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黎明の闇 赤い光

 紺碧の薄闇、南の彼方で、赤い光が咆吼をあげている。


「ああっ、燃えているッ!! 火だ!」


 グリエルモが叫ぶ。

 耳元で風が激しく唸っている。

 紺碧に包まれている草原を、俺を激しく揺らしながら、竜は矢の如くに駆け抜ける。

 すぐ後ろをグリエルモ、セルシウス、リーゼ、ノーラさん、そして従士長が預けてくれた竜兵の男女が五人程、それぞれ馬竜に乗って俺を追走してきていた。


 黎明、左手に見やる原野の向こう、東の地平線より太陽が黄金の光を放ちながら顔を出さんとしている時分だった。


「先に行く! リーゼ、こいっ!! ノーラさん、隊の指揮を預ける!!」


 俺は声を張り上げた。

 寸秒を争う予感がした。

 俺とリーゼなら、精気ジンで加速できる。

 ノーラさんも霊技というので似たような事ができるけど、彼女まで連れてゆくと残った隊をまとめられる人間がいなくなってしまう。リーゼがいればおよそは大丈夫だろうから、ノーラさんは先行しないで隊に残ってもらおうと俺は考えた。

 即座に「うんっ!!」というリーゼの声と「了解!!」というノーラさんの声が斜め後ろの左右から聞こえてきた。打てば響く。


「何がいるかわからないわよ?! まだ薄暗くて見通しも悪いし、危険だわ!!」


 話がまとまったと思いきや、セルシウスが自重を促してきた。

 ええい、急がなきゃならんってのに。


「んなこたぁー言われずともわかってる! それでも一刻も早い状況把握が必要だと感じたから、危険であっても急ぐんだよ!」

「あたしだって、そんなのわかってる! それでも気をつけてって言ってるの! 二人だけで先いくなんて危険を冒す必要が、本当にあるの?!」

「あると思わなきゃ初めから言わねぇっ!!」


 心配りが細やかなのはこの幼馴染の美徳だと普段は思うんだが、時と場合によっては、今のように切羽詰っている状況だと、いちいちそういうのは、煩わしく感じる。


「……っ!!」


 息を呑む気配がしてセルシウスは黙った。

 ……俺は、傲慢なのだろうか?


 まぁ良い。

 良くないが、そういう事を考えていて良い状況じゃない。


 急がなければ。

 あの赤い大火の下では、何かが起こっている。


「本気で不味そうなら引き返す! 行くぞ!!」

「うん!」


 俺は気合の声と共に拍車を入れ、精気ジンを送って馬竜を加速させた。

 耳元の風の唸りと上下の振動がさらに激しくなる。

 まだ周囲が薄暗いので転倒が怖いが、木々など障害物はないブラウレーゼ川沿いの原野なので、なんとかなるだろう。


「セルシウス、心配いらない! にーちゃへの危険はあたしが全部殺す!」


 後ろの方から風の合間を縫って、リーゼがセルシウスへと叫んでいるらしき言葉が聞こえた。

 うちの妹が物騒なのと同時に最近男前になってきている気がする。


 ああ、畜生、俺が危険なんてものともしないくらい強けりゃ、心配はいらないしリーゼが頑張る必要もないし、何も問題ないんだよな。もっと修練積んで強くならねぇと。


 他の騎兵達を一気に引き離して隊から飛び出し先行する。

 リーゼが後についてきていた。


 こんな事態になっている理由だが、ミュンドゥング市を後にしてレッカー村へと帰還する途中、交易民隊はブラウレーゼ川の近くで野営していたんだ。

 そうしたら、明け方、見張りの兵が南方の川面に赤い輝きを発見したと叫んだ。赤い光は川の流れに乗って徐々に交易民隊の側、北側へと移動している様子との事だった。

 急ぎ騎兵である俺達は叩き起こされた。

 ダイラス老より偵察してくるように命じられ、竜を駆けさせると、徐々に赤い光の正体がはっきりと見えてきた。


 炎だった。


 大きな何かが炎に包まれ燃えているのだと遠目に確認できた。

 故にグリエルモがさきほど叫び声をあげたのだ。


 そして今、

 

「兄上様! あれは船で、すよ!! 船が燃えてるよっ!!」


 リーゼが叫んだ。

 驚いたっぽい時とか、最近偶に口調がトラヒメモードと混ざるよねリーゼさん。


 もしかして、ござる口調が減ってるのって、自然とそうなってるんじゃなくて、リーゼさんが意識して減らそうとしているのだろうか?

 無理矢理普通に喋ろうとするとストレス溜まるんでござるとか前に言ってたのにな。アリシアさんに何か言われたせいか? 大丈夫なのか?


「もう一隻! 水上に燃えていない船がある! 陸上! 誰かこっちに走ってきてる! 数は二人!」


 っと、ぼーっと考えてる場合じゃねぇ。


「さらに後方より六人を確認! その後方にも、影多数! 十以上!」


 やはり何かのっぴきならない状況っぽいな。

 リーゼさんについて考えるのは後だ。

 まず目の前をなんとかしよう。


 紺碧の薄闇の中、精気ジンを集中させて目を凝らすと俺にも見えてきた。


 確かに、影が動いている。

 なるほど、様子を見るに逃亡者二名、追っ手の先頭集団六名の後方よりプラスして十数名かってところか。

 全員徒歩だ。

 追っ手の連中はクロスボウらしきものを持っていて、矢を射かけている。


 あっ。

 一人倒れた!

 俺は竜を急ぎ駆けさせながら背より長剣を抜刀し、紺碧の薄闇の彼方へと向かい叫んだ。


「こちらメリディア帝国南州太守ミュンドゥング伯が騎士アゼルヴァルスの従士副長ケルヴィン! 貴方達は旗に何を掲げる?!」


 すぐに女声がかえってきた。


太陽の黄金鳥(ソルフェール)を!」


 どうやら声の主は同国人らしい。


「私はミュンドゥング伯の騎士ベッケンドルフが指揮下ジューデンフルト砦守備隊兵長フロレンティナ!」


 ジューデンフルト、聞いた事がある。

 確か、マナン・ディリスとの国境沿いを流れる大河ザイデの要衝ドライエックフルスにある水砦の名が、ジューデンフルトだ。


「至急救援を請いますっ! 現在マナン・ディリス兵から攻撃を受けている!!」


 声には切実な響きがあった。

 水砦の女兵士は倒れた仲間と追っ手との間に入って足を止めていた。


 マナン・ディリス。

 マナン・ディリス兵か。

 追っ手の側は賊などではなく共和国の正規兵な訳だな。


 ……くそがっ!


「承知したっ! リーゼ追っ手を撃て!! 出来れば殺すな!!」

「了解!」


 矢継ぎ早に矢が飛んだ。

 一人、二人、三人、矢を受けた兵士達が回転しながら、次々にぶっ飛んでゆく。


 うん、あの矢は絶対に受けたくない。


 ……出来れば殺すなって言ったよね?!


「足撃ったの!」


 胸中を読んだかのように妹は叫んだ。


 なるほど、運が良けりゃ生きてるか! 遠くの景色を見たくなったが、俺は敵兵達から目を逸らさなかった。

 追っ手達は驚いたのか、泡を喰ったように足を止め、手にしたクロスボウに矢を装填し、バラバラに撃ち返してきた。


 一人目の太矢ボルトは俺の右手側の空間をかすめ貫いていった。狙いが甘いな。

 二人目の太矢はリーゼさんの方へと飛んでった。まず大丈夫だろうと思うが、大丈夫だろうか。

 三人目の太矢は俺の真正面だった。


 咄嗟に顎を引いた。

 視界が揺れ、鈍い衝撃が俺の頭を叩く。鋭い音が俺の側頭部のあたりから響いていた。


 強い痛みは――無い。

 衝撃による軽い鈍痛だけだ。


 どうやら上手く鉄帽子の装甲を使って太矢を受け流せたらしい。


 心臓が激しく鼓動していた。


 ああ、頭で受けんのは何度やっても肝が冷えるな。


 俺は恐怖を振り払うように雄たけびをあげた。

 叫びながら、そのまま真っ直ぐに突っ込む。


 最も手前にいた追っ手へと突進のままに竜に体当たりさせて吹き飛ばす。

 左手で手綱を引き、伝心環を使って念話を竜へと飛ばして旋回させつつ、二人目へと寄せる。二人目の男は再び弩に矢を素早く装填して俺へと向け、しかし、それよりも速くに間合いに入った俺は、鞍上から身を横へと乗り出し、右手に握った剣を草を薙ぐように振るった。

 弧を描いて振るわれたロングブレードが、ディリス兵の男の側頭部に炸裂する。

 鋼の兜と鋼の剣が激突して重く激しい衝撃が発生し、柄を握る手が痺れる。


 兜の上からだったが、駆ける竜による速度と重さが乗った、痛烈な一撃だ。

 精気ジンを刃に纏わせなかったので、兜を断ち割って真っ二つ、などとはならなかったが打撃による衝撃は、鋼による装甲だけでは完全には殺しきれない。頭部へと加わった衝撃は、かなりのものだった筈だ。


 一閃した勢いのままに横を抜けつつ、鞍上から斜め後ろへと振り返れば、ディリス兵の男が倒れているのが見えた。よし、気絶させた。……下手したら、死んでるかもしれないが、その時は、まぁその時だ。六人いるからな。最悪誰か一人が生きていればそれで良い。


 急ぎ三人目へ視線を走らせる。

 俺の視界の中に、縦回転しながら吹っ飛んでゆくディリス兵の姿が見えた。


 ……リーゼさんは威力だけでなく命中精度まで精密無比だからヤバイ。

 この威力の剛弓を、高速で駆ける竜の鞍の上からよく中てられるなぁ。

 威力だけなら、実は何気に俺の合成弓も結構なものがあるんだけど、命中精度がお察しなんだよね。

 

 ディリス兵はぐるぐるんと回って、どちゃっと顔面から地面に落ちた。

 うん、ホントに生きてるかな?

 コワイ。我が妹の事ながら。


 コワイ、と思ったのは俺だけではなかったようで、闇の彼方のマナン・ディリスの後続兵達は、この有様を見て大いに怯んだのか、一斉に方向を転換した。

 波が引くように後退してゆく。


 彼等が退いてゆく先は、川面に浮かぶ巨影。

 あれは、なんだ。


 精気ジンを集中させて目を凝らす。

 徐々に視界が明瞭に、拡大されてゆく――


 見えた。

 紺碧の薄闇の中より、炎の赤光に淡く照らし出される水面、櫂と帆がついた河船にしては巨大な船が佇んでいた。


 ……あれは、まさか、マナナーン・ガレー?


 マナナーン・ガレー級帆櫂船は、海の民を祖に持つというディリス商人達の海洋交易船団の護衛船として普段から活躍し、有事には軍船にもなるという快速船だ。

 積荷をあまり積めない為、商船としての性能は悪いが、その分、戦闘力と特に機動力に長けている。喫水が浅く、小回りが利いて、最高速度にも優れる傑作船だ。交易団の護衛艦の他、偵察艦や遊撃用の戦船いくさぶねとしても使われる。

 原型は百年以上も昔からあり代々、改修バージョンアップを重ねながら幾つもの英雄伝説に顔を出している。

 主力戦艦としての地位は昨今では最新の巨船マナナーン・ガレアス級に譲ったが、それでもなお洋上においてひとかどの地位を占めている、伝統と信頼の古強者の船である。

 海そのものを見た事がなくとも読書家の男の子ならば皆、マナナーン・ガレーのことは知っている。


 ……いかんな。

 マナナーン・ガレー級の船には雷光バルカと呼ばれる、人が手で持つのではなく、備え付けの巨大な機械弓が多数搭載されている筈だ。

 連射は効かないが、その巨矢の直撃を受ければ人なんぞは木の葉のように吹っ飛ぶ。つまり、リーゼさんの矢に匹敵する破壊力がある。

 近寄るのは危険だ。

 マナン・ディリス軍は兵自体は弱兵だが船などの兵器は強いと死んだ親父も言っていた。

 あれへと追撃をかけるのは、やめておいた方が良さそうだ。


 俺は急ぎ周囲を見回した。

 打ち倒した敵兵達の様子を窺う為だ。

 地に転がっている敵兵達は絶命はしていない(筈だ)意識があるなら、立ち上がらずとも座った態勢から弩を撃ってきてもおかしくはない。

 が、


『いてぇ、いてぇ……!』


 ディリス語が聞こえた。


『うあー! うあー! うあぁぁぁぁっ!』

『かあさん、かあさん……!』

 

 マナン・ディリス兵達の多くは地に倒れたまま悲鳴と呻き声と泣き声を口々にあげていた。

 片足を抑えてもがき苦しみ、のたうちまわっている。


 ……ああそりゃ痛かろうな。


 黄金の光が差した。

 朝陽だ。

 俺は光を背負いながら近くの一人へと馬竜を寄せた。

 見下ろす。

 手負いのディリス兵は泣きそうな表情で俺を見上げ、弩を放り捨て、両手をあげた。


「て、手当て求める! 我、降参! 降伏! 身代金、払う! 捕虜、名誉、扱い! 求める! 求める! だから手当て! 金、払う!」


 カタコトの帝国語で懇願してくる。

 ……なんか、ほんと、噂とか親父の話とかで聞いてたけど、メリディア帝国の兵士達とは雰囲気違うな。

 見た目は、きちんと正規兵っぽくて、大の男なんだが。


 俺はディリス語で問いかけた。


『マナン・ディリスじゃ流した血は金であがなえるのか?』


 彼は驚いた顔をしたが、


『当然だ。黄金は血よりも尊く! 命よりも重い!』


 まさに当然といった様子で頷いた。

 筋金が入ってる。

 他国には他国の道理がある、か。


『……降伏を認める。大人しくしていろ。手当てしてやる』


 俺は振り向きつつ、叫んだ。


「リーゼ、追撃は無しだ! こいつら縛り上げたら、味方の手当てを! それから一応こいつらにも――」


 が、その時には既に、リーゼは馬竜から降りていた。

 倒れている帝国兵士の傍らに膝をついて、手に白光を纏わせ彼女へと触れていた。人命かかってるとリーゼさんやること速いな。

 やがて光が消える。


「わかったの!」


 リーゼは俺へと振り向いて返事をした。


「ああ有難うっ! 有難うございますっ!!」


 フロレンティナを名乗った女兵士がリーゼへと至極感激した様子で頭を下げている。


「この子、もう駄目かと思ったのに……!」

「重症だったのか?」


 俺は傍によって問いかけた。

 リーゼから治療を受けた女兵士はまだ意識が戻っていないようで、フロレンティナの傍らで倒れたままだった。


「矢の中り所が……でも、大丈夫、この子は助かるよ」

「……なら良かった」


 同胞が死なずにすんだのなら、急いだ甲斐があったというものだ。


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