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凶鳥

 冷たい風は戦の火を呼び、火は大陸を蹂躙する嵐を呼ぶ。

 大地を踏み砕く、蹄鉄の嵐達だ。

 空を翳らせる、万の矢の嵐達だ。


 けれどその時はまだ、いずれの嵐達も俺達の故郷には到達していなかった。


「おー……帰ってこれたな……いつものレッカー村だ」


 竜の鞍上、鉄帽子ケトルハットをかぶり鉄鱗鎧スケイルアーマーに身を固めている黒髪の少年が、気だるそうな様子を見せながら息を吐いた。

 鍛冶屋の三男坊であるグリエルモは、体力だけが取り得のような奴だったが、さしもの彼も疲れを覚えているようだった。

 重装備で旅してきた上に、村の皆を護衛しつつ、襲ってきた賊達と交戦までしたからな。ついでに、帰りには、マナン・ディリス兵と戦ったのは俺とリーゼさんの二人だけだけど、他の騎兵の皆も未明に叩き起こされて馬竜を早駆けさせるはめにはなってたし。

 大小はあれど、隊の誰もが疲労を感じている。

 そんな俺達が肩に重さを乗せながら柵門をくぐると、出迎えてくれたのは、明るい黄色の絨毯を広げているのどかな故郷の光景だった。

 刈り取られた後の麦畑だ。収穫後のいつもの風景。

 空は青く、太陽は明るく輝き、夏の草花達の甘い香りを含んだ風が穏やかに吹いている。

 情勢がどんなに緊迫していても、この場所のこの光景だけは、変わらずのどかだ。


「我等が村は平和で良いわね」

「偶に魔物とか飛んでくるけどな」

「よく考えると俺らの村ってあんまり平和じゃねーな」

「あ、言われてみると確かにそうね」

「レッカーの日常ではあるけど、よく考えると普通じゃねー」

「ハッ、ここんところ平和の基準がおかしくなってるぜ、まったく」


 俺は竜をゆっくりと歩かせつつ、鞍上で手綱を握りながら、餓鬼の頃からの馴染みでどういう因果か今もこうしてつるんでいる少年少女達と軽く笑いながらそんな言葉をかわす。


「すまないねぇ。もっと平和にしたかったのだけどね」


 声に振り向くと、やはり同様に騎乗しているノーラさんが、竜の鞍上で弱く笑っていた。


「あ……いやいや! ノーラさん達が頑張ってくれてたからこそ、あれで済んでたっていうのは、解っていますよ!」


 俺は慌ててレッカー村の守護者たる戦乙女へとフォローをした、

 ノーラさんは、ずっとこの村のこの景色を守る為に、戦い続けてきた人だ。

 戦って戦って、女としての幸せを後回しにしてまでも、この村の平和の為に戦い続けてきたのだ。

 さすがにそこまで頑張ってきてくれたノーラさんに対して不足を言い立てるのは、とても申し訳ない気がした。


 すると、桃色の髪の美人さんは柔らかくにこりと笑ってくれて。


「ありがとう、ケルヴィン君」

「いえいえ、お礼を言われるような事では」

「……にーちゃんてノーラに対しては殊勝だよねぇー」


 マイシスターのどこか拗ねたような声が横から飛んできた。

 例によって馬竜の鞍に跨っている金髪童女は、手綱を胸の前で握り締めつつ口先を尖らせ青い瞳で俺を見ていた。

 なんでお前は不機嫌なの。

 俺は妹を軽く睨み返した。


「なんだよ。お世話になってるんだから、当たり前だろ」

「……むぅっ!」


 リーゼは眉を歪めむっとしたように口をへの字に結んでしまった。

 その様にセルシウスが何故か微笑して、


「ふふっ。まー、今じゃあたし達もこの村の平和を守る側よね」

「あー……そうか、もう、この村を守るのは、他人の仕事じゃあなかったな」


 鎧兜に身を固めた鍛冶屋の三男坊の声はどこか感慨深げだった。

 鉄帽子をかぶった栗色のポニーテールの娘は、茶色の瞳を横目に少年へとくれて、


「自覚なかったのグリエル? 兵士になるって、そういう事よ」

「あったよ。ただ、実感しただけさ」


 ぶっきらに答えた少年の横顔は、以前よりも大人びて見えた。

 多分、グリエルの奴、魔物だけでなく、迫って来てる戦乱からも故郷を守らなけりゃな、とか感じてるんじゃねーかな。

 言葉には出さないけれど。

 皆、戦争が国境地帯で既に始まっているのなら、自分達もそれに高い確率で参加する事になるだろうと、感じている筈だ。


 馬竜に騎乗した俺達を先頭に、荷駄と人の列が村内を進んでゆく。

 畑の間に通されている道を進んでゆくと、やがて内柵が見えてきた。

 内門をくぐって、内堀と内柵を越え、家々が密集して立ち並んでいる中心区画の広場に入る。

 そこがパブリック・キャラバンの終点だった。

 従士副長の俺がサーディックさんと共に商隊に参加していた村人達へと向けて簡単な挨拶をして、今回の交易民隊は解散となった。


 ふー、やれやれ、とりあえずやっと一つ、肩の荷が降りたよ。

 まぁまだ、ソルヴィオドゥルムの館へと従士長らが市で買い込んだ物資とか諸々を運び込まなきゃいけないし、サー・アゼルヴァリスに報告にもいかなきゃならないんだけどな。あと捕縛したマナン・ディリス兵をどうするかも相談したい。

 やらなけりゃならない事は山程あったが、でもひとまず、交易民隊に参加した村の皆への護衛責任は果たせたようで、よかったよかった。

 襲撃を受けたりしたが、村人に死人はでなかったからな。


「ケルヴィン君」


 解散の挨拶を終えて、一つ息を吐いていると、不意に声をかけられた。

 引き締まった肉体に無精髭、何処となくワイルドな雰囲気のある、けれども物腰は柔らかい、冷えた灰色の瞳の壮年の男――グレゴリオだった。


「少しだけで良いんだが、今、話せるかい?」


 マナン・ディリスが攻めてきたという情報は、一刻も早くサー・アゼルヴァリスのもとへと届けるべきだが、それに関してはキャラバンの帰還よりも先行して騎兵を飛ばしていたので、情報は既に届いている筈だったから、火急というまでに急ぐ必要は無い。

 少し話をする程度の時間なら、問題はないだろう。

 俺は馬竜から降りて、グレゴリオのオッサンと二人一同から少し離れた位置まで歩いて移動した。


「なんでしょう」


 向き直る。

 はて、一体、何の用だろうか。

 基本的に、干戈を交えた訳ではないし、最近は小康状態ではあるが、俺とこのオッサンは、仲が良い訳ではない。

 悪い人じゃあないとは思うんだけどね。

 けれど、お互いの立っている位置が悪い。

 

「有難う、忙しい所に手数かけてすまないね。一言だけ言っておきたくてね。アリシアのことなんだけど」


 ああ。

 俺とアンタの間の接点っていったら、そこだよな。


「私が言うのもなんなんのだけれども、彼女をさ、悪く思わないでやって欲しいんだ。彼女は……不器用だからね」


 不器用……?


「アリシアさんが?」


 あの人は身体は弱いけれど、体力勝負でないだいたいの事はそつなくこなすぞ。料理も上手いし。


「おや……ふむ、君達の前ではアリシアは立派に母親をつとめられていたのかな」


 アリシアさんの三番目の夫となった男は、意外なことを聞いたとでも言わんばかりの表情をした。


「俺はむしろグレゴリオさんが騙されてないかが心配ですよ」


 俺が言うと、一応は義理の親父になっている男は声をあげて笑った。

 爆笑といって良い。


「おかしいですか?」


 自分がむっとした表情になるのが解った。


「いや、すまない。ああ、なるほど、君は私を心配してくれている訳だな」


 彼は笑声をおさめて元の微笑に戻った。


「そうだね。君の言う通り、残念ながら、彼女は僕をまだ愛してはいないんだろうね」


 知っていたらしい。

 承知の上か。


「それなのに結婚したんですか?」

「僕の方は彼女を愛しているからね。結婚してしまえば、こっちのもんだよ。時間をかけて、そのうちに愛してもらうさ。というか、そんなにすぐに愛して貰おうなんて思うほうが、おこがましいというもんさ」


 ああ。

 自分に自信があるのだな、この元旅の詩人は。

 確かに面は良いし、腕っぷしもあるからな。そのうえ吟遊詩人だというんだから、言葉の使い方も巧みなんだろうし、そりゃあ、女にはモテてきたんだろう。この村に落ち着くまで、旅から旅の渡り鳥のような生活をしていたらしいから、きっと各地で関係を持った女性は星の数ほどいるに違いない。


「あの女の、一体何処が気に入ったの?」


 俺が沈黙していると、唐突に横から声が差し込まれた。

 視線をやると、いつの間にかリーゼが傍に立っていた。

 今まで気配感じなかったぞオイ。

 グレゴリオもぎょっとした顔をしている。


「おや、これは、リーゼちゃん。……あの女、か」


 壮年の男は最初驚いた顔をしていたが、やがて我に返ったのか、今度は苦笑を浮かべた。


「うん、あの女だよ。で?」

「……かわいいから、かな」

「顔が?」


 アリシアさん美人だもんな。

 金色の髪に海の色の瞳に白い肌、リーゼをそのまま大人びさせたようなヒトだ。


「違うよ」


 詩人は苦笑のままだった。


「確かに、秀麗な女性だとは思うけどね。でも、それよりも、不器用で一生懸命なところが可愛い」

「……はぁ? あの女、小賢しいでしょうに」

「いや、彼女は利巧ではないよ」


 はぁ?

 アリシアさんはとても物知りで頭が良いぞ。


「すまないねケルヴィン君。でも、君たちは知っておくべきだ。彼女は頭は良いけれど、利巧ではないよ。情が深くて人が好いんだ」


 知ったような事を言う。

 リーゼさんもこの男の物言いにすっかり気分を害したのか、眉間に皺を寄せ、口をへの字に結び、むっとしたように幼い顔立ちを歪めていた。

 冷えた雨雲色の瞳の男は口元に薄く笑みを引いた表情のまま俺を見て、


「ケルヴィン、アリシアは君を愛していて、リーゼちゃんを愛していた、それだけは覚えておいてくれ」

「ふぅん……あたしは、過去形なんだ」

「だってそりゃリーゼちゃん……僕は聞いたよ?」


 壮年の男の声がひそまった。

 近くにいる俺達二人でも聞こえるか、聞こえないか程度の小さな声。

 周囲が少し暗くなった。

 厚い雲が天空で太陽を遮ったのだろう。

 肌の表面に冷気を感じた。


「輪廻転生の法の使い手がこんなところに、しかも異世界からなど……」


 なんでコイツがそれを知ってる。


 アリシアさん、こいつに話したのか。


「とても信じられないけど、でも今の君の活躍を見るに事実なんだろうね。だから、つまり君は……君にその自覚がなかったのだとしても――」


 薄い笑みを浮かべる男は刃のような鉄灰色の瞳で俺の妹を見つめていた。

 口元は笑っているが、目が、笑っていない。


「カッコウという鳥がいる」


 嫌な予感がした。


「他の鳥の卵を巣から蹴り落として殺し、代わりに己の卵を巣に産みつけすり替え、それを殺された卵の親に育てさせる鳥だ」

「やめろ!」


 俺は反射的に叫んでいた。

 リーゼに聞かせてはならないような気がした、この男の話は。

 グレゴリオはしかし、俺の制止などまるで聞こえていないかのように、アリシアさんを幼くしたような少女を見つめたまま、笑みを深めた。


「君はつまり、カッコウだろう?」


 幼い顔立ちの小さな女の子は雷にでも打たれたかのように海色の瞳を大きく見開いた。

 壮年の男は御伽噺の中に出てくる凶事を告げる黒い鳥だった。軽妙な調子で流暢に禍々しい言葉を囀る。


「君は、アリシアの子供の肉体を奪っておきながら、ずっと騙し続けていた訳だろう? アリシアの腹の中にいた産まれる前の子供の魂を塗りつぶし喰らって、その身を乗っ取った。輪廻転生の法とはそういう法だ。

 アリシアは我が子の魂を殺された上に、他ならぬその殺した相手をずっと、一生懸命、愛情を注いで育てさせられていた。ずっと気づかず、騙されていた。

 騙されていた哀れな親鳥に、それでもなお君へと憎悪を抱かずに、今もなお愛せと要求するというのは、図々しいんじゃあないか?

 母であるアリシアが君を許してしまったら、誰が産まれてくる前に消されてしまった彼女の本当の子供の魂の為に、怒り悲しんでくれるんだ?

 君はなんだかんだで、まだアリシアの雛のつもりなのか?

 そういうつもりではないというのなら、その甘えはなんだ?」


 リーゼは顔を真っ青にして、身を硬く強張らせていた。


「あ、あた……あた、あた、し、は……」


 童女は呻くようにそれだけを言って、黙り込んでしまう。


「あたしは?」


 グレゴリオは笑いながら問いかけた。


「リーゼはリーゼだ。黙れグレゴリオ」


 俺は代わりに答え、グレゴリオとリーゼの間に割って入った。

 へらへらしている壮年の男へと近寄り、その笑っていない刃の瞳を睨みつけながら、互いに息がかかるくらいの至近距離まで詰めより、腹の底から低く硬い声音を出す。


「鳥なんかじゃねぇ。黙らないなら物理的に黙らせるぞ」

 

 彼はしかし、それでもニヤリとして、黙らなかった。

 グレゴリオは酷く満足そうだった。


「うん、ケルヴィン、君はそれで良い。けれど、アリシアにまでも、それを当然のように求めるのは、酷く傲慢で身勝手だと僕は思うよ。その子はアリシアにとってはアク――」

「警告はしたぞ」


 グレゴリオが仰け反りながらぶっ飛んだ。

 俺の拳が、囀り続ける壮年男の顔面を捉えていた。


 宙に浮いた黒い鳥の身が、重力に引かれて落下し、背中から地に激突して転がる。

 周囲がざわめく音が聞こえた。

 俺は地に仰向けに倒れているグレゴリオに近寄り、その傍らに立って、見下ろした。自分がどんな表情をしているのかは、わからなかった。


 グレゴリオは青空を見つめていた。

 だがやがて俺へと視線を移すと、ゆっくりと上体を起こし、血が流れている口元を己の手の甲で拭った。


「……こいつは、効いた。長く旅をしたが、ここまで喰らった事は、あまりない。さすが、野良仕事で鍛えてるね。いや、今はもう従士として訓練しているのか」


 グレゴリオが品評してくださった。

 かわらねぇな。


「なぜあんなことを言った?」


 俺は背中に担いだ大太刀ロングブレードの柄へと手を伸ばしていた。


 斬るか。


 半ば以上、本気で思った。


 周囲から悲鳴のような声が聞こえた気がしたが、俺は気にしなかったし、グレゴリオも視線を俺から逸らさなかった。


「なぜか、だって? 君は、わからないかい? 俺が愛している女を、彼女を傷つけた他ならぬ元凶が、元凶自身が、何もわかっていないような顔で、『あの女』よばわりするのが、腹が立っただけさ。だから後悔は無いね」


 俺は己の眉間に深い皺が刻まれるのを感じた。

 瞳を閉じる。

 深く息を吐いた。

 目を開き、握った大太刀の柄から手を離し。


「俺は、あんたの事を大人の男だと思っていたよ」

「大人の男というのは、戦うべき時には戦うものだ。愛する者を傷つけられたら牙を剥くべきだ。少なくとも俺はそう思っている」

「12の子供相手にか」

「転生してるというなら君の妹は何も知らない幼子じゃない。立派な成人だろうよ。下手したら僕よりも年上だ。だが、そうではなく例え子供なのだとしても、言うべき事は言うべきだと思うね僕は」

「……なるほど、義父おやじ殿。俺はあんたが嫌いだ」


 手は差し伸べなかった。

 グレゴリオはやはり笑って、膝を立て、大儀そうに、独りで立ち上がった。


「有難う。実は僕も君のことはあまり好きじゃなかったんだ。なんせアリシアが愛してるのは僕じゃなくて君だからねぇ」


 コキコキと首を鳴らす。

 タフだなオッサン。

 精気ジンは使わなかったが、生身の全力でぶん殴ったんだが。 


「アリシアさんが頼ってるのは糞野郎、アンタだよ」


 クソ義父は肩を竦めた。


「僕は割りに合わない仕事を押し付けても構わない相手と思われているだけさ。大切に思われてるのは君と……今は亡き、リーゼちゃんになる筈だった子かな」

「さっきも言ったが、理解ができない」

「何が?」


 なんで結婚したのかって事だ。自分自身が相手から大切に扱われていないのに、どうしてその相手と結婚する気になれたのだろう。

 だが、俺はそうは答えなかった。


「アンタの行動のすべてがだ」


 てめぇで考えれば良い。


「そうかい。ま、惚れた弱みだねぇ」


 オトナの男はさらっと答えた。


「アリシアは僕を利用して、けれど、その事に酷く罪悪感を感じている。だから僕に抱かれてくれる。可愛いじゃあないか?」


 グレゴリオは笑い、君だったら罪に思うならそんな事はするなと言うんだろうけどねと。


「彼女はそれを罪に思うくらいには、根本的にお人好しで、その癖にそれが出来るだけの知恵と容姿は持っていて、愛するものの為にその罪に己を汚すだけの果敢さと懸命さがある。不幸だ。僕に言わせりゃ、そんなのは馬鹿さ。だから可愛い。可哀想ですらある。だって、彼女はどうにも……そこまで身を張ったのに、報われてないからねぇ。子供達の為にやったのに、その為にその子供達から嫌われてしまったのだから、不器用じゃなけりゃなんなのさ。だから愛おしい。だから……まぁ僕は実はとても割に合ってる」


 これがオトナだという生き物なのか?

 きもちがわるい。


 こんな生物に成り果てるくらいなら、俺は子供のままでいい。


「そりゃあ良かったなクソ野郎。じゃあさようなら。二度とその面をリーゼの前に晒すな」

「ハハ、善処はするよ我が息子よ」


 俺をムスコと呼ぶなクソオヤジ。


「ああ、それと、リーゼちゃんに、それでも自分をまだアリシアの子だと思っているのなら、せめて母と呼んで敬え、と伝えておいてくれるかい?」

「……気が向いたらな。だが、親を敬うか敬わないかは、子供が決める事だ。強制できるもんじゃねぇよ。見せる背中がそれを決める」

「だから君等は不器用だっていうのさ。君はなんだかんだアリシアを尊敬しているだろう? けれど、君の妹は、そうではない。妹のほうの目は節穴のようだから言ってるんだ」

「リーゼはまだ12だ」

「前世の記憶とやらがあるんだろう。それに、もう12だ。けど、まぁ、君がそれを認めなくても、伝えてくれるなら十分さ」


 感謝するよ、と最後に述べて、グレゴリオは去っていった。

 ふらついてるくせに、キモイ奴だが、最後まで余裕のある態度を崩さない奴ではあった。


「……リーゼ」


 金糸の髪の小さな童女は血の気の引いた青い顔で立ち尽くしていた。


「リーゼ、お前、先に長屋に帰るか?」


 まだ物資運び込んだりその検分を受けたり報告にいかなきゃならないんだが、リーゼはどう見ても調子が悪くなっていそうだった。

 俺が問いかけると、


「にーちゃん、なんで」


 幼い顔の妹はどこか呆然とした表情で俺を見ていて、それから、それだけを言って、黙りこくってしまった。


「……なんで?」


 鸚鵡おうむ返しに問いかける。

 けれど、妹は答えなかった。

 お前、何か疑問に思ったんじゃないのか。

 代わりに、


「……ごめん、あたし、帰る」


 童女は俯き、俺と視線を合わせずに弱々しく呟いた。

 ……無理に聞き出すべきではないか。


「セルシウス! ちょっときてくれ!!」


 俺は友人にして配下でもある少女の名を呼んだ。

 彼女は頭の後ろで結んだ長い髪を揺らしながらすぐに傍にきてくれた。


「ケルヴィン、あなた、今、殴ってたけど、あの人は……それに……何か、あったの?」

「悪い、今は聞かないでくれ」

「わかった」


 セルシウスは頷いてくれた。

 こいつの性格なら、事情が気になって気になって、仕方なくなってそうなんだけどな。

 けれど、こういう時、決して無理に聞こうとしないのも家庭円満な大家の長姉たる彼女だった。


「リーゼの調子が悪いみたいなんだ。すまないが、お前、リーゼについて長屋に送ってやってくれないか。俺はまだ仕事から抜けられないから」

「ん。了解したわ」

「……ごめんね、セルシー」


 青い顔で弱々しくリーゼが述べると、セルシウスは童女の小さな手を掴んで微笑した。


「構わないわ。気にしないで良いわよ。あなたは沢山あたしを助けてくれたし、だから今、あなたが困ってる時、今度はあたしがあなたを助ける番よ」

「……ありがとう」

「うん」


 セルシウスが笑って、リーゼは青い顔ながらも、目を潤ませて、微かに微笑した。

 ポニーテールの娘は俺の妹を前に後ろから抱くように竜の鞍上に登って二人乗りすると、竜を操ってゆっくりと歩かせながら去っていった。


「心配すんなよケルヴィン」


 背中に軽く衝撃を感じた。

 振り向くとグリエルが視線をリーゼ達が去ってゆく方向に向けながら立っていた。


「あいつなら、うまく面倒みてくれるさ。小さな妹弟の扱いは、慣れてるからな」

「……おう」


 幼馴染の言葉に、俺もまたリーゼとセルシウスの方へと視線を戻し、彼女達の背を見送りながら頷いた。


「……ケルヴィン、君の方は、大丈夫なのかい?」


 視線をやると、ノーラさんが心配そうな緑色の瞳で俺を見ていた。

 俺は笑顔を返した。


「辛いことを言われたのはリーゼで、俺は大丈夫です。余波みたいなもんで、だから、そこまでヤワじゃあありません。これでも兄貴ですからね。大丈夫です。しっかりやれます。行きましょう」


 俺達は荷駄を引きつれソルヴィオドゥルム家の館へと向かった。

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