がなされていた。


 そして、その制限された進路の出口の部分――V字型に狭まってゆく空間のその最も奥の部分――を塞ぐように、サー・アゼルヴァリスは、リーゼさんとノーラさんと俺、そしてサー・アゼルヴァリス自身に加え従士長やサーディックさんらの従士ら最精鋭達を立たせた。


 精気ジン霊技ルーアッハ・アーツの使い手及び歴戦の重装従士達からなるその集団の数は十名程で、ソルヴィオドゥルム家の最精鋭の戦士達と言ってよかった。

 これが前衛だった。

 この精鋭とはいえ僅かに十人を、飛蝗人達の雪崩をせき止めさせるべく立ち向かわせた。対する飛蝗人の数は百を超え二百に迫っている。


 今回サー・アゼルヴァリスが率いてきた兵は他にも二百人以上いたのだが、じゃあその兵達は何をやっていたのかというと、V字型ゾーンを形成するバリケードの左右に伏せられていた。


 煙で燻し出され、矢で挑発され、怒涛の勢いでV字型のゾーンに侵入してくる飛蝗人達だったが、その先頭は、狭まった出口で十人の最精鋭によって前進を押しとどめられる。

 先頭が止まった為、後続も立ち往生し、Vゾーン内にて全体の動きが止まった所へ、合図と共に伏せられていた兵士達が襲いかかった。


 槍を手にした一部はバリケードのすぐ後ろから、バリケード越しに飛蝗人達を突き、弓や弩を手にした一部は槍兵の脇や枝上から矢を放ち降らせた。

 また別の一部は十名の精鋭の後方に回り保険と交代要員として控えた。


 死地へと誘いこまれた飛蝗人達は、精鋭の壁や、バリケードや泥濘によって容易に前へは進めず、槍の穂先に突かれて横のバリケードを破る事も出来ず、立ち往生している間に降り注いだ猛烈な矢の嵐によって次々に撃ち抜かれて射殺されていった。


 一方的な殲滅だった。


 守るに有利な陣地をあらかじめ築いていたとはいえ、飛蝗人の怒涛の奔流に対してたったの十名で正面を支えるとか、無茶苦茶も良いところだったが、飛蝗人の知能が人ほどには高くなかったのと、リーゼさんやノーラさんの獅子奮迅の無双でなんとか支えきる事ができた。

 一段二段落ちるが、一応、俺やサー・アゼルヴァリスやサーディックさんも刀槍を振るって結構活躍しましたよ。


 迫るマナン・ディリスとの戦を前に、下手をしたらこんな所で当主を失いかねない危険と隣り合わせの作戦だった為、ソルヴィオドゥルム家の一同、ヒヤヒヤものだったのだが、当のサー・アゼルヴァリスだけは愉快そうに威勢良く笑っていた。


「賭けではあった。だが、ここで兵を損耗していられる余裕はないからな。一兵も失いたくなかった。それに、前例なら既にあった」


 サー・アゼルヴァリスは、上手くいったから良かったものの、と苦言を呈するサーディックさんに対し、リーゼさんを視線で指し示した。


「今回俺達は十名で飛蝗人達を塞き止めたが、前の討伐戦ではリーゼは似たような事をなんの地形的補助もなく、たった一人でやったではないか。この娘がいれば、矢で殲滅しきるまで、十名で正面を抑えきる事は十分以上に可能だと、俺は思ったのだ。そして実際に可能だった」


 本人曰く、勝算はきっちり計ってたとの事で、まったく悪びれた風がなかった。

 まぁおかげで誰も死ななかった大戦果だけどさぁ。

 当主が無茶するから皆必死で、死ぬ気でやった上での成果ではありますよ。


「……マナン・ディリスとの戦いでは、先頭には立たないでくださいね?!」


 サーディックさんがサー・アゼルヴァリスにそう訴えるのも解るというものだった。

 返り血で赤く染まった赤兜の騎士は鼻を鳴らしてからニヤリと笑い。


「時と場合で判断する」


 ……ああ、この人、たぶん、戦争でもマジで、指揮官先頭、やりかねんな。

 いや、多分、絶対やる。

 全体を俯瞰して見た時、効率さえ良くなるなら自分が無茶する事を厭わないタイプの人だ。

 そして、なんだかんだ、この人が先頭に立つとソルヴィオドゥルムの部隊は強くなってしまうのだ。

 サー・アゼルヴァリスは、指揮官先頭をやって不利になるような状況ならやらないけれど、有利になるようなら躊躇わずやるに違いない。

 俺自身がちょっと、そういう気があるから解る。


 そして、俺とご主君に違いがあるなら、自分自身が無茶するのは同じだけど、サー・アゼルヴァリスはそれに付き合わせる者達にも、特にリーゼさんに当然のように無茶をさせる。


 ……短期決戦なら有りっちゃ有りだけど、長期戦になったり、連戦が積み重なってゆく可能性を考えると、ちょっとリーゼさんの体力が心配だ。

 リーゼさん自身は血みどろにドロドロになった姿でも、


「大丈夫です。手柄の立て時でござるよ兄上様」


 そう、きりっとした顔で言ってはいたんだけどね。

 でもやっぱ今でだって疲れてんじゃねーかなぁ。

 これ、交易民隊の護衛行から帰ってきてすぐだからな。体力自慢のグリエルモでだって護衛行で疲れてたんだから、それ以上に働いていた肉体的にはあくまで華奢なリーゼさんに疲労が蓄積されていない訳がない。


 無理しないって約束、リーゼさん覚えててくれてるかな。

 ただ、状況がそれを強要するって時は、真面目な奴ほど抗えないもんだからなぁ。

 俺もさすがに、疲れない為に手を抜け、それで味方の兵士達が死んでも気にするな、とは言えん。

 ていうかリーゼさん、逆に味方を死なせない為にこそ無茶するタイプだし、命令だとか言ったところで素直に聞いてくれるかどうか疑問だ。精神状態にも悪そうな上、結構、うちの妹、やわらかメンタルだからなぁ。


 うーむ。

 うーむ。

 うーむ。

 頭が痛くなってくる兄貴であった。


 ……無理して欲しくない時は、それを手助けするようにしないとな。


 だから、俺はサー・アゼルヴァリスに他へは聞こえないように耳打ちしてクギを刺した。

 うちの妹は体力面で不安があるので、あまり無茶な起用の仕方はしないでくださいと。

 消耗し過ぎると目覚めた力が使えなくなって、見た目通りのただの童女になってしまうと。


 すると、


「知ってる。霊技ルーアッハ・アーツと同種の能力だったか? 考慮はしている。これからもするだろう。獅子の牙を断ち切った時、剣が砕けていたら、爪で薙がれるからな」


 と我がご主君はのたまってくださった。


 考慮はしてくれてる、というのは朗報だけど……逆言うと、考慮しててもこれなんだよな。

 はたしていざって時にサー・アゼルヴァリスはリーゼさんに無理をさせないでいてくれるだろうか……


 戦力が足りていれば、本人が言ってくれたように、サー・アゼルヴァリスにとってリーゼさんは大事にする価値がある筈だから、無理はさせないだろう。

 足りていればな。


 ああ、俺がリーゼさんくらい強けりゃな。

 そうすりゃこんなに負担かけなくても済むんだ。

 俺も強くなってきている筈だけれど、まだまだ遠く及ばない。

 力がないと、こういう時に困る。

 ああ、くそ。


 帰り道、つらつらとそんな事を考えていると、


「ケルヴィン、顔、汚れてるわよ」


 セルシウスが清潔な布を投げてくれた。

 俺は受け取って、顔を拭いた。


 ……なんか苛立ちとか、疲れとか、顔に出てたんだろうか。

 ああ、俺こそ、しゃきっとせんとな。

 もっと強くならねーと。 


 俺は「ありがとう」と言って布を投げ返した。

 ポニテ娘は「どーいたしまして」と笑って布をキャッチしたのだった。

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