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北方草原の騎馬民族の大王カイラン=レギ・アルスラン、率いる軍勢、号して十万、帝国北部へと猛攻を開始する

 俺達はソルヴィオドゥルムの館への帰還を果たし、家宰より検分を受けた。

 検分の対象は、ダイラス従士長らが市で購入し俺達がここまで運んできた様々な積荷、及びその費用、キャラバンの護衛利益、ミュンドゥング伯爵へと牛馬を納めて発生した利益、賊討伐の報奨金等々、多岐に及んだ。


「問題は無いようですな」


 品の良い、紳士然とした爺さんが穏やかな笑みと共に俺へと頷く。家宰を務めているエドマンドさんだ。

 どうやらOKであるらしい。過不足等の問題は発生していなかったようで、俺はほっと胸を撫で下ろした。身に覚えが無い時こそ、問題が起るとどうしようもないからな。


 ソルヴィオドゥルム家の内部を取り仕切る老人からのお墨付きを貰った後、俺はサーディックさんと二人、サー・アゼルヴァリスのもとへと報告に向かった。

 黄金の瞳の鋭い面差しの御当主は、やっぱりいつもの執務机に仏長面で着いて、羽ペンを動かしていた。

 物資の目録を提出し、一連の出来事についてを口頭で伝えると、


「――御苦労だった。水砦から脱出した伝令兵を保護できたのは不幸中の幸いだったな」

 

 赤髪の代官様は目録に目を通しながらだが、労いの言葉をくれた。


「もしも水砦襲撃の報が遮断されていたら、南州ジューデンザイデは反撃の態勢を整えられずに、連中によって制圧される事態になっていたやもしれん」


 村や町の名前ではなく、州単位で言ったってことは、州都のミュンドゥング市は勿論、その周辺村であるここレッカー村も、マナン・ディリスの奴等に占領される事になってたかもしれないって事か。

 ……うわ。

 冷たい指先で背筋を撫でられたようなヒヤッとした感触が走った。

 そこまで一気に、事態がいくのか。


「奇襲というのは、そういうものだ。特にマナン・ディリスは水軍を用いた展開が伝統的に速いからな」


 思いが表情に出てたのか、ご主君は俺の疑問に答えるようにそんな補足をくれた。

 なるほど、まさに雷光バルカか。


「太守がおわすミュンドゥングを初め、南州は水辺の市町村が多い。大半が一気にやられていただろう。無防備のまま各地が電撃的に襲撃されていたら、非常に厄介な事になっていた」


 ってことは、逆に言うとそれを防いだ俺達は、結構良い働きをしたのかな?

 だからフロレンティナ兵長もあれほどまでに必死だったのだろうか。理由はきっと一つだけではないのだろうけど。

 彼女や、彼女を送り出した水砦の人々の献身を、俺達は無駄とせずに、済んだのだろうか。


「最悪は防げた。だが、危機が去った訳ではない」


 騎士の低い声は常よりも硬さを増しているように聞こえた。


「俺達は依然として危機的状況にある。通常ならば、マナン・ディリスだけが相手ならば、撃退は容易だ。南州の俺達は、拠点に篭り守りを固めてひたすら時を稼ぎつつ、中央や北部からの皇帝陛下や諸侯からの援軍を待てば良い。それでほぼ確実に連中が相手ならば撃退できる――敵が、マナン・ディリス一国だけならばな」


 ご主君、含みがある言い方をなさいますね。

 嫌な予感がする。


「……と、おっしゃられますと?」

「今回はその手は使えん。何故なら、こちらからもお前達に伝えるべき事がある」


 サー・アゼルヴァリスは常以上に淡々とした抑揚が抑えられた声音で告げた。


「北の騎馬民族どもの大王、ゴーラ連邦王国のカイラン=レギ・アルスランがついに動いた。大王が率いし大軍、その判明せし数およそ十万、メリディア帝国北部へと猛攻を加えている」


 俺は己の耳を疑った。


 ……十万?

 十万?

 今、ご主君、十万って言った?


「……十万?」


 サーディックさんの声音は呆然の色を含んでいた。


「十万だ」


 ご主君は繰り返した。

 俺は絶句した。


 普通、この辺りじゃ、戦っていっても大体は百人単位で争うもんだ。


 千単位で争うとなればかなりの大戦おおいくさだ。

 数が実数よりも遥かに水増しされてるような信用がおけない歴史書ならともかく、教会が管理しているような正確な歴史書なら、長く語り継がれるような大国同士の大規模な大戦だって、せいぜい一万人対一万人とかそんなもんだ。

 二十年前のメリディア帝国とマナン・ディリス共和国との間に起った大戦だって一万四千対一万二千とか、そんな数だった筈。


 それが十万て。


 どういう事だ。

 桁が違いすぎる。

 十倍くらい嵩ましてないか。


「本当に兵力の実数十万などありえん……という思いは俺にもあるが……」


 さすがにサー・アゼルヴァリスもその報告を信じきれていない様子ではあったが。


「だがな、実数の真偽はともかく、入ってきた情報を総合するに、メリディア帝国が成立してよりの史上において、空前絶後の大動員であることだけは確かなようだ。今回の戦は、神話の時代の大戦に匹敵する」


 ハハ、神話の時代に匹敵すると来た。

 なら、今回のこれもいつか神話になる戦いなのかね。

 ハハハ、ご主君、さすがに誇張してる、よね?

 ……よね?


「連中は餓えている。戦で死ねば生者の頭数は減るからな」


 冗談みたいな話を、冗談を言わない人が、至極真面目な顔で話してる。


「勝って食料を奪えれば良し、負けて死んでも口減らしが出来る。北の異民族どもはそういう算段だろう。人の多くは、生きようとするものだ。だから普通、死兵の軍団を組織することなど難しい。だが、カイラン=レギという男ならば、どうせ死ぬなら俺は戦って死ぬぞと吼えるだろうし、そしてあの大王と共にならばと付き従う蛮族どもは多い」


 壮絶な話だ。

 北の連中は、壮絶だ。

 餓えている民達の腹に食い物を入れてやる為に、大王は軍を率いて、略奪に、侵略戦争に、死に走るのか。

 神話は知らんが、少なくとも伝説にはなるだろう。

 だが、侵略を受ける先の国の人間としては勘弁してもらいたい。


「連中の相手をしなければならない他州は、その対応で手一杯になるだろう。こちらへと援軍を出せる余裕など、ある訳がない。だから他からの南州への援軍は期待できない。よって、マナン・ディリス共和国の侵攻は、我等南州(ジューデンザイデ)一州のみで撥ね退けねばならない」


 援軍をあてにして立て篭もる必勝法は、だから今回は使えない。他州はこっちにまで手が回らないから。

 当然だ。

 ああ、当然だろう。


 しかし……マジか……


 いくらマナン・ディリスが北の騎馬民族達ほどには戦争に強くないっていっても、大陸列強の一つではあるんだぜ?

 その一大国の軍勢を、俺達南州人だけで撃退する?

 俺達、だけで?


 レッカー村が出兵出来る数は二百人程度で、レッカー村は規模にしては豊かなほうだから、他の村だと出せるのは百人前後だろう。

 州都のミュンドゥングだって保有する兵力は千程度だと聞いている。

 そうなると、南州の諸領主の兵力すべてかきあつめても三千と少々いくかいかないか程度じゃないのか。

 一方のマナン・ディリスは一万以上は動かせる筈だ。

 三千対一万。


 ……数の差が、そりゃ、十万を相手にするよりは少ないかもしれないけれど、あまりにも数の差がないか。

 三倍以上は差があるだろうに、それなのに、俺達だけで撃退しければならないというのか。


「それが出来なければ、帝国は滅ぶ」


 赤髪の騎士の声は淡々と室内に響いた。


「北の蛮族どもさえ動かなければ……マナン・ディリスだけなら、マナン・ディリスなんぞに、帝国が全軍であたれれば、負ける筈がないのに!」


 いかめしい顔立ちの壮年の従士が悔しそうに呻いた。

 

「そうだなサーディック。だが、おそらく、順序が違う。ゴーラが動くからこそマナン・ディリスも動く事に決めたのだろうよ。中央の文官どもは普段偉そうにしている癖に役に立たん。北の略奪鬼どもと南の金の亡者どもの手を、みすみす組ませるとはな」


 ああ、そういえば、リーゼさんも南北から敵が来る、みたいな予想を言ってたな。

 しかし、サーディックさんは驚いた様子で、


「……まさか! ゴーラとマナン・ディリスが同盟していると?! ありえません! 連中が仲が良いなど、聞いた事がない!!」

「確かに、連中は伝統的に仲が悪いな。北は、人間まで狩る野蛮な狩猟者達だが。連中はあれでなかなか誇り高い。南の連中は文明的だが金勘定に魂を叩き売っている。北と南は互いに互いを侮蔑している。草原の民と海の民の仲は伝統的に険悪と言って良い。二十年前の帝国と共和国との大戦ではカイラン=レギは傭兵として法皇様のもとに馳せ参じ、帝国側について、マナン・ディリスの兵達を散々に血祭りにあげたりもしたくらいだしな」


 若き青年騎士は壮年の従士へと頷いた。


「だが、これは、そういう動き方だ。最低でも示し合わせての南北からの同時侵攻だろうよ。バラバラに侵攻してきたのだとしたら、タイミングが良すぎる」


 確かにな。

 戦を行うにも兵は勿論、食料や武具の調達など準備が必要だ。すぐには動けない。奇襲する側が強いのも、その為だ。

 

「ゴーラは飢餓で尻に火がついてる、マナン・ディリスは儲けにさえなればなんでもやる、そして両国ともに帝国に対して遺恨がある。建国時代からの宿敵たる騎馬民族達は言うに及ばず、マナン・ディリスも二十年前の大戦があった。マナン・ディリスには親帝国派もいる。だが、いるにはいるが、帝国を大いに怨んでいる派も巨大だ。今までは親帝国派が優勢だったが、それは、そのほうがあの国にとって利益があったからだ。その利益の天秤が傾こうとする時、派閥の力関係も傾く。だから、北の騎馬民族どもと南の商人どもの利害が一致すれば、連中が手を組む事は、連中が抱えている事情を鑑みれば、十分以上にありうる」


 一対一じゃ勝てない強敵相手にライバル同士が手を組んで対抗するって話はサーガなんかじゃよくあるけどさ、これって、組んで二対一で攻めて来られる側にとっちゃ、このうえなく嫌な話だな。


「だからせめて南は外交で味方につけておけと、ミュンドゥング伯は、常より盛んに中央へと奏上しておられた。しかし、あのマナン・ディリスが帝国に逆らうわけがないと、中央の大臣どもは侮ったか。あるいは、努力はしていても冷害やら飢饉やら政争やらで、マナン・ディリスに対してバラまけるだけの金やらモノやらが無かったのか、いずれにせよ、結果はこれだ」


 前者だったら中央が無能で、後者だったら中央の財政が困窮している、という事か。


 うん。


 もしかしなくても、俺達の帝国、詰んでなくね……? この状況……


 はじまった途端に詰んでる。


 そういう気がするんだけれど、気のせいだろうか。


 というか、帝国を詰ませる目算がついたから、必勝と見たから、開戦に踏み切ったのか南海の商人達(マナン・ディリス)は。


「……降伏というのは?」


 俺が聞くと、隣りに立つ猛き従士は激烈に反応した。


「ケルヴィン殿?! 貴殿! 一戦もする前から何を言うっ?!」


 うひゃあ、サーディックさん激おこ!

 いや! 多分、そういう反応するんじゃあないかとは思ったけどさぁ!

 でも!

 勝てねぇ戦を無理にやるほど一切合財を破滅させる行為はねぇよ!


 しかし、


「良い、そいつは元々農民だ。民というのは、そういうものだろう。そうやって己や家族達を守ってきた」


 赤兜のお代官様は表情を変えたりはしなかった。


「だがなケルヴィン、黙って殴られ続けられているだけの人間は、未来永劫殴られ続けられるものだ。無抵抗で北に降伏すれば喰いつくされるだろうし、南に降伏すれば、足元見られて搾り尽くされ、最後には叩き売られるだろう。奴隷だ。どちらかを選ぶならばまだ南のほうが延命はできそうだが、貴様、己や妹や母親を奴隷やそれに近しい境遇に落とすのを、承知できるのか?」


 できるわきゃねぇな。


「勝ち目は?」


 短く俺は聞いた。

 やるというなら聞くべき事はそれだけだ。

 ドラゴンの瞳の騎士は淡々と頷いた。

 

「ある。だから降伏はしない。武門としてこの辺境の地に立ち続けんと欲するならば、ここが踏ん張りどころよ」

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